JINKI 27 柊神社、格納庫の怪

「北枕を気にしたり、夜に爪を切っちゃ駄目って言ったり、4っていう数字が不吉だって言ったり……、古い家には座敷童とか言うのが住みついたり……。ともかくさ! 迷信って多いよね、って思うんだ」

「それはまぁ……ありますね。日本人も分かっていない迷信もあると思います」

「でしょー。だからさ……これも迷信の一つだって、思いたいんだけれど……」

 ふむふむ、と五郎は首肯する。エルニィは一拍置いてから、声にしていた。

「……柊神社に、お化けって出ないよね?」

「お化け……ですか? でも何でそんなことを……?」

 五郎から伝え聞いて、赤緒は眉根を寄せる。五郎は肩をすくめていた。

「それが……この間、格納庫を作ったでしょう? 柊神社の境内に」

「ああ、あれですね! みんなで作って……楽しかったなぁ……」

 両兵が先導し、全員の息を合わせて作った共同作だ。改修中の人機はあの格納庫に入るように決められている。それに、格納庫ができてから《モリビト2号》を含め、人機が雨風に晒されなくなったのは大きいだろう。整備の不便さに泣くことも少なくなったはずだ。

「……その格納庫に、出る、と仰られまして……」

「出る? 何がですか?」

「いや……だからお化けが、ですよ」

 五郎のどこか差し迫ったような面持ちに赤緒は笑って返していた。

「やだなぁ、五郎さん! そんなのいるわけないじゃないですか。いたら今頃、柊神社は大パニックですよ」

 ははっ、と笑い話にしようとした赤緒であったが、五郎はどこか神妙な面持ちを崩さなかった。

 そのせいか、赤緒も慎重に声にする。

「……まさか本当に?」

「……分かりません。事の真偽は、まだ。ですが、確かに神事を行うための境内に、ロボットの格納庫なんて作った……というのはいただけないかと」

「えっと……出ないんですよね? ホラ、神社ですし!」

「……赤緒さん。世の中には不思議なことの一つや二つはあるものです。立花さんの不安も、もしかしたら……」

 そこまで口にした五郎に赤緒は慌ててストップをかけていた。

「ちょーっと! ちょっと待ってくださいよ、五郎さん! それじゃ……本当に出るって言うんですか? お化けが?」

「……南さんに話したところ、もしかしたら敵兵かもしれないとのことでした。用心するために、今晩から見回りを強化する、とのことです」

「見回り……。夜中にですか?」

 重々しく頷いた五郎に赤緒は困惑する。

「でもでもっ! 誰が? どうやって見回りを? だって、もしもその……お化けが出たらどうしようもないですよね? 私たち、誰もお化けに遭遇したくないですし!」

「ですからその……苦肉の策とでも言うべきなのでしょうか。一人だけ、頼もしいお方がいるではありませんか」

 五郎の発言に赤緒は呆然としていた。

「……お化けだぁ? つまんねぇことで呼びやがって。これから河川敷で飲み明かそうって話になっていたのに……」

 後頭部を掻いて、不承ながらに柊神社まで招かれた両兵に、赤緒は腰に手を当てて言いやっていた。

「でも! もし敵だったら……!」

 その可能性には真面目に取り合うつもりらしい。両兵は、まぁ、と呻る。

「そいつは確かにまずいな。いつの間にかモリビトやらの情報を抜き取られている、って可能性もあるんじゃ、オレだって別段、困らないわけじゃねぇし」

「アンヘルメンバーとして、お願いしますよー」

「……ンだよ、柊。お前、巫女だろうが。お化けや妖怪なんざ、怖くもなんともねぇんだろ?」

「巫女とそれは別ですっ! 怖いものは怖いんですからぁー!」

 神社の石段に座り込み、両兵は舌打ちする。

「……ったく、女子供ばっかりのアンヘルってのはこれだからいただけねぇ。普段からもっと怖い連中と戦ってるだろうが。そいつらに比べれりゃ、全然だろ? お化けだろうが妖怪だろうが、モリビトで握り潰しちまえばいいだろ」

「どうしてそう乱暴な考えなんですかぁ! 本当にお化けだったらそんなの効きませんよ!」

 粗野な両兵の思考に赤緒はどうしたらいいものか考えを巡らせる。両兵は嘆息をついていた。

「……ま、女子供だけ、ってンなら、それなりに安心させてやるくらいはしてやったほうがいいな。で? 当の目撃者である立花は何て言ってるんだよ?」

「立花さんは……その……」

 両兵は神社の境内に歩み入り、ずっと機械点検をしているエルニィの背中を認めていた。

「おいおい、当の本人は怖がってもいないじゃねぇか。余計なことで呼ぶなって。おい! 立花! 何でもねぇんなら、帰るぞ!」

「……待って、両兵。いやはや、ボクもビビっちゃってね……。さっきから……ずっと円周率の計算しかできないや……」

 目を凝らすとずっと同じ部分を半田ごてで作業しており、何かに没頭することでしか今回の珍事のことを忘れられないらしい。それほどまでに鮮烈なのか、と赤緒はこの時点で既にびくついていた。

