レイカル 9 八月「夏の思い出」

 呆れ調子に額へと手をやった小夜は、削里と共にパラソルの下で動こうともしない作木に辟易する。

「小夜ってば、分かりやすいんだから。作木君と夏をエンジョイしたいんでしょ?」

 ひょっこり顔を出したナナ子に小夜は瞠目しつつ、まぁ、とそれとなく流した。

「でも、作木君は文化系だからねー。小夜と違ってこの炎天下、遊ぶって言う選択肢もないでしょ」

「分かっていたところでは、あるんだけれどね……」

 不意に浮かび上がったヒヒイロが小夜とナナ子に飲み物を配る。

「この暑さです。オリハルコンはどうということはないですが、人間はこまめに水分を取らなければ」

「ああ、あんがと、ヒヒイロ。……でも、あんた、暑くないの?」

 いつものように和装であるヒヒイロを見やって指摘すると、彼女は何でもないことのように頷いていた。

「暑さ寒さの管理はハウルの基礎中の基礎ですので。紫外線をどうこうと言うのも、人間ほどは関わり合いのないことです」

「……あんたたち、便利なのか、不便なのか……」

 どう形容すべきか、と迷っているとヒヒイロは小首を傾げる。

「少なくとも、不便と言うのはあてはまらないでしょう。我々の生命管理はハウルあっての賜物。それを操る術に長けておれば、心頭滅却すれば火もまた涼し、というものです」

「いいわねー。日焼け知らずなんだ?」

 ナナ子の問いかけにヒヒイロはゆったりと諭す。

「別段、日焼けができないわけではございません。ハウルのコントロール域をいじれば、この暑さを体感可能でしょう。彼奴等をご覧になれば、分かるとは思いますが」

 視界の端で白水着のレイカルと、黒ビキニのカリクムが砂浜の下に潜り込んでいる生物を追っている。

 二人して囲い込んだつもりであろうが、次の瞬間には波が二人の頭上からばさりと被さっていた。

「ぺっ、ぺっ! しょっぱいぞ、カリクム!」

「海なんだから当たり前でしょうが……。にしたって、さっきのどこ行った?」

「カリクム! あいつを捕まえたほうが優勝な! 砂浜に隠れ潜む相手なんだ。相当に強いはず!」

「やってやろうじゃないの!」

 俄然やる気を燃やすカリクムに小夜は軽い頭痛を覚えていた。

「……あんたたち、海にまで来てやることがそれ?」

「しょーがないじゃんか。レイカルの創主は動こうともしないんだし。キャンサーはどっか行っちゃったんだから!」

「ナイトイーグルも見当たらないからな。大方、どこかを飛んでいるんだろうけれど」

 小夜は二人が再び見合って、砂の下にいるであろうヤドカリを探し始めたのを目にしてため息をつく。

「海の楽しみ方を知らない奴ばっかりじゃない」

「本当。嫌になっちゃうわよねー」

 やれやれと頭を振るナナ子に小夜は突っ込む。

「……いや、あんたのその格好も相当に……」

「……小夜。人には触れてはいけない一線があるって知ってる?」

 ナナ子の水着姿はワンピース型のオレンジの水着に同じ色の浮き輪である。どう見てもちんちくりんなその姿に、小夜は笑っては駄目だと意識しつつも、吹き出してしまった。

「あー! 笑ったわね、小夜! こうなったら、私とビーチの輝きを賭けて勝負よ!」

 どこからともなく取り出したビーチバレーボールが小夜の顔へと炸裂する。

「やったわねー、こんのー!」

 スパイクを見舞うと、ナナ子は軽やかな仕草でトスを決めた。

 本当ならば、このように楽しんでいる場合でもないのは承知している。だが、夏は楽しんだもの勝ちなのだ。ならば、楽しまないほうがどうかしている。

 小夜は、今この瞬間を謳歌していた。

「楽しそうだなぁ、小夜さん」

 団扇で扇いでいた削里が不意に尋ねる。

「混ざってくればいいじゃないか。君だって若いんだし」

「削里さんだって若いじゃないですか」

 微笑むと、削里は肩を竦めた。

「ジジくさいってよく言われるクチだよ。君らほどじゃないって。大学生なんだろ?」

「そりゃあ、まぁ。そうですけれど……」

 濁した作木に削里は問い返す。

「何だい? 海に嫌な思い出でも?」

「いえ、そんなことは……。でも、こんな風に楽しんでいていいんでしょうか? 都心でのダウンオリハルコン騒ぎも終息を見ていないのに、僕らがこんな海辺でやることって……」

