「……日本を戦場にしたいって言うの? 南の上役は」
「そういう心積もりもある連中もいるかもね。いずれにしたって、自衛隊の戦力増強案に入っているんだから仕方ないでしょ。はい、これ。立花博士のサインが要るんだってさ」
差し出された書面をエルニィは注視し、嘆息をつく。
「……やだなぁ。人機ってもっと、さ。幅広いものだと思っているんだけれど」
エルニィの文句に南は、そうねと首肯する。
「本当ならこんな人機……願い下げって言いたいところではあるんだけれど、そうも言えないのがこの国の実情ってわけ。自衛隊に配備できる機体は型落ち品でもいいから寄越せって言えば、こういうのが回ってくる。正直、やり切れないわよ。でも、ロストライフ現象の矢面に立つって言えば、分かりやすい軍備増強が必要になってくる」
輸送船が降下させたオプション武装の数々にも目を通さなければならない。
人機開発の権威を名乗るのならば、それくらいは買って出るべきではある。だが、いたずらな戦力の増大は要らぬ禍根まで招くのは必定だろう。
「……両兵はいい顔しないかもね。これ、嫌と言うほど南米で見ただろうし」
「両のことは言わないでよ。……私だって、これ通すのは反対したいんだし」
エルニィはコンテナの裏側へと回り、システムロックを解除させる。薄暗く湿ったコンテナへの扉が開かれ、エルニィと南はその人機の威容を視界に入れていた。
構造としては《ナナツーウェイ》そのものに近いが、全く異なる点と言えば、その脚部が二脚ではなく、キャタピラに固定されている点だ。
加えて両肩には長大な砲門が一対。背部バックパックには超長距離滑空砲も装備可能な、まさしく要塞じみた機体である。
相手を圧倒し、戦果を挙げることにのみ特化した、完全なる戦闘用人機。
もっと言えば戦場での扱いやすさのみを考慮した、人類の業が詰まった兵器でもある。
「《ナナツーウェイ》改良試作T型……。通称《ナナツータンク》、か。キョムとの前線に、馬鹿みたいに送られていくのをあっちじゃよく見たよ。それこそ、売られていく小牛を見守る気分だったくらい」
エルニィの皮肉に南は沈痛に面を伏せていた。
「……青葉の信じた人機の未来とは全く異なる機体。気分が悪いのはそれも、なのよ。何だか……今でも南米にいるあの子に、悪い気がして……」
青葉は戦い続けている。だと言うのに、こんなまさしく兵器のような人機を日本に持ち込むのはどこかしら裏切りめいていて、二人とも言葉少なになるのは目に見えていた。
それでもエルニィは人機の国際的な技術者としての判断を下すしかない。
キョムとの戦線において、一機でも人機は欲しい手前、これはいいがこれは駄目など言ってはいられないのだ。
だから、これは呑まなくてはならない禊でもある。
この国が人機によって変わる前段階として、明らかに兵器である人機でも、取り入れる。それこそが日和見の日本を少しでも叩き起こす起爆剤となるだろう。
「……現状、都心部のみにキョムの攻撃が集中しているから、まだいいけれど、いずれは全国規模での人機の展開は必須になってくる。その時、安価で出せる人機の施策案として、これはもちろん、有効な手だ。基本フレームはナナツーだし、それに戦車の記号も組み込んであるのなら、案外この国はうまいこと扱うかもね。ノウハウ自体はないわけじゃないし」
だが、もう一歩のところで承服できないでいた。人機をただの破壊兵器として考慮して欲しくないのもある。それに何よりも――エルニィからしてみればこの人機は美しくない。ナンセンスの塊のようなものだ。
「ただでさえ、戦車ってのはボクは嫌いなのに、人機の要素を含む戦車なんて、そんなの……」
「ま、言いたいことは分かるわ。でもどうしようもないわよ。これを受領するってサインをしてくれれば、いつだってどこにだって派遣可能。あんたのサイン一つでね」
自分の名前は自分が思っている以上に重たいわけか。やるせなさと現実を天秤にかけて顧みれば、いつだって勝つのは不条理な現実に決まっている。
「……分かった。この《ナナツータンク》の受け入れを――」
その時、劈いたのは警報だ。
港に降り立った警戒の緊張感にエルニィは周囲に視線を巡らせ、コンテナより飛び出す。
