JINKI 85 灰色を行く者

「……まぁ、そうなりますね。だからこそ、立花さんに頼んでいるんですよ。人機も乗る人間次第! それを証明していただければと」

『……よく言うよ。この機体、文句が出るのは目に見えている』

 そうは言いつつ、コックピットで電算処理を始めたエルニィを感知して、煙草を胸ポケットから取り出したところで、不意に横合いからライターが伸びる。

 視線を向けると、ヤオが読めない笑みを浮かべつつ、こちらを見据えていた。

「……どうも」

「相変わらずの癖じゃな、友次。やれることは全部、誰かに任せ切りか」

「そうでもありませんよ、老師。これでも平和利用と、アンヘルの資金繰りにてんてこ舞いなんですから。手は一つでも欲しいくらいなんです」

 紫煙を吹かし、友次はエルニィの作業する人機へと目線をくれる。ヤオも仰ぎ見ていた。

「《バーゴイルシザー》、か。八将陣の機体を再利用すると言うのはアンヘルの人間から反感を買うぞ?」

「……それも織り込み済みですよ。彼女らには辛い思い出を蘇らせるかもしれませんが、それでも使える血塊炉使用人機は使うものです」

「因縁の敵の人機でも、か。むごいことをする」

「あなたほどでは。結局、どっちなんです? アンヘルに与するのか、それとも八将陣として我々と敵対するのか」

「どっちでもない、と言っておこう」

 ヤオのスタンスは南米に居た頃から変わりなく、か。友次は紫煙をたゆたわせ、磔にされた《バーゴイルシザー》を注視する。

 ところどころに包帯による緊急修繕を経た《バーゴイルシザー》は新たにアンヘルの人機として生まれ変わろうとしている。

 その一手がエルニィによる電算処理だ。

 八将陣の人機であったという過去は抹消できないが、これを再利用するために初期化することくらいはできる。

 今は彼女に頼り切りであるが、いずれ再編成の目途が立てば、《バーゴイル》の改修機とは言えそれなりの戦力にはなるだろう。

「……ヴァネットさんのシュナイガーも完璧には直っていません。そもそも、キョムとアンヘルでは飛行人機への重点が違う。《シュナイガートウジャ》は確かに優秀な人機でしたが、あれは一人の天才たる立花さんの造り上げたワンオフ機。比して、《バーゴイル》はかつての南米時点で五百機を超える量産が可能であったそれなりのノウハウの活きている機体……。当然、カリス・ノウマンの駆る《バーゴイルシザー》はそれ以上の代物であったと窺えるでしょう」

「強ければ敵も利用するか。友次よ。次に背中から撃たれるのはお主やもしれんぞ?」

 ヤオの言葉に友次は肩を竦める。

「後ろから撃ってくれるんならまだ歓迎です。死ぬ準備ができていていい」

 問題なのはアンヘルが現状の戦力を温存するのにも、パーツの互換性や人機の擁する血塊炉の経年劣化などを含めて、あまり余裕のないことだ。

 ベネズエラでは当たり前だった型落ちの血塊炉をいつまでもロストライフの最前線で使わせるわけにもいかない。ゆえに《バーゴイルシザー》の部品はほとんど回収しておいて正解であったと言える。

「……ルイさんが《ナナツーマイルド》でいい塩梅にバラバラにしてくれたのが生きてくるとは思いも寄りませんでしたよ。メッサーシュレイヴで斬り裂かれた断面は繋げるのも簡単でいい」

 こちらの物言いにコックピットからのエルニィの糾弾が飛ぶ。

『……友次さん。さっきから何か聞き捨てならないのが聞こえているような気がするんだけれど。いいんだよ、ボクは別に。こんな人機、修理してやんなくたって』

「いえ、それは困ります、立花さん。この人機は修繕して、解析にかけなければ」

『……だったら、ボクの機嫌を損ねないでよね。ああ、もうっ。八将陣くさいったらないよ、この人機……。それにしたって電算機も何もかも……最新鋭なのは腹が立つを通り越して感心する。こんなのと渡り合っているんだと思うと、もっと強化しないとって思うよ』

「エル坊の言い分も分からんでもないのう。……アンヘルは型落ち機を使っているも同義。それを現場でどこまで分かっているのか、という問題にも直結してくる」

 ヤオの言葉に友次は頭痛を覚えていた。

「……《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》は最新鋭機ですよ?」

「その二機も、決して完璧ではあるまいて。問題なのはやはり、根底の部分じゃろう。畢竟、今の戦力で勝てるのかどうか。試金石があるとすれば、こいつか」

「足の先から頭頂部まで解析にかけて、それで勝ちの芽があるのだとすればこちらとしては大変ありがたいのですが……どうやら立花さんの見立ても非情なようです。《バーゴイル》の発展機であり、理想に近いコストの近接格闘人機でもあります。それでいてフライトユニットを搭載していない、飛行機能のダウンサイジング化をはかった機体でもある。こんなことを言えばアンヘルの面々には立つ瀬もないのですが……理想の人機ではあるのですよ。破損しても替えの効く部品構成、それに量産に適した形状とプレッシャー兵装を積んでもまだ有り余るウェポンユニットの数々。そしてナナツーを凌駕する汎用性……。ここにこうしてあるのなら、利用しない手はないでしょう」