 両兵が肩を引っ掴み、情報を聞き出す。

「で? どういうお化けだったんだ?」

 エルニィはまごつきながらも、身振り手振りで説明した。

「うん……。ボクも、ああいうのがいるってのは知っていたんだ。ジャパニーズお化けって言うのはね……。でも知識だけだから、何て言っていいのかな……。もやもや、っとした白い蒸気みたいな奴で……。それが格納庫の隅っこにずっといるんだよ。最初は、血塊炉の生み出す現象かなって観察していたんだけれど、何かこう……低いうなり声みたいのまで聞こえてくるから、これはまずいんじゃ、って思った時には――何か、さっきよりも近づいてきているんだよね……」

 思ったよりも迫真の内容に両兵共々聞き入ってしまう。赤緒は何度か頷いた後、そこから先を促していた。

「それで……?」

 唾を飲み下した赤緒はエルニィが顔を翳らせたの目にする。

「……いや、そこまで。何か、生ぬるい風が運ばれてきたから、もうボクもビビっちゃって……。それで、逃げちゃったんだよね。人機のメカニックとしちゃ、ちょっと失敗かも……。敵だった可能性もあるのに」

 だが、敵にしては少しばかり弱々しい。エルニィが一人ならば襲いかかることもできたはずなのに。

 両兵は大方を聞き終えてからすっと立ち上がっていた。

「いずれにしたって、敵にせよ、マジもんのお化けにしたって、夜を待たなきゃ話にならねぇ。今晩から巡回だろ? 担当は? オレだけか?」

「あっ……一日目はボク……。一応、目撃者だし……」

 どこか声に張りのないエルニィに両兵は言いやっていた。

「お前……IQ300の天才児だろうが。科学の力で何とかしろよ」

「IQ300でお化けの正体が分かるのなら苦労しないよ! なに? 両兵だってビビってんの?」

 売り言葉に買い言葉で両兵は言い返していた。

「誰がビビるか! お化けだろうが妖怪だろが、ンなもん、刀のサビにしてやらぁ!」

 日本刀を携えた両兵に赤緒はどこか困惑する。このまま、二人を行かせていいものか、とあらぬ妄想に駆られてしまった。

 深夜の神社の境内。男女が二人――このシチュエーションで何かが起こらない保証もない。

 お化けや妖怪がいなくとも、事が起こってからでは遅いのだ。

「わ、私も同行しますっ! 二人より三人のほうがずっと安心ですしっ!」

 胸を張った赤緒にエルニィは小首を傾げる。

「赤緒にはその……巫女さんだから除霊能力とかは……?」

「ありませんけれど、頑張りますっ!」

「夜の境内で怪我をしない保証は?」

「それもありませんけれど、頑張りますっ!」

 二人してどこか気の抜けたような表情で目線を交わし合う。

「どうするよ?」

「どうするって……両兵が決めてよ」

「……まぁ、二人の目撃証言よりは三人のほうが確実なのは確かだ。柊、ビビらずに行動できるな?」

 念押しの言葉に赤緒は頷いていた。

「はいっ! 私だって、柊神社の巫女ですからっ!」

 夜の格納庫に降り立った静謐は思ったよりも数倍重く、そして照明設備をほとんど常設していない境内は薄暗かった。

 季節柄か、少し生暖かい空気が運ばれてくる。

 赤緒はアルファーのついた杖を握り締め、及び腰であった。

「うぅ……結構、雰囲気ありますね……」

「一番ビビってるじゃねぇか。おい、立花。どの辺で見たんだよ」

「格納庫の中……。足を引っかけないでよ。精密機械ばっかりなんだから」

 ゆったりとした足取りで二人が格納庫へと進む。シャッターは重く閉ざされているため自然と裏口からの侵入となった。

 両兵が予めかけておいた鍵を確かめる。

「……敵ならこれを蹴破って入るんだろうが……鍵はかかってる」

 ということは、敵の線は薄くなった。エルニィが頷き、鍵を開ける。赤緒はその段になって二人を呼び止めていた。

「ままま、待ってくださいぃ……。ほ、本当に入るんですか?」

「そりゃ……入らないと確認できないだろうが」

「赤緒、無理そうならやめれば? 何だか腰も引けてるし……」

 足腰に先ほどから力が入らない。赤緒はそれでも、無理やりにでもついていくつもりであった。

「い、いえっ! 行きます!」

「お荷物にならない程度について来いよ。ま、もし敵だったら斬っちまえばいい話だ」

 乱暴な両兵の態度であったが、エルニィからしてみれば心強いのだろう。うん、と首肯する。

「斬れれば……の話だけれどね……」

「ンだよ、立花。お得意の頭脳で解決するんじゃねぇのか?」

「ボクの頭脳はお化けとか妖怪とか専門外だもん。そういうの、専門家がここにいるじゃん」

 当の専門家扱いされた赤緒は、周囲を見渡しながらきょどきょどと歩みを進める。

「お、お化けとかにもアルファーのバリアって通用するんでしょうか……?」

「知らないよ。って言うか怖がり過ぎでしょ。やっぱり赤緒、向いてないんじゃない? 色々と」

