「こっちに整備班が呼べればねー。ま、無理な話なんだけれど」
チェック項目を書き込んで踵を返そうとして、南は物音を聞いていた。振り向き、懐中電灯を向けた途端、おかっぱ頭の人影に息を詰まらせる。
「で、出た! 座敷童ー!」
「み、南さん! 私ですよ!」
逃げ出そうとしていた南は見知った声に足を止める。改めて注視すると、さつきが俯きがちに佇んでいた。
「……さ、さつきちゃん? どうしたの? こんな時間に……」
「あの……皆さんにご迷惑がかかっちゃいけないので、一人で探し物を……」
「探し物? それって……?」
さつきは遠慮がちに面を伏せた後に、口にしていた。
「御守り……?」
お茶を全員分差し出した赤緒は南から切り出された言葉に疑問符を浮かべていた。
「そっ。さつきちゃん、どうやらこの間の戦闘の時に御守りを落としちゃったみたいで……。それで探したけれど見つからないみたい。みんなで探すの、手伝ってくれる?」
当のさつきは南の隣で申し訳なさそうに顔を伏せている。赤緒はやんわりと尋ねていた。
「……それって、大切なもの……なんだよね、さつきちゃん」
「はい……。その、兄からもらったもので……」
かしこまって兄と言うことは南米に居ると言う実の兄のことだろう。アンヘルメンバーは全員が居間に集まっており、なるほどねー、とエルニィが声にする。
「格納庫の中をしらみつぶしに、か。それは骨が折れそうだ」
「一人じゃできることも限られていると思うの。みんな、協力してちょうだい」
南の提言にメルJが腕を組んで憮然と呻る。
「構わないが……どういうものなのかは言ってもらえないのか? 御守りと言っても形状は様々だろう」
メルJの意見ももっともだ。赤緒はさつきの表情を窺っていた。
「どういう形なのか、せめて教えてもらえれば……」
「小っちゃい巾着袋なんです。紫色の……」
さつきの示したサイズは掌に収まる程度である。確かにその大きさならばなくなっても分からないだろう。
「一応、聞いておくけれど、部屋は探したのよね?」
南の問いかけにさつきは憔悴した様子で頷く。
「はい……いくら探してもないので、やっぱりこの間の出撃の時に……」
「なくしちゃった、か。うーん……難しいわね。やっぱり人海戦術で探すのが一番なんじゃ?」
南の言葉に赤緒は胸元を叩いて応じていた。
「南さん。私、探すのお手伝いします! ……だって、大事なものなんですから」
「じゃあ、ボクも。格納庫を散らかされてもあれだし、それに落し物を探すくらいでしょ? 簡単じゃん」
ルイが無言で挙手する。その様子にメルJは少し不満そうに手を挙げていた。
「……では私も。全員が探すと言うのなら、一人でも欠けてはいかんだろう」
「皆さん……。ありがとうございます!」
頭を下げるさつきに赤緒がまぁまぁ、と制する。
「困った時はお互い様だから……。じゃあ、探し物、しましょうか!」
赤緒の号令で全員が格納庫へと向かう。まずはコックピット周りである。当たり前のようにコックピットを探すが、やはりと言った具合に見つからない。
ルイとエルニィが顔を見合わせて首を横に振る。
「うーん……隙間とかに落っこちているのなら、ちょっと探すのが難しいかもね……」
「じゃあ人機を一回出しますか?」
赤緒の提案にエルニィは頬を掻く。
「……まぁ、一回空っぽにしたほうが見つかりやすい、か。じゃあ、みんな、人機に乗ってとっとと探し出しちゃおう」
めいめいに人機に搭乗し、全機が格納庫より潜り出てから改めて空っぽになった格納庫を探して回る。
「……そもそも、御守りと言うのはどこか理解できんな」
不意に発したメルJの言葉にエルニィが突っかかる。
「何でさ。誰にだって御守り代わりってあるでしょ」
「……一応は戦闘時なんだ。人機操縦時に気を取られる可能性があるものを持ち歩くのは非合理だろう」
