JINKI 74 思い出が醒めないうちに

 怪訝そうに眉根を寄せた両兵にエルニィははしゃいで駆け回る。

「ねぇ! 見てよ、両兵! あれ、キリン! 首、長ーい!」

 キリンを指差してゲラゲラと笑うエルニィに両兵は呆れ気味に返していた。

「分かり切ったこと言ってんじゃねぇっての。大体、IQ300だろ? 今さら動物なんざ、珍しくも何ともねぇんじゃねぇか?」

「えー、そうでもないよ? 日本の動物園に来るのはこれでも初めてだからね。想ったよりも動物がたくさんいて、ちょっと意外なくらい」

「そうか? ……にしても、動物園ってのは好かんな……。くせぇったらありゃしねぇ」

「両兵も似たようなもんじゃん」

「……どういう意味だ、てめぇ」

 あはは、と快活に笑ってエルニィはこちらの手を掻い潜る。両兵はそもそも何故こうなってしまったのかを思い返していた。

「両、今週空いてるでしょ?」

 南の出し抜けの声に両兵は渋面を形作る。

「ンだよ、その空いていて当然みたいな言い草」

「でも、空いてるでしょ? 何かあるの?」

「橋の下の連中と呑む」

「……相変わらずロクなもんじゃない生き方してるわねぇ。じゃあ、空いてるのね。ここに動物園のチケットが二枚あるんだけれど」

「おい、話聞けよ。連中と呑むって言ってんだろうが」

「だから、それって用件でも何でもないじゃない。ちょうど私も空いてるし、二人で動物園に行く?」

 思わぬ提案に両兵は訝しむ。

「……何企んでやがる」

「別にー。何も企んでないわよ?」

「嘘こけ。てめぇが何で好き好んでオレと二人っきりで動物園なんざ行くってんだ。何か考えでもあるんだろ?」

「……本当に考えなんてないんだけれどな。まぁいいわ。じゃあ誰となら行く?」

「誰とって……別に誰とも行かねぇよ。いくつだと思ってんだ。動物園に行って楽しむ年齢じゃないっての」

「ふぅーん、そう。でもじゃあ誰でもいいなら、私でもいいんじゃないの?」

「よく分からん論法を使うなってんだ。大体、そうこうしている暇なんてあるのかよ。こんなこと言い出してると大抵電話が……」

「あっ、南さーん! お電話ですよー」

 呼びつけた赤緒の声に南は肩を竦めていた。

「やられた。当たっちゃったわね」

「アンヘル代表だろ。とっとと行って来い」

「はいはい。今行きますよ、っと」

 よっこいしょと立ち上がった南に、両兵は後頭部を掻いて軒先へと座り込んでいた。

「……ねぇ、両兵。南じゃ駄目かもしれないけれど、ボクとならどう?」

 軒先で筐体を組み上げているエルニィの問いかけに両兵は面食らう。

「……てめぇと? 動物園だろ? 人機の重要施設の視察とかじゃねぇんだし……」

「だーかーら、単純にボクと。ま、動物園デートかな」

「……デートって……随分と浮ついてんな、立花。そんなにアンヘルは暇じゃねぇだろ」

「今が大事ってところでもあるんだけれど、でも休息は必要でしょ。それとも、動物園に女の子と一緒に行くのは耐えられない?」

 安い挑発だ。乗るのも馬鹿馬鹿しいのだが、両兵はふんと鼻を鳴らしていた。

「馬鹿にすんな。動物園の一つや二つくらい、ワケねぇよ」

「だったら、ボクとで決定ね。あ、南? 両兵ボクと行くってさ」

 手を掲げたエルニィに南はどこかやられた、という面持ちで戻ってくる。

「……あんた、油断も隙もない……」

「別にいいじゃん。動物園のチケットが無駄にならずに済んだでしょ? ……それに、みんなに言っちゃうとまた争奪戦だし、穏便に済ませたいじゃん」

「穏便に、ねぇ……。両、あんた、本当にエルニィと動物園デートするの?」

 改めて問いかけられて、元々そういう案件であったか、と首を傾げざるを得なかったが、ここは頷いておく。

「おう。動物園なんざ、動物見て回るだけだろ。ヨユーだっての」