受領間際の人機へと火線が見舞われていた。プレッシャー兵装の光条がコンテナを射抜き、炎が照り返す。
空中展開した《バーゴイル》編隊は恐らく、この輸入の阻止を任務としているのだろう。
「……極秘のはずよ! 何だって……」
「案外、キョムに極秘だとかそういうの関係ないのかもね。ボクのブロッケンで――!」
アルファーを振り翳そうとしたその刹那であった。
一機の頭部が扁平な《バーゴイル》が前に出て、翼を広げて四肢を拡張させる。
浮かび上がった波紋がエルニィの掲げたアルファーより光を奪っていた。淡い輝きが霧散し、控えさせていた《ブロッケントウジャ》へと命じていた神経が阻害される。
「ジャミング? それも、アルファー特化の!」
南の声音に《バーゴイル》三機編隊はコンテナ設備を陥落させようと業火を浴びせかかる。エルニィと南は共にコンテナの陰に隠れていた。
「どーすんのよ! ブロッケンが来ないんじゃ……!」
「一手……上回られたね。相手も伊達や酔狂でロストライフ化をはかっているわけでもないんだ。潰せる戦力は潰す、か」
歯噛みしたエルニィは戦局を分析する。自衛隊や輸送船の戦力は総崩れ状態だ。《バーゴイル》三機相手に分の悪い装備ばかり。
それに加えて自分たち二人というお荷物を抱えている。
ここで消耗戦を繰り広げたとしても、勝てる見込みは薄い。
――なら。
「……南。馬鹿なこと言うけれど、聞いてくれる?」
南は拾い上げた自動小銃で《バーゴイル》へと牽制の弾幕を張っているが、人間程度では人機に掠り傷も与えられないのは明白。
「何! 今、忙しいから手短に!」
「……ここで人機に勝つのには、やっぱり人機じゃないと駄目だ。ボクのブロッケンは、でも来ない。完全に戦力の頭を封じられた状態だし、相手からしてみれば上に陣取ってずっと適当に撃っていれば勝てちゃう」
「分かり切ったこと!」
「……そうだね。分かり切ったこと。だからさ、取れる手は取る。南、こいつ、動くよね?」
目線で問いかけた答えに南は本気なのか、と眼差しで問い返す。
エルニィは頷いていた。
「……ここじゃ死ねないからさ」
「エルニィ……あんた……」
その言葉尻を爆風が遮っていた。南は自棄になったように声を張る。
「あー、もうっ! 勝てるんなら今はこっちの都合とかはお構いなし! いつものでいいわよ! いつもので!」
「サンキュ、南。調子出てきた」
エルニィはコンテナに収まった《ナナツータンク》を仰ぎ見る。
「キミもまた、人機のはずだ! だったら応えてよね!」
銃撃網を掻い潜り、南とエルニィは頭部コックピットに至る。収まった操主席は手狭で、《ナナツーウェイ》の旧式機ほどもない。
上操主、下操主の分別も雑多なもの。
本当に即席で整えられた代物なのが窺える。
「……うわっ、これ……。南米で乗っていた《ナナツーウェイ》の初期型並みね。明日筋肉痛になりそう……」
「今は、贅沢言ってられない。スターターをかけるよ!」
下操主席に収まったエルニィは《ナナツータンク》のエンジン火を通す。旧式血塊炉を化石燃料のエンジンで直結させて無理やり叩き起こした人機が震え、《ナナツータンク》が無限軌道で緩やかに後退する。
「南っ! もっと速く!」
「無茶言わないでよ! 私だって、こんなの動かしたことないんだから!」
「……でも敵は待ってくれないよ……」
こぼした声に応じるかのように、《バーゴイル》三機の火線に押し込まれる。《ナナツータンク》は多面積層装甲でプレッシャー兵器の銃撃をいなした。
「さすがは南米戦線の機体だ。一発や二発じゃびくともしない」
「……だからって、照準も今さらマニュアルなんて」
「だから上操主を頼んでんじゃん。ボクじゃ、絶対に当たらないし」
「……ホント、あんたらって身勝手だわ。長生きできるかも」
「いいジョークだ。この絶望的な状況じゃ、ねっ!」
照準補正をかけ南は上操主の引き金を絞る。
「当たりなさいってば!」
両肩に装備した大型の対空砲撃はしかし《バーゴイル》に命中してくれない。エルニィは南の砲撃が狙い澄ます間にも《ナナツータンク》の副武装を呼び起こす。
幾重にも封鎖網が張られた《ナナツータンク》の下操主席の直下に、手書きのメモを見つけ、エルニィはそれを差し出していた。
