JINKI 48 空駆ける、絆

 と言いつつ、エルニィもゲームに興じている辺り、本気で取り合おうとは思っていないらしい。

 アンヘル関連の雑務は全て南に任されているため、赤緒は普段、どのような外交的取り決めや、国内でも情報統制が取られているかはまるで分からないのだ。

 だが、当の南は自分たちの懸念に毎回、手を払って気にすることはない、とのたまう。

 なのでついつい甘えてしまうのだが、今日の南の論調は険しかった。

「……ですからそれは……我が方の取り決めとして……。そもそも、ラ・グラン・サバナの血塊炉を第三国にと言うのが……」

「……南さん、何だか今日は一段と怖いですね……」

 居間に茶菓子を持ってきたさつきと赤緒は目線を交わし合う。

「うん……。いつもの相手とは違うのかな……」

「どっちにしたって赤緒たちができるのは非常時の戦闘じゃん。南にしかできないことなんだから、任せればいいんだってば。うぉっ、ここで裏ボス……」

 エルニィは半ば職務放棄にさえ映る言動をしている。赤緒は通話先に厳めしい言葉を放つ南を目にしてどうにも胸騒ぎがしていた。

「ですから……! 何で分からないんですか。回せる戦力にも限りがあって……」

「……ちょっと大変そうですね。せめて……美味しい晩御飯をご用意できればいいんですけれど……」

「あー、ボクオムレツがいいー」

 エルニィのリクエストに応えた途端、南がガタッといきり立っていた。

「……その情報……事実ですか? ……だとすれば余計に……。……承知しました。なら、我が方の優秀な操主と人機で対応します。はい……その位置情報を常に送信してください……」