メルJの言葉は厳しいが一理ある。さつきへと目線をくれると、彼女は僅かに涙ぐんでいた。その様子にあわあわと赤緒はフォローする。
「さ、さつきちゃん? 大丈夫だから! ね? 皆さん! すぐにでも見つけ出しましょう!」
こちらの言葉に不承そうにエルニィとメルJは格納庫を見て回る。
その時、ルイがひょいと何かを拾い上げていた。赤緒が期待を込めてそちらへと向き直る。
「ルイさん……! 見つかりましたか?」
「ううん。これ、この間の出撃後になくしたと思っていた雑誌」
何で格納庫に雑誌が、というツッコミをする前にエルニィがあー! と声を発する。
「見つかりました?」
「いやー、この間なくしたと思っていた基盤の一部、こんなところに挟まっていたんだ。いやぁ、助かった」
後頭部を掻くエルニィにがっくりと肩を落としつつ、赤緒は地面を入念に探す。
メルJが出し抜けに声を発していた。今度こそ、と赤緒は目を向ける。
「ヴァネットさん? ありました?」
「いや、なくしたと思っていた注文しておいた拳銃のパーツがあったものでな。二度手間になったが、これで使えるか」
赤緒は先ほどから自分たちの落し物ばかり発見するメンバーにどこか困惑していた。
「もうっ! 皆さん! さつきちゃんの落し物なんですから。真面目に探してくださいよぉ……」
「むっ……失敬な。これでもボクらは大マジメ」
「それはその通りだな。真面目に探しているとも」
「……私も最初から真面目」
めいめいに発せられる抗議の声に赤緒はさつきへと視線を流していた。
さつきはどこか焦燥感に駆られたように何度もそこいらをひっくり返している。相当に大事なものだったのだな、と赤緒は察していた。
「……さつきちゃん? 御守りって、南米のお兄さんの?」
「あ……、はい。……兄が、南米に行ってしまう前に、私にくれたものなんです。その頃の私は、ずっとそれを大事に持っていて……。……お兄ちゃんがくれた、せっかくの御守りなのに……」
また涙を浮かべるさつきに全員が顔を見合わせる。
「……仕方ないなぁ。ボクらも全力で探そう」
「そうだな。これだけの人数で探せば見つかるだろう」
「……あるかどうかは分からないけれどね」
先ほどまで不真面目であった三名がそこいらを重点的に探し始める。赤緒はさつきの目線に合わせつつ、御守りの詳細を聞こうとしていた。
「……さつきちゃん。その御守り、ずっと大切にしていたんだね」
「赤緒さん……。はい、お恥ずかしい限りですけれどでも……兄がせっかくくれた御守りで、それで私にとっては辛い時に、ずっと寄り添ってくれた宝物でもあるんです」
「……だったらなおさら、見つけないとだね」
微笑んで赤緒はさつきと共にきょろきょろと格納庫を見渡す。
しかし、人機を全て出したのにもかかわらず、なかなか見つからない。
「……ねぇ、考えたくないけれど、出撃の時にバーニアで吹っ飛ばしちゃった……とかないよね? そうだと一生見つからない可能性があるけれど……」
エルニィの意見も考えられない範囲ではなかったが、そうだとすると格納庫にあるかどうかも怪しい。
全員が渋面を突き合わせる中で、南が尋ねていた。
「いつからないって気づいたの? それ次第で探す場所も変わるかも」
「……えっと、この間の出撃後に、です……。だから格納庫なのかなって……皆さんが寝静まってから何回か見に来たんですけれど……」
そうだとすれば、やはり人機の部品にでも引っかかっているのであろうか。しかしそうとなれば探す範囲を手広くしなければならない。
「……現実的に考えると、さつきの言っていたサイズの御守りは見つからないと思うよ? 人機が踏んづけちゃった可能性もあるし……」
コックピット周りにないのならば思わぬところに落とした可能性も高い。沈痛に面を伏せたさつきは、やっぱり、と声にする。
