JINKI 73 勇気は花に、想いは胸に

「カーネーションです! ほら、もうすぐ母の日だから……」

「母の日ぃ? ンな珍妙な日があるのか」

 カレンダーを覗き込んだ両兵に同じ机で作業するルイが視線を振り向ける。

「……ホント、日本人って変。そんなの南米にはなかった」

「あ、ルイさん! もうちょっと丁寧に作らないと、南さんに差し上げるんですから!」

「こんなの適当でいいでしょ。南だって期待してないわよ」

「そんなことないですよ! ……お兄ちゃんは、どう思います?」

「オレぇ? ……母の日だとか、何の日だとか、とにかく日本に来てからよく分からん行事には巻き込まれるよな。そんなに毎日何かの祝日じゃないと落ち着かないのかねぇ……」

「お茶を淹れて来ましたよぉ……って、お、小河原さん?」

「おう、柊。邪魔してるぜ」

「……別にいいですけれど、分かっていると思いますけれど、言っちゃ駄目ですよ? 五郎さん、今買い出しに行ってるんですから。その間のチャンスなんですっ」

 赤緒はルイとさつきに茶を差し出してから自分の作業に入るが、さつきに比べると随分とつたない花束が並んでいる。

「おい、柊。さつきに比べてあまりにもお粗末過ぎやしねぇか?」

「うっ……。こ、こういうの苦手で……。さつきちゃんに教えてもらっているんです」

「大丈夫ですよ、赤緒さん。まだまだカーネーションの素材はありますから」

 三人揃ってカーネーションを組んでいくのを眺めつつ、両兵は軒先へと視線を流していた。

「そういや、黄坂は? どっか行ったのか」

「立花さんと何か、政府の方々にお話があるみたいで朝から出かけられていますよ。だから、その間に、ということで」

「鬼の居ぬ間に、と言う奴ね」

「ルイさん。その言い方は失礼ですよ」

 さつきが忠言するが当のルイは我関せずのスタンスである。両兵は机の中心にうず高く積もっている紙細工を手にしていた。

「……こんなもんで喜ぶのかねぇ」

「駄目ですよ、小河原さん。こういうのは気持ちが大事なんですからっ。水を差しちゃ可哀想じゃないですか」

「気持ちねぇ……。気持ちが伝わるってんなら、柊。てめぇのその雑さじゃ気持ちが伝わるも何もねぇんじゃねぇの?」

 赤緒は手痛いダメージを受けたようで手元を硬直させる。それをさつきが柔らかく制していた。

「ちょっとくらい不出来なほうがお母さんには伝わりますから。頑張りですよ、赤緒さん」

「そ、そうかなぁ……。何だか自信なくなっちゃう……」

 ルイはてきぱきとカーネーションを仕上げていくが、その中にはわざと形を崩したものもある。彼女らしい遊び心だ。

 両兵は三人分の花束を視野に入れつつ、紙細工を手でこねる。

「あっ、小河原さんも作りますか? もしかしたら、五郎さん、小河原さんからもらったほうが喜ぶかも……」

「……気色悪いこと言うんじゃねぇよ。うおっ、考えるだけで怖気が……」

 ぞぞっと寒気が走る。赤緒は半分冗談だったのか微笑んでいる。

「……でも、小河原さんだってお母さんが居たんじゃないんですか? それに母の日って今に始まった話じゃないですし、経験くらいはあるんじゃ?」