 憔悴した様子の南に赤緒は思わず歩み寄る。

「あの……南さ――」

 言葉を発しかけて南の矢のように鋭い眼差しにうろたえる。南はつかつかと歩み寄り、赤緒の肩をがっと掴んだかと思うと、直後には目を潤ませていた。

「どうしよー……吼えちゃったけれど何にも策が浮かばない……」

「あ、あの……っ」

「赤緒さん……助けてくれるわよね?」

 追及の視線に赤緒はうぅ、と覚えず目を逸らしていた。

「事と次第によってはで……」

「大変なことになっちゃったのよ! でも……対処しないとまずいし……」

 ぐいぐいと肩を引っ掴まれて振り回され、赤緒は目を回してしまう。

「お、落ち着いて……」

「落ち着いてるってば! ねぇ、赤緒さん……手伝ってくれるわよね?」

 これは勢いに呑まれて頷いては駄目なパターンだ、と察知した赤緒は失礼を承知で逃げ出していた。

「ご、ごめんなさいー!」

「ああっ! せっかくの戦力が……」

 大仰に手を伸ばした南は直後にさつきを目に留める。

 ひぃっ、とさつきは短く悲鳴を上げていた。

「あの、その……ごめんなさーい!」

 走って逃げてしまったさつきに南はがっくりと肩を落とす。

 出せる戦力に限りがある上に、ここ一番で頼りになる人間、ときょろきょろ周りを見渡した南は軒先で日向ぼっこをしている背中に歩み寄っていた。

「……ねぇ、ルイー。暇よね?」

「忙しいんだけれど」

「ヒマ! よね?」

 有無を言わせぬ声音にルイが嘆息をつく。

「……赤緒もさつきも駄目なんでしょ。……何があったの?」

 途端、南はルイへと泣きついていた。

「もう八方ふさがりよーっ! どうしろってのー!」

「いい大人が泣き喚かない。ハンカチ」

 差し出されたハンカチで南は鼻をかむ。

「ルイー……お願いがあるんだけれど」

「嫌よ。……って普段なら言うんだけれど、その参った感じの顔を見るに、今回ばかりは助け舟がないと駄目って感じ」

「わ、分かってくれる? さすが私の娘!」

 ガッツポーズを取る南にルイはほとほと呆れ返ったように肩を竦める。

「……で、何なの?」

 輸送機より吊り下げられた形の機体には空戦仕様が施されており、背部バックパックには折り畳まれた翼が格納されている。

 それでもこの時代には特異とも言えるシルエットの《ナナツーウェイ》は、輸送機の腹部にワイヤーで吊られていた。まるでマリオネットのようである。

「……こんなことになるなんて……。ったく、恥だけは掻かせてくれるんだから、覚悟しなさいよね、本国の連中……!」

 下操主席で悪態をついた南にルイは嘆息混じりに声にする。

「……南米から秘密裏に第三国へと輸送される血塊炉の流入阻止、及び、それを狙うと目されるキョムの迎撃……。何で正式な命令が下りないの?」

「……どうにもきな臭い感じなのよ、上も。話し振りを聞くに、上はわざと血塊炉を流入させるつもりみたい。有り体に言えば、他国に売りつけるモデルケースが欲しいから、今回は黙認したい。でも、本国としてみれば全く対処しないのはあり得ない、って言う、大人の建前と本音の入り混じった……情けない話なわけ」

「要はキョムに奪われちゃうと困るから護衛が欲しいんでしょ」

「……それもあるんだけれど、アンヘルが何のリアクションもしないのも困るんだってさ。血塊炉は知っての通り、それだけで国家のパワーバランスを崩しかねない。人機産業は動き始めたばかりだからね。他国に追いつき追い抜きされていたら、共通の敵に出し抜かれちゃう。……それをあの頭の堅い小役人共は、いくら言っても聞かないのよ! 必要な処置だ、とか言ってさ! 大人って汚い!」

「南もいい大人でしょ」

「……そう言われちゃうと立つ瀬ないわね。でも、だからこそ大人代表として、こうして下操主席についているわけじゃない」

 ルイは着込んだRスーツの気密を確かめる。高空戦闘が加味されたこの機体――《空神ナナツーウェイ》での戦闘経験はゼロではないが、決して撃墜スコアが高いわけでもない。

 そもそも、愛機であるはずの《ナナツーマイルド》が使えない時点で、この作戦は下策に転んでいる。

 如何に型落ちを最小限に抑えたとは言え、《ナナツーウェイ》にできることなど高が知れているのだ。それを分かっていないはずもあるまいに。

「……何でモリビトを無理やりにでも出さなかったの」

「だって赤緒さん無理って言うし……。……正直言うと、あんまり無理強いしたくないのよ。こういう、大人の事情ってのには余計にね。私が呑み込めば済む話でもあるし」

「私も巻き込まれているんだけれど」

『……ボクも。電子戦になってもあんまし当てにしないでよね。こちとら遠隔なんだから』

 通信網に漏れ聞こえたエルニィの声音に南は呆れ返る。

「そもそも、何でこういう時に限ってあんたのブロッケンは出せないわけ?」

『しょうがないじゃん。メンテナンス中だもん。ボクが文句も言わずに輸送機で連れ立っているだけでもありがたいと思ってよ』

「……それにしても、空戦、か」

 こぼしたルイは視界いっぱいに広がる雲海を眺めていた。人機による空中戦闘はまだ経験値が少ない分、イレギュラーに見舞われやすい。

 少しでも精神を緩めればそこまでだ、と思っていたルイは下操主席で欠伸を掻いた南に辟易する。

「……南、気を抜き過ぎ。地上じゃないのよ」

「分かってるけれど……。何か、安心するのよねー。あんたと久しぶりに人機に乗ったからかしら?」

 思えば血続トレースシステムになってから南と乗り合わせるのは久方振り。それも、既存のフォーメーションではなく、下と上の操主席が入れ替わっているなど、慣れはしない。

 ――南米だと、南はいつも上だったな。

 そんな益体のないことも考えてしまう。

《モリビト2号》の操主権を青葉と争うのに必死で、南との時間は少しずつ減っていったのは確かである。

 あの時――決定的な、《モリビト一号》との決戦以降、駆け抜けるような日々ばかりで、まともな休息はついたためしがなかった。全てが意想外に転がっていく一方で、それまでに大切にしていた毎日を疎かにしていたのかもしれない。

