「はいっ! 雪一色です! 創主様、遊びに行きましょうよー!」
うずうずしているレイカルに作木は、だが、としり込みする。
「……寒いんじゃないかな。あんまり動きたくないなぁ……」
「創主様っ! これだけ雪が降ったら、やっぱり何でもできそうですよね! かまくらとか、雪合戦とか!」
レイカルの言いたいことは分かる。都心に大雪が降るなど一年に一回あるかないか。なので、雪合戦を楽しみたいのだろう。
しかし、と渋っていると不意にチャイムが鳴った。
「はい。……小夜さん?」
「朝方からゴメンね、作木君。何だかカリクムが、約束していたみたいなのよ、レイカルと」
「レイカルと?」
小首を傾げている間にもカリクムが部屋に突っ込み、レイカルを指差す。
「言った通りになったな! レイカル、雪合戦で勝負だ!」
「おおっ! 負けないぞ、カリクム!」
二人して威勢のいい声音に作木と小夜は当惑する。
「えっと……どういうことか、説明してもらってもいいですか?」
小夜はやれやれと肩を竦める。
「馬鹿馬鹿しくって説明する気も起きないけれど……」
「じゃあ私が説明するわね」
ひょこっと顔を出したナナ子が部屋に入り、机の上で睨み合う二人を他所に音頭を取る。
「そもそもの始まりは昨日、天気予報で大雪って言っていたからなのよ。ヒヒイロの修行中にね……」
「ほう、明日は大雪ですか。真次郎殿、雪かきをしなければいけないかもしれませぬ」
「そうだなぁ……。俺は明日の大雪よりも、ここ一番の逆転の策が欲しいね」
「言っておきますが、待ったの時間はあと三十秒を切っておりますゆえ」
ぴしゃりと言い放ったヒヒイロに、削里は呻るが、レイカルは算数の勉強を他所に問いかけていた。
「……雪? 雪が降るのか! ヒヒイロ!」
浮ついた声音にヒヒイロは、ふむと首肯する。
「そのようじゃのう。都心でも降る時は降る。日本は不可思議なものじゃ。どれだけ夏が暑くとも冬になれば雪は降るのじゃから」
「それって……雪合戦できるくらい降るのか?」
うずうずとしたレイカルにヒヒイロは察する。
「……お主、雪合戦をしたいのか」
「だって雪が降るんだろ? だったら、かまくらとかお餅とか、雪合戦ができるはずだ! 創主様が言っていたぞ! 子供の頃によく雪が降ったらかまくらの中でお餅を焼いたって!」
「かまくらが作れるくらいに降るかまでは分からないけれど、まぁこの様子じゃ大雪にはなりそうだな。明日は店も休むか」
「年中休みのようなものですが。それにしたところで、レイカルよ。雪を見るのは別段、初めてでもなかろう。何故、そうまで浮ついておる?」
「だってみんなでわいわい騒げるんだろ? 冬の醍醐味だって聞いたぞ!」
「ふむ……作木殿のお話をどうやら虫食いで理解しておる様子じゃな。確かに、かまくらや雪合戦は冬の醍醐味じゃが、お主は明日までに足し算を理解すると言ってのけたばかりではないか」
「足し算なんてもう止めだ! なぁ、ヒヒイロ! いいだろ? 雪合戦がしたいんだよ!」
鉛筆を捨ててごたつくレイカルにカリクムが、やれやれと肩を竦める。
「子供だなー、お前は。雪合戦なんてしたって寒いだけだろ」
「さてはカリクム! お前、私に負けるのが怖いんだろ!」
「なっ――! 負けるわけないだろ! 雪合戦でも私と小夜は最強なんだ!」
「ちょっと……勝手に巻き込まないでよ。あんたらと違って寒い時には休むんだから。せっかくの休講みたいだし」
スマホで講義の情報を確かめた小夜は言い争う二人に辟易していた。ナナ子はこたつに入ってミカンを剥いている。
「そうそう。人間は寒い時には駄目なのよ、カリクム。かまくらなんて、子供時代ならいざ知らず、大人になってからやると通報ものなんだから」
「……まぁ、それもあるけれど。ってか、当たり前のようにいるわねぇ、あんたも」
呆れ調子の小夜にナナ子はまぁね、とミカンを口に放り込む。
「伽クンとの甘い甘いウィンターデートは雪で持ち越しになっちゃったし。暇を持て余しているのよ」
「……言ってなさいよ、バカップルめ……。どっちにしたって、私は雪合戦なんてしないかんね。カリクム、諦めなさいよ」
「なぁ、小夜ー。勝ちたくないのかよー。レイカルの奴、粋がってるんだからさー」
「知らないわよ。つーか、あんたが勝負に乗ったんでしょ? レイカルと雪だるまでも作って遊んでいなさいよ」
