「あー、こないだの」
数日前は相当な騒ぎであったな、と今さらに思い返す。メルJの離反間際の行動と言い、敵本拠地に不本意とは言え攻め入ってしまった。ここから先のアンヘルの行動如何を考えるのに、あれはあまりにも軽率であったと反省している。そのせいで、米国との緊張状態がより加速された形だ。
もっとも、八将陣を少なからず撃破できたのは大きな功績であると認めさせたが。
「漫画家志望だっけか」
「はい。それで、今のアンヘルメンバーのお話は機密、ですよね……?」
「うん、あまり軽くは話せないかな。まー、政府使ってあんだけ大っぴらに言っちゃった手前、今さら隠し事もないかもだけれど」
「ヴァネットさんは……お話を聞くのは難しいと思うので……。ベテラン操主の南さんのお話なら、多分聞けるって小河原さんが仰ってて……」
「あいつ……あんただって充分にベテランでしょうに」
ここにはいない両兵に悪態をつく。赤緒は聞きづらそうにしゅんとした。
「無理なら……いいんですけれど……」
「いや、大丈夫。話くらいならいくらでもするわ。でも、私……あんまし面白いネタは持っていないわよ?」
「南米にいた頃は、ヘブンズ、って言う組織にいたって聞いています。アンヘルとは別だったんですか?」
「いや、アンヘルの中でも回収部隊って立ち位置でね。南米じゃまだ十八世紀の頃の血塊使ってるから、私とルイの二人でできるだけ手伝いをしたいって言うんで、ちょっと前の……古代人機が暴れた時にたくさん壊れた人機があったわけ。その時の人機を回収して、改造して、何とか《モリビト2号》に再利用できないかって言うのが、主な仕事だったなぁ」
懐かしい、と南は微笑む。ルイとの日々は今でも輝いている。しかし、決して楽なだけではなかった。
南米では常に資源不足に喘ぎ、《モリビト2号》が壊れれば全てがお終いであったのだ。そう思うと危うい綱渡りをしていたのが自分でも分かる。
「私……モリビトの操主をするのなら、知りたいんです。だって、今のモリビトには《ナナツー》の血塊炉と、トウジャの血塊炉が入っているってエルニィさんが言っていましたので」
「《モリビト2号》の操主をするなら、か……。両が私に話をしろって言ったのは、そういうことなのかもね」
「……南さん?」
窺った赤緒へと南は語りかける。
「そういや、ちょっとだけピンチになった時があったわ。あの時も、そう……。蒸し暑いジャングルの中を、私たちは分け入っていた」
「ちょっと、ルイー。下操主の操縦、最近雑なんじゃない?」
小言をぶつけると、ルイはぷいっと顔を背けた。
「南の操縦に比べれば、かなり丁寧なほうよ」
「……っとーに小生意気になりやがってからにぃ……。いーわよ! 私が繊細になればいいんでしょー」
「南、歳のわりに怒りっぽ過ぎ」
「あんたに歳の話だけはされたくないわよ!」
上操主の操縦桿を掴みつつ、南は片手で双眼鏡を覗く。近い場所から噴煙が上がっていた。
青白い噴煙の反応に、何かの痕跡かもしれない、とアンヘルメンバーから調査の依頼が下ったのだ。もしかすると巨大な血塊炉の炭鉱かもしれない。発見できれば今の血塊不足を補える。
「《モリビト2号》はいっつもピンチなんだからねー。私たちがサポートしないと」
「南、操縦、右にクセが出ている。もっと寄せて」
「仕方ないでしょーに。こちとら片手で双眼鏡よ」
「……雑」
こぼしたルイに、南は嘆息をつく。どうしてこう、生意気に育ってしまったのだろうか。無論、幼少期から見てきた自分としてみれば、操主として一級になったのは嬉しい限りだ。だが、生意気になって欲しいと願ったことはない。
むしろ……恩師から預かったこの命、もっと大切に使うべきなのでは、と何度も考えさせられた。
