一人が口走ったのを嚆矢として《モリビト2号》が《バーゴイル》を突き飛ばす。距離を取ろうとした《バーゴイル》の背筋に弾丸が命中した。ビルの陰より《ブロッケントウジャ》が狙い澄ます。
『赤緒! こいつ単騎なら!』
通信に漏れ聞こえたエルニィの声にコックピットの赤緒が首肯する。アームレイカーを引き、同期した《モリビト2号》がその手を掌底に変えていた。
バーニアを焚き、急加速した巨躯が《バーゴイル》の懐に入る。その胸でぼやける青い鼓動を、《モリビト2号》の手が触れ、そして静止させた。
「ビート――ブレイク!」
人機の鼓動が完全停止する。その命を摘み取る赤緒の技、「超能力もどき」と呼ばれるビートブレイクはこの時、正常に《バーゴイル》から命の灯火を奪い取っていた。
項垂れた一機にこれ以上の応戦は無意味と判断したのか、随伴機が下がっていく。
「撤退……しましたね」
ようやく、と言った様子で赤緒が息をついた。自衛隊から賞賛の通信が飛ぶ。赤緒は慌てて通信域を合わせた。
『さすが、柊赤緒! またしても窮地を救っていただき、感謝する!』
「そんな……私なんて、大したことをしたわけじゃないですよ」
だが、と赤緒は先ほどの《バーゴイル》の戦法を思い返していた。キョムは手段を選ばない、卑劣な戦い方でこちらを損耗させてくる。
自衛隊と連携を組んで市街地での戦いを一日でも早くマスターしなければ被害をいたずらに増やすだけであった。
「市街戦……ううん。それだけじゃない。戦い方を学ばないと……」
《モリビト2号》の操主としてそれなりに板がついてきたとは言っても、やはり戦術に関してはまだ素人の部分が強い。
誰か、師が必要だ、と赤緒は考えていた。戦闘のプロ、そうでなくとも、どこかで戦術を学べる機会が。
だがそんなものあるのだろうか、と浮かべた可能性を熟慮する。
戦い方は皆、千差万別。ヒトと人機の在り方だけでも恐らくは無数に存在するはずだ。
「……ためしに聞いてみるしか……ないですよね」
「えー、ということで、赤緒さんのたっての希望により、私、黄坂南が音頭を取らせてもらいます。名付けて! トーキョーアンヘル! 戦術勉強会!」
ホワイトボードにでかでかと書きつけた南に集ったメンバーが怪訝そうにする。
「勉強会って……。赤緒だけじゃん。困ってるの」
「そういうわけでもないわ。人機同士の連携や……もっと言えば自衛隊とだってこれから先、苛烈になる戦いを共にするんですもの。戦術の勉強をしたいって言うのは評価すべきでしょ?」
その返答にエルニィは嘆息をつく。
「ボクの作戦が不服なわけ? 赤緒は」
「いえっ……そういうわけではなくって……。ただ、私がこれから先、やっていくのに、自分だけでも戦う局面ってあると思うんです。もちろん、一人だけで戦うなんてあっちゃいけないんですけれど……どうしても」
「なるほどね。赤緒は最悪の想定もしているわけだ。まぁ、敵のコロニーで戦う、ってなったらチームプレイだとか、予め立てていた作戦も意味がなくなるかもしれない。その点に関しては同意だよ」
「納得してもらって、よかったです……。でも、勉強会なんて、そこまで大それたことじゃ……」
「いいえ。赤緒さんの疑問ももっとも! だってあなたたち、まともな連携を見せたのはキリビト戦くらいでしょ? まぁ、《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》はまた別種の作戦形態が必要なのは分かっているけれど、キリビト戦だって連携にばらけた部分があった。本当の意味でのチームプレイができていなければ、キョムには勝てないわ」
「そのための勉強会、ってことだよね。ただまぁ、思った以上に今の戦力ってピーキーなのは確かだし」
エルニィが立ち上がり、ホワイトボードに書きつける。それぞれの人機の特徴を抜粋した文字の羅列を彼女は叩いていた。
「《モリビト2号》は飛べるようにしたって言っても元々陸戦人機。それに、ナナツーのカスタム機である二機も同じだね。空戦には向いていない。この中で飛べて意味があるのはメルJの《シュナイガートウジャ》と、ボクのブロッケンくらいでしょ」
