「……新しい武装が届いたらしいので、昨日のうちに読んでおいてって言われた資料に時間がかかっちゃって……」
「ご苦労様です。お弁当は作っておきますので、赤緒さんは顔でも洗って来てください」
「はい……すいません……」
謝ったのは自分も本来ならば弁当の担当だったのだが、頼りっ放しになっているせいだ。しかし五郎は何でもないことのように応じる。
「いえ、学生の本分は勉強ですから。学校、楽しんで来てくださいね」
「……はい。それにしても、眠たくって――」
「腹ぁ、減ったな。何かあるか? って、柊かよ」
「うわっ! 小河原さん? やだ、見ないでくださいよ!」
咄嗟にパジャマ姿を庇うが、両兵は足元から頭上まで眺めるなり、興味もなさそうであった。
「……寝巻姿だろ。何を恥ずかしがることがあるんだ?」
「……そうじゃなくって……。もうっ、小河原さんってば……」
「小河原さん、そこの棚の上におせんべいの買い置きがありますんで、取って行ってもいいですよ」
五郎のフォローが回っている間に、赤緒はそそくさと洗面台に向かい、鍵をかけて息をつく。
「……油断してた……。小河原さんにパジャマ姿を見られちゃうなんて……」
しかし、この時間帯に両兵が起きているのは少し珍しい。朝方には橋の下に行っているか、あるいは寝入っていることばかりだと言うのに。
「……アンヘルのみんなと過ごすうちに、小河原さんも生活リズムを取り戻しつつあるのかな……?」
そもそも両兵がどのような日々を送っていたのかは目下のところ不明である。南米の戦いを自分は片鱗しか知らない。
もしかしたら、こうやって学校に通う自分とはまるで異なる次元に身を置いていたかもしれないのだ。
「……日本が平和過ぎるのかも……。ヴァネットさんも、そういえば朝は早いし……」
赤緒は洗顔をさっさと済まして制服に着替える。
やはりと言うべきか、朝方から境内の的に向かって銃口を向けるメルJが見られた。彼女がいつ起きて、いつ眠っているのかも自分はよく知らない。
さすがに実弾を撃たないでくれと五郎が頼んだのでイメージトレーニング止まりだが、それでも物々しい空気は窺えた。
「……むっ、赤緒か。何なんだ、こっちをじっと見て」
「いえ、その……そういえばみんな、いつ起きて、いつ寝てるんだろうって思いまして……」
「それぞれの事情があるだろう。あまり踏み入られたくない人間も居るとは思うがな」
それにしたところで、朝方には起きてくるエルニィはたまに眠気を伴わせている時もあるし、さつきも遅い時間まで神社の手伝いをしているのは分かっている。
ルイは……よく分からない。夕食を食べた後のアンヘルメンバーの動きはそれくらいまばらだ。
誰がどのように日々を生活しているのかはお互いに干渉しない。
いつの間にかできている不文律に赤緒はいつ起きたのか、さつきが朝食の席にそれぞれの食器を並べ始めているのを目にしていた。
思わず目を見開く。
「……さつきちゃん、いつ起きたの?」
「あ、赤緒さん、おはようございます。えーっと……四時くらいですかね」
自分より早く起きていたことに赤緒は絶句していた。さつきは何でもないことのように言いやる。
「あっ、私、旅館でも早起きの習慣がついていたので、赤緒さんは気にしないでください。自然とそれくらいに目が覚めちゃうんです」
「……そっかぁ……。何だか私、案外みんなのこと、知らないのかも……」
そうこう言っている間にルイと南が揃って起きてくるなり朝食を眺めて目を輝かせる。
「おっ、今日は鮭の塩焼きね」
「さつき、私の納豆を置いてちょうだい」
「あっ、はい。用意しておきますね」
エルニィが大きく伸びをしながら起き掛けに南へと寄りかかる。
