JINKI 13 二つの世界

 孤児院に集った戦災孤児のほとんどが「名無し」だ。彼らはその時々で愛称を決め、呼び合うのだが、「彼」だけは決まった呼称がなかった。

 誰にも分け隔てなく優しくするのには固定された「名前」は邪魔だ。

 だから、誰かにとってはAであっても、誰かにとってはBである。

 それが「彼」の生涯であったのだろうし、これからもそうなのだと信じ込んでいた。

 一人、また一人と親元の決まっていく友人たちを見送りながら。

 孤児はそれなりに重宝される。この国ではなおさらだ。ガタガタに軍部が滞ったこの地では他の国の血が混じっているだけで珍しがられる。

 そのはずなのに。

 どうして自分は売れ残る? どうして、自分を、誰も愛してくれない?

 そんな堂々巡りの末に、孤児院の職員は「彼」に残酷な真実を口にしていた。

「もうお前だけだ。この孤児院は閉院する。売るものがないからな。売れ残りは処分するしかない。維持費だって馬鹿にならないんだ。娼館にでも売れればまだマシなんだが、男じゃな。名前は……何だったか? お前」

 ショーセ、と呼ばれて彼は文庫本に落としていた視線を上げていた。

「……何ですか」

「相変わらず擦れてやがるな。この後、飯食いに行くんだ。どうだ? 新兵なんだから付き合えよ」

 上官とは言っても、自分より一年早い身分だけのこと。彼は頭を振っていた。

「いいっス。自分、そういうの合わないんで」

 ケッと相手は毒づく。このようなこと、振った自分が愚かだったとでも言うように。

「……てめぇなんて弾除け以外には期待してねぇよ。誘って馬鹿だった。飯がまずくなるだけだ」

「……そりゃどうも」

 皮肉気味に返して、ショーセは戦車の装甲に反射した自分の相貌を見やっていた。

 赤髪に痩せぎす。兵隊にしては弱小がお似合い。しかし、軍務に関してはそれなりと言う身分。どこの血が混じっているのかも分からない「半端者」。

 母親は娼婦だった、と隊の者たちからは聞いている。そんなのはどうだっていい、そんな「事実」はどうとでもなる代物だ、と文庫本に差した栞を上げた。

 押し花の栞。我ながら女々しいとは思う。軍の一隊に属しておきながら、文系を気取るなんてどうかしているとも。

「……でもよ。物語のほうが美しいんだ。それは間違いないだろうが」

 戦場に行けば、どこだって同じようなもの。

 戦果は女か死骸か。二者択一の世界に、ショーセは飽き飽きしていた。

 女ならばまだマシだ。気の触れた兵士は硝煙に恍惚を見る。脳裏に過ぎった鮮血のイメージにショーセは文庫本を閉じてシャットアウトした。

「死んでもゴメンだぜ。死体の臭いに興奮するなんてな」

 ここでは異端だろう。馬鹿になるか、狂うかのどちらかだけがベネズエラ軍部の末端仕事では重宝される。

 ショーセは戦車の荷台に積載された青い石を視界に入れる。掴み取って、その石を光に透かした。

「……綺麗だよな。でもこんなもんで、戦争が起きるって言うんじゃ」

 拳を握り締める。見た目がどれほどに綺麗でも、その光の向こう側にあるのは、汚い戦場の光景だ。

 いっそのこと、この荷台ごと投げ捨ててやろうか。

 そう思い立ち、石を放り投げようとしたその時であった。

「――あら? その石の価値を知っていて、そんなことをしているの?」

 女の声、とショーセはぴくりと硬直する。振り返った先のブリッジで、一人の女性が佇んでいた。

 黒髪を伸ばした東洋風の美女である。

 しかし、その瞳に湛える光は生半可な地獄を見てきた暗さではなかった。まるで奈落から這い上がってきたかのような眼差しに一睨みで身体の芯から縫い止められる。

「……あんた、は……」

「隊の者たちから話は聞いたわ」

 目を凝らせば、女の井出達は普通ではない。軍の極秘部隊の基地において、ブラウス一つで侵入できるはずがない。

 相当な権限持ちか、あるいは将官に買われた特級の女。

 前者の可能性を棄却しようとして、ショーセは不躾だとは思いつつも口にしていた。

「……どこの女だ」

「安く見られたものね。私が情婦に見える?」

 それは、と濁したショーセへと女は歩み寄り、ふふと妖しく笑った。

「ショーセ。本当の名前は不明。この国にいつの間にか流れ落ちていた、異国の血の混じった青年。その拠り所は、食い扶持に困らない軍部しかない。それに……あなたは結構、勘がいいほうみたいね。拳銃の扱い方を覚えたのは七つの頃だって記録されているわ。十三の頃にはもうある程度の軍の汚い部分も知った上で、この機密部隊に志願。三年の勤め、とあるけれど、これも偽装ね。何年勤めたかなんて関係ないもの」