「オフクロねぇ……。ンなものがあった気はさらさらしねぇんだが……あー、でも南米でそれっぽい催しはあったか。あれはいつだったかな……」

「青葉が来てから……」

 ぼそり、とルイが呟いたことで両兵は完全に思い出していた。

「あー! そうだ、そう……。あいつ、母の日だからって……無理したんだよな」

「青葉さんが……。あのっ、私が聞いていいものか分かりませんけれど、小河原さん、もしよければ教えていただけますか? 青葉さんの、お母さんって……」

「いや、これは……。あんまし言い触らすような話でもねぇんだが……」

 どうするべきか、思案している間にルイが口火を切る。

「南米で一回だけ、母の日をしたころがあるのよ。青葉の提案で」

 まさかルイの口から語られるとは思いも寄らなかったが、自分が言うよりかは瑕にならずに済むか、と受け入れていた。

「へぇー、南米でもそういうことがあったんですね。……小河原さん、全く知らないみたいに言っておいて」

「うっせ。オレは関係ねぇと思ったんだよ。……その時も、だったな。一輪のカーネーションが、あるかないかで……ありゃあいつなりの試練だったのかもな」

 ふと思い返した両兵に赤緒が首を傾げる。

「試練……? よりにもよって、母の日にですか?」

「おう、母の日に……って言うかあっちじゃそういう通例行事もまるでなくってな」

「青葉が、でも言い出したのよ。母の日はいつも、孤独だったって」

 一輪のカーネーションが、青葉にとっては何よりも受け入れがたい、そういう傷痕になってしまっていた。

 その話を、ルイは口にしだす。

 ――痛みとそして勇気の記憶を。

「よし。今日の授業はここまで」

 切り上げた現太にルイが大きく伸びをする。青葉も今日学んだ分はしっかりと復習するつもりだ。

 そうしなければ立派な操主にはなれない。今日の授業では主にラ・グラン・サバナでのポイントごとの立ち回りに関してであった。

 地の利を得れば敵との戦いにおいても優位に立てる。モリビトにおける戦略の重要性を説かれた授業に満足の首肯をする。

「先生! 私、モリビト観て来ていいですか?」

「ああ、行っておいで。今ならちょうど整備中かな?」

 立ち上がりかけてルイがガタッと机を揺らす。びくついた青葉の隙を突いて、ルイは駆け出していた。

 べ、と舌を出される。

「こんなところで後れを取っていたら、操主失格ね」

「ルイ? ま、負けないんだから!」

 強情に張り合ったって仕方ないのだが、こういう時のルイは手堅い好敵手となってくれる。日本にいたままならきっとこうやって誰かと鎬を削ることはなかっただろう。

 廊下は走らない、と言葉を背中に受けつつ早足で格納庫へと向かおうとすると、不意に折れた道筋から覗いた影に青葉は立ち止まる。

 ルイはそのまま通り抜けてしまうが、青葉は硬直したまま動けなくなってしまっていた。

「……静花さん。何でここに……」

「あら? 失礼ね。私はここの現場監督みたいなものよ? そりゃ宿舎を見回る事もあるわ」

 どこか涼しげな発言に青葉はぐっと堪えようとしていたが、静花はルイを一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。