「つまり……戦力に偏りがある、と?」
「偏りどころか、このままじゃオールラウンダーなのはいないって話。戦術の基本として、空戦機は重宝するもんなんだけれどねー。相手も飛んでくるし」
エルニィがペンを額にやって呻る。おずおずとさつきが手を挙げていた。
「あの……いいですか? 相手の人機を撃退するのに、何か手を打たないと駄目ってことですよね?」
「手というか、役割付けかな。誰が切り込んで誰が後方につくかって決めないと。毎回誰かが突出しているんじゃ戦術も作戦もないよ。前回は《モリビト2号》が前に出たけれど、武装の特性上、実は中距離が一番賢いんだよね。リバウンドフォールも張れないし」
にべもない。自分の考えなしで戦っていた、と言われているようなものだ。
「基本戦術の話だろう? 私のシュナイガーで切り込む。そして敵陣がばらけたところに、立花や他の連中で追い込むのはどうだ? 無論、一機も逃がすつもりはない」
強気なメルJの発言に呻ったのは南だ。
「それだとシュナイガーにかかる負担が大きいし……。何よりも前の《ダークシュナイガー》戦であまり前に出し過ぎるのはよくないって学んだところなのよね。ここはそれぞれの人機の特性を活かすのはどうかしら?」
「特性って言っても、シュナイガーは元々の設計じゃ、銃火器なんてほとんど積んでいなかったんだ。それを改造したのはメルJじゃん」
「私の流儀にケチをつけるとでも?」
一触即発に陥った二人を赤緒が諌める。
「ま、まぁまぁ! 今はほら! 作戦とか戦術の話ですし!」
「だからと言って、《モリビト2号》が前に出るのは看過できんな」
「それに関しちゃ意見は同じ。いくら赤緒の超能力もどきを使えば、相手の人機を破壊せずに機能停止に追い込めるって言ったって、賭けの部分が大き過ぎるんだよねー」
まさか自分に矛先が飛んでくるとは思うまい。あたふたした赤緒へと南が質問する。
「そもそも、あんたたち専用機みたいな扱いになっているけれど、それぞれの機体で互換性はあるでしょ? 何で他人の人機には乗りたがらないの?」
作戦の初歩の初歩だ。確かに血続トレースシステムが全ての機体に用いられている以上、他の人機に乗れれば作戦の幅は多いに広がるのだが。
「ボクは別にいいけれど? 他の人機だって乗りこなしてみせる」
「私はお断りだな。シュナイガーの戦闘術以外を学ぶ気にはなれん」
「あの……私もその……《ナナツーライト》以外はちょっと……怖いかなーって」
メルJとさつきの言葉に先ほどからせんべいを頬張っているルイへと視線が向けられる。ルイはぷいと顔を背けた。
「何で私が。乗り換えなんてや、よ」
べ、と舌を出したルイに南が低い声を出す。
「……よぉーく分かったわ。あんたら、全員、ワガママなんだってね」
このままでは不満が溢れるばかりだ。赤緒は自分が大人になるしかない、と手を挙げかける。
「あのー……私は別にモリビト以外でも……」
その言葉には全員から一斉に糾弾の声が飛んだ。
「赤緒にブロッケンを任せるのは嫌だよ」
「同じだな。シュナイガーにだけは乗ってくれるなよ」
「……その、私から《ナナツーライト》は……取らないでくれると嬉しいです……」
まさか三人分の非難を受けるとは思っておらず、赤緒は半泣きになる。
「うぅ……みんな私を何だと思っているんですかぁ……」
このままでは議論は平行線だ。どうするべきか、と全員が思案する。
項垂れた赤緒は不意に扉を開けて入ってきた両兵を視野に入れていた。
「うおっ……! 何やってんだ、てめぇら。雁首揃えて」
「両兵、聞いてよ。作戦勉強会をやっているんだけれどさー」
エルニィの声音に両兵は耳をほじる。
「勉強会? ンなもん、やったところで――」
その時、けたたましいサイレンが空間を劈いた。
「敵……! キョムの強襲……!」
動き出したのは全員である。各々の人機へと乗り込み、出撃姿勢を取らせた。
