――なぁ、聞いたことあるか、と船員が問い質していた。
何てことはない、世間話の一つ。漁船ではしかし、そういう「噂」が絶えない。海の上に火の玉を見ただの、海坊主に行き会っただのという、取りとめのない話。誰かの退屈を紛らわせるための下世話な物語。
だが、この時に語られたのはいやに深刻で、漁船に集った船員たちは固唾を呑んでいた。
波間に揺れる小型艇の中で、若い船員たちはどこか遠い出来事に耳を傾ける。
「地獄の塔が、海の上に聳え立つ時があるらしい」
「何だよ、地獄の塔って」
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