「うわっ! エルニィ、あんたまたお酒飲んでたでしょ。抜け駆けしてー」
「うーん……頭痛い……。思ったよりも設計書がうまく行ったから景気づけに飲んだつもりだったんだけれど……そこから先の記憶がなくってさ……」
「ホント、しょうがないわねぇ」
「いや……そもそも未成年飲酒……」
赤緒の常識的なツッコミは何のそので三人は思い思いの朝の準備に入る。
何だか取り残されたかのような気分で赤緒は立ち尽くしていた。
「……みんな、よくよく考えたら何やってるんでしょう?」
「あまり踏み入るものでもないと思うがな。そんなに気にかかるのか?」
「だって……一応はチームなんですから。相手がどうしているのか、同じ場所で寝泊まりしているのなら当然じゃないですか?」
「そんなものか? 別に相手が自分に干渉してくるわけでもないのだからいいじゃないか」
メルJは思ったよりも放任主義である。しかし、赤緒はこの際、全員の生活習慣を見直す必要性に駆られていた。
「……みんなが何をしているのか、最低限は知っておかないと。もしもの時に備えができませんし」
「……そんなもん、余計なお世話だとは思うがな」
ひょっこり頭上から顔を出した両兵に赤緒は仰天して後ずさっていた。
「……小河原さん。もうっ! 心臓に悪いですよぉ……っ!」
「別に何でもいいんじゃねぇの? もしもの時に足を引っ張らなけりゃ、どうでも」
せんべいを頬張りつつ、両兵はのらりくらりと意見を述べる。
しかし、赤緒からしてみれば、その両兵の行動でさえもどこか奇怪だ。両兵もどこで何をしているのか、不明瞭な部分が大きい。
「……でもでも……っ、相手のことを知らないと自分のことも分からないじゃないですか。みんなの都合も分かっていないと、その……不用意なことを言ってしまいかねないですし……」
「まぁ、てめぇは言っちまいそうではあるな」
「確かに。赤緒はそういうところでは気の遣い方を間違えそうだ」
二人分の糾弾に赤緒はうーんと呻る。
「……そこまで言わなくっても……。あ、そうだ! じゃあこうしましょう! スケジュール表を作るんです!」
「スケジュール? 何でそんなもんが要るんだ?」
「皆さんの生活習慣を見直すためですよ。さつきちゃんには無理をさせていますし、ルイさんや南さんは……何をやっているのかよく分かりませんし……。それに小河原さんも」
「オレも? 嫌だっての。そんなのてめぇらで勝手にやれって」
「駄目ですっ! 小河原さん、一番生活習慣が悪いじゃないですか! ちょっとでも健康に、健やかに育つためにはスケジュールの管路も必要なんですっ!」
「……って言ってもよ。連中、それ、賛成するか? 案外隠し事が多いのがアンヘルなんじゃねぇの?」
「――ということで、スケジュールを共有したいと思います」
学校から帰ってくるなり提案した赤緒にメルJは意見していた。
「……一つ聞くが、それをしてどうする? 動きにくいだけじゃないのか?」
「あら、案外私は賛成よ? トーキョーアンヘルも纏まりが出てきたところだからね。ここいらでみんなの都合ってものを知っておくのもまぁ、いいんじゃないの?」
「ボクは面白そうだから賛成かな。全員の素性を丸裸にできるようなものだし」
エルニィの言葉は褒められたものではないが、ひとまず賛成意見を稼げている。赤緒はまだ賛成とも反対とも言わないさつきとルイに話を振っていた。
「あっ……私は賛成です……。そのほうがご飯とか作るのにお邪魔になりませんし……」
さつきのいじらしさに涙が出てくるほどであったが、ルイは無言で挙手する。
「じゃあ私も賛成。別に見られて困るプライベートじゃないし」
「じゃあ賛成多数で可決ですね。明日から全員のスケジュールを見ていきましょう!」