「これ! 武器コード!」
「打ち込んで! 手が回らない!」
了解の復誦を返しつつ、エルニィはコンソールに武装コードを打ち込む。隠し武装の認証番号は敵に鹵獲された際、完全にその能力を掌握されないために有効だ。もちろん、それは敵が人間である前提ではあったが。
「……キョムの強化人間や改造兵相手にはあんまし意味のないセキュリティだけれど。でも、そのお陰で一矢報いるくらいはできる! ……南ッ! コード認証完了! 超長距離滑空砲がアクティブになった!」
「待ってましたっ!」
その言葉に呼応するかのように《ナナツータンク》が背部バックパックに格納していた武装をその手で握り締める。
超長距離滑空砲がアクティブの認証を返し、《ナナツータンク》は直上の《バーゴイル》を照準器に捉えていた。
「散りなさい!」
習い性で耳を塞ぐ。超長距離滑空砲の一撃が《バーゴイル》の腹腔へと叩き込まれ、そのまま一機を爆散させていた。
確かな威力のある武装だ。問題なのは、敵が一機ではないことだろう。
距離を取った攻防は意味がないと判じたのか、扁平な頭部の《バーゴイル》指揮官機が急下降し、携えた銃剣を格闘モードへと移行させる。
「来る! 南、格闘兵装……」
「あるわけないじゃない! この子、タンクなのよ?」
舌打ち混じりに操作系の一部を引き継いだエルニィは滑空砲の砲身で相手の一閃を受け止める。一撃は凌げても、二の太刀まで防げる道理はなし。
返す刀の一撃に対して、《ナナツータンク》はあまりにも脆弱であった。
その刃がコックピットに入りかける。
――終わった、と判じた神経よりも先に、エルニィは叫んでいた。
「《ナナツータンク》! キミもまた人機なんだろ? だったら応えてよ! 人の思いにっ!」
吼え立てて《ナナツータンク》の腕を稼働させる。だがあまりにも遅い。
《バーゴイル》の武装を、しかし、直後、阻んでいたのは《ナナツータンク》の翳した腕であった。
南へと視線を投げるが彼女は頭を振る。
「……私の反応じゃない。って言うか、こんな挙動速度……マニュアル式の人機の動きじゃ……」
砲身を握り締め、《ナナツータンク》が砲塔を払い落とす。その攻撃で指揮官機《バーゴイル》の扁平な頭部がひしゃげていた。
息を呑んだエルニィは先ほど手にしたアルファーが淡い輝きを放っているのを視界に入れる。
「……アルファーに呼応する? この人機、まさか……」
瞬間、《ナナツータンク》のキャノピー型コックピット下に隠されていたデュアルアイの眼窩が輝いた。
キャタピラの脚部が可変し、しっかりと大地を踏み締める足を顕現させる。
《ナナツータンク》は砲門を《バーゴイル》の頭部へと据えていた。
放たれた大砲の一撃が暴風を棚引かせ、そのままの勢いで射抜く。
頭部を失った《バーゴイル》が雪崩れ込むように倒れる中で、《ナナツータンク》は青く輝く眼差しを上空の《バーゴイル》へと向ける。
残存した最後の《バーゴイル》が高速機動に身を浸し、急下降のままプレッシャー兵装を引き絞る。
交錯と同時に致命傷を与える――。そう判じたのは互いに同じ。
《ナナツータンク》が駆け出し、空中機動の《バーゴイル》を捉える。エルニィは呼気を詰め、《ナナツータンク》の超長距離滑空砲をそのまま、打撃兵器として薙ぎ払っていた。
思わぬ挙動であったのだろう。
一拍、反応の遅れた《バーゴイル》の機体へと入った一撃が相手を質量で押し潰す。
もがくように背筋から倒れた《バーゴイル》の頭部へと、砲口を据えていた。
「――じゃあね」
引き金と共に決着の一撃が撃ち込まれる。
どこか茫然自失の南は《ナナツータンク》の可変形態を確かめていた。
「……驚きね。カタログスペックにはなかったのに」
「これ、隠し武装のさらに隠しの奴だ。南、これを見ればよく分かる」
差し出したアルファーの淡い光に南は、まさか、と振り仰いでいた。
「血続専用機?」
「前線じゃ、操主は選り好みできないから、この人機なりの抵抗だったのかもね。本当に、正念場で力を発揮するようにできていた。いや、それとも……」
エルニィはコンソールの下部にナイフで刻まれたメッセージを視界に入れる。