「難しく考え過ぎるなよ。君の悪い癖だ」

「そうですかね……。でも、僕は……」

 その時、頭の上に袋が乗せられる。買い出しから帰ってきた伽が怪訝顔で覗き込んでいた。

「なぁーにやってんだよ、男衆は。こんなところで燻って、恥ずかしいだろ」

「おっ、アイスあんがとさん」

「削里! てめぇのために買ったんじゃねぇぞ!」

「はいはい。でも人数分ある辺り、誰かが食わなきゃいけなさそうだけれど?」

「オレとナナ子の分だっての。……ったく、てめぇらは。せっかく車で送り出してやったってのに」

 買い出しの袋からアイスを取り出し、二人は作木を挟んで胡坐を掻く。どこか居心地の悪さを感じつつも、こうして伽が削里と反目し合わないことそのものは貴重に思えていた。

 それもこれも、度重なるベイルハルコンとの戦闘と、そして自分たちの絆の賜物だろう。過去の軋轢は拭えなくとも未来のために戦うことを誓える。それだけでも、充分と言えば充分だ。

「作木よぉ。何でそんな海にまで来てしかめっ面してんだ? 前後なんて考えずに楽しみゃいいだろうが。それが大学生の特権だろ?」

 伽にまで見抜かれてしまうとは、自分は相当に海に適性がないらしい。

 愛想笑いで誤魔化しつつ、作木は疑念を口にしていた。

「……でも、僕らがこんなことをしている間にも、ダウンオリハルコンが悪いことに使われてしまう。そういうのが頭の隅っこにあると……どうしても……」

「楽しめねぇ、か。でもナナ子とあのねーちゃんだって、存分に楽しんでいるじゃねぇの。そういうのでいいと思うがな」

 小夜とナナ子は一進一退のビーチバレーを浜辺で繰り広げている。ナナ子は軽い身のこなしで小夜のボールをさばいていくが、小夜も負けていない。跳躍し、思い切り振りかぶった瞬間に胸元が大きく揺れたのを両隣の二人が、おーっと感嘆する。

