JINKI 66 今ここにあるもの

 車内でようやく発言が許された頃には、もう車は発進していた。

「えっと、あのぅ……。何かあったんですか?」

「ちょっとねー。こっちでお世話をしているって言うか、お世話になっているって言うか。そういう、企業から打診が来ちゃってさ。この間の出撃の時に案件が一個ぽしゃっちゃったから、その穴埋めをして欲しいって連絡が来たのよ」

「はぁ……」

 生返事を返すと、南は腕を組んで唸っていた。

「本当なら、他の子たちにでも協力してほしかったんだけれど、こういう時に限ってエルニィは自衛隊に配属された人機の調整、ルイは……どこに行っちゃったのかよく分かんないし、さつきさんは学校。メルJに頼もうなら、鉛弾が飛んでくるのは確実だからね。そこで、赤緒さんの出番ってわけ!」

 ならば余計に分からない。他のメンバーが駄目で、自分にできることなどそう多くはないはずだ。

 当惑していると南は手を払う。

「大丈夫だって。何もキョム相手に単騎で渡り合えって言っているんじゃないんだからさ」

「そりゃ……そうかもしれませんけれど……結局何を?」

 何だかぼやかされているような気がする。南は頬を掻いて視線を逸らしていた。

「まぁ、ちょっとねー。企業側の都合ってのを大事にしたいのよ。アンヘルの協賛企業は何も軍事的支援ばっかりじゃないからね」

 だが、肝心の何をするのかがよく分からないままである。

 首を傾げた赤緒に南は言いやる。

「まぁ、そこまで悪い話じゃないと思うわ。赤緒さんにとっても、ね」

「私にとっても……?」

 訪れるなり、写真機の音が鳴り響く。

 赤緒は白い撮影スポットの只中にいるカメラマン数名に目を瞠っていた。

「連れてきましたよーっと」

「おっ、何だ、駄目だって言っていたのに連れて来られたんですか?」

「ええ、トーキョーアンヘルは約束を反故にはしませんから」

 了承が取られ、カメラマンが赤緒へと手を差し出す。

「今日はよろしくお願いします。では着替え室へ」

「は、はぁ……」

 曖昧に応じつつ手を握り返すと、南の手に引かれ赤緒は歩んでいた。

「あのぉ……写真?」

「そっ、写真。アンヘルのイメージPRのために、人機の撮影やら何やらを担当してくれているセクションがあってね。その中の一つなのよ」

「へぇー……。でも今日は人機を持ってきていませんよ?」

「広告会社がいつだってアンヘルの仕事ばっかりをやっているわけじゃないでしょ? 今日は別件。それの穴埋めを提案されたの」

「穴埋め……」

「そうそう。まぁ、話していても何だから、見てもらったほうが早いわね」

 着替え室に控えていた数名の女性スタッフに会釈し、南が促す。その先にあったのは、純白のドレスであった。

 赤緒は思わず声を詰まらせる。

「こっ……これって……」

「うん? ウェディングドレスを見るのは初めて?」

「ウェディング……! いや、南さん、何を言っているんですか! これを着ろって……まさか言いませんよね?」

「いやぁー、赤緒さんってば。分かっているくせに」

 ぽんと肩に手を置かれ、そういう意味以外にないだろう、という無言の了承が降り立つ。

 赤緒は慌てて拒否していた。

「むっ……無理ですっ! 無理っ……! だって、ウェディングドレスなんてその……着たことないですし! まだそれに、高校生……」

「いや、この際年齢はいいんだってば。アンヘルが広告として機能するために、誰かしらモデルを寄越してくれってのが相手の意見でねー。だからまぁ、赤緒さんが適任かなーって」

 てへ、と舌を出す南に赤緒は背中の大きく開いたウェディングドレスへと釘付けになっていた。

 確かにウェディングドレスは全女子の憧れ――だがそれは着るべき時が来れば着るからであり、不本意な着用は正直なところ、御免であった。

「て、適任じゃないですよぉ……。大体、私は柊神社の巫女で……」

「それも、かなー、と思っているのよ。赤緒さん、いっつも同じ服なんだもの。たまには羽を伸ばしたら? 巫女とか、アンヘルの操主とか関係なしに」

「関係なしに、ですか……? でも、そんなのって……」

「許されない? そう狭く考えることもないんじゃないの? だって、まだまだ赤緒さんたちは自由なんだもの。だったら、たまにはこういう、いい経験もさせてあげたいじゃない。キョムと戦うのは怖いことばっかりだし、そういうのだけ経験して大人になって欲しくないのよ」