「ははーん。さては割佐美雷! 負けるのが怖いんだな!」
ずびしと指差したレイカルに小夜はいきり立って反発する。
「だから役名で呼ぶなっての! ったく、これだからガキは……」
「でもどうするの? カリクムだけで行かせたらまた汚して帰ってくるわよ?」
いつもの騒動を思い返し、小夜は頭が重くなる。カリクムたちが汚れて帰ってくるのを防ぎたければ、自分も同行するしかない。
「……ついでに、作木君との口実を作っちゃいなさいよ。会いたいんでしょ?」
囁きかけたナナ子に小夜は言い返す。
「……でもでも、重い女って嫌われるじゃないの」
「馬鹿ね。そこはカリクムをダシに使うのよ。オリハルコン同士が雪合戦するんなら、創主は要るわよね、って具合に」
「ぼそぼそ何言ってるんだ? 割佐美雷、参加するのかー」
「小夜ー、こいつに言われっ放しで悔しいだろー」
ふむふむと頷いた小夜は、こほんと咳払いしていた。
「しょうがないわねー、ま、創主がいないとあんたら、何しでかすか分からないから、特別に! 見張っておいてあげるわ」
「そうと決まれば明日の朝だな! カリクムと割佐美雷! コテンパンにしてやるから、早朝に来いよ!」
「こ、コテンパンだと……っ。それはこっちの台詞! 小夜、見返してやろうな!」
「そ、そうねー。それがいいと思うわー」
「小夜、棒読み過ぎ。役者でしょ?」
「よし、じゃあ明日の朝に雪が降っていたら決行だ! じゃあな!」
飛び出していくレイカルにヒヒイロは額を押さえる。
「……あ奴、いい体裁を取り繕って修行を投げおったな……」
「よし、この手だ!」
パチンと駒を打った削里にヒヒイロは涼しげに返す。
「残念ながら、読んでおりました。……まぁ、たまには羽を伸ばすのも大事かのう……。連中は自由すぎるきらいがあるが……」
「……参りました」
と、言う具合らしい。
つまりは雪が降っていれば自分も強制参加であった、というようだ。
「でも、都心でこれだけ積もるのも珍しいですね。いつもの靴じゃまるで動けないし」
「長靴、持ってきて正解だったでしょ?」
ウインクする小夜に作木は苦笑する。
「元々は出るつもりもなかったんですけれどね……」
「よぉーし! カリクム、ルールを決めるぞ!」
腕を回したレイカルにそうねーとカリクムが呻る。
「よくよく考えれば審判がいないわね。判定を下せる第三者がいないんじゃ、互いにぶつけまくって終わるような――」
「それは、私に任せてもらえないかしらぁ……?」
不意に現れたラクレスに二人とも驚嘆する。
「……気配を消して出てくるなよ。ビビるじゃんかぁ……」
「せっかくの雪なんですもの。有効活用するのが望ましいですわ、作木様。こういたしましょう」
ラクレスがハウルを練り上げ、両者へと投げる。小夜と作木の二人の後ろに創られたのは小さなかまくらであった。ちょうどオリハルコンサイズである。
「一瞬でかまくらを……」
「ハウルは想像力の具現、大したことでもないでしょぉ? そのかまくらが陣地、つまりは壊されると負けよ。ポイント制にすると私たちじゃ、いつまで経っても勝負がつかないはず。だから分かりやすいオブジェクトも創っておいたわぁ……」
「うわっ、小夜! 見て見て! これ!」
「何はしゃいでるのよって……うわっ!」
かまくらの中を覗き込んだナナ子と小夜が驚愕する。作木も自分の陣地のかまくらを覗き込んで、その中に鎮座する雪の彫像に感嘆していた。
「すごいな……僕だ」
「ええ。それぞれのかまくらの中には創主を模したモニュメントを構築しておきました。かまくらを破壊するだけではうやむやにされかねないので、その創主像が破壊されれば、完全なゲームセットとします」
「なるほど。かまくらの破壊にかまけるか、創主像の破壊をするか、でゲーム性を競うわけね。それ以外には相手に当てての妨害もアリ……。考えてるじゃない、ラクレス」
納得したナナ子を他所に、作木と小夜は胸中穏やかではない。
「……私たちの像が狙われるのって、何か癪よね……」
「ええ、まぁ……。でも分かりやすいのでいいんじゃないでしょうか」
「では、これよりゲーム開始。制限時間はこのラクレスが管理するわぁ……。一時間で勝負がつかなかったらサドンデスよぉ……」
「望むところだ! 創主様! 勝ちましょうね!」
「あ、うん……。でも、となると僕は小夜さんとナナ子さんに雪玉を当てないといけないのか……」