ルイを戦いから遠ざけるのも、また道の一つなのではないかと。そう考えていた矢先、噴煙の発生地へと、《ナナツー》が踏み込んでいた。
「これは……古代人機?」
倒れ伏していたのは古代人機である。観察の目を注ぐと、中腹部にダメージを負っていた。
「致命傷……。近くに別の古代人機がいる……」
「古代人機同士で? でもこんなダメージは同族ではあり得ないはず……。シューターの一撃を至近距離で受けたってここまでじゃないわ」
キャノピーのコックピットから身を乗り出していると、不意にジャングルから鳥たちが羽ばたいた。それと共に轟音が空間を奔る。
《ナナツー》へと直撃した一撃は機体を傾がせた。
「南! 砲撃……!」
「こんな場所で、砲撃? ルイ! 機体の安定を頼むわ! 双眼鏡で……」
敵はジャングルを這い進んでいる。まさか、本当に古代人機なのだろうか。
「今の……シューターの一撃?」
「いや、それにしては弾速があまりにも……」
刹那、敵がジャングルから踊り上がった。その威容に二人して絶句する。
「あれは……《ナナツーウェイ》?」
相手の機体識別は間違いなく、《ナナツー》のそれであったが、装備した武装のことごとくが違う。
真紅の《ナナツー》がこちらを睥睨し、片腕に装備したブレードで斬りかかっていた。ルイがすぐさま対応し、機体を下がらせたことで難を逃れる。
「南……、こいつ、普通じゃない……」
「見りゃ分かるわよ! ……《ナナツー》に過剰なほどの武力装備……、まさかあれ……軍が開発を急いでいる《ナナツー》の強襲型……」
こちらが軍の情報を思い返している間にも状況は転がっていく。
「来る……! 南、上の操縦を……!」
「分かってるって! でもこちとら、武装なんて近接ばっかりで……」
「相手も近接! 近づいたところを一気に……」
「ぶち込むってわけね! よし、来い!」
操縦桿を引き、《ナナツー》を敵機と距離を合わせる。敵の強襲型は腰に隠し持っていた武装を開放した。
小型ではあるが威力のあるバルカン砲が機体を打ち据える。
「コックピットをやられないように、《ナナツー》を下がらせる! 血塊炉を撃てば……」
「無理……。南、あいつの胴回りを見て」
ルイの指摘に南は敵強襲型の胴回りに施された荷重装甲に舌打ちする。
「なんて、インチキ! あんなんじゃ、近づいたって……」
「体のいい的よ。とにかく、一度離脱するわ。南、上の安定性が削がれている。もっと集中して」
「集中してってあんたに言われる筋合いはないっての! ブレードで一矢報いるくらい……」
その時、右腕の関節部に軋みが走る。目にすると、右腕が肩口からだらんと垂れ下がっていた。
「まさか……こんな時に右腕が不調?」
「南! 離脱を! そうしないと、こいつ……どこまでも……」
強襲型がバーニアを焚いて接近し、ブレードを掲げる。舌打ち混じりに南は《ナナツー》の左肘に隠されている照明弾を放っていた。
敵が眩惑された隙に逃げ切ろうとして、相手の薙ぎ払った一閃が《ナナツー》の胴を砕く。
操縦バランスを崩した《ナナツー》はそのまま、岩礁に足をかけ、真っ逆さまに落下した。
《ナナツー》の腕が宙を掻く。終わりを予感した南の意識は自然と闇に没していた。
「……それで、どうなったんですか?」
「んー、あんまし覚えていないのよね。ちょっと眠っちゃってたみたいだし、気を失った間何があったのかは分からない。でもまー、私のポカで強襲型にやられったったのは確か」
あまり思い出したくはない戦いだ。だが、あれで得たものもある。
赤緒はどこか消沈したように顔を伏せていた。
「……聞いては、いけないことだったんでしょうか……?」
「ううん。何て言うのかな。ああいう、ピンチも結局、今に繋がってるんだって思うよ」
南は自分の掌に視線を落とす。あの時、右側の操縦桿を掴み損ねた手であった。
あ、生きている、と瞼を開いて感じ取る。