「……何か、分かってない感じだけれど、あんたはそれでいいのよね? エルニィ」

「ボクはいいよ。両兵、じゃあ今週末にね」

「お、おう……」

 どこか気圧されたのはいつになく南とエルニィの間に降り立った剣呑な空気のせいだったのだろうか。

 知らぬうちに地雷を踏み抜いてしまったかのような居心地の悪さに、両兵は柊神社の屋根の上へと戻っていた。

 ヤオが将棋盤を挟んで笑みを浮かべている。

「……何だ、妖怪ジジィ。気持ち悪い笑い方しやがって」

「いや何、お主も罪作りよのう、と思ってな」

「なぁーにが、罪作りだ。ホレ、この手で王手だ」

「残念じゃのう。ほれ、こっちも王手」

 むむっ、と呻って盤面を睨む両兵へとヤオは口を挟む。

「いつまでもアンヘルとキョムがこうやってこう着状態を続けられるわけでもあるまい。仲間同士の間柄は少しばかり風通しをよくしておくのを、お勧めするがのう」

「よく言うぜ、八将陣の側のクセによ。そんなにオレらのことを気にかけるんなら日本から撤退してくれねぇのかよ」

「残念ながら、それはできんのう。こうやって進めた盤面を元に戻すことができんように」

「そもそも、だ。オレが誰と動物園に行こうが関係ねぇだろ。……動物園ってどういうとこなのかよく分かんねぇけれど」

「やれやれ……。これでアンヘルの長のつもりか。もう少し自覚を持つべきじゃのう。自分がどういう立場にいるのかを」

 その意味を問い質す前に返礼の手を打ったが、ヤオはすかさず手を返す。

「王手には、違いなかろうて」

「……どういう意味だったんだ、あれ」

 中空を睨んで問い返しても答えは出ない。そんな中、エルニィがインド象を指差してゲラゲラと笑っていた。

「……何がおかしいんだ、立花。ただの象じゃねぇか」

「いや、ずっと動かないからさ……。さっきからこうやって……」

 エルニィが変顔を披露する。その度に、象がむしゃむしゃと鼻先を器用に使って干し草を食べていた。

「……何やってんだ。ホントにIQあんのかよ、てめぇは」

「むっ……それは心外だなぁ、両兵。分からない? 頭がいいから、余裕が生まれる。余裕が生まれるから、こうやって人生楽しめるんだよ?」

「……ワケ分かんね。動物なんてどれ観ても同じだな。おっ、ホッキョクグマだとよ」

 水辺に浸かっているホッキョクグマ二匹を目にして、エルニィは指差す。

「温泉浸かってるオッサンみたいだね」

「それは言い過ぎ……いや、マジにそう見えてくるからやめろ」

 しかし、と両兵はこの事態を顧みる。どうして、そもそも南は自分を動物園なんかに誘ったのだろう。その一事がどうにも気にかかってエルニィとの時間に集中できない。

「ねぇ、両兵。今度はカンガルーが観たいー!」

「カンガルー? って、何だ?」

「えっ、両兵、カンガルー知らないの?」

 思わぬ、と言った形で問い返されて両兵は困惑する。

「知らんもんは知らん。何なんだ、その動物」

「もうっ! 案外、両兵って知らないことのほうが多いよねー」

 手首を引っ張られて両兵はつんのめる。

「お、オイって……」

「見せてあげるからさ! カンガルー!」

 エルニィに導かれて目にしたのは茶褐色の皮膚を持つ二足歩行動物であった。今まで無縁であったフォルムに、ほうと感心する。

「これがカンガルーってのか。……マジに知らなかったぜ」

「両兵ってやっぱり常識ないよね。じゃあ、ここからは両兵の知らない動物を観て行こうよ! そのほうがきっと楽しいし!」

「楽しいって……そもそもオレは動物園を、楽しみに来たわけじゃ……」

 じゃあ何のために、エルニィと動物園に来ているのか。その疑問が脳裏に浮かんで、どこか今を楽しめない。エルニィは動物園を楽しむのにも全力だ。何をするにしても、彼女は全力を出し切る。