「操主になるのは楽しい?」

「……私は、私の居場所のために……っ!」

「居場所ね。ま、勝手にしなさい」

 手を払った静花を青葉は見送らず、そのまま沈痛に面を伏せていた。引き返してきたルイがこちらを慮る声を出す。

「……青葉?」

「大丈夫……。うん、大丈夫だから……」

 自分に言い聞かせてもやはり拭い切れない。静花との確執を埋めるのに、自分はあまりにも足りな過ぎる。

 操主として立派になれば、静花との因縁なんて気にしなくっていいと思っていた。強くなれば、自分に自信が持てれば、と。

 ――だが、実際には顔を合わせるだけでこんなにも辛い。

 人並みに反抗もできなければ、怒鳴り散らすこともできない。どっちつかずなのだ、自分は。

 心の奥底で、憎み切れないのが、どうしても苦しい。もっと単純に恨めれば、もっと女々しく縋りつければ、もっと――楽なのに。

「……駄目だね、私。悪い子にもなれない」

 ふとこぼした言葉にルイが強めに手を引いていた。よろめくように青葉はルイに引き連れられる。

「……ちょっと来なさい」

「えっ、ルイ? 格納庫に行くんじゃ……」

「もっと大事なことがあるでしょ。……いくら操主の座を争うライバルでも、そういう顔しているの、見ていられない」

 相当に酷い面持ちをしていたのだろう。ルイにも悟られてしまうなんて、と恥じ入った青葉はルイの泊まり込んでいる宿舎の部屋へと連れ込まれていた。

 自分の趣味部屋と化している自室に比べると随分と整然としていて、まるで生活感がない。ランタンと必要最低限の生活必需品。それに毛布が部屋の隅っこに丸まっている。

「……ここ、ルイの部屋?」

「使わせてもらっている部屋。普段は南と一緒にナナツーで寝るほうが多い」

 ルイは自分の手を引いたまま部屋の奥に置かれている文机の上へと導く。その上にはうず高く紙細工が積まれていた。

「……これって、カーネーション?」

「……先生の提案。いつもの感謝の気持ちを表す習慣が日本にはあるって聞いたから、青葉が……あんたが言い出す前にマスターしようと思って」

「あ、そっか。母の日……」

 しかし、どうしてルイが、と疑問視していると彼女は少しだけ上気した相貌で言いやる。

「……南にあげるのよ。あれでも保護者気取りだから」

「南さんに? ……でも私、あげる人いないよ……」

「いるでしょ。……青葉には、それなりに向き合わなきゃいけない人が」

 静花のことを言っているのだろうか。確かにそれは正論だが、今の自分では向き合える気もしない。

「……私には無縁だよ。それに……あんましいい思い出でもないんだ。母の日って。言ったかもだけれど私、おばあちゃんっ子で……。母の日だとか授業参観だとか、いつもおばあちゃんに来てもらっていた」

「……それは、嫌だったの?」

「ううん。私にとってもおばあちゃんは自慢だもん。嫌なわけないよ。ただ……何回かいじめられはしたかも。私みたいなの、珍しかったから……孤独な記憶が強いかな……」

 今にして思えば浮いていたのだろう。母親のいない子供。プラモばかりに熱中する空気の読めない人間だと。

 分かり切っている。自分は、こういうのが似合う性質ではない。

 だから、ここで断ってもよかった。こういう行事に自分の出る幕はないと。

 だが、ルイは強めに口にしていた。

「……あんた、私とモリビトの操主を競っているんでしょ」

「えっ……そうだけれど」

「それなのに、そんな顔するのが許せない。一端に悲しみに浸っているって顔。何か……ムカつく」

「むっ……ムカつくって……私だって真剣で……!」

 こればっかりは冗談にできない。いきり立って反発しようとして、青葉はルイの眼差しに浮かんだ真っ直ぐさに言葉をなくしていた。

 ルイだって伊達や酔狂でこうやって自分の部屋に招いたわけではないのだろう。

 それなりに自分が心配だから、こうやって秘密の特訓を明かしてくれた。それもこれも、モリビトが紡いでくれた絆。人機が繋いでくれた心の在り方だろう。

「……人並みに悲しむのなら、モリビトの操主になってからになさい」

 無論、その言葉は重く突き立つ。少し前までの自分なら泣いて飛び出していたかもしれない。

 だが、もうモリビトの操主になると決めた。それが自分にとって唯一の寄る辺で、そして自信の在り処なのだと。

 ならば、ここで張るべきは下手な意地ではなく――操主のライバルとしての自分だろう。

「……分かった。じゃあ私も、自分の悲しみと向き合う。だってもう決めたんだもの。……泣かないって」

 紙細工を手に取っていると、ルイが作り方を伝授する。

「こうやるのよ。……先生からの又聞きだけれど」

「あ、こうかな? ……難しいね、カーネーション作り」

「そんなこともないでしょ。いっつもいじっているプラモのほうが、相当」

「そう? ……私は好きだからなぁ、プラモ作り。だから複雑なほうが燃えちゃうって言うか……」

「何それ。真正のマゾなの?」

 うっ、と手痛いダメージを受けるが、青葉は微笑んでいた。よくよく考えればこうやって悲喜こもごもで語り合える友人は日本にいた頃はいなかった。それもこれも、こうやって南米に連れて来られたから。

 人機に出会えたから、昨日のことは昨日のこととして思えるし、明日のことはまだ見ぬ明日のことだ。

「……きっと私、ここに来なかったらずっと嫌いだったかもしれない。母の日って、だって私にとっては……」

「誰にだって一年の間に嫌な日の一つや二つあるでしょ。私は、あんたがそうやって自己中に悲しんでいるのが見ていられないだけなんだから」

 ぷいっと視線を背けるが、ルイなりの気遣いだろう。自分と静花の間に降り立った溝は確かに埋め難いかもしれないが、努力することはできる。認め合うことはできるはずだ。

 少しずつでも、こうしたカーネーション一本に過ぎない、そんな安っぽいものだとしても。

「……母の日にカーネーションを渡すのはね、実は一回もしたことがないんだ。ここに来るまで、だって静花さんのことはおばあちゃんからずっと聞かされてきただけだったから。嫌な人だってのは分かっていたけれどでも……本当の母親を、私も分かっていなかったのかもしれない。幼い頃の記憶と、ないがしろにされてきた感覚だけが居残って……それで反感を持っていたのかもしれないね……」