「……南。でも敵は……」

「分かっているわよ。目標捕捉。目視で確認したわ」

 輸送機が追いついたのは最新鋭のステルス機だ。積載コンテナを有しており、その中身が血塊炉なのだと窺える。

『待ってねー……。うわっ、えげつなっ……。人機十機分の血塊炉を運んでるよ、あのステルス機……。載せられるだけ載せたって感じだねー』

「つまり、ステルス機としての性能は……」

『ない。全くと言っていいほど。運ぶだけなら簡易輸送機でも可能なんだろうけれど、任務が任務だから最新鋭の機体を使っているんだろうね。あっちも何だかんだでケツに火が点いているわけだ』

「感心してないで、輸送機での合流を指揮して。何もないに越したことはないんだから」

『はいはい。輸送機の進路上にいるステルス機に打診して、っと。こっちには人機があるんだよ、って警告しとく?』

「そのほうが交渉条件としてはいいかもしれないわ。お願い」

 とは言え、《空神ナナツーウェイ》の装備した武装はアサルトライフルに簡易ブレードのみ。隠し武器として、腕のデッドスペースにガトリング砲をマウントしているが、それでも火力不足だろう。ほとんど陸戦のそれと代わり映えはしない。

『……相手の返信を待機中。ま、墜とされる距離なら相手もそれなりに応答してくれるかもしれないねー。この条件下でこっちの要求を呑まないってのも変だし。ここは空路を譲って積み荷を持って回れ右を……。待って、何これ』