 それが美点なのだと自分も知っている。

「あっち! きっと両兵の知らない動物がいるよ! 行こっ、両兵!」

「待てって……。あんまし焦ったってどうせ、動物程度だろ? ……だったら……」

 だったら、何だと言うのか。

 不意にヤオの言葉が思い出される。

 ――仲間同士の間柄の風通し……。

 普段は決して気にしないのに、どうしてだか、エルニィとの時間が唐突に替えがたいものに思えて来てしまう。

 ともすれば、こんな穏やかな時間はもう訪れないのではないか、とも。

 そんなに悲観主義ではないつもりではあったが、それでもだ。

 キョムがいつ攻めてくるのかは誰にも分からないし、予測もできない。

 天才であるエルニィの頭脳をもってしても、予測不可能な相手に自分たちは戦いを挑んでいる。

 最初から無謀に等しいのだ。

 だからと言って、動物園に来ることはやはりと言うべきか、承服できるようなものでもなかったが。

「あっ、両兵! あれ!」

 指差された方向を見ると、低い柵の向こうに無数の見知った背中が見え隠れしていた。

「ありゃ……南米のアルマジロか」

「小動物だ! ね、両兵。小動物と触れ合えるんだってさ! 入ろうよー」

「触れ合えるって……腐るほど触ってきたろうが」

「いいじゃん、いいじゃん。久しぶりの小動物ー!」

 エルニィを連れ立ってアルマジロとの触れ合いコーナーに入っていく。エルニィは早速、慣れた様子で数匹のアルマジロを抱えるが、両兵は入り口付近で立ち止まり、自分が手を伸ばすなり遠ざかっていくアルマジロを睨む。