「だったら、ちょうどいいじゃない。素直になるかならないかはともかく、経験としては一回目なら」

 ルイの言葉は素っ気ないが、だからこそ自分に一人の人間として寄り添ってくれているような気がしていた。

 どこか幸福を思い知ったような傲慢さでもなく、誰かから言い伝えられた憐憫でも何でもなく、ルイは自分と同じ目線に立ってくれている。

 それこそ――対等な友人として。

 だから、自分もルイにはてらいのない感情でいいと思えてくる。こんな、地球の裏側まで来て、まさかこんな光景、思い描きもしなかった。

 ――母の日には手一杯の花束を、か。

 使い古された言葉が、ようやく自分の物になった感覚に、青葉は柔らかく微笑んでいた。

「……そうだ! 静花さんにも……もちろん渡すんだけれど、これ! みんなにも渡そうよ、ルイ」

「……みんなって?」

「整備班のみんな! だって、私にとっては先生も、それにメカニックのみんなもお母さんみたいなものだもの! ……いつもモリビトを万全にしてくれる、大切な人たち。ね、いいでしょ?」

「……ま、いいんじゃないの。渡したい人間に渡せば」

「うんっ! 私、めいっぱい作るね! よぉーし、作り甲斐があるぞー!」

「……ホント、一つのことに精一杯なのね、青葉。そういうところが……」

 そこから先をルイは口にしなかったが、分かっている。

 言わなくても分かる仲が、ここにはあるのだと。

「おっ、何だそれ? ヒンシ、似合わねぇな、花束か?」

「あっ、両兵! すごいよ、青葉さんたちがメカニック全員にカーネーションを作ってくれたんだ!」

 嬉しそうに紙細工のカーネーションを差し出す川本に両兵はどこか無頓着に応じていた。

「カーネーションねぇ……何でまた?」

「母の日だよ。両兵だって知らないわけじゃないだろ?」

「いんや、知らねぇ……。ンな珍妙な日があるのか? 日本人はキトクだな」

「奇特って……言い種ってもんがあるだろ……。ま、いいや。青葉さん、両兵が来たよー!」

 手を振って青葉を呼び寄せた川本に青葉は腕いっぱいに抱えたカーネーションを持ってきていた。

「あっ、両兵……。はい、あげる」

「……ショージキ、要らねー。この南米でカーネーションなんて美味くもなけりゃ、腹も満たさねぇのに、よくやんな」

「り、両兵! 静花さんのこともあるって分かんないのかな、君は!」

 あっ、と両兵が悟った時、青葉はとっくに泣いているのだと思ったが、彼女は気丈に微笑んでいた。

「いいの。両兵にだってあげないと、かわいそうでしょ?」

 どこか悪戯っぽく手渡されたカーネーションに両兵は面食らう。

「お、おう……。にしても、カーネーションねぇ……。オレの人生にゃ、まったく縁のなさそうなもんだな」

 と、廊下を折れたところで同じようにカーネーションを手にどこか困ったような面持ちの現太を発見する。

「おう、オヤジ」

「やぁ、両兵。お前ももらったのか」

「困るってんだよなぁ……。オフクロの記憶なんてねぇし……馴染みもねぇんだが」

「いや、お前は……何でもない。いい経験じゃないか。もしかしたらもらう機会はないかもしれんぞ?」

「あン? それは男だからか?」

「いや……これは青葉君の……優しさのお裾分けだろうね。お前も知らないわけではないだろう? 静花君のこと……」

「あー、ひでぇ母親だとは思ってんよ? 自分の子供一人、迎えに寄越さないんだもんな」

 自分と現太が変装して青葉を連れて来たことを思い返す。まだそれほど日が経っているわけではないはずなのに、どうにもあの出会いは劇的であったとは思う。

「それだけじゃないんだが……。だが両兵、覚えておくといい。人が人を許すのは、思ったよりも憎むよりももっと、……強い心が必要になることを」

 その言葉に両兵も手にしたカーネーションを眺める。この一輪の花は、青葉の歩み寄りの一つか。

「……あいつ、いつかは静花さんのこと、許せんのかな。オレだったら多分、恨みっ放しだと思うぜ。素っ気ないを通り越して、だってあの二人は……」

「さぁね。だがこの歩み寄りを、誰が笑えるもんか。青葉君は私たちが思っているよりもずっと、強くなっているのかもしれないな」