「絶景絶景って奴かな」

「な? あーいうのが見れるのが夏のいいところなんだよ」

 二人してオヤジくさい限りである。作木がその言葉に微笑んでいると、伽が不意に真面目顔になった。

「……作木。まさかぴくりとも感じないとか、そういうレベルじゃねぇだろうな?」

「案外あり得るかもね。フィギュア以外じゃ興奮もしない?」

「いや! それはさすがに……人並みには……」

 どういう弁明をしているのだろう。二人に遊ばれながら、作木は参ったなと後頭部を掻く。

「……そんなに何かしないと不自然ですか?」

「いや、まぁオレは帰りの運転の体力を温存しないといけねぇからあれだけれどよ。お前さんは遊んで来ればいいじゃねぇか。後先なんて考えるのは夏らしくないぜ?」

「ごもっともな意見だと俺も思うなぁ。インドアも過ぎれば毒となる」

 削里が袋の中のアイスの二本目へと手を伸ばそうとするのを、伽が制していた。

「一人一本だ! それくらいは守れよ!」

「はいはい。でも、足りなくなったら買ってきてくれるんだろ?」

「稼いでいるくせに、他人の財布当てにすんな! ……まぁ、買ってきてはやるが」

 ここぞというところで悪人に成り切れないのは相変わらずか、と作木は微笑ましくなる。

 先ほどまでビーチを回っていたヒヒイロが不意に削里へと耳打ちする。削里はそれを受けて立ち上がっていた。

「何かあったんですか?」

「いんや。ちょっと厠だよ。あっ、言い忘れていた。作木君、別に強制するわけじゃないが、夏は楽しんだもん勝ちなのは、間違いないとは思う」

 離れていく削里に、伽はケッと毒づく。

「大方、何かあったんだろうさ。秘密主義にもうんざりだよな」

 それでも追求しないのは、伽も心得ているからか。作木は打ち寄せる波にさらわれつつ、砂浜で対峙するカリクムとレイカルの二人を眺めていた。

「――気になりますか? 二人が」

 唐突に現れたラクレスに伽がうわっと過剰反応する。驚嘆して飛び退いた伽をラクレスは妖艶な笑みで見据えていた。

「あらぁ、いつぞやの鳥頭じゃない。随分と仲良くなったのねぇ……」

「なっ、仲良くなんかねぇぞ! ナナ子がいるから仕方なく、だ! 作木! アイス食っていいから、オレ、ちょっと外すわ。じゃあな!」

 逃げ去っていく伽の後姿を視界に入れているとラクレスはくすくすと笑う。

「あれでもアーマーハウルを作らせれば一級に近い腕前なのですから、世の中分からないものですね」

「ラクレスは二人と遊ばないの?」

「まさか。それよりも、何か仰ることがあるのでは?」

 ラクレスの水着はところどころ肌が露出するきわどい水着だ。デザインしたのはナナ子であろう。作木は、ああと首肯する。

「よく似合っているよ」

「……お世辞は結構です。見え透いておりますし。ところで、作木様。本当に海に来て何もしないでよろしいので?」

 ラクレスまでそれを気にかけるか。作木は、あー、と曖昧に濁す。

「だってホラ。別に海に来たからと言って何かしないといけない決まりなんてないし」

「ですが、普段は都心でダウンオリハルコンを追う日々……。そうでなくとも、疲労が蓄積しているはずです。こういう時くらいは、発散してもいいのでは? あ、でも、殿方の喜ばれる発散方法は私ならばよく知っておりますが」

 最後の言葉は聞かない振りをして、作木はそうだなぁと思案する。

「……でも、僕は何も考えないようにするってのは、ちょっと苦手かもしれない。オリオントーナメントで浮かれて、実際にはサバイバルだったこともある。どこに何が潜んでいるのか分かったものじゃないからね」