 女は自分の情報を諳んじた上でフッと口元に微笑を浮かべる。

「ねぇ、気になっていない? その青い石の価値」

 そんなもの、分かり切っていることじゃないか。ショーセは即答する。

「……この国を引っくり返すんだろ。ジンキ、だったか」

「正解。賢しい子は好きよ」

 馬鹿にされているのだろうか。それともからかわれている? 答えを得られずショーセは問い返す。

「あんただって、そう歳は取っていないように見えるぜ。二十代になったばっかの女がどうして、こんな軍部の……それもきな臭い場所にいる?」

「知りたい?」

 女はぐっと顔を近づけさせる。その麗しいかんばせに、ショーセは覚えず視線を背けた。女の指が頬を突く。

「初心なのね。ショーセ」

「……放っておけよ」

「いいわ。そういうのも好きよ。私の理想の操主には相応しいもの」

「……操主。あんた、操主って言ったか?」

「言ったけれど、それが?」

 こちらを惑わすように笑う女へとショーセは決断を迫られていた。この国で「操主」という名称を使うことが許されているのは一部の特権層だけ。それも、軍部のお歴々くらいなもの。

 それを目の前の女が、何でもないことのように言ってのける。

 その事実が遊離していた。

 そしてもう一つの確固たる事実。操主の名前を、みだりに口にする者には―――。

 ショーセは拳銃を女へと突きつけていた。

 女は小首を傾げる。

「何それ?」

「……言われてるんだ。操主なんて言葉を軽く使う人間は消せって。機密部隊じゃなおさらさ」

「それはあなたたちが造らされている代物にも、由来しているのかしら? 最近、機械弄りって言っても、あればっかりでつまらないんでしょう? あなたも」

 どこまでも見透かしたことを言う。ショーセは歯噛みしていた。

「……惑わすようなことを。本当に撃つぞ」

「撃ってもいいけれど、ショーセ。あなた、なってみたいとは思わない? 支配者の側に」

 何を言っているのだ、とショーセは固まる。女はくすくすと笑うばかりだ。

「何考えて……」

「私は本気よ? 本気で、あなたには支配者の視点が似合うと思っているもの。だからこうしてスカウトしに来た。私と、彼が、ね」

 ――いつからそこにいたのか。

 背後に感じた気配に背筋が凍ったその時には、首筋に刃が当てられていた。

 抜き身の殺意に血が逆流する。思考が凍結したかのように使い物にならない。

「……静花。この男で本当にいいのか?」

 地獄の奥底から聞こえてくるような声音であった。何者にも染まらぬ漆黒の怨嗟。本当の悪を知る者――。

「問題ないんじゃない? 今のところ適性はパスしているし、それに極秘部隊所属ならそれなりに口も堅いでしょ。あなたのことを軍部に垂れ流したりはしない」

「どうだかな」

 突き飛ばされた一動作で殺意が仕舞われたのが窺える。今、間違いなく死んでもおかしくはなかった。その感覚だけで凍った神経が吐き気を催す。

「ショーセ。いいえ。あなたはこれから二人で一人になるのよ。この、“コーセ”と一緒にね」

 女が手招くと暗がりから少年が歩み出る。

 荒み切った瞳。何もかもを悲観の外側に置いた相貌に、やつれ切った腕。どれをとっても普通ではない。否、もっと的確な表現なら「マトモ」ではない。

「何になれって言うんだ……」

「難しいことじゃない。お前も、力への求心力に、引きつけられた。箍なき者の一人であったというだけのこと」

 漆黒の仮面、真紅の眼差し。

 刀を携えた男はすっと指差す。

 この基地が抱える、最奥の闇を。

 真紅の罪過を。

「《トウジャCX》。まったく、退屈させないな。人機という代物は。そしてヒトの過ちでさえも。俺は、これが見たかったんだ」

 地獄の淵から男は現世を覗き見て、嗤っているようであった。