――こんなに生き意地が汚かったっけ? などと言う見当違いの意識が表層に上る中、南は《ナナツー》が陸地に上がっていることにまず驚いていた。
「あ、れ……。確か河に落とされたんじゃ……」
「起きた?」
焚き火に薪をくべるルイの背中に、一瞬失った人を重ねてしまう。
「ウィンドウさん……」
「誰それ。南の食料。《ナナツー》の緊急用だけれど」
差し出された携行食糧を手に取ろうとして、右手に激痛が走った。
「あっちゃー、折れてるわ、これ」
はは、と乾いた笑いを浮かべると、ルイは歩み寄ってきた。
「どうして私の言う通りにしなかったの? 南が操縦をミスったら、私まで死んじゃう」
「いや、だって右腕が動かないなんて思わないじゃん」
「《ナナツー》の調整担当、昨日は南だったよね? どうして最終点検までしなかったの?」
ルイの詰問に南はどことなく反感を覚えていた。どうして「娘」にそこまで言われなくてはいけないのだ。
「……あのさー、あんた、最近ナマイキよ? そりゃ、私のミスだけれど、でもそこまで言われるのは違うわよね?」
「南のミスで死んじゃうのは御免だって言っているの」
べ、と舌が出され南は頬を引きつらせる。
「あー、そう! そーいうことなら私だって考えがあるわ! ヘブンズは解散よ! 今日であんたとのバディも終わり! これでいいんでしょ!」
「……勝手にすれば」
「勝手にするわよ! ルイの癖に!」
「南だって。南の癖に」
歩み去ろうとして、南はこの場所がどのポイントに位置しているのか把握できていないことに気づく。ポイントを示す塔がどこにも見当たらないのだ。
「もしかして、未開の地に入っちゃった?」
となれば、救援を待つのも無理があるだろう。地力で、あの強襲型を退け、アンヘルへと戻らなければならない。
そうしなければ被害を受けるのはアンヘルメンバーだ。《モリビト2号》だってあの性能相手では手痛いダメージを負うかもしれない。
今なら相手も油断している。
しかし――と南はルイの背中を見据えた。
喧嘩別れして、ここでみんなを危険に晒すか。それとも、自分の失敗を認めて、仲直りするか。
「……そんなの、どっちもなんて考えられるわけないじゃない」
ルイの対面に座り、薪をくべる。
「……頼んでない」
「私があったまりたいのよ。あんたの焚き火を利用しているだけ」
「……そう」
暫し無言が降り立った。鳥たちの鳴き声が遠く響く中、南はふとルイを盗み見る。
銀髪にカニバサミの髪留め。麗しいかんばせ。成長すればするほどに、憧れていた「あの人」への姿が濃くなっていく。やはりどれだけ親子ごっこを続けていても、それでも埋めようのない差はあるのだろう。どうしたって、血の繋がった本当の親子にはほど遠い。
「私も……利用しているだけ」
涙が出そうになって俯いたその時、ルイも口にしていた。彼女はエメラルドの瞳の奥に炎を宿している。
「だから別に、特別なものなんかじゃない。でも、そんなのでいい」
ルイも同じことを思っていたのだろうか。特別な縁――血縁のある親子でなくてもいい。
そんな特別で高尚なものでなくとも、自分たちは背中を預け合える。きっと、それだけで――。
「ルイ。勝ちたいわよね」
「うん。負けられない」
「よっしゃ! 私に作戦があるわ! あの強襲型を、ぎゃふんと言わせてやる!」
立ち上がって南は手を差し出す。ルイはその手を静かに取った。
「……利用しているだけだから」
「私も同じよ。あんたの力を借りているだけ。ちょっとだけ力貸してよ。ルイ」
そっぽを向いていたルイは首肯する。
「じゃあ、ちょっとだけ。……私も南の力を利用する」
「そんなんでいいの。じゃ、ちょっとばかしリターンマッチと行きますか!」
拳を打ち合わせようとして、右腕の痛みに涙が出る。
「あたた……、やっぱ折れてる」