「……その、もういいです……皆さんのご迷惑になっていますし……」
「さつきちゃん? でも大切なもんなんじゃ……」
「でも……これ以上お時間をかけるわけには……」
「見つかるって信じようよ。そうじゃないと見つかるものも見つからないし……」
さつきの手を取って安心させようとするが、それでも彼女は不安を拭い去れないらしい。
「でも……本当にちいさい御守りですから……。立花さんの言う通り、どこかに行っちゃったら分からないですし……」
泣き顔になるさつきに全員が押し黙る。できれば大切なものなら見つけ出したいが、今のところ手がかりはない。
当惑するアンヘルメンバーへと、不意に声がかかる。
「……何やってんだ? 全員で辛気臭ぇ顔をしやがって」
「両……。あんたに言っても……多分、分かんないわよね……」
どこか諦め混じりな南に両兵は胡乱そうに問い返す。
「何があったんだよ。それくらいは言えって」
「両兵さ、さつきの御守り、見てない? 多分、落したっぽいんだけれど」
エルニィの言葉に両兵は顎に手を添えて思案する。
「御守りぃ? ……見てねぇな」
やはり見つからないのだろうか。全員が諦めムードに入りかけたその時、両兵はさつきに問いかけていた。
「……さつき、どんな御守りだった?」
「あっ……えっと、紫色の巾着で……これくらいの……」
サイズを示すと、よし、と両兵は膝を叩く。
「小河原さん? どうするつもりなんですか?」
「さつきが落としたって言う、御守りには心当たりはねぇが、似たようなもんならな。柊、悪ぃが裁縫セットを出してくれねぇか?」
「裁縫……?」
両兵の口から出たとは思えない言葉に呆然としていると、彼は居間に歩み入り、縁側で座り込む。
理由は不明だが赤緒は裁縫セットを両兵に差し出していた。
すると両兵は慣れた手つきで紫色の布を用い、針と糸を扱ってきゅっと結んでから巾着を完成させる。
「あとは……そうだな。立花、血塊の欠片くれよ。人機のノズルに引っかかってんの、あるだろ?」
「えっ、いいけれど……。そんなの何に使うの?」
「いいから。とっととくれ」
両兵の言うままに、エルニィは人機の構造部の隙間に引っかかっている血塊の欠片を差し出す。
赤緒にも覚えがあった。
人機の動力である血塊炉から噴き出す僅かな血塊の欠片は、推進剤付近に溜まって詰まりやすい。定期的にメンテナンスをしているのを見たことがある。
その欠片を巾着に包み込んで紐で吊るす。それを両兵はさつきへと突き出していた。
「ほら、さつき。ヒンシの作った御守りって、これだろ?」
さつきの小さな手に巾着を手渡す。さつきは、どうして、と困惑していた。
「お兄ちゃんの、御守りと同じ重さ……」
「そりゃ、そうだろ。あいつ、南米でもしょっちゅう作ってたからな。御守り代わりって言って」
思いも寄らぬ繋がりに呆然としていると、さつきは両兵へと笑顔を咲かせていた。
「あの……ありがとうございます……! お兄ちゃんの……御守り……」
「別に大したことねぇっての。あいつの御守りのクセを偶然覚えてただけだ」
ぶっきらぼうに両兵は応じるが、重さまで覚えているということはそれなりに由縁があったということなのだろう。
「さつきいいなぁー。ね、両兵。ボクにも御守り作ってよ」
エルニィの声に両兵は胡乱そうな顔をする。
「お前に? ……これ、ヒンシの御守りのクセだぞ? さつき以外にゃ、意味ねぇだろ」
「そんなことないからさー。ね、赤緒。ボクらも欲しいよね?」
「えっ、私……? そうですね……アンヘルの皆さんのその……御守りがあれば、きっと……」
どれだけ辛い戦いでも乗り越えられる。そんな期待をはらんだ眼差しをしていたせいだろう。両兵は、まったく、と呆れ返る。
「てめぇらの節操のなさは折り紙つきだな。いいぜ、作ってやるよ。……いいよな? さつき」