何だか、それはそれで少し憚られるな、と思った矢先、雪玉が飛んできて頬を掠めた。
「……こうなったら、とことん勝ちにこだわるわ! カリクム! ……ま、乗り気じゃなかったけれどここまでお膳立てされたんじゃ、面白そうじゃない!」
手袋をはめ、きっちり防寒装備をした小夜が雪玉を作り上げる。作木は、どうやら説得は無駄らしいと諦めた。
「……でも、創主に比べればオリハルコンは当てにくいよね。どうすれば……」
「作木様、ちょっとお耳を拝借」
ラクレスに導かれ耳を向けると、彼女はそっと囁いた。
「オリハルコンの力ではかまくらの破壊は難しくしておきました。なので、創主がかまくらの破壊を率先したほうが勝ちに繋がると思います」
「あーっ! ラクレスずるいぞ! そっちに味方するのかよ!」
カリクムの糾弾にラクレスはふふっと妖しく笑う。
「何のことかしらぁ……? 私はいつだって、作木様の味方なだけよぉ……?」
「クソッ! そっちがその気なら、先制攻撃だ! 小夜、アーマーハウルの許可をくれ!」
「了解! 蹴散らしちゃいなさい! キャンサー、アーマーハウル!」
漆黒の鎧を身に纏ったカリクムが姿勢を沈め、瞬時に間合いを詰める。レイカルは遅れて反応しつつ、その顔面に雪玉を食らっていた。
「おぶぶぅ……っ! ら、ラクレス! アーマーハウルありなのか!」
「あらぁ、それくらいはアリの範囲でしょぉ? 何ならあなたもアーマーハウルしなさいな」
「そんなこと言ったって、回り込まれれば……。創主様! かまくらの防衛を!」
カリクムは疾駆を活かしてかまくらに潜り込み、内側から破壊するつもりだ。作木は慌ててアーマーハウルを命じていた。
「レイカル! アーマーハウル! それとかまくらの防衛か……。でもどうすれば……」
かまくらの前に立ったところで、雪原を疾走するカリクムには一発だって当たらない。元々運動音痴な自分では命中率も悪かった。
「そんなの当てずっぽう! 一気に決めてやる!」
「やっちゃいなさい! カリクム! 作木君、悪いけれどこれ、一方的な勝負みたいね! アーハッハッハ――!」
その言葉尻を顔面にぶつかった雪玉が中断させる。ハウルを込めた雪玉の威力に小夜がよろめいた。
「割佐美雷、隙ありだぞ!」
レイカルがハウル雪玉を練り上げ、小夜を集中攻撃する。小夜はラクレスへと抗議していた。
「ちょっ……ちょっと待っ……。ラクレス! 今のアリ?」
「アリでしょう。創主を狙うのは定石ですものね。的だけが大きい」
つんと澄ましたラクレスに小夜は雪玉を作って反撃しようとして、レイカルの精製速度に押し負ける。
「何のッ!」
「ぶべっ! ……ちょ、ちょっと退散! カリクム、私を守りなさいよぉーっ!」
「えーっ……せっかくかまくらまであとちょっとなのに……自分の身くらい自分で守れよ……」
「そこだッ! カリクム!」
投擲された雪玉をカリクムは脚部の刃で掻っ切る。
「甘いわ! へへーん! 私に雪玉なんて通用しないと思うことね、レイカル! このまま一気に決める!」
突っ切ったラクレスはレイカルの放つ雪玉を蹴り破り、切り裂き、そのまま肉薄しようとする。
「うぅ……っ! 割佐美雷を狙おうにも隠れているし……このままじゃかまくらの中の創主様が……」
その時、レイカルは己の内奥から溢れ出すハウルの熱気を感じていた。
「創主様?」
「……レイカルが何事にも全力なら、僕も全力を出すよ。雪玉は当たらないかもだけれど、これなら当てられるだろ?」
「……はいッ! 行くぞ、カリクム! ハァっ!」
レイカルが雪原に向けて拳を突き放つ。
「どこを狙っているんだか……」
カリクムがその狙いを知る前に、小夜の傍にうず高く積み上がっていた雪がなだれ落ちていた。小夜は頭から豪雪を被り、雪だるま状態である。
「ちょっ……! 何よこれー! カリクム、戻ってらっしゃい! あんた、何にも守れてやしないじゃない!」
「んなこと言っても……勝利条件はかまくらの中の創主像の破壊だろ? 守っている暇なんてないってば!」
「カリクム!」
レイカルのハウル雪玉がカリクムに迫る。それをカリクムは半身になってかわし、言い放っていた。
「嘗めるな! この距離でも私なら避けられるし!」
「だから……あんたらってばホント……私の話も聞けーっ!」
瞬間、カリクムは自身と一体化した小夜の意識に上塗りにされていた。
――えっ、小夜! 何するんだよ!