「……というわけでまずは言いだしっぺの赤緒からね」
ビデオカメラを手にしているエルニィに南は突っ込む。
「いいの? 盗撮じゃない?」
「いいっていいって。どうせこういうので一番にぼろを出すのは赤緒なんだからさ。それも込みでボクは賛成したんだよね」
「……相変わらずいい神経しているわ、あんた。でもまー、面白そうなのは同意かもね」
「まずは朝の赤緒から。えーっと……ここ最近は学校に通っているから、朝は早めだね。起きて、台所に向かってさつきと五郎さんと一緒にご飯の準備かな」
「それで学校に通って……へぇー、今の日本の体育の授業ってこんな感じなのね」
エルニィに付き従って赤緒をストーキングしていることは棚に上げつつ、南は跳び箱三段を飛べずに項垂れている赤緒に同情する。
「……あー、やっぱし赤緒ってどこでも鈍くさいんだね」
「何だか可哀想になって来ちゃうわね……」
「それで……帰ってくるなり神事があるなら五郎さんに付いて行って……あちゃー、あれ、祝詞の途中で寝ちゃってない? 大丈夫なの?」
赤緒は神事の最中でこっくりこっくりと首を項垂れさせている。
案の定、五郎からの注意が飛び、赤緒は羞恥の念に顔を伏せていた。
「……赤緒さんって大体、あんな感じなのよね……。ぼうっとしていると言うか……」
「まぁ天然なんだろうね。よくも悪くも。それで神社に帰ったら、今度は夕食の準備……この辺りはまぁ飛ばしてもいいかな。で、寝る前までに人機関連の書類に目を通してから夜十時には就寝……何だか、面白味がないなぁ。もっと奇抜な日常を送っているかと思ったのに」
ビデオカメラを調整しつつ、エルニィは次の標的へとレンズを絞っていた。
「今度はさつきね。朝は……赤緒よりもだいぶ早いね。まだ四時だよ」
ふわぁ、とエルニィが欠伸をする。南もそれに釣られて欠伸を噛み殺していた。
「さすがはさつきちゃん。真面目ねぇ……」
「台所仕事は大体頭に入っているっぽいよね。赤緒より手際がいいんじゃないの?」
さつきは五郎が指示をする前に既に行動に入っており、どこに何があるのかも把握しているらしい。
「……何だか見れば見るほどにいじらしいと言うか……ちょっと感動しちゃいそうね……」
涙を浮かべた南をエルニィは肘で小突く。
「何言ってんのさ、南。こんなさつきでもきっと……誰にも見られたくない秘密の一つや二つ……」
期待してカメラを回していたエルニィは登校時に交番に挨拶をしているさつきを発見していた。
「……あれ? 何で警察? まさかさつき……あの顔で何か仕出かした?」
「まさか! さつきちゃんに限ってそれはないわよ」
「いや……分かんないよ? ……しかも結構親しそうだし……確かめに行こっ! 南!」
早速挨拶を交わしていた警官に突撃したエルニィに相手が驚愕する。
「な、何なんですか?」
「いやー、さっきの子知り合いでさー。……何かあったの?」
「あ、いえ……ちょっと色々ありまして……。顔見知りなので、あちらから挨拶してくださるんですよ」
「……警察官と……」
「ちょっと色々……」
エルニィと南は顔を見合わせごくりと唾を飲み下す。
「……追跡してみる価値はあるかも」
「……そうね」
警察の制止の声を振り切り、エルニィと南は学校へと潜入を果たす。
「……しかし、さつきって優等生だなぁ。何でもそつなくこなすって言うか……」
学業においてさつきに特筆すべき不満点はない。
エルニィが不服そうにむくれていると、下校時のさつきが不意に周囲をきょろきょろと見渡し始めた。
「……やばっ! 南、隠れて!」
「……何をしているのかしら。……この辺って、両の住み処の橋の下?」
さつきは誰の目もないのを確認してから、橋の下の両兵のソファへと歩み寄り、静かにそのソファに寝転がっていた。