「あはは! 両兵ってば、嫌われてんのー!」

「……うっせぇ。いいんだよ、別に。アルマジロなんざ……」

 その時、不意に視線を感じる。

 一匹のアルマジロがこちらをじぃっと見据え、視線を外さない。その太い眼差しは南米で別れた歩間次郎を想起させた。

 ばっとこちらが警戒すると相手も警戒する。

 その様子にエルニィが腹を押さえて笑い転げた。

「両兵、アルマジロと同レベルだと思われてるよ? 変なのー!」

「うっせぇなぁ……。あいつがガンくれてんだよ」

「アルマジロに睨まれるって相当にマヌケだよ?」

 それもその通りかもしれないが、ここは譲る気にはなれない。

 アルマジロとの睨み合いの末に相手が背中を向けて駆け出す。両兵は静かに、勝った、と感慨を噛み締めた。

 その模様にやれやれ、とエルニィは肩を竦める。

「相変わらず両兵は程度が低いねー。アルマジロと真剣勝負したって、後で赤緒たちに言い触らしてやろーっと」

「あっ、てめぇ……」

 両兵はその視界の中に、爬虫類コーナーと銘打たれた湿っぽい個所を目に留める。

「……立花、あそこ行こうぜ」

 エルニィも気づき、露骨に警戒する。

「えっ、何? まさか両兵、薄暗い場所にボクを連れ込んで……」

「そうじゃねぇっての。ビビらねぇかどうか、肝試しって奴」

 そう言ってやるとエルニィはふふんと鼻を鳴らす。

「馬鹿だなぁ、両兵は。そんなのでボクがビビるわけないじゃん!」

 入るなり短く悲鳴を上げ、エルニィが縋り付いてくる。想定以上の怖がり方に両兵のほうが困惑していた。

「……立花、くっつくな。歩きづれぇだろ」

「だ、だってぇ……。うわっ! あっ、あそこ……! 何か、眼光ってる……!」

「あン? コウモリじゃんか。よく見るだろ」

「よく見るわけないでしょ! 何言ってんのさ!」

「そうか? 夕方くらいになると橋の下に集まってくるぜ。別に鬱陶しいだけで特別害はない動物だろうが」

「……よく分かったよ。両兵の常識がどうやって育まれているのかがね」

 どこか呆れ返った様子のエルニィは一歩進むたびに相当に恐怖している。両兵はわざと爬虫類ブースに近寄ってみせた。

 湿っぽく薄暗いコーナーで蛇やらカエルやらがひしめいている。それを目にするなり、エルニィは露骨に怖気を走らせる。

「り、両兵……! 駄目だってば! ボクが悪かったぁっ!」

「ンだよ、ビビらねぇんだろ?」

「そ、そうじゃなくってさ……! ……こういうことするのはやっぱし……南と行きたかったんでしょ。動物園デート……」

 思わぬ言葉が出て今度は両兵が硬直する番であった。

 どういうことなのか、尋ねようとして悲鳴が迸る。

「だ、駄目だ、両兵……。腰が抜けちゃった……」

「何やってんだ、てめぇは……。柊じゃねぇんだぞ」

「あ、赤緒ほどじゃないけれど、ボクもほら、一応女の子だから……。こういうの得意じゃないみたい……」

「……しょーがねぇな……」

 周りにはほとんど客は見えない。ならば、と両兵はエルニィを腕で抱えてやった。

 思わぬ挙動にあわあわとエルニィがもがく。

「な、何すんのさ! ……恥ずかしいから背中におんぶでいいって!」

「うっせぇな、贅沢言うんじゃねぇよ。この抱え方、そんなに恥ずかしいか?」

「恥ずかしいって……だってこれ、俗に言うお姫様……」

 赤面したエルニィを他所に両兵は爬虫類コーナーを抜けていく。既にエルニィは爬虫類に怖がっている場合でもないようで、一刻も早く下ろすように要求してきた。

「……わっかんねぇの。結局てめぇはデートしたいんだが、したくないんだが、どっちなんだよ」

「……そ、そりゃ、ボクだってデートはしたいよ。……でもこういう、南のこと、全く考えてないわけじゃないのは……両兵、ズルい」

「何がズルいんだよ。黄坂の話題なんざ出してねぇだろうが」

 エルニィは頬を掻いて視線を逸らしつつ、はぁとため息をつく。

「……何か、ボクだけ盛り上がったみたいじゃん。やっぱ両兵、南と行きたかったんでしょ?」

 どうしてなのだろう。当の南からこのデートの争奪権を奪ったのはエルニィなのに、何故、こうもやたらに南のことを気にかけるのかがどうしても理解できない。

「……だから、何でそうなるんだよ。てめぇがオレと行きたいって言ったんだろ」

「嘘。南とのほうが楽しかった、って顔してる」

「何でだよ。黄坂と動物園なんて……考えるだけでどうかしてんだろ。第一、今さら何であいつとデートなんざ……」

 ――お主も罪作りよのう、と思ってな。

 脳裏に過った声音を確かめる前に、エルニィはどこか不承気な足取りでベンチへと向かう。

「……ワケ分かんね。オレ、何か怒らせるようなことしたか?」

 それでも、埋め合わせくらいは必要だろう。両兵は自分のなけなしの小銭入れを取り出し、そそくさと駆け出していた。

 エルニィはどこかつんと澄ましてこちらに目もくれない。

「何? 言っておくけれど、ご機嫌取りなんて――」

「違ぇよ、馬鹿。ホラ、これ食え」

 差し出したソフトクリームにエルニィは面食らった様子であったが、やがてどこか憔悴したように受け取っていた。

「……ありがと」

「そりゃどうも。……なぁ、立花。オレは誰かと一緒に居る時、そいつに嫌な思いをさせるような甲斐性なしじゃ、ねぇつもりだ。少なくともな。だがてめぇが今日、オレと一緒に居て、それで黄坂のことを考えちまうんだとすれば……その、悪かったな。お前だけ見てやれずによ」

 どこか言葉がつっけんどんになってしまうが、それでも精一杯取り繕う。

 エルニィはソフトクリームを舐めながら言葉を発する。

「……別に、両兵のエスコートが悪いのは今さらだし、期待してないよ」

「……そりゃ随分なこって」

「でもさ……ちょっと今回ばかりはボクも大人げなかったかな、と思って……。もしかしたら、明日にもキョムが攻めてくるかもしれないのに、両兵と南が素直になれる……貴重な機会を奪っちゃったんじゃないかって……そう思っちゃったんだ」