「ですが、それはオリハルコンに任せていただく領分でしょう。作木様が四六時中気を張る必要はないのでは?」

「あー、ゴメン。これも言い訳だね。……本当のところは、楽しみ切れない自分が嫌なのかも」

「楽しみ切れない……ですか」

「うん。何だかんだ理由を作って、楽しまないようにしているんだと思う。どこかで、楽しんじゃいけない身分なんだって、そういう風に線を引いて」

「どうしてそのようなことを? 作木様は別段、何かの使命を帯びているわけではないでしょう?」

 ラクレスの言うことももっともだ。自分に使命を課しているわけでもない。ただただ、楽しまない理由を作って、どこかで諦観している。それはまるで――。

「……なんてことはないな。僕だって、怖いんだ」

「怖い、とは」

「楽しかった分、失うのが、かな。楽しい思い出って、いつまでも宝石みたいに輝いてくれるけれど、それが色褪せた時の怖さを僕は知っているから」

 ベイルハルコンとの戦いでの絶望は、まだ心の奥底にしこりとして残っている。楽しかった、嬉しかった、輝かしい思い出たちは、大いなる絶望の影に比すれば一気に暗く翳る。

 その瞬間が、恐ろしいのだろう。

 作木は身を焼く暑さなのに寒気を覚えていた。

 ラクレスはそれを悟ったのか、声にする。

「……作木様が何を恐れているのか、それは分かりました。ですが、今しかできない瞬間と言うのは存在するのです。それを無下にするのは、もっとよくないのでは?」

「珍しいね。ラクレスはこういうの、興味ないと思っていたけれど」

 むしろ冷徹に俯瞰するタイプだと思っていただけに少し意外であった。彼女はぷいと視線を背ける。

「勘違いなさらないでください。創主がつまらなさそうにしているのを見て面白いオリハルコンがいるわけがない、と言うだけの話ですので」

「つまらなさそう、か。そう見えちゃうんだ……」

 ははっ、と笑うがやはりと言うべきか、笑い切れなかった。

 海岸沿いから狙い澄ましたスコープの内側に標的を見据える。

 相手は丸腰だ。今ならば取れる、と判断し、ライフルの引き金を絞ろうとして、不意にかかった声に硬直する。

「――どこの手の者だい?」

 振り返る前に和装のオリハルコンに組み付かれる。舌打ちを混じらせ、ライフルを咄嗟に手離していた。

「……削里真二郎に、オリハルコン、ヒヒイロか。どうしてこの距離の関知なんて……」

「俺たちを甘く見ないでもらいたいね。ざっと三キロくらいかい? これくらいなら、関知の中に入る。それに、殺意を見せ過ぎだよ。俺だって気づくさ」

 手離されたライフルを削里は拾い上げる。白亜の装甲に身を包んだオリハルコンはヒヒイロを睨み上げていた。

「もう少し、うまく隠す術を心得よ。この程度では、何にもならん」

「……都心を守る防衛の要と言われているのは、伊達ではない、か」

「そんな風に言われているのは初めて聞いたけれど。でもまぁ、ビーチに野暮なことは持ち込むもんじゃない。作木君を狙うのならば、俺たちが先手を打つ」

 冷徹なる声音にフッと笑みの形へと口角を吊り上げた。

「……お主、何が可笑しい」

「可笑しいって? そりゃ、そうだろう。敵が罠にはまってくれた瞬間は、とことん可笑しいに決まっている!」

 瞬間、削里が掴んでいたライフルを取り落とす。可変したライフルを擁するアーマーハウルが噛み付き、削里の手から自律行動をしていた。

「……まさか。このまま作木殿へと……!」

「甘いと言うのはこちらの台詞だったなぁ! 暗殺に特化した私の性能を、凌駕するオリハルコンなんて――!」

 ライフルを角代わりにしたカブトムシ型のアーマーハウルが作木へとハウル推進剤を焚いて真っ直ぐに突き進む。

 その銃口が火を噴こうとしてヒヒイロがハウルを繰っていた。

「九尾刀、蒼牙!」

 咄嗟の判断でアーマーハウルを疾駆させるが、あまりにも遅い。

「作木光明を抹殺する!」

 それは遂行されたかに思われたが、阻んだのはクワガタムシ型のアーマーハウルである。横合いから猪突され、よろめいたところを、鳥型のアーマーハウルが上方より突き抜けていた。

 思わぬ加勢にうろたえたのも、一瞬、それぞれのアーマーハウルの主が分散した鎧を身に纏う。

 漆黒のアーマーハウルをカリクムが。白銀のアーマーハウルを――特級監視対象。オリハルコン、レイカルが装着する。

「……まさか。こんな場所まで関知できるはずがない!」

「嘗めないでよね。私たち相手に、騙し討ちなんて」

 カリクムが声にしている間にレイカルが槍を携えてこちらへと迫る。

 慌ててアーマーハウルを呼び戻し、ライフルを装備した。

「撃ち抜いてくれる!」

 しかしレイカルは臆することもない。銃口が真正面を捉えていると言うのに、彼女は槍を大きく引いた。

「馬鹿な、勝負を捨てたか! オリハルコン、レイカル!」

「……するな」

「何だと?」

「創主様の夏を――ッ、邪魔するなァ――っ!」

 槍の穂が輝きを帯び、発射したライフルの弾丸をその光で霧散させていく。瞠目したこちらの驚愕を貫くかのように、白銀の槍が腹腔へと突き刺さっていた。

 意識を失う直前、レイカルは槍を払う。

「夏を邪魔する者に、容赦はしない!」

「どこの組織の手の者かは、調べれば分かるじゃろう。……それにしたところで、よく気づいたな、二人とも。てっきりまだヤドカリの追い込みをやっているのだと思い込んでおったぞ」