 速度はベタ踏みよりもむしろ、軽く踏んだ時のほうがよく出る。

 それも顕著なもので、このピーキーに速度と運動性能に全ての性能を振った新型仮設人機――《トウジャCX》の性能は呼び水のようであった。

 力の呼び水だ。

 求めれば求めるほどに強く。そして、扱うのには操主がさらに奥深く、この人機へと身を浸す必要性がある。

 生半可な覚悟では扱えないな、と感じたのが二ヶ月。

 その後の一ヶ月はとことん、下操主との呼吸合わせであった。

 しかし、この人機の下操主を務める彼には、こちらの熱意などどこ吹く風。

 廊下ですれ違ってもまともに声すらかけることができない実情に、いい加減ショーセも飽き飽きしていた。

「……なぁ、コーセ。てめぇももう十二だったか」

「……うるさい。《トウジャCX》、出撃する!」

 機密の保たれているはずの基地内でどれだけ話しかけても無視。ならば操縦席で、と思ったこちらの想定はことごとく覆される。

 自分以上にひねた性格の持ち主のコーセに、ショーセは大人でいるのも馬鹿馬鹿しいと思えてきた。

「おい、コーセ! 下が飛び出してどうする! こいつの武装権限は全部オレが持ってるんだ! まともに飛び込んで仮想敵である……何だったか……」

「《モリビト2号》。いい加減覚えなよ。赤頭」

 馬鹿にされても言い返せない。コーセのほうが明らかに操縦熟練度では上を行っている。比して自分は、と言えば暴れ馬である《トウジャCX》から振り落とされないように必死であった。

「悪かったな。物覚えは悪いんでな。何回も言ってもらわなきゃどうしようもねぇ」

「そんなんで軍部の機密部門って勤まるのか。俺も軍に志願すりゃよかったな」

「……皮肉もうめぇじゃねぇの、コーセ。じゃあよ! お前だけでモリビトに特攻でもしな! オレはうんざりなんだよ! 合いもしねぇガキとつるまされて、こんな命がけのミッションなんざ……」

「あんたがいいなら、それでいい。俺はここを退かない」

 強情なところもある。しかし実力がそれを確約しているのだから始末に負えない。

 飛び出したトウジャは赤い鋭角的なフォルムを湖の上で跳ねさせた。

 踏み込む度に加速する疾駆。足裏に仕込んだバーニアが、この人機の速度を底上げする。どこまでも速く、そしてどこまでも上を目指せる機体――それがショーセから見た《トウジャCX》であった。

《トウジャCX》のマニュアル操作をある程度解除してから、ショーセは問いかけていた。

「……なぁ、コーセ。お前、軍人じゃないだろ? それに、カタギでもないって言う……なんて言えばいいんだか分からないんだが、あの人……静花さんの言う通りにする、義理って何よ? 後から聞いた話じゃ随分と怖い身分だそうで。軍のお偉いさんどころか、この国を動かしているトップと話つけているとか聞いたが」

「勘繰り屋は嫌われる。実力もないんじゃ、余計にな」

 言葉もない。せめてコーセよりも抜きん出た上操主の実力をつけるしかなかった。自分の自信があるのは照準補正と保持した武器の安定性だけ。

 これは本当に子供の頃から染み付いた所作だ。人機操主になったからと言って生み出されたものではない。

 ある意味では自分の財産はこれに尽きる。

「……《トウジャCX》の両肩内蔵バルカン砲の照準精度は八割。これ、オレの成せる業ってもんじゃねぇの?」

「それでもブレードの扱いがなってない。トウジャは近接戦闘だって加味しているんだ。ちょこまか動き回って撃ったって、それは腰抜けって言うんじゃないのか?」

 ぐうの音も出ない。しかし、ショーセは食い下がっていた。

「あのよ……、確かにてめぇの操主としてのセンスは折り紙つきだ! あの静花さんや……黒い仮面の男が太鼓判押すんだからそりゃ相当だろうさ! でもよ! やっぱコンマ三秒ズレは大きいぜ! お前だってこのトウジャを使いこなせちゃいねぇ!」