「(何するも何も……言うことを聞かないのが悪いんでしょうが!)」
「ハウルシフトもアリなの?」
問いかけたナナ子にラクレスは頷く。
「ノーカウントでしょう。まぁそれに、メリットだけではありませんし」
「あっ、そっか。かまくらの守りが手薄になるのよね」
得心したナナ子を他所に小夜はハウルシフトした躯体を挙動させ、レイカルの頭上を跳躍する。
「(悪いわね、二人とも! この勝負はいただきなんだからッ!)」
「創主様! このままでは負けてしまいます!」
確かに。ハウルシフトした小夜を止める術はない。勝負に真剣なレイカルは瞳を潤ませている。
作木は一つ決意していた。
「……レイカル。やろう」
「……はいッ! それが創主の望みなら! オリハルコンは全力で応えるのみ!」
「(このままかまくらへと一直線!)」
「なら――百人、一閃……」
構えたレイカルに、まさか、と作木以外の全員が固まる。
「(ちょ、ちょっとレイカル! これ、遊びよね?)」
「ああ、遊びだ。だが、こうも言える。――遊びだから、全力なんだ!」
「あ、まずいかも。私、ちょっと避難するわね」
ナナ子が大急ぎで戦線から離脱する。その背中に小夜は声を投げていた。
「(う……裏切り者ーっ!)」
レイカルの纏うハウルは極大化し、やがて槍に込められていた。
「ハウルスラッシャー、シュート!」
その白銀の槍の穂は直進し、かまくらの中の彫像を打ち砕く。同時にかまくらを射抜いた破壊力が激震し、直後にはアパートの屋根に降り積もった莫大な降雪が轟音と共に雪崩れ落ちていた。
「……だから言ったのに。寒い時には出るもんじゃないって……」
はくちゅん、とくしゃみを放ち、小夜はストーブの前で蹲る。作木も毛布を着込んでレイカルと共に暖まっていた。
ナナ子だけが逃亡に成功したようで、鍋をこしらえている。
「勝負に乗ったのは小夜でしょー。みんなもうちょっと待っててね。鍋が出来上がるから」
「……すいません、小夜さん。ガラにもなく僕も本気になっちゃって……」
謝罪する作木に小夜は赤く染まった鼻をすすり上げて、じゃあ、と作木の毛布に潜り込んでいた。
「これくらいは、許してくれるわよね?」
「いや、あの……」
まごつく作木にレイカルが声を張り上げる。
「創主様に近寄るなーっ! お前、負けただろ!」
「……そもそも雪合戦なんて思いついたのはお前だろ。あー、もうっ。余計な体力消耗した」
カリクムの指摘にレイカルはむぐぐ、と悔しがる。
「でもでも……っ、楽しかったですよね! 創主様!」
「あ、うん。そうだね。……そうかもしれない。前後不覚になるまで雪合戦したのなんて、何年振りだろう……」
きっと、レイカルたちと出会わなければあり得なかった出来事だ。それだけ貴重な経験には違いない。
「またやりましょうね! 創主様!」
「また、か。でも今度は、もっと安全な雪合戦にしようね」
「はいっ!」
胸を反らしたレイカルにナナ子が机の上へと鍋を持って寄越す。
「ナナ子特製、寄せ鍋の完成ー! ホラ、小夜も作木君も、風邪引いちゃう前に食べないと駄目なんだから」
こうして身を寄せ合いつつ、鍋を囲むとは思っても寄らない。
それもきっと、オリハルコンの紡いでくれた絆一つ。
「いっただきまーす!」
全員がめいめいに鍋を突っつく。
カリクムとレイカルが反目し合い、それを小夜が制しつつ、ラクレスはそっと自分へと具材を入れてくれる。笑顔の溢れる鍋会……。
――ああ、冬ってこんなに、あったかかったんだな。
そんな感慨一つ噛み締めて、雪の日は過ぎていくのだった。