ここでさつきに了承を取ったのは、替え難い兄との絆の証であったからだろう。それを自分たちも所持していいのか、という問いかけにさつきは微笑んでいた。
「……はい、もちろん。だって皆さんも、私にとっては大事な……家族ですから」
「さつきちゃん……」
本当はさつきだけのもののはずの御守りの思い出を共有してくれる。それだけでもきっと心を開いてくれていると言うことなのかもしれない。
「じゃあボクからー! ボクのは黄色ね、ブラジルカラー!」
「……ったく、しょうがねぇな……。ほれ、他の連中も! とっとと作ってやるから好きな色を言ってけ」
言葉自体は粗暴だが、それでも紡いでくれるのはきっと両兵も想ってくれているからに違いない。
自分たちに預けてくれる、絆の一欠けらを――。
「……柊。敵は《バーゴイル》部隊だ。とっとと蹴散らして……柊?」
下操主席から問いかけられて赤緒はまごつく。
「あ、はい! 何でしたか……?」
「……ったく、ぼうっとすんなよ。いくら無人の《バーゴイル》って言っても、敵には違いないんだからな。人機との戦闘で呆けて撃墜なんざ、誰も得しねぇ」
「あ、はい……。小河原さん、この間、作ってくださった御守り……。本当のところは、どうだったんですか?」
モリビトのコックピットで問いかけた赤緒はその手首に紐で括りつけた御守りを感じ取っていた。
両兵は何でもないことのように語る。
「……川本……まぁ、さつきの兄貴だな。あいつ、何だかんだでゲン担ぎが好きでよ。整備士のクセに、妙なところで御守りだとかそういうの、気にする性質だったんだよ。でまぁ、オレも浅くはない仲だからな。あいつに、御守りもらったこと、あったんだよ。要らねぇってごねたんだが、あいつ、それでも何回でも何回でも……出撃の度になくしたって言ったって作ってきやがってよ……。それってそもそも、故郷に残してきた妹の……あいつのためだったんだな。何だか、なくしたって言ってるさつきを放っておけなかったの、オレもまたヒンシに……知らない間に救われていたからかもしれねぇ」
自分の知らない、両兵の思い出。それはきっと、数多の絆を描いて今があるのだろう。
南米での戦いがどれほど過酷だったのかは窺い知ることもできない。しかし、今の両兵をサポートすることはできる。自分でも、両兵の御守りになることくらいは……。
「……小河原さん。もらった御守り、大事にしますね」
微笑んで手にした赤い巾着の血塊の御守りに両兵は振り向きもせずに応じる。
「おう。ま、なくしたその時にはその時だ。どうせ、オレの慣れねぇ裁縫だからよ。完成度とかは求めんなよ」
「……大丈夫ですよ。きっとさつきちゃんだけじゃない。アンヘルのみんなも、いつもより心強いに決まってます」
『両兵ー。御守りくれたんだから撃墜なんてされないでよー』
『そうだぞ、小河原。御守りを私たちに与えたのに最初に撤退なんて情けない真似はするなよ』
『……同意。下手打たないでね』
「……ンだよ、てめぇら。何だかオレが迷惑かけてるみたいじゃねぇか」
「……そりゃそうですよ。だって御守りを他人にあげるって言うのは、自分だけじゃない。誰かの思いも汲み取るってことなんですから」
一人だけではない。みんなの思いを繋いだのだ。だから絶対に――両兵を危険には晒せない。
「……曲がりなりにも神社の巫女が言うと説得力はあんな。そんなに大層なもん、作ってやったつもりじゃないんだが……」
それでもきっと。川本の持たせた御守りにだってあったはず。
――譲れない想いが。武運と無病息災を願う、人の情が。
「……分かんねぇの。まー、いいや。行くぜ、柊。《モリビト2号》、出るぞ!」
「はいっ!」
その手に御守り一つの重さを抱き、モリビトが青空へと飛び立つ。
その戦いに、幸あれと願って――。