「そうだろうな。俺だってまだまだだ」

 ここで熱くならないからこの生意気なガキはやり辛い、とショーセは前髪をかき上げた。ただの直情的な馬鹿ならまだ何とかなるのだが、コーセはそうではない。

「……認めてるんじゃねぇよ。バカなのはオレのほうみたいだろうが」

「……《トウジャCX》。加速機動実験に入る」

 ――今日もこのガキから「参った」の一言は聞き出せなかった。

 そう思いながら毎日の訓練を終えるのだ。

 トウジャの操縦には多くのものを必要とされる。

 集中力、体力、精神力……そんな簡単なものだけではない。

 コーセは掌を見やっていた。

 どこかで、《トウジャCX》の手と自分の手がぶれて見えることがある。まるで人機の青い血筋が、自分に流し込まれていくかのような――。

「まさか、な……」

 残像を振り払い、コーセは宿舎に戻ろうとして不意に人の気配を感じ取った。

 覚えず身を隠した彼は息を殺し、相手の出方を見る。

 もし敵ならば、迷いなく……。そう断じた神経はトウジャの上操主を務める男の声を聞いていた。

「それでよ、言ってやったんだ。オレのほうが何年も軍でやってきたんだぜ、ってな! 傑作だろ?」

 ショーセ、と呼称されている男はなにやら親しげに話している。

 まさか、内通者か、と疑った直後、コーセは何度も静花より「刻まれている」命令を実行しようとした。

 ――裏切りには死を。コーセ。あなたは優しいもの。優しいから、私の命令を……。

「裏切ったりはしない。そうだとも。誰だって、そうだ」

 誰にでも平等に優しければ、平等に裏切られる。裏切りと信頼の秤がいつの間にか崩壊していることなど知るよしもなかったあの頃とは違う。

 裏切りの対価は死だ。死でもって贖え。

 そう教え込まれたコーセは飛び出していた。ショーセと内通者の胸元へと照準し、鉛弾を撃ち込むまで一秒とかからない。

 そのはずだったのに――そこにいたのはショーセ一人であった。

 面食らったコーセは反応が一拍遅れる。視線がかち合った相手はばつが悪そうに後頭部を掻いた。

「もしかして……今の聞いてたか?」

「その……」

 何も言えない互いの静寂。その痛々しいまでの空白を埋めたのはショーセの側だった。

「……こういう病なんだってよ。死んだ仲間の霊が見えるとか言う……戦場でよくあるヤツさ。で、オレは話しかけちまう。ま、そのせいで浮いていた分もあるんだけれどな」

「……トウジャの操主に選ばれたのは、そのせいか?」

「イカレちまってたからだって、言う?」

「いや、それは……」

 そこまでは言い切れない。言い切ってしまえば、それは……。

 しかしショーセは、ああと皮肉げに笑う。

「馬鹿になっちまっていたんだろうな。人間としても、兵器としても、さ。だから何者にもなれない。何者にも成り切れない。馬鹿になるのも素質が要ってよ、知ってるか? コーセ。悪党と馬鹿と……正義の味方になるのには、素質が要るんだよ」

 正義の味方、という言葉にコーセは銃口を下げていた。

「正義の……」

「なんてことはねぇさ。自分にとって都合のいい正義。ま、悪とも言う。そいつを振り翳すのに、マトモじゃ邪魔なんだってよ。ベネズエラ軍部でアホほど教え込まれた。マトモじゃダメだ。マトモになったら終わりなんだってな。でも、さ。最後の一線で、やっぱマトモ以下になれない。そうなっちまうと終わりだって言う……怖さみたいなのがあってな。それで村八分よ。オレのデータはそれで以上。どうだ? コーセ。こんなバカと戦場に行くのは御免か?」

