JINKI 78 夏の匂いのする戦場で

 周囲がリバウンドの磁場で煙り、迸る膨大な熱量のせいで蒸気に押し包まれている。

 青白く発光する砲身を《ナナツーライト》の各部に装着されたデバイスがコックピットへと情報を送信していた。

 それを処理するのは下操主席で電算装置をいじくるエルニィである。

 装置から今も引き出される情報書類にペンを走らせつつ、彼女はじっと導き出される計算式を眺めていた。

「……あの、立花さん……。発射実験であってこれを……その、実際に使うかどうかは分からないんですよね?」

 さつきの懸念にエルニィはファイルに書き留めつつ応じる。

「んー? まぁね。でも南米じゃ、未確認とは言え、リバウンドフィールド装甲を持つ人機が散見されているんだ。だったら、こっちにも来ないとは言えないじゃん」

 それはその通りなのであるが、《ナナツーライト》の細い四肢を鑑みると、長距離砲の武装はむしろ過剰なのではないかとさえも思えてくる。

「……モリビトのほうがよかったんじゃ……」

「いんや、これは《ナナツーライト》が適任なんだよね。リバウンドフィールド発生装置を持つのはこっちじゃ今のところ《ナナツーライト》だけ。それも自由自在に操れるって言うのなら、さつきじゃないと駄目だし」

「……でもその、モリビトも盾を使うじゃないですか。あれもリバウンドなんじゃ……?」

 その問いかけにエルニィは管制塔からの声を聞いていた。

『長距離プレッシャーライフル試作一号機、排熱を確認。《ナナツーライト》へ。排熱作業に移れ』

「……だってさ。さつきー、排熱ー」

「あ、はい……。《ナナツーライト》のリバウンドフィールド発生装置を使えば……」

 長距離プレッシャーライフルから発生した熱はそれだけで実験装置である飛行甲板の基盤を崩しかねない。

 さつきは白く波打つ周辺へと視線をくれていた。

 海上に位置する巡洋艦の甲板部での、兵器試験。

 ただでさえ不安定な人機運用を自衛隊直属の艦でやると言う無茶無策を、今は自分とエルニィが執り行っている。

《ナナツーライト》のRフィールド発生装置は平時に比べて稼働範囲を極大化されており、無数の観測機器とフィールド活性化装置を積載したその姿は、田園の使者を自称する可憐さとは裏腹である。

 ――敵を撃つための立ち振る舞い。排除のための力の誇示。

 さつきは、平常時とはまるで異なる装甲を身に纏った愛機に、何だかなぁ、と嘆息をつく。

「……私の人機なのに……」

「アンヘルメンバーは融通の利く人間なら誰でも徴用されるんだってば。別にさつきだけじゃないよ」

 エルニィは記録に忙しいらしく、下操主席でずっと計測器から視線を外さない。

「……立花さん。何だかこの姿、《ナナツーライト》っぽくないですよ」

「まぁ、そうだろうね。観測機器と粒子加速器の過剰装甲を身に纏って、なおかつ普段よりも排熱機器を発達させた姿だから。でもほら、これってジャパニーズ着物っぽくない? 十二単って奴?」

 確かに言われてみればその華奢な躯体に重々しい装甲を幾重も装着した現状は、かねての昔に愛用されていたと言う十二単に見えなくもない。

《ナナツーライト》はただでさえも弱々しく映りかねない機体だ。今の状況はまるで「着せられている」状態であろう。

「……そもそも、何で《ナナツーライト》が……。分かるように説明してくださいよ」

「あー、それね。そもそもリバウンドを自在に操れるっていう専門知識からになるけれど、いいの?」

「立花さんのブロッケンじゃ駄目なんですか?」

「駄目だね。トウジャの強みって加速する度に、倍に等しく速くなることだからさ。こういう風に甲板の上に陣取って、それでゆったりと敵を待つってのはらしくないわけ。まぁ、ボクの《ブロッケントウジャ》は武器の換装が可能な唯一の人機だけれど、でも今回のケースは、あえてナナツータイプに据えたかったのがあるんだよね。……あっ、管制塔! プレッシャーライフルの排熱データ、きっちり取っておいてよね! 実戦で使えるかどうかって取り回しだからさ」