 当惑した様子のエルニィに南は通信を確かめる。

「どうしたの、エルニィ」

『……いや、この信号……。間違いない――! 南、それにルイも! 上だ!』

 上、と南が振り仰いだ意識より一拍早く、ルイは輸送機との接合を解除していた。

 ワイヤーを引き千切り、《空神ナナツーウェイ》を自由落下に晒す。

 直後、雷のような眩い光軸が輸送機に引っ付いていた状態の《ナナツーウェイ》を引き裂かんとしていた。

 まともに取り合っていれば間違いなく撃墜されたのはこちらだ。

 ルイは血続トレースシステムを確かめさせ、指先のキーを打って《ナナツーウェイ》の背面バックパックを展開する。

 顕現した翼によって落下を免れた《空神ナナツーウェイ》よりルイは高空を睨み上げていた。

 積乱雲の向こう側より迫り来るのは、頭上の悪鬼である。

 緑色の装甲にリバウンドの磁場を跳ねさせた巨大人機から発せられる圧に、ルイは歯噛みしていた。

「……あれ、東京で赤緒とやり合った……」

『《キリビトコア》……。嘘でしょ、こんな空域に? 何でステルス機を守るの?』

 輸送機に乗り合わせているエルニィからしてみれば冗談ではないのだろう。必死に情報を手繰る彼女の言葉が、今はここまで現実離れして聞こえている。

 南は中てられたように《キリビトコア》から視線を外せない様子であった。

 無理もない。《モリビト一号》と同レベルのリバウンドプレッシャーだ。一時的な放心状態にあるのだろう。

 ルイは歯を軋らせ、南の背もたれを力いっぱい蹴り上げていた。

 その痛みで我に帰ったのだろう。南が振り返って反論しようとする。

「痛っつ――! こら、この悪ガキ――!」

「南! 避けるわよ、操縦桿に掴まっていて!」

《空神ナナツーウェイ》を操り、ルイは《キリビトコア》より放たれる高出力兵装を回避していた。少しでも意識の糸を緩めればやられる、その予感に首裏に汗が滲む。

「……っと。って、何あれ! 無茶苦茶じゃない、あんなの!」

「……ようやくいつもの南に戻った。報告書にあったでしょ」

「……《キリビトコア》だっけ。何で、あんな目立つ人機を……」

『解析結果出た! ステルス機より返信を受諾。“墜ちるのはそっちだ”って……? まさか!』

「……やられたわね。結託してでも、血塊炉十機分、第三国に渡したいわけ」

 最初からこの戦いも織り込み済みであった可能性もある。ルイは脇を締めて血続トレースシステムを稼働させていた。

「あれにはモリビトやトウジャでも手を焼いていた……。まともにやり合うのは不利なだけよ」

「癪なことよね……。そこの人機! 取り決めだか何だか知らないけれど、そうまでして邪魔するってなら、ただじゃおかないわよ!」

 南の忠告と言う名の暴言に、《キリビトコア》より通信が繋がれる。

『……何だ。赤緒ではないのか。乗っているのはしかし、血続だな。アンヘルの機体がこの件に噛んでくることはない、という判断だったはずだが』

「……八将陣、シバ……!」

 赤緒が幾度となく出会ってきたと言う女の八将陣であり、相手のリーダー格。緊張に詰めた呼気に比して、南は声を張り上げていた。

「何だか知らないけれどねぇ……こちとらババばっかり引かせてもらってるんじゃ堪ったもんじゃないのよ! せめて、その血塊炉、置いていきなさい!」

『断る。……と言うよりも、これはお前らの上層部も黙認しているとの話だ。何故、そのような型落ちの人機で、情勢ばかり掻き乱そうとする?』

 確かにこの空域に割り込んだのはこちら側。相手からしてみれば、邪魔をするな、これは静観しろ、という忠言であったはず。首を突っ込んでおいて、何を、と言われるのは当然の摂理なのだ。

 しかし、どこか物分りのいいその頭へと、南の怒号が突っ切る。

「あんたねぇ……、そうやって何もかもみぃーんな! 大人の事情ってんで納得できるかってのよ! 世界がロストライフ化しようってのに、何でもかんでもはいそうですか、で呑み込んでいたら私たちは何のためにいるっていうの? 私たちアンヘルは! 南米の頃から信念を曲げたつもりはないわ!」

 吼え立てた南の判断は通常ならば責められるべきだ。しかし、ルイは、久方振りにその無鉄砲な声音と、そして格上にも噛み付いてみせる強情さに、かつての南の横顔を見ていた。

 ――南米でどれだけでも憎まれ口を叩き合った、誉れある、自分の母親……。

「南……」

『……それは賢くはないぞ?』

「そんなの、分かり切っているってのよ! ……ルイ、やるわよ。ゴメンね、喧嘩しないでいい相手に喧嘩売ってるかも……」

「ううん……。そのほうが、南らしい」

 紡いだ言葉に南はフッと笑みを浮かべる。

「……そうよね。無鉄砲なほうが、私たちらしいわ。ルイ! 敵機の軌道を読んで一発喰らわせるわよ!」

「……了解」

《ナナツーウェイ》が戦闘機動に入る。無論、上層の航空力学、そして空戦においてのセオリーをほとんど知らない自分たちは格好の的であろう。

《キリビトコア》が全身から稲光を滾らせ、《ナナツーウェイ》へと雷撃を浴びせかかる。それを紙一重で回避するのはひとえに下操主を務める南の操縦技術と習い性の神経。

 空戦マニュアルなんて読んだこともないくせに、こうも巧みに相手の攻撃を掻い潜る。

 だが人機は一人で成り立つわけではない。

 上操主を務めるルイはメインとなる血続トレースシステムを引き受けている以上、下操主も含めての集中を背負うことになる。

 しかし、その程度なんてことはない。

 南米で何度もすり抜けてきた修羅場を、思い出と共に遊泳するだけだ。

 むしろ、心地よくさえある。南の心得たかのようなフットペダルの加速に、ルイは自身の思惟を乗せて雲間を切り抜ける。

 翼が雲を引き、緩やかな上昇からの切り返したかのような下降に打って出る。

 全身に荷重がかかり、突き抜けるGが臓腑を押し込む。

 ルイは照準器越しに《キリビトコア》の巨躯を見据えていた。アサルトライフルの一射がその装甲に突き刺さりかけて、局地的なリバウンド力場が銃弾を跳ね返す。

「……Rフィールド装甲……よね。実体弾は通用しない」

「それでも、手はあるんでしょう?」

「……さすがは私の娘ッ! 心得てくれているじゃない!」

「最接近するわ。加速度は南に委ねる」

 その言葉通り、自分は相手の絶対的な一撃のみをかわすことに全神経を傾ける。

《キリビトコア》の巨体は緩慢であるが、それでも機動力はある。それを今、見せつけないということは、ステルス機を慮り、急加速に出られないという事実が浮き彫りになっていた。