 南なりの気遣いなのだろうか。その言葉振りにどこか得心していた。

「えっと……じゃあ、その、一回だけ……」

「ホント? じゃあスタッフの皆さーん! この子を着せ替えてあげてくださーい!」

 嬉々としてスタッフたちを誘導した南に、赤緒は不安に駆られつつも静かにため息を漏らしていた。

「はい。こっちを向いてー。自然な笑顔でー」

 そう言われても、と赤緒は硬直間際の笑顔を浮かべるのみである。

 紅を引かれ、化粧もされた自分はまるで別人であった。南が感嘆して、素晴らしいと言ってくれたのは嬉しかったが、このまま写真を撮られるとなると、心中穏やかではない。

 カメラの前に立つと、やはりと言うべきか、自ずと緊張してしまう。

「硬い! 硬いよ! もっと笑顔で!」

「そ、そう言われてもぉ……。そもそも、巫女がウェディングドレス着ていいのかなぁ……」

 ウェディングドレスは思ったよりもずっと重たい。無論、単純な重量でもあるのだが、それ以上に精神的な重さだ。

 言ってしまえば花嫁衣裳。軽いはずなどない。

「もっと大事な人との、こう特別な時間を意識してくれないかなー。そうしてくれると、もっと自然に笑えると思う!」

「大事な人との……」

 カメラマンの声に赤緒が脳裏に浮かべたのは、やはりと言うべきか両兵であった。

 しかし、両兵がもし新郎であったら、など想像するだけでどちらかと言うと可笑しい。

 タキシードなんて似合うはずもないし、それに何より、こういう場でもきっと、むすっとしたしかめっ面をしているのだろう。

 その面持ちが自然と想像できて、赤緒は口元を緩めていた。

「いいよー、その笑顔!」

 写真が数枚切られ、カメラマンは満足そうに頷く。

「オッケー! 撮影終了!」

「つ、疲れた……」

 ようやく肩の荷が下りる。そう感じて息をついた赤緒に南は歩み寄っていた。

「よかったわよ、赤緒さん。じゃ、次ね」

「ふぇ……っ? 次?」

「そっ、次」

 笑顔の南に比して赤緒はさぁっと顔から血の気が引くのを感じていた。

 観光名所での撮影、と銘打たれていたが、赤緒の纏う衣装は着物姿である。

「大和撫子をイメージした感じの撮影みたいなのよね。だから、こうっ!」

 赤い傘を持たされ、赤緒は当惑する。

「あのぉ、南さん……? こういうの、やっぱり私、駄目かなぁって……思うんですけれど」

「大丈夫だってば! 赤緒さん似合っているし、何より私が保証する!」

 サムズアップが寄越されるが、南の保証はどこか頼りない。

「じゃあ撮影開始お願いします。若女将の感じで」

「おっ、女将……? 南さん、さすがに高校生が女将って言うのはその……無茶なんじゃ……?」

「大丈夫だから! 赤緒さん、ぐっと大人っぽくなっているわよ」

 背中を押され、池の傍での撮影が開始されていた。傘を傾けたり、差したりしてあらゆるポーズが試される。

 数点撮影され、カメラマンよりオーケーが出ていた。

「ど……どっと疲れた……。もうないですよね?」

「あと一個だけ! 頼むわ、赤緒さん」

「あと一個って……。お嫁さんに、女将さんと来て、何なんですか……」

「最後はそんなに大変じゃないから。赤緒さんにとっても馴染みがあるかもしれないし」

「馴染み……?」

 連れ込まれた車両の中で南が差し出した資料に目を通す。

 そこに書かれていたのは――。

「わっ……悪い人は、逮捕しちゃいますからねっ!」

 手錠を片手に、赤緒はまごつきつつも演技する。それをカメラマンが多角的に撮影していた。

「いいねー。初々しい感じで!」

 赤緒は、と言うと愛想笑いを浮かべつつ、警官の衣裳に身を包み、敬礼のポーズを取る。

 シャッターが切られ、写真に収められる度に、羞恥で顔が真っ赤になった。

 南は、と言うと、撮影所の端でうんうんと頷いている。

 婦警の撮影なんて任されるとは思っておらず、赤緒は何度かそれっぽい決め台詞を吐いていた。

「飲酒運転は駄目ですよっ! 厳禁ですっ! それと……えーっと……」

 カンペが差し出されそれをそのまま読み上げる。

「ひ、ひったくりに注意! 万引きは犯罪ですっ!」

 終了の合図が出され、赤緒は一気に疲れを感じてベンチに座り込んでいた。

 その隣へと南がそっと座り込み、缶コーヒーを差し出す。

「はい。赤緒さん、お疲れ様。こういう仕事も手伝ってくれて助かるわー」

「いや、あのその……。これって本当に、アンヘルの仕事なんですか?」

「むっ、失敬な。これでもアンヘルの広報としてのお仕事よ。ま、いつもならエルニィにでも頼むんだけれどねー。あの子ノリだけはいいから」

「私……きっちりお仕事できたでしょうか?」

 その疑問符に南が強く応じる。

「ばっちりよ! 赤緒さん、案外撮られ慣れているのね。表情は素人っぽいけれど、それが逆に作っていなくっていいかもしれないわ」

 写真を数点眺める南に、赤緒はふと、疑問をぶつけていた。

「……どうして、南さん本人じゃ、駄目なんですか? だって南さんもアンヘルメンバーだし……」

「いやぁ、私は裏方なのよ。やっぱりね、いくら言ったって、あなたたちの戦いを支援することしかできない」

「……でも、南さんはすごいじゃないですか。どんな人に対してもその……物怖じしなくって……」

 こちらの評に南はあっけらかんと笑う。

「ビビったらそこまでだからねー。それにまぁ、アンヘルのみんなが笑って過ごせるのってきっと、すごく得難いことなんだと思うのよ。だってあなたたちは、どれだけ言い繕ったって前線を行く、人機の操主なんだもの。その背中に、身勝手な言葉なんて吐けないわ。どれだけ辛いのかは、これでも分かっているつもり」