 肩を竦めたショーセに、コーセは直感的に感じていた。

 ――同じだ、と。

 自分も「マトモ」であろうとした。誰も裏切らず、誰にも裏切られない。平等こそが正義なのだと。天秤を壊すのは悪党の所業だと。

 しかし、そうではないのだ。

 この世界、天秤の基準なんて最初から狂っている。

 どちらかに傾くのが普通。どちらにも傾かず、平等だって言うほうが異常。

 自分は誰にも傾きたくなかった。誰にでも優しくすれば愛されるのだと、そう思い込んでいたから。

 思い込むことでしか、自分を保てなかったから。

 だから、箍を壊した。

 だから、兵器になろうとした。

 壊れようと思ったのに。こんなところに「救い」があるなんて、思いもしないじゃないか。

「……泣いてんのか? コーセ」

「……うるさい」

 頬を伝う熱いものを、コーセは拭っていた。ショーセは距離を保ったまま、なぁと口にする。

「オレとお前だけの、本当の名前をつけねぇか? 誰にも縛られない、自由な名前を、さ」

「何だよ、気持ち悪い……」

 その言葉にショーセは微笑んでいた。

「ああ、そうだな。野郎相手に、キモチワルイ……。当然っちゃ当然……。でもよ、お互いに似たような名前なんだ。巡り合わせってもんだと、思うのも悪くねぇとは思うけれどよ」

 ショーセはてらいのない言葉をぶつけてくれている。これが愛情なのかは分からない。だが、これが平等か、そうでないかだけはよく分かる。

 ショーセは自分の世界に平等だ。だから、ここで撃ちたくない。撃つべき相手ではなくなった。

「……お前、勝ちにこだわっていたよな。だったら、極東の国にこういう字があるらしい。静花さんから習った」

 地面に書いたのは「勝利」の「勝」であった。ショーセは、おお、と感嘆する。

「お前、意外と学あるんだな! じゃあ……お前は……オレより広い世界を知っていそうだ。確かその島国にゃ、こういう字もあった」

 その隣に書いたのは「広大」の「広」であった。

「お前は俺を勝たせてくれる。下操主だけじゃ、戦いには勝てないからな。だから“勝世”」

 その言葉に勝世は皮肉めいた笑み浮かべる。

「悔しいが、オレ一人じゃトウジャは動かせねぇ。足がねぇと世界を回れないんだ。広い世界は、な。だから、このバカみたいに広くて、でか過ぎる世界を行くのに必要だから“広世”」

“広世”は苦々しいが久しぶりに微笑む。

「酷いな。それ。俺は足かよ」

「そっちだって。オレはただの上半身か?」

 互いに笑みを交わす。広世はこの男とどこまで行けるのか、高鳴る鼓動を抑えられなかった。

「参ったな。どうにも言い訳できない」

「おっ、言ったな。お前。参ったって」

 指差されて広世は困惑する。

「それがどうしたんだ?」

「参ったって、この三ヶ月、一言も聞いていなかったからな。ようやく根負けしやがったか、このクソガキ」

「……言ってなかったか。でもそんなつまんないことにこだわっていたら、勝てないぜ。勝世」

「言うじゃねぇの。広い世界の片隅しか知らねぇ癖に。広世」

 ぷっと互いに吹き出す。堰を切ったように腹を抱えて笑ったのはいつぶりだっただろうか。

 誰かに対して平等や、秤をかけていた頃にはもうこんな感覚、思い出せないのだと感じていたが。

「《トウジャCX》は無敵だ。行くぞ、勝世。あとちょっとだけ、勝つために付き合えよ」

「ああ。《モリビト2号》に勝つんだろ? そのためにゃ、もうちょい見聞が必要だよな。広世」

「勝世、広世ねぇ……」

 二人が名前を申請してきたのには驚いたものだが、それも計算内だ、と黒将は口にする。

『人間らしさの箍こそが、人機を超越者のものとする。それが壊れた時が見物だ。楽しみに待っていろ、静花』

「そうね。人間らしさなんて、ただの弊害……」

 そう口にした時、どうしてだろう。

 何か見てはいけないものが脳裏を掠めた気がしたが、直後にはその像を振り払った。

 無線へと静花は吹き込む。

 今日も《トウジャCX》の操縦席は喧しい。

『おい! 広世! お前悪ぶるのか、それとも善玉っぽく振る舞うのか、いい加減ハッキリしやがれ!』

『うるさいなぁ! お前だって照準補正ばっかりで、ブレードの払いをもっとうまくしろよ! そんなんで格闘兵装なんて笑わせるだけだろ!』

『オレはこれでいいんだよ!』

『俺だって、足がないと困るのはお前だろ!』

 随分と仲睦まじくなったものだ。

 ――それが壊れる瞬間が堪らない。

 胸を掠めた邪悪な思念に、静花は口角を笑みの形に吊り上げる。

「勝世、広世。私にいいところ、見せてちょうだいね」

 ――その最後も含めて。

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