 ヒヒイロの言葉にカリクムがふんと鼻を鳴らす。

「敵意のハウルくらいは分かるわよ。いくら創主が遊んでいてもね。あれで結構、聡いんだから」

 ハウルで拡大化した視野の中で、小夜がべと舌を出す。なるほど、とヒヒイロは納得していた。

「遊んでいるようで、しっかり周りは見ていた、というわけか。だがレイカル。お主まで来るとは意外であったぞ」

「……創主様、海に来てからずっと暗いんだ。でもっ、私は創主様に、明るい顔でいて欲しい! 笑顔でいて欲しいんだ! ……ワガママかもしれないが、創主様を悲しませたくない。ヒヒイロ、これって間違っているのか?」

 問いかけたレイカルの頭をヒヒイロは優しく撫でる。

「いや、オリハルコンの心得としては百点満点じゃな。して、真次郎殿。そろそろ戻らねば作木殿も怪しみます」

「そうだねぇ。ま、このオリハルコンの出所はまた洗えばいいとして、さーて、ビーチに戻るかな。っと、その前に」

 削里は買い物袋を掲げる。

「アイスを、買わないとねぇ」

 お疲れさん、と削里がアイスを片手に戻ってきたのを目にして、作木はどうもと会釈する。

「……特に疲れてはいないですけれどね」

「いや、助かった」

 意味が分からずに、作木はアイスを頬張る。浜辺のほうへと視線をやると、相変わらずカリクムとレイカルがヤドカリを追っていた。

 ラクレスが削里へと言葉を投げる。

「随分と騒がしかったわね」

「そりゃ、失敬。静かにするつもりだったんだけれどね」

 二人の間に流れた沈黙の意味が分からないでいると、レイカルの声が弾けていた。

「創主様! 遊びましょう! それがきっと……いいはずですからっ!」

「君もいつまでも強情貫く気かい?」

「作木様、私が言えることではないかもしれませんが、今は羽を伸ばしてもいいかと」

 二人分の言葉に背中を押される形で、作木は立ち上がっていた。

「そう……ですかね。たまには、遊んでも……」

 パラソルの陰から出ると照りつける陽射しが夏の本格到来を告げている。高くて遠い空の果てには積乱雲が寄り集まっていた。

 夏の空、白い浜辺、輝く太陽の下で、エメラルドの光を散りばめたような海が広がっている。

「……そっか。海って、綺麗だったんだ……」

「なぁーに、当たり前のこと言ってんの。ホラホラ、作木君!」

 茫然としていた自分の手を小夜が引く。その力強さに、作木は覚えず笑っていた。

「何だか、夏そのものに、手を引かれているみたいですね」

 ――そう、夏の空の下では皆平等――。

 滲み出す青を湛え、作木は夏の海へと駆けて行った。

「やれやれ。ここに来るまで厄介だなぁ」

 削里がアイスを手にしつつ口にしたのを、ラクレスが返していた。

「……敵性オリハルコンの気配。作木様が全く気付いていないと思って?」

「さぁね。どっちにしたって、彼の背中を押すのに、夏はちょっとばかし強引じゃないと駄目みたいだ」

「……本当、あなたたちは分かっていないのね。作木様だって、本当は心の底では……」

 そこから先をあえてラクレスは言わないようであった。言わないほうが華なこともある。

 削里は空を仰いでいた。

「夏空の魔力、かな。誰だって、夏ははじけるものさ」

 ――後日。

「ぴ……ピリピリします……。何だって、こんな目に……」

「日焼け止めを塗らないからよ。レイカルってば、お馬鹿さぁん……」

「おっ、お前っ……痛っ……! 創主様ぁー! ラクレスがぁー!」

 小麦色の肌になってしまったレイカルがラクレスを指差して大泣きする。作木も、慣れない夏の浜辺ではしゃいだせいで、連日の日焼け痕に悩まされていた。

「日焼け止めを塗っておくべきだったね……。でも、オリハルコンは日焼けなんてしないんじゃ?」

「ハウルの使い方が未熟なのですよ。レイカルは特に」

 ラクレスの言葉にレイカルが大声を上げる。

「夏なんて、こりごりだぁー!」

 その言葉に今回ばかりは、作木は声にしていた。

「そうかな。夏もたまには……いいかもしれないね」

 メールで送られてきた集合写真を視界に入れ、作木はそっと保存していた。

 ――夏の思い出を。

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