 缶コーヒーを呷る南に赤緒は言葉をなくしていた。

 ――そうだ、見守る側だって、きっと辛い。

 率先して前を行くのは自分たちの務め。だが、その背中を、誰よりも何よりも見送っているのは南のはず。

 無論、前を行くのが危険と言うわけでもなければ、後方が安全と言うわけでもない。

 どちらにも保証なんてないはずなのに、それでも南はいつだって帰る場所を用意してくれている。

「……もし、八将陣が勝って、この国がロストライフ化しちゃったら……」

「こうやって赤緒さんとゆっくり話すことも、できなくなっちゃうかもね」

 澄ました様子で口にする南に、赤緒は取り乱していた。

「そんなの……っ! 嫌ですよ、悲しいです……」

「うん。私も悲しいし、それは嫌かも。だから、どんな手を使ってでも、私たちは生き残らなくっちゃいけないのよ。この国を守るため……とか言う大義名分ってさ。それほど大したことはないのかもね。ただただ、こうやって普通に、生きて、そして喋れるだけの未来を、私たちは欲しがっているのかも」

「ただの……未来を……」

 そう言ってしまえば、ある種では陳腐かもしれない。

 しかし得難いもののために、自分たちは常に、戦っているはず、抗っているはずなのだ。

 ならば、その勝負を誰に咎められようか。

「……南さん。今日撮影したのもその……あり得る未来なんでしょうか? 私にとって……」

 お嫁さんになることも、もしかしたらどこかの旅館の女将になることも、本当にもしかしたら警察官になることも――。

 どれもこれも、あり得る未来なのかもしれない。

 その未来の形を紡ぐのに、アンヘルはキョムへと戦いを挑んでいるのならば。

「そうね。赤緒さんがそう思ってくれるだけでも、収穫かな。だって、何にでも成れるじゃないの。特にこの国ではね」

「何にでも……」

 自分にはまだ二、三年の過去しかない。それでも、何にでも成れるし、どんな未来でも描ける。

 なら、それを取りこぼさないことだけが、自分にできる精一杯。

「私……アンヘルの……人機の操主として、戦います。今日みたいな、何でもない日を、守るために……」

 改めて誓うことではなかったのかもしれない。

 それでも、そう思わせてくれたのは、今日という日々だ。

 南は一つ頷き、そして快活に笑っていた。

「赤緒さんならきっとできるわ。未来を残すために、ね」

「あ……っ、赤緒さん! 大変です!」

 台所に飛び込んできたさつきに赤緒は目を丸くする。

「どうしたの? さつきちゃん。そんなに慌てて……」

「こ、こっち来てください!」

 さつきに手を引かれて居間へと赴くと、エルニィが片手を挙げていた。

「おーっ、赤緒さー。何コレ?」

 指し示されたのはファッション誌の見開きを占める自分の花嫁姿である。ぎょっとしていると、捲られた次のページから続いて、女将の姿と婦警姿が掲載されていた。

「赤緒さん……いつからモデルさんに……?」

「ちっ……違うの! さつきちゃん! これにはその……事情があって……」

「えーっ、でも結構ノリノリじゃん。逮捕しちゃいますよっ! だってさー!」

 ゲラゲラ笑い転げるエルニィに、ルイがそっとファッション誌を手に取り、赤緒と見比べる。

 愛想笑いを浮かべると、ルイは口元を押さえてそっぽを向いた。

「……馬鹿面」

 ショックを受けている間にもエルニィが指差して大笑いする。

「何コレ、何で女将さんなの? 赤緒ってば可笑しいー! 笑い過ぎてお腹痛いって!」

 まさかファッション誌の一面を飾るとは思いも寄らない。羞恥の念に赤面した赤緒に、エルニィは本を携えて飛び出していた。

「両兵にも見せてやろーっと! きっと馬鹿笑いするに違いないよ!」

「ちょっ……それだけはやめてくださいよーっ!」

 境内で追いかけっこをする二人を、南は眺める。その傍にルイがそっと座り込んでいた。

「……赤緒ってば、だいぶおもちゃにされたみたいね」

「そうねー。ちょっとからかい甲斐がある……っておっと。こらぁ、ルイ! 悪い言葉を覚えちゃ駄目でしょうが!」

 こちらが糾弾する前にルイは身を翻している。

 その背中を見送りつつ、南は、まぁ、と笑みをこぼしていた。

「こうやって、笑い合えるのって……それなりに奇跡なのかもね」

 今はただ、ここにある日常の奇跡を携えて――。

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