 言い捨てたエルニィの態度に赤緒はむきになって無理やり足を進める。二人の前に歩み出て、自分がお荷物ではないことをアピールしようとした。 

 その時である。

 足が何かに引っかかり、赤緒は盛大に頭からずっこけてしまった。そのせいか、指先が何かに触れる。

 強く掴んだ瞬間、警報が鳴り響いていた。

 赤いランプの明滅に赤緒は困惑する。

「バカっ! 警報機鳴らしちゃってどうすんのさ!」

「これじゃ、ご破算だな。やっぱ連れてくるんじゃなかったか?」

「そんなぁー」

 突っ伏した赤緒は警報の赤に照らし出された《モリビト2号》のシルエットに息を呑む。そのまま、足腰が立たなくなってしまった。

「おい! どうした、柊!」

「こ、腰が抜けちゃって……」

「あー、もう! 赤緒のせいで検証どころじゃないよ!」

 二人して糾弾の声が飛ばされる中、赤緒はゆっくりと立ち上がろうとして、目線の先に小さな鍵穴の形状をした影がいるのを発見する。

「あの……これ……」

 指差した途端、エルニィが短く悲鳴を上げた。

「両兵! 斬っちゃって!」

「お、おう!」

 刀が奔り、小型の影を斬りつける。しかし、その影はすぐに霧散し、今度は両兵とエルニィの背後に立ち現れた。

「こ、古代人機……? 何だって日本に……」

「両兵! 斬って、斬って!」

 両兵が肉薄し、居合抜きを放つが、それでも相手は翻弄するように格納庫の中を行き来する。

「……野郎、不死身か……? ……そういや南米で青葉がちっこい古代人機を見たって言ってたこともあったな。あれに近いもんなのか?」

「疑問はいいから! 両兵なら倒せるでしょ!」

「任せろ!」

 駆け抜けた両兵が鯉口を切る。謎の鍵穴の生命体へと命中し、その影が寸断された。

 しかし、まだ終わりではない。

 鍵穴の生物はモリビトや他の人機の影からも現れる。

 その段になってエルニィが声にしていた。

「そうか……。古代人機は血塊炉と血続に惹かれる……。もしかしたら八将陣の放った古代人機が野生化して……自然と血塊炉と血続の集まるこの格納庫を根城にしていた……?」

「ンな、ネズミみたいな話があるのかよ。……まぁ、いずれにしたっていいさ。古代人機は南米じゃ何回だって辛酸を嘗めさせられたクチだ。相手が古代人機だって言うんなら、オレは容赦しねぇ!」

 斬りつけると、古代人機たちは三々五々になって格納庫に散っていく。それを眺めてエルニィが応援を送った。

「やっちゃえ! 両兵! 古代人機なんて追っ払っちゃえ!」

「おう! 任しとけ!」

 取っ組み合いは夜通し続き、やがて朝になった頃合いには、二人とも疲労したのか、格納庫でへたり込んでいた。

「まさか、あんなに古代人機が居ついていたとはな……」

「一匹見かけたら百匹いると思えって、ゴキみたいな話だよね……。でも、相手が古代人機だって言うんなら、対策は見えた! 妨害電波を張って、格納庫を守ればいいんだ! そこから先は、ボクの領分だもんね!」

 ようやく普段の調子を取り戻したエルニィに赤緒は嘆息をついていた。

「まったく。最初から頑張ってくれればよかった話じゃないですか。お陰で迷子を送り届けなくっちゃいけなかった、私の身にもなってくださいよ……」

 その言葉に二人が硬直する。

「……迷子? 何だそれ?」

「赤緒ってば、役に立たなかったからって嘘っぱちは駄目だよ」

「違いますってば! ……お二人が古代人機と戦っている時に、境内に迷い込んだ子供がいたんですっ。それを送り届けていたら、いつの間にか古代人機は退治し終っているし、お二人とも疲れ切っているしで……」

「えっと……ちなみに赤緒、その子供ってどんなのだった?」

「どんなのって……物静かな子でしたよ? 古代人機に怖がっちゃっていたのか、ほとんど声は聞きませんでしたけれど。おかっぱで……そういえば、何でだか着物を着込んでいましたね。どこかのいい家の子供が迷い込んだんですかね?」

 エルニィと両兵が顔を見合わせる。

「それって……俗に言う……」

 赤緒は小首を傾げる。

 瞬間、二人分の悲鳴が格納庫に響き渡っていた。

「……これは本当なのか、はたまた少し不思議な世界に迷い込んでしまったのか。あなたもまた……不可思議な出来事の証人となるかもしれません……」

「……ルイー。あんた、タキシードなんて着込んで何やってるの? マイクも……どこから持ってきて……」

「テレビでやってた。サングラスもかければ完璧みたいだけれどなかったから、メガネ」

 メガネのブリッジを上げたルイがピースする。ふぅん、と南は頷いていた。

「妙な話もあったものよね、本当に。だから日本って飽きないんだけれどさ」

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