「……ふふっ、お兄ちゃんのにおいだ……」
それを遠目から眺めていたエルニィと南は二人して驚愕する。
「……これは意外と言うか……意外でもないと言うか……」
「うん……。まぁ他人の趣味だからね……とやかくは言えないわ」
両兵のにおいを堪能したさつきは何でもない顔で神社に戻り、夕食を作って夜の九時には床に就く。
「……いやー、意外と言うか……想定外のものが撮れたねー」
「……後でこれ、どうするのよ。一応全員に見せる約束でしょ」
「そこはホラ。ボクの編集技術でちょちょいっと」
「……今度はメルJね。一日中、訓練してるんじゃないの?」
メルJは朝方のイメージトレーニングに始まり、射撃訓練を一通りこなした後に、ヤオと合流していた。
「……あいつ、両兵とつるんでいる人だよね? 何をするんだろ……」
「まさか、メルJに限って、妙なことに巻き込まれてるんじゃ……」
二人分の不安を他所に、メルJが連れ込まれたのは麻雀教室であった。
「……麻雀?」
「何で?」
不可思議さに二人して顔を見合わせ、エルニィは静かに扉の外から窺う。
煙草の煙がくゆる部屋の中で、メルJがカッと目を見開き、役満を作り上げていた。
「……これで私の五連勝だな」
「かーっ! 姉さん強過ぎますって!」
「また巻き上げられちまいましたねぇ……」
「こりゃ、近いうちにここいらの賭博場は全部制覇するんじゃないんですか?」
「……それは買い被りだとも。だが……面白い。上り詰めるところまで上り詰めてやろう」
どう見ても堅気ではない相手に対してメルJは余裕の表情である。
「……勝負師やってるんだ……。まぁ、ある意味じゃメルJらしいかも」
「謎の女賭博師って言うの? ……画になるわねぇ、さすがに」
メルJの一日はほとんど賭博場での戦いであり、夕食時になれば神社に何事もなかったかのように帰ってくる。就寝時間は十一時過ぎであり、彼女だけ布団ではなくベッドであった。
「……意外な顔が見えてくるなぁ、赤緒の提案の割には。今度はルイねー。南の自慢の娘でしょ? どんな秘密を抱えているのかな」
「頑張りなさい! ルイ!」
カメラを回すエルニィにルイはさつきの制服を借りて外に繰り出していた。
何をするのかと思えば、猫じゃらしを手に口笛を吹く。
すると生垣から猫が一斉に飛び出し、ルイの前でそれぞれ順番に並んでみせた。
ルイが手を出すと、順繰りにまるで忠誠の誓いのように恭しく頭を垂れてお手をする。
その功績にルイは片手にビーフジャーキーを掲げていた。
猫たちのルイに対する様々な催しが開催され、ベンチに座ったルイ相手に曲芸を披露する。
「……やめ。今日は黒いのにあげるわ。他のも明日までに芸を磨いてきなさい」
ビーフジャーキーを差し出すルイにまるで兵隊のように統率された動きを見せる猫たちが一斉に鳴いて生垣へと戻っていく。
ルイはふんふんと鼻歌混じりに猫じゃらしを振って神社へと戻っていった。
「……一番謎じゃない? 何だったの、あれ」
「ほ、ホラ! 動物に好かれるって奴じゃない?」
精一杯の南のフォローにエルニィは怪訝そうにする。
「……確かに南米でも小動物の主人だったけれどさ。まさか日本でも猫の主をやっているとは思わないよ」
最後は、とそのレンズは両兵に向いていた。
「……朝は……最近は神社の屋根の上で寝ていたりするんだね。落っこちたりしないのかな?」
「両は野生の勘があるからね。どこでも寝られるんでしょ」
欠伸を掻いて両兵が活動し出すのは昼前である。
その危うい眼差しと粗雑な格好に誰もが道を開けていた。
「……あれ? 普段の野球チームのグラウンドとは逆だよ? どこ行くんだろ……」
