「眠れない」
「……へ?」
きょとんと目を丸くするこちらに対し、ルイは不機嫌そうに言いやる。
「眠れないのよ。何だかよく分かんないけれど」
「ね、寝れなくってここまで?」
ルイの普段過ごしている宿舎はここからだいぶ離れているはずだ。そう考えていると彼女は不遜そうに応じる。
「……今日は《ナナツーウェイ》を全面整備してもらえる日だから、南と一緒にこっちの宿舎に泊まっているの。でも……慣れない場所だと寝付けなくって……」
「えっと……でも私の部屋もそんなに片付いていないよ……? 寝られる場所……あるかなぁ……」
ルイは押し入るなり部屋を見渡し、ぼそりと呟く。
「……プラモオタクの汚部屋……」
うっ、と手痛いダメージを受けたこちらに対して何でもないことのようにルイは言い放っていた。
「まぁ、いいわ。青葉、あんたのベッドがあるじゃない」
指差された先にあるベッドに青葉は狼狽する。
「……でも、狭いよ?」
「構わないわ。寝られるのなら、どこでも……」
ゆらり、とルイはベッドへと入る。青葉はルイに布団を半分譲った形で背中を向けて眠ろうとしていたが、その背へと声がかかる。
「……何でこんな時間まで電気を点けていたの」
「あっ、それはその……今日授業で習ったところの復習をしていたから……。モリビトとナナツーの互換性の話があったでしょ?」
「《ナナツーウェイ》と《モリビト2号》は完全な相互間と言うわけじゃないけれど、パーツをもしもの時に取り換えられるって言う、あれね」
「うん。だからその部位とか、稼働率とかの計算をしていたの」
「ふぅん。勉強熱心なのね」
「……だって、私も操主だもん」
負けられない、という意地のつもりで言った論調にルイは何でもないようにかわす。
「……まぁ、今はどうでもいいわ。眠れれば……」
すぐに寝入ったかと思ったが、ルイは苦言を漏らしていた。
「……プラモ臭くって眠れない……」
「が、我慢してよ……。それに……プラモのにおいっていいにおいじゃない」
「……異常者」
またしても手痛いダメージを受けた青葉だが、ルイは天井を睨んで続ける。
「……青葉。普段はどうやって寝ているの」
「どうやってって……自然と……布団に入ったら寝ちゃうかな……」
「おめでたいのね。そんなんで操主だって言うんだから笑わせるわ」
「な――っ……! で、でもみんなが居るじゃない。だからその……安心できるって言うか……」
言葉を濁した形の青葉にルイは寝転がったまま尋ねる。
「……眠る心得と言うか、術みたいなものがあれば教えて欲しいくらいだわ。眠れないのは初めてでもないから」
「……ルイ? あまり寝付けないの?」
「と言うか、ぐっすり眠ったことって案外ないかもしれない。南と一緒にヘブンズでナナツーの上で眠ることもあるし、熟睡すればそれは危険なのよ。いつでも対抗できるように警戒を走らせていないと」
「……ヘブンズ、か。大変なんだね、ルイも南さんも……」
「別に、あんたに大変だって思われるほどじゃないわよ。それで、熟睡する方法を教えて欲しいんだけれど」
「あー、うん……。えっと……よく言うのは羊を数えると眠れるって言うかな……。百匹数えると眠れるの」
こちらの言葉にルイは怪訝そうにする。
「……ヒツジって、何?」
その問いかけには当惑せざるを得ない。
「えっ……羊は……だって羊でしょ?」
「だから、ヒツジって何なの。そんなの見たことも聞いたこともない」
「あっ、そっか……ここって南米だから……」
羊が何なのかのイメージもよくよく考えればルイの中にないのも当然。青葉は首をひねった後に、うん、と首肯する。
「羊って言うのは、そのー、もこもこしている生き物なの。白い毛で覆われていて、それで四本足で立っている生き物で、めーめーって鳴くの……」
「……もこもこしていて白い四本足……? そんな生き物がいるの?」
「うん、まぁ……ルイもいずれ分かると思うけれど、この世にはそんな生き物が居るの。えっと……眠れそう?」
ルイは天井を睨む視線をきつくする。
「……全然。大体、それを百匹数えるってどういうことなの?」
「えーっと……簡単だよ。羊が、柵を飛び超えるのをイメージして、それで百匹数えていると自然と眠れちゃうの。試しに、数えてみよっか? 羊が一匹、羊が二匹……」
ルイは不承気にこちらの言葉に続く。
「ヒツジが三匹、ヒツジが四匹……。ねぇ、全然眠たくならないんだけれど。そもそもどんな生き物なのかも分からないのに、数えたって意味ないじゃない」
「……そ、そうかな? うーん……難しいね……」
ルイからしてみれば、イメージしづらい生き物だったのかもしれない。しかしよくよく照らし合わせれば、ルイの常識もこちらとは乖離している可能性が高い。日本人の常識で話してもいつまでも眠れそうにはなかった。
「ねぇ、他にも眠れそうな方法を試して。何かあるでしょ」
「えー……っ、そういえば眠れない時にはよく、おばあちゃんに昔話をしてもらったかな。ホラ、桃太郎とか!」
しかしルイは怪訝そうな顔をする。
「モモタ……何なの、それ?」
「桃太郎も分かんないの?」
「……日本人は変なものばっかり信じているのね。ヒツジとか、モモタロウとか。もうちょっと現実を見たほうがいいわ」
「いや、でも眠れるためにして欲しいってルイが言ったんじゃ……。まぁ、でも、試しとく?」
「……一応はやってみて」
ルイは布団を被り、青葉の話を静かに聞いている。祖母からよく聞かされた桃太郎の物語を、青葉はゆっくりと反芻していた。
「えーっと……確か、むかーしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが……」
「どんな人柄なの? それが分からないと」