『了解。基部へと確認を求む』

 その言葉にさつきはプレッシャーライフルの中腹部に位置する円形の基部へと手を伸ばさせていた。

 マニピュレーターが基部のハンドルを静かに回し、加速器が甲高い音を立ててプレッシャーライフルの内奥で稼働する。

「……今のところ、誤作動はなし。結構、無理難題でもあるんだよね。だってこのライフル、血塊炉を一個積んでるんだもん。対人機戦においてブルブラッドエンジンを武器に使うってのはコストもかかるし、壊された時の対応にも入ってくるから」

 ぶつぶつ呟きつつ、エルニィは今も送信されてくる演算式を処理している。

 自分はと言えば、彼女の言う通りに人機を動かすことしかできない。

「……そう言えば、このプレッシャーライフル……何でこんなに大きいんですか? 小型のものを《バーゴイル》が持っているんじゃ……」

「あれねー、あの大きさまでダウンサイジング化するのは結構骨が折れるんだよね。それに、いざ使ってみると分かるけれど、プレッシャー火器は取り回しと性能が必ずしもイコールじゃないんだ。だから、未だに南米とかじゃ、鹵獲機のプレッシャーライフルを使ってはいるけれど、でも、バッテリー式なんだよね、それも。永続的にリバウンド性能を持つ兵装を使おうと思えば、やっぱりこういう実験って要るわけ」

 要は相手の真似事をしても勝てない、というわけか。さつきは分かったような分かってないような声を出す。

「……でも、じゃあもっと実験に適した人機ってあるじゃないですか。《ナナツーウェイ》とかでも……」

 こちらの抗弁にエルニィのペンの手が止まる。

「……何、結構今回は突っかかるじゃん、さつき。そんなに《ナナツーライト》を実験に使われるのは不満?」

 その問いかけにさつきは唇を尖らせていた。

「……ふ、不満と言うか……嫌なんですよ……だってこれ……お兄ちゃんの造ってくれた人機ですし……」

「ああ、南米の。まぁ、確かにそれもそうか。青葉に人機の戦闘実験をさせるようなものでもあるし、好きであればあるほどに嫌かもね」

 幾度となく、名前を聞いてきたが、そういえばこうやって赤緒を交えずにその名を聞くのは初めてかもしれない。

 今回はエルニィと二人きりだ。ちょっとばかしは詮索してもいいのかもしれなかった。

「……あの、青葉さんって……」

「うん? 《モリビト2号》の元操主だよ? 聞いてるでしょ?」

「そうじゃなくって……どんな方だったんですか? やっぱりその……赤緒さんには聞きづらくって……」

「まぁ、同じ人機を使うって言う点じゃ、赤緒は避けられない問題だからねー。でも、さつきは別に知らなくても問題ないじゃん」

「そう、ですけれど……でも、お兄ちゃんと同じ場所に居たんですよね?」

「詳しいことは知らないよー。その辺は南のほうが分かっているだろうし。ボクの知っている青葉は……とても負けず嫌いで、それでいて諦めの悪い……言っちゃえば強情で、そんでもって……とても強い操主かな。腕もそうだけれどでももちろん、人間として」

「人間として……ですか」

「両兵とやってきたってだけはあるよ。古代人機の撃退成績も他の操主とはまるで違うんじゃないかな。今は南米と通信するのも危ないからよくは分からないけれどね。ただ……青葉なら、確かにこの状況、嫌だってごねるだろうね」

 どこか遠くを見る眼差しのエルニィにさつきはそれとなく尋ねていた。

「……人機が戦いの道具になるのが、嫌だって言っていたんですよね……」

「まぁ、それも理想論と言えば理想論なんだ。ある意味じゃ、現実を割り切れてないし。ただ……人機がこんな風に、誰かに銃口を向けるためにあるんじゃないとは、声高に言うとは思う」

「……でも、誰よりも強いって……」

「あ、うん。それは間違いない。血続としても操主としてもトップクラスだ」

 それは矛盾しているのではないのだろうか。思案したさつきにエルニィは計測器の数値を書き留めつつ言いやる。

「……たださ、これはホントに、言っちゃえばおかしいのかもしれないけれど……。人機がいずれ、車とか飛行機みたいに、みんなのためになることを誰よりも望んだ人間ではあるんだよ。武器を取らずに済む未来をって……ボクはさ、人機の開発者だから余計にそれはおかしいと言えばおかしいんだ。ボクの目的は人機をさらなる高みへと到達させること。それは端から兵器として、の在り方なんだよね。だからシュナイガーやブロッケンみたいなのを造ったわけだし。考えても見なよ。シュナイガーやブロッケンみたいな人機を、じゃあ戦闘用じゃありませんって言える?」

「それは……」

 口ごもってしまう。メルJの駆る《シュナイガートウジャ》は限りなく戦闘用人機であることを研ぎ澄ませたような機体だ。《ブロッケントウジャ》も然り。換装用のパーツを持っているのはあらゆる敵との戦闘に備えてに他ならない。

 ――ならば、この《ナナツーライト》は?