 立ち去っていく現太の背中を眺めながら、両兵は掌のカーネーションを見やる。

「強く、か……。分かんねぇな、オレにはまだ」

 歩み出し、両兵は鼻歌混じりに部屋へと戻っていった。

「……青葉君たちがカーネーションを配ってくれてね。こうやって胸元に留めるのが正しいと思ったんだ」

「そう。あの子も人の子よねぇ。俗っぽい趣味に走ったもの」

 パソコンの前から微動だにせず、書類仕事をこなす静花に現太は胸元の赤いカーネーションを確かめる。

 この親子に容易く立ち入ることなんてできやしない。南とルイの親子ではないのだ。彼女らほどの絆があるわけでもない。

 それでも、ヒトの善性を信じたかった。あの日、自分の手で下した決断に間違いはなかったのだと、そう自己欺瞞を貫きたかったのもあるのかもしれない。

「……カーネーションは、母親に贈られるものだ」

「あの子にとってはモリビトも、それに類する人間もみんな母親みたいなものだってことでしょ」

 冷たく応じながらも現太は部屋の隅にある花瓶に差されたカーネーションに目を留めていた。

 きっと青葉の前では見せないのだろう。

 それがありありと窺えても、自分は何も言うまい。

「……私たちがどれほどよくしても、あの子の母親は君だよ、静花君。君にしか癒せないものがあるはずなんだ」

「嫌だなぁ、現太さん。私がそこまで薄情に見える?」

 言葉で応じず、現太は踵を返す。

「青葉君は強くなる。いや、もう充分に強いよ。それを、分かってあげてくれないか」

 こうやって言葉を残すことでしか、この二人の間には立ち入れない。

 そういう自分も卑怯者には違いなかった。

「母の日には一輪のカーネーション、か……」

 呟いた静花は花瓶に差した赤いカーネーションを握り潰そうとして、それが果たせない自分に気づいていた。

「……どうだっていいわよね。だって私にとって、青葉。あんたは……」

 いつもならもっと強く断じることができるのに。

 この時だけは、カーネーション一つを潰すこともできなかった。

 帰宅した五郎と南たちに赤緒はカーネーションを手渡す。

「うわっ……! こんなにたくさん? 大変だったでしょ?」

 窺った南に赤緒は、いえ、と微笑みを返す。

「いつもお世話になっていますからっ!」

 応じた赤緒の表情には晴れやかさがある。ルイもどこか今日ばかりは少しばかり浮ついているようであった。

 その佇まいを、両兵は静かに居間から覗いていた。

「……あの日のカーネーション、どこにやったかな……」

 青葉がきっと、勇気を紡いだカーネーション。そんなに女々しくはないつもりであったが、それでも。

 あの日の勇気に、今は敬意を表したいのだ。

 どれほどの強さが必要であったか、今ならば少しだけ分かる気がする。

「あっ、両。あんたももらったの? カーネーション」

 隣に座ってきた南もきっとあの日のことを思い出していたのだろう。自分の折ったカーネーション一本に小さく微笑んでいた。

「思い出しちゃうわね。青葉のこと」

「……あいつ、無理してたんだな。オレだったら、多分……」

「なぁーによ、あんたらしくない。青葉はきっと、無理なんてしてないわ。それどころか……うん、多分、こう思っていたんでしょうね。何よりも、繋いだ絆を、誇らしく」

「誇らしく、か。あいつ、しょっちゅう言っていたな。モリビトが居なかったら、南米に来なかったら、って。……オレたちはそんな立派なもんに、なれたのか?」

「そう思いましょ。だって、カーネーションの花言葉はあんた、どうせ知らないでしょ?」

「知るかよ、女々しい」

「カーネーションの花言葉は、母への愛とかの他にもあるのよ。真実の愛、だとかね。あんたの今持っているその白いカーネーションにも」

「……ンだよ。適当に取っただけだぞ?」

「その白いのの花言葉はね、“私の愛情は生きている”、“尊敬”よ。あの日、青葉からもらったのも……その白いカーネーションだったでしょ」

「知らね。覚えてねぇよ」

 一つ嘘をついて、夜は更けていく。

 一輪の花のような、ささやかな勇気一つを感じて――。

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