赤緒は《モリビト2号》へと搭乗し、出撃シークエンスへと移る。その間中、憂鬱のため息をついていた。
「……私だって、できるはず……」
「何悩んでんだ、柊。お前らしくもねぇ」
先んじて乗り込んでいたのだろうか。いつの間にか下操主席に収まっていた両兵に赤緒は声を上げる。
「うわっ! どうしたんですか! 小河原さん!」
「どーしたもこーしたも、お前ら小難しく考える必要なんてねぇはずだが? 人機に乗って戦う。それができるだけでも一端だ。作戦だが戦術だか、そういうのは向いているヤツに任せりゃいい。お前にはお前しかできないことがあンだろ? 柊」
「私にしか、できないこと……」
言葉を彷徨わせている間にも、柊神社から《ブロッケントウジャ》と《シュナイガートウジャ》が同時出撃する。
その後を、赤緒は追っていた。
「待ってください! ヴァネットさん! 立花さん! 私も、戦います!」
《モリビト2号》の眼窩が捉えたのは破壊行為を実行する《バーゴイル》であった。既に展開していた自衛隊が応戦の弾幕を張っているが、やはりまるで通用していない。
『先行するぞ! シュナイガー!』
一気に空間を駆け抜けた《シュナイガートウジャ》が敵へと肉迫し、接近武装スプリガンハンズで敵を引き剥がす。
その機を逃さず、《ブロッケントウジャ》が両腕に保持した対人機用ライフルを放射した。
動きの止まった相手へとエルニィとメルJ、二人分の声が相乗する。
『赤緒! 今なら!』
『動きの止まった相手ならやれるだろう』
「はい! 小河原さん!」
「任せとけ! 下操主はオレが引き受ける。柊、お前の超能力もどき、ぶっ放してやれ!」
《バーゴイル》が火線を張る。《モリビト2号》は盾を翳し、その攻撃をかわしつつ、機体を反り返らせた。
「ファントム!」
空間を跳躍した《モリビト2号》が《バーゴイル》の眼前に大写しになる。既に至近。固めたその掌で止めるは敵の脈動――。
悪を断ち、鼓動を刻む。
「ビート、ブレイクッ!」
《モリビト2号》の掌底が《バーゴイル》の脈動を絶った。もう二機の随伴機が応戦に打って出ようとしたのを、《ナナツーマイルド》の刃が奔る。
『遅いの』
瞬時に両腕を断ち割られた《バーゴイル》二機へと、後衛につく《ナナツーライト》がプレッシャー兵器の皮膜を張り幾何学の光弾を刻み込む。
『Rフィールド、プレッシャー!』
爆発の光に包まれた《バーゴイル》にそれぞれの声が咲く。
二機のトウジャが空を仰いでいた。
『やれやれ……。やっぱりボクらに、大仰な作戦は要らなさそうだね』
『出たとこ勝負か。嫌いではない』
《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》が並び立ち、女性的なフォルムの機体が中空を睨む。
『……ま、赤緒に合わせるのならこれでいいんじゃない?』
『わ、私もその……お役に立てるならっ……』
「皆さん……」
感じ入ったような赤緒へと両兵が言いやる。
「な? お前ら、作戦だとか勉強会だとか、そういうのは似合わねぇよ。各々、やれることはもう、分かっているんじゃねぇのか?」
そうだ。もうやること、やるべきことはこの胸の中にある。
「私……やれることを、精一杯やってみます。それが間違っているかもしれないですけれど……その時はその時」
微笑んだ赤緒へと両兵がフッと笑いかける。
「そうだよ。そんな調子で充分だ。ただでさえ、お前は作戦だとか、そういうのは苦手だろ?」
「むぅ……そんな言い方……」
だが答えは得た。
赤緒は地平線を望む。
今は、やれることを精一杯やれれば、それだけで――。
「……どーでもいいけれど、誰も片付けないのよねぇ……」
出しっ放しのホワイトボードに出しっ放しの菓子類。それらを纏め、整理するのは南と五郎であった。
「まぁまぁ、南さん。これも、我々にできる精一杯のこと、というものでしょう」
にこやかに笑う五郎に南は嘆息をついていた。
「あの子たちも、やれることを精一杯、か……。嫌いじゃないスタンスだけれどね」