 突き立った疑問にさつきは硬直してしまう。

 兄の造ってくれた人機とは言え、これも戦うための力だ。この力が、平和利用を謳ったところでどこかで戦争の道具になるのは避けられないのだと、そう冷徹に思っている自分もいる。

「……結局のところ、さ。理想は追い切れないんだよ。どれだけ言い繕ったってね。もちろん、青葉の強さは買うし、それに信念の強さも折り紙つきだよ? でも、それとこれとは別。今はキョムとの戦争中だし、人機じゃなくって何を頼りにすればいいってのさ。リバウンドフィールド装甲みたいなのがじゃんじゃん出てくる戦場でだよ? それでも戦いたくないってワガママ言う? ……ボクはできないな。青葉はでも、やれるんだ。武器を取りながらでも、それでも最善を目指せる。最善のために自分を尽くせる。……その強さが、ボクにはない。ボクの手は、平和のための道標の道と言うよりかは、どっちかって言うと清濁併せ持った手なんだろうね。青葉みたいな理想論だけで戦い続けられるほど、甘くないのは知っているし」

「……立花さん」

 エルニィの背中もまた、何かを犠牲にしてここまで辿り着いたのが窺い知れた。

 彼女とて人機をただ闇雲に兵器に仕立て上げたいわけではないのだろう。だが、エルニィの叡智では平和よりも戦地での強さへと傾く。

 天秤が、青葉と持っているものが違うのだ。

 青葉は平和とそしていずれ未来において、戦いを知らぬ人機の姿を模索している。

 片やエルニィは、戦いを知って、それでも前に行くための技術としての人機の姿を見ているに違いない。

 どちらが間違っているわけでも、どちらが正しいわけでもないのだろう。

 そんな二人の対照的な姿に、自分は……。

「……立花さん……。でも私は……」

 その時、巡洋艦から警笛が劈く。管制塔からもたらされたのは熱源警告であった。

『我が艦に接近する機影あり』

「敵か! さつき、早速だけれどまずいかも……。ひとまず警戒!」

「あ、……はい! 敵影は……」

 仰ぎ見た空の中に滲んだ黒カラスの敵機は三機編成だ。三角陣を描いて空中機動の《バーゴイル》が甲板に縛り付けられた《ナナツーライト》を見下ろす。

「……こっちの実験の阻止か。でもま、当然っちゃ当然だよね。《ナナツーウェイ》部隊で迎撃! 今の《ナナツーライト》じゃ無理だ。援護砲撃を!」

 その言葉に導かれるようにして、甲板上に引き出された《ナナツーウェイ》が長距離砲撃用の武装を提げ、引き金を絞っていた。

 砲弾が敵機を捉えるが、そのうち一機の《バーゴイル》は鶏冠のような意匠を施されており、炸裂したはずの砲弾を弾き返す。

 エルニィが下操主席で舌打ちを漏らしていた。

「……早速ってわけか。Rフィールド装甲……!」

 苦々しく口走ったこちらに二機の《バーゴイル》が先行し、展開している《ナナツーウェイ》を翻弄する。

 銃撃の火線が舞うが、それを積極的に引き受けるのはRフィールド装甲を施された鶏冠の《バーゴイル》である。

 全ての銃弾が装甲に直撃した瞬間に物理エネルギーを消失させ、次の瞬間には跳ね返っている。

《ナナツーウェイ》ではどう考えても太刀打ちできる相手ではない。

 さつきはコックピットで覚悟を決めていた。

「……立花さん。今の武装なら、相手の厄介な機体を、撃墜することも……」

「無理だ! 許可できない! 確かに、やれるかもとは思ったけれどさ……演算機からもたらされる《ナナツーライト》への負担が桁違いなんだ。……試算上じゃ、撃つと腕が千切れるよ……。それに一発が限度だ。それ以上は熱暴走してしまう……」