両兵が入っていったのは地元の商店街であった。何をするつもりなのかと窺う二人に、両兵は泣きじゃくっている子供へと歩み寄る。
「やば……ッ! 事案だよ、事案!」
「両、早まらないで!」
二人が飛び出しかけて、両兵は子供へと屈んで視線を合わせる。
「……どうしたんだ? 母親とはぐれたのか?」
思わぬ挙動に硬直する二人を他所に両兵は子供の手を取る。
「しゃーねぇな。母親が行きそうなところは分かるか? それまで面倒看てやるよ」
その時、子供の腹の虫がきゅうと鳴く。両兵は自分の腹も押さえていた。
「……腹ぁ、減ったな。おい、コロッケ屋の親父! このガキ、迷子なんだわ。いつもの、もらえるか?」
「……いつもの?」
疑問視する二人に対して、両兵が受け取ったのは出来たてのコロッケであった。子供へと手渡しつつ、自分も頬張る。
「美味ぇだろ? ここの商店街の連中とは色々と顔見知りでよ。何ならすぐに見つかると思うぜ。お前の母ちゃんもよ」
「……兄ちゃんも、迷子なの?」
「あっ、両兵にそんなこと聞いたら、拳骨が来るよ!」
エルニィの懸念に両兵は顎をさすって思案する。
「……みてぇなもんだな。ずっと迷子なんだ、オレも。だから、寂しかねぇぞ。迷子同士だからな」
ニッと笑ってみせた両兵に子供も笑顔になる。南とエルニィは母親を見つけるまで子供の世話を甲斐甲斐しく行う両兵をカメラに捉えていた。
母親の感謝も他所に両兵は子供へと手を振る。
帰り道でも、商店街の人々へと様々な意見を述べていた。
「……この野菜は高過ぎじゃねぇか? もうちょい安いほうが手に取ってもらえると思うぜ。あー、親父。昼間は世話ぁ、なったな。ここで肉買うように言っておくわ。おう、魚屋の。いい魚入ったらまた言っておくからよ。そん時は教えてくれよ」
全員の謝辞を受けつつ、両兵は振り向きもせずに片手を振る。
エルニィはカメラを持て余していた。
「……どうする、これ」
「……どうもこうも……ねぇ」
二人して困惑に唸る。
全員分の隠し事を抱えたビデオカメラは思いのほか重たい。
「あっ、お二人とも。スケジュール管理はできそうですか? 全員分、撮れそうだって、今朝方は……」
赤緒の追及に軒先でカメラを抱えていたエルニィは頭を振る。
「……えっと、やっぱやめとこうよ。みんなさ、都合があるもんなんだって。それぞれに、ね? 南」
「そうね。スタンドプレーがうまく絡むからこそ、トーキョーアンヘルなのかもね」
自分たちが誤魔化すものだから赤緒は何やら訝しんでくる。
「……何かありましたね?」
「いやぁ、これに関しては触らないほうがいいよ。赤緒のためにもね」
「そうそう。赤緒さんもね」
「な、何なんですかぁ……。教えてくださいよぉ……」
「まぁ各々、歩くような速度が合っている人もいるってことかな。もちろん、走れる人もね」
ウインクした南にエルニィはうんうんと頷く。
「ボクらには、スケジュールみたいなのは似合わないよ。それこそ、緩やかに、でいいんじゃないかなぁ」
「……何だか釈然としませんけれど、でも、別にいいかなとは、思い始めていたんです」
縁側に座り込んだ赤緒に二人して、意外、と声を発する。
「ちゃんとしたいんじゃなかったの?」
「……改めて考えても見ると、しっかりとした仲間同士なら、こんなこともする必要もないんじゃないかなって」
「……まぁ、それならいいわ。エルニィもそうでしょ?」
「だね。でもま、このカメラは持っておこうかな。赤緒の恥ずかしいとこ、しっかり収まってるし……」
にしし、と笑ったエルニィからカメラを取り返そうとして、赤緒がひっくり返る。
「赤緒ってば、やっぱり間抜けー! ……でも、それでいいのかもね。うん、それでいい」
今はただ、ありのままで――。
そう、歩くような速度で構わないのかもしれない。