 今こそが好機。今こそが《キリビトコア》を――撃墜する時。

「《空神ナナツーウェイ》、《キリビトコア》の射程に入るわ」

《キリビトコア》がそのハサミのようなアームを伸ばし、《ナナツーウェイ》の右腕を根元より寸断する。

 放たれたのはリバウンドの青さを誇る刃だ。

 瞬間的に伸長された剣の一撃が肩口を射抜き、アサルトライフルを保持した腕を吹き飛ばす。

 対外的にはこれで終わりに思えるだろう。

 しかし、ルイは微笑み、そして雄叫びを上げていた。

 雲海を突っ切り、簡易ブレードを握り締めた左手で肉薄する。

『馬鹿な真似を! リバウンドフィールドだぞ!』

 シバの声と共にリバウンドフィールドの皮膜が《ナナツーウェイ》の刃をじりじりと融かしていく。

 明らかな出力負けだ。それでも、南と自分は吼えていた。

 二人分の咆哮が相乗し、絶対のリバウンドの守りを抜けたブレードが《キリビトコア》の装甲へと突き刺さる。

 決死の攻防の一撃はしかし、その堅牢さを誇る大型人機の前には無力かに思われていた。

 その刹那、腕に収納したガトリング砲を引き出し、無数に跨った照準器を装甲の継ぎ目へと収斂させる。

「行っけぇーッ!」

 ガトリングのゼロ距離射撃が瞬きを無数に咲かせ、《キリビトコア》の装甲面を灼熱で撃ち抜いていく。

 残弾が切れ、完全に消耗し切った《ナナツーウェイ》が脱力する。全身から青い血を滴らせた機体は限界を迎えていた。

《キリビトコア》は微塵にも損耗していない。

 ――確実な詰み。

 それを認識してもなお、そこに居続ける《ナナツーウェイ》に対し、《キリビトコア》が身を翻していた。

『……ここまでだな。元々、お前たちアンヘルと結んでいるのはかくれんぼのゲーム。見つかった時点で、私は撤退すべきだった』

「……意外ね。ここまで追い込んで逃げるんだ?」

 挑発する南にシバはフッと笑みを浮かべたようである。

『そこまで損耗した機体でよく吼える。だが、戦いにおける執念には感服しよう。そのナナツーに乗る血続、覚えたぞ』

《キリビトコア》が退却し、光を立ち昇らせ消えていく。

 ステルス機は自らの負けを認識したのか、積み荷のロックを外して海上へと落としていた。

『あーっ! せっかくの最新式の血塊炉……海水に浸けたらおじゃんだよ……』

 この戦いの中でも生き残っていたエルニィが声を響かせる。

 南はははっ、と笑い声を上げていた。

「……嘘みたい。生きてる」

「南米じゃ、何回でも通った道でしょ。今さらよ」

「そうね……。ルイ、あんたと一緒に、こうして命からがらってのは、珍しい話でも、なかったわね……」

「そんな何でもないこと。ホント、南ってば」

 べ、と舌を出す。その面を目にして、南は笑っていた。

「……ホント、悪運強いわ、私たち……親子はね」

「だーかーら! 無理なものは無理って言ってるでしょうが! そっちの議会で通らないものが、何でこっちだと通ると思って……!」

 通話先で相手と言い合っている南を赤緒は呆然と眺めていた。

「……今日も荒れてるなぁ、南さん」

「そう? いつもでしょ」

 ゲームに興じるエルニィはそちらに意識を削ぐのに忙しいそうだ。赤緒は境内を抜けてきたルイを視野に入れていた。

「あっ、ルイさん……。南さん、ちょっとピリついている感じですよね……。機嫌悪いのかな……」

「……やっぱり、赤緒って鈍感。あんなに生き生きしている南、そう見られないのよ?」

 言ってのけたルイがべ、と舌を出して歩み抜けていく。

 赤緒はその両者に小首を傾げていた。

「……生き生き……してるのかなぁ……二人とも」

 だが確かなことは、南の頬と同じ位置に絆創膏を貼ったルイは、今日もいつもと同じように、澄ました面持ちであったということだけだ。

 きっとそれが、彼女らにとっての「日常」には違いない。

 赤緒は五郎に呼ばれ、境内を駆けて行った。

 自分の「日常」を歩むために。

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