「折れてる……。それよ、南」
「えっ? それがどうかした?」
「見た目では、《ナナツー》は綺麗に見える。それを相手は知らない」
ハッと思い立った南は、にんまりと笑みを浮かべる。
「……悪いこと考えるわねー。さすが私の子」
「……南ほどじゃないわ」
聞き入っていた赤緒へと茶が差し出される。さつきがどこか興味深そうにその話の続きを促していた。
「おっ、茶柱」
南はそのまま緑茶を呷る。
「それで、どうなったんですか?」
二人分の期待の眼差しに、南は笑みを浮かべた。
『強襲型の《ナナツー》! あんた、よくもやってくれたわね! ベネズエラ軍部は風通しもやり口も、何もかも最悪だって言い触らしてやる!』
拡声器を使った挑発に乗るかどうかは五分五分。しかし相手は乗るだろうと確信していた。
ここで自分たちを叩いて有用性を示したいはずだ。そのためには確実に摘まなければならない禍根だろう。
想定通り、強襲型はバーニアを焚いてこちらへと降り立つ。その着地の矢先、《ナナツー》は仕掛けていた。左肩より装備されているウエポンラックより槍を取り出す。
槍投げの要領で一気に相手へとその武装を投げつけた。当然、敵機は避けるくらいの余裕はある。それどころか、距離を詰められる要因を作ってしまった。
強襲型がブレードを振るい上げる。必殺の勢いに、南はフッと笑みを浮かべる。
「ルイ! やっちゃいなさい!」
左腕を用い、右腕を付け根から、思い切り引き剥がす。
火花が散ったのも一瞬、整備不良の右腕は根元から引き千切れ、そして敵のブレードを受け止めた。
途端、右腕に予め仕込んでいたグレネードが作動する。
爆発の光を直視できないのはナナツータイプのキャノピーを採用しているのならば当然の帰結。
こちらは爆発が来ることを読んで減殺フィルターをかけていた。
だが敵機は別だろう。よろめいた強襲型に南は声を張り上げていた。
下操主のルイが《ナナツー》を操り、渾身の浴びせ蹴りを見舞う。姿勢を崩したその懐へと、上操主の南が潜り込ませていた。
残った左手に最後の力を。
「負けられないのよ! こんなところで、ヘブンズは!」
装甲を強打するも、やはりというべきか胴回りの装甲を砕くには至らない。
しかしこちらの本懐は血塊炉を打ち砕くこと。そのためならば何だって利用する。たとえ――相手の武装であっても。
そのマニピュレーターから武器を奪い取り、砲口を強化装甲に当てた。ゼロ距離で砲撃が激震し、強襲型から勢いが失せていく。
無論、このような至近距離で人機同士がぶつかり合うなど想定していないのだろう。
左腕まで犠牲にし、《ナナツー》は項垂れた。
貧血も起こしたのだろう。血塊炉を含めて全てのシステムがダウンする。
「あはは……、本当にボロボロだ……私たち」
「でも、生きてる」
「そうね。生きてりゃ万々歳、ってね。……ゴメンね、ルイ」
「気にしてない。南、こいつらいい装備のアンテナ持ってる。これならアンヘルに直接伝達できそう」
「儲け物だわ。持ち帰ってモリビトに追加装備させちゃいましょう」
ルイが振り向かずに拳を突き出す。南は左拳を突き出し、コツンと合わせた。
「――で、それが、モリビトの頭のアンテナ」
まさか、その由来を語られるとは思っていなかったのだろう。赤緒たちは完全に呆気に取られていた。
「すごいですね……。ヘブンズはそこまでして、戦っていたなんて」
「別に大したことじゃないのよ。赤緒さんたちがやってくれているのと、同じことだし」
「私たちと、同じ?」
南は軒先に差し込む陽だまりの中で、小さくウインクした。
「自分たちのために、負けられない戦いをしているだけだもの」
きっとそれは、戦い続けている限り変わらないだろう。
近い将来、そこにヘブンズがなくなったとしても、永遠だと信じたかった。