「……オイ、ンなつまんねぇこと気にしてたのか?」

「つまんなくないよ! ……つまんなくない。だって、両兵と南はいつだって、ボクらのために動いてくれてるじゃないか。だって言うのにその……今回ばかりは身勝手だったかもって……ちょっと自己反省……」

 エルニィらしからぬ思考に浸っていたと言うわけか。だが気を遣わせてしまったのは素直に申し訳ない。

「……立花。お前の本当に観たい動物、最後に観ておこうぜ。今日の主役はてめぇだろ? だったら、それに沿うのが男の役目って奴だ」

「……期待外れだよ。無理しなくても」

「無理なんてしてねぇ。言いだしっぺが何言ってやがる。今日はオレとてめぇのデートだろうが」

 思わぬ言葉であったのだろう。仰ぎ見たエルニィの面持ちには驚きが浮かんでいた。

「……両兵……」

「何でもいい。つまんねー思い出にだけはしないでおこうぜ」

「……うん。じゃあ……」

 エルニィがベンチから立ち上がる。彼女の歩みに任せ進んだ先にいたのは、ライオンの檻であった。

「……少し意外だな。王道どころって言うか……」

「両兵はボクを何だと思ってるのさ。ライオンは好きだよ。孤高で、気高くて、……そんでもってきっと、ちょっと寂しがりなのかもね」

「ライオンが寂しがり、か」

「だってそうじゃん。百獣の王って言われているけれどでも、それって誰かを押し退けての玉座だし。それにずっと努力しないといけないだよ? だったら、その生き様ってきっと、険しいと思うんだ」

 自分を重ねているのはきっと言うまでもないだろう。

 両兵はそっとエルニィの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。彼女は不遜そうに言いやる。

「……子供じゃないんだよ?」

「分かってんよ。ガキじゃねぇ、一人の女として、ちょっくら尊敬したから撫でてやったんだ」

「えっ……両兵それって……」

 問い返すのを待っていたが、エルニィは言葉を重ねなかった。

 間もなく動物園の閉園時刻が迫る。

 夕刻の動物園で、エルニィはそっと言いやっていた。

「……ねぇ、両兵。ボクって身勝手かな」

「身勝手だろうな」

 別段、飾り立てるつもりもない。ありのままを言ってやればいい。

「……だね。でも今日の思い出は……南の代わりに埋まった予定じゃなくってさ。ボクのための時間だって、思ってもいい?」

「当たり前だろ」

 誰が誰かの代わりになれるものか。そういうつもりで言ったのだが、エルニィは大輪の笑みを咲かせて自分の背中を叩く。

 咳き込んでいると、踊るようにエルニィは駆け出していた。

「もう閉園だ。帰ろっ、両兵」

「……ンだよ、調子が戻ったりおかしくなったり……。女ってもんは分からんな……」

 だが分からないなりに、思いやることはできる。

 今日の思い出をそっと仕舞って、明日に繋げてやればいいだけだ。

 帰宅するなり夕飯の席についたエルニィを横目に両兵は南から声を投げられていた。

「楽しかった? エルニィとのデート」

 ニマニマとからかうつもりなのは明白だったが、両兵は素直に言ってやる。

「まぁな」

「あら、珍しい。両が素直なんて」

「うっせぇな。……悪かった」

「何? って言うか、どれ? あんたが悪かったって懺悔するの、一個じゃないでしょ」

「いや……何つーか、その……。次は、だ。次はおちゃらけるつもりはねぇからよ。……時間が無限にあるわけでもねぇ。次の機会があったら、動物園でもどこでも行ってやっから」

 そう言いやって屋根へと上る。

 残された南は少しだけ驚嘆していたが、フッと微笑んでいた。

「……バカ。そういうところだってば、あんたの」

 聞き留める者もいない中で、南はそっと夕飯の席に戻っていた。

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