「親愛なるアンヘルの者たちに。私から貴女たちへ」と刻まれたメッセージは誰が、誰に宛てたものだろう。今となってはそれもまた、どこか皮肉めいている。
海を越え、この人機は至るべき過程を経て、この姿を現出させたのだ。
「……きっと、誰かの思いだったんだろうね。託したい何かを、この人機は乗せて、海を越えて来た。どこかの戦線で野垂れ死んじゃうかもしれないのに、それでも希望を……切れない絆のために……」
ある意味では血続の誰かに渡るべくして、建造された機体であろう。
エルニィは大破した《バーゴイル》三機を見渡し、ふぅと息をつく。
「……でもま、ここまでの戦果を挙げられるとも限らなかったわけか」
「……ねぇ、エルニィ。この《ナナツータンク》。すごいのは分かったんだけれどさ……」
南の言わんとしていることは分かる。エルニィはメッセージを指先でなぞっていた。
「そうだね。血続相手の特別製じゃ、カタログもインチキだ。だからこれを正式採用は……できないね」
どこかそれは物悲しい。日本で活躍できるかもしれない人機ではあるが、性能面に秘匿されていたものがあるのなら、それは戦力とは呼ばない。
元々は自衛隊に回されるはずであった機体。それにこんな隠し武装があれば、彼らとて安心して使えないだろう。
「……私たちとこの子、出会わないほうが……よかったのかもしれないわね」
南とて南米でマニュアルの人機を動かしてきた経験がある。ナナツータイプであるこの人機の処遇に思うところでもあるのだろう。
《ナナツータンク》は血続専用モジュールを取り外されての運用か、あるいは完全に解体され、刻まれたメッセージの赴くような未来は与えられない。
――「私」から「貴女たち」へ、か。
それがどこの誰なのか、誰に託したい想いであったのか、今さら解きほぐすことはできない。
だが繋がっているのは確かだ。
こうして、海を渡り、荒れ狂う運命を乗り越えて、この《ナナツータンク》は自分の下へと来てくれた。
それだけでもきっと、価値のある出会いであったはずなのだ。
「……南。この子、一日だけ借りられないかな。きっと、誰かに会いたかったはずなんだ。出会うべき、誰かに……」
南はその言葉に静かに首肯していた。
「ええ、柊神社に持っていきましょう。きっと、赤緒さんたちはよくしてくれると思う」
「そうだね。……そうだといいな」
エルニィはメッセージをなぞり、そっとこぼしていた。
「あれ? その人機、どうしたんですか?」
軒先から覗いた赤緒へとエルニィが応じる。
「この子、《ナナツータンク》って言うんだ! ちょっとワケありで一日だけ借りたんだけれど、格納庫で写真撮っていい?」
コックピットから応じたエルニィに赤緒は頷く。
「はい! じゃあみんな集めて、記念撮影しましょう! 呼んできますねっ!」
駆けていく赤緒の背中を見送り、エルニィは下操主席から《ナナツータンク》に呼びかける。
「……キミも、立派な人機だったってわけだ。ちょっとの間だけれど、ボクの人機だよ。……それはいいのかって? ――当たり前じゃん! とっても名誉なことなのさッ!」
南米戦線では駆け抜ける銃撃網など当たり前で、空を舞う黒カラスの群れに対空砲火を見舞っている。それはまさしく、絶望の地平。奈落に落ちた、闇の旋律が銃撃と共に爆ぜる。
《バーゴイル》特有の機体反応熱源に、部隊員が声を跳ねさせた。
「急げ! 人機搭乗後、黒カラス部隊を迎撃する!」
兵士たちはそれぞれ対応する人機へと搭乗し、起動キーをかけようとして、「彼女」はそれに気づいていた。
下操主席に刻まれたメッセージへの返信、それは――。
「親愛なる誰か。ボクからキミたちへ――」。
そのメッセージをなぞるとダッシュボードより一葉の写真が落ちてきた。拾い上げた「彼女」はハッと息を呑む。
《ナナツータンク》と居並んだ、青いモリビトタイプをはじめとする、極東の人機たち。どこかちぐはぐでありながらも、見知らぬ地で戦い続ける「彼女たち」。
今は、届いたこの縁に感謝すべきだろう。
紡いだ絆は、戦場を繋ぐ。
起動キーを認証させ、《ナナツータンク》が頭部をもたげ、その双眸を輝かせていた。
――さぁ、行こうか。《ナナツータンク》。
静かに微笑み、「彼女」は戦う。
掴むべき、明日を見据えて――。