 リスクを恐れていてもしかし、追い込まれるばかりだ。

 さつきはエルニィへと言葉を振っていた。

「……でもどっちにせよ、じりじりと追い込まれるばかりじゃ……意味ないですよ。何のためのプレッシャーライフルなんですか」

「さつき……でも当たるかどうかは……」

「――当てるんでしょう。そうじゃなくっちゃ何のために……私たちは……」

 こちらの声音の真剣さにエルニィはごくりと唾を飲み下し、管制塔へと告げていた。

「……管制塔。このままじゃ全滅だ。《ナナツーライト》は試作型プレッシャーライフルで敵を迎撃する。いいね?」

『許可できない。試作型をむざむざ破壊するつもりか』

「だったらさ! ……勝てる試算をちょうだいよ。無理なら黙ってて。ボクらはアンヘルなんだ。勝たなくっちゃいけない」

 返事を封殺したエルニィが演算機を下操主席から外し、精密照準に入っていた。

 こちらへと向き直ったエルニィは微笑んで舌を出す。

「……何事も計算式じゃ計れない。そうでしょ」

「……立花さん……」

「行くよ、さつき。ボクは照準補正に入る。人機の制御系は任せた!」

「はい……! 《ナナツーライト》、敵人機の迎撃に移ります!」

 しかし飛び回る《バーゴイル》を撃墜するのは至難の業。それでも、さつきは頭に入れていた《ナナツーライト》のプラン案を呼び起こし、狙撃プログラムをマニュアルへと変更する。

「地軸! 重力の補正、よし! 性質上、弾道は直進しないよ、引きつけて撃って!」

「分かっています! ……持ってね、《ナナツーライト》……!」

《ナナツーライト》がその眼光を輝かせ、銃口を引き上げる。周囲に展開していた《ナナツーウェイ》が砲撃網を絞り、《バーゴイル》の飛行高度を下げさせていた。

『お供しますよ! せいぜいお膳立ては!』

「……皆さん……。ありがとうございます! 敵は……中天の太陽の中に!」

 火線が舞い、《バーゴイル》三機が直線に並び立つ。その好機を得て、Rフィールドプレッシャーの揚力を得た《ナナツーライト》は跳躍していた。

 艦艇に絡まったケーブルの重量を引き受け、田園の使者は飛び立つ。

 薄く覆われた曇天の皮膜を、試作型プレッシャーライフルの銃身が突き上げていた。

 鶏冠の《バーゴイル》が銃剣の武装を《ナナツーライト》の肩口へと直撃させる。分散する破片とショートの火花が舞う中で、さつきは吼えていた。

「負けない、負けたくない……だから、行っけぇ――ッ!」

 凝縮された高出力のプレッシャーの光軸が三機の《バーゴイル》を貫通し、曇天の空を引き裂く。

 余りあるその破壊力が敵人機を両断し、《ナナツーライト》の細腕で抱えられる勢いを超えて、天地を縫い止める一条の輝きとなっていた。

 応急処置で包帯を巻かれた《ナナツーライト》を仰ぎ、さつきは息をつく。

 結果として両腕が弾け飛び、試作型のライフルは海底へと没していた。

 エルニィが何やら騒がしい声を制しつつ、甲板へと戻ってくる。

「……遅かったですね」

「試作品ぶっ放す馬鹿が居るかってさ。ま、ここに二人は居るわけだ」

 微笑んだエルニィはその手から何かを放る。慌ててキャッチすると、それはラムネであった。

「……これは」

「今回の勲章。褒められたもんじゃないかもだけれど、でもよくやったと思うよ。案外、さつきも馬鹿だよね。両兵のこと、お兄ちゃんって慕うだけはある」

「……そんなこと……あるかもしれませんけれど」

 つんと唇を尖らせたさつきへとエルニィは人差し指を突きつける。

「あのさ……青葉のこと、話したけれどでも、さつきはさつきなりでいいと思うよ。誰かの真似事とか、誰かのようにとかってのはさ。自分の目指すものが見えてからでいいと思うんだ。だから、今日はこれで乾杯。それで手打ちでどう?」

 にこやかにラムネを掲げたエルニィに、さつきもラムネを交差させていた。

「……ですね。私らしく……いつかは誰かの真似じゃなくって……」

 ポシュッ、とラムネの封を開け、渇いた喉へと流し込む。

 ――遠く、積乱雲の果てを望んで、一足先の、夏のにおいがした。

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