「じゃがそれは反感を招く。下手にアンヘルの者たちを敵に回すのは得策でもあるまい」

「だから、立花さんにやってもらっているんです。彼女は天才ですから」

《バーゴイルシザー》の修繕作業を依頼した時には、エルニィは頑として断ったが、それをどうしてもと言うと呑んでくれたのはひとえに彼女はまだ合理的に動いている部分があるからだろう。

 実際、キョムの技術には目を瞠るものがある。それを一手でも多く解明できるのなら、エルニィは蛇の道でも進むに違いなかった。

「……酷な真似をさせる。エル坊とて、本意ではなかろうに」

「だからって敵は敵、味方は味方って言っているといつまでも技術は進みません。……正直なところで言えば、キョムの技術は我々の十年は先を行っているんです。それを埋めるためには、汚れ役の一人や二人は必要になってくる」

「お主とエル坊か? ……やれやれ、少しばかり成長したかと思ったが、背が伸びた程度であったか」

「……老師。あなたは両者の視点からこの戦いを俯瞰している。どうなのです? 率直なところ。勝てそうには、見えますか?」

「見えんな。人機がどうと言う問題でもなければ、現のせがれがどうと言う問題でもない。自殺行為にしか見えんのだ。お主らのやっている行動は」

 ヤオのてらいのない声音に友次は嘆息をついていた。

「……だとしても、やるんですよ。そうじゃないと、前を歩くと決めた方々に失礼でしょう」

 南もエルニィも、赤緒たちではできないことを真正面から引き受けてくれている。

 赤緒たちではきっと、感情が邪魔をしてしまうところを、彼女らにはこれからのアンヘルのためと言う大義名分で承諾してもらっているのは、ひとえに力不足で情けなくもあった。

『……ん? 友次さん、もしかして今、外部電波を受信してる?』

 エルニィの当惑の声に友次は周囲を見渡して応じていた。

「いえ……電波遮断機能は有効です。それに今の《バーゴイルシザー》には、外部の情報を得る手立てなんて……」

『……だよね。そのはずなのに……。これは……元から仕掛けられていた奴か! やられた……! 友次さん、こいつの血塊炉を緊急停止させて! 停止ボタン、あるでしょ!』

 エルニィの急いた声に友次は緊急停止ボタンを拳で押し込むが、それでも事態が好転した様子はなかった。

 それどころかエルニィの困惑はより深くなっていく。

『……何だこれ……。登録された操主以外が触ると発動する、そういうトラップか……! ボクがこいつのコックピットにいるから、時限式に……。友次さん! 伏せて!』

 エルニィの声が弾けるや否や、磔にされていた《バーゴイルシザー》が拘束を破る。

 その眼窩が赤く染まり、包帯を風になびかせて空を仰いだ。

「……まさか」

 息を呑む間もなく鎌に似た翼を広げた《バーゴイルシザー》が風を逆巻かせる。風圧に煽られながら、友次は叫んでいた。

「立花さん! 自動停止機能を!」

『駄目だ! 機能しない! ……こいつの行先は……くそっ! 解析が間に合わないよ……。友次さん、離れて! 《バーゴイルシザー》が……飛ぶ』

 リバウンド磁場を発生させ、浮き上がった《バーゴイルシザー》を友次は睨む。

「……まさか、人機そのものに細工がしてあるなんて……!」

「一本取られたのう、友次よ」

「……知っていたんですか、老師」

「さて、のう。八将陣の機体に関しては個々の判断に委ねられるものがあるでな。そこまでは関知せんよ」

 それが真実なのか嘘なのかを問い質す時間はない。すぐにでも南へと連絡を寄越そうとして、別の風圧を感じていた。

 降り立ったのは扁平な頭部形状を持つ異色の人機だ。唐傘を被ったように映るそのシルエットに友次は絶句する。

「……《トーキン・フゥ》……まさか、老師!」

 裏切ったのか。その言葉が出る前に人機の掌に乗ったヤオは声にする。

「勘違いするでない。ワシはどっちの味方でもないからのう」

 こちらの応答が咲く前に《トーキン・フゥ》の矮躯が躍り上がる。その小ささに見合わない機動力で唐笠の人機は飛翔していた。

 彼方の空に消えていく二機に対し、友次はようやく、と言った様子で南へと繋ぐ。

「……南さん? 少し厄介ごとが。ええ、とても……まずい事態になりました……」

「どうするかなぁ……」

《バーゴイルシザー》のコックピットで胡坐を掻いたエルニィは、不貞腐れたように頬をむくれさせる。

 この事態を巻き起こしたのは明らかに自分だが、そもそも《バーゴイルシザー》に仕込まれていたセキュリティなのだろう。確かに登録された操主以外が触れば発動する自動装置は、キョムの技術を流用されないための必要措置だろう。

「他の《バーゴイル》はある程度鹵獲に耐え得る性能だけれど、これは一応、カスタム機とは言え、八将陣直々の機体。そりゃ、厳重に守るよね。キョムだって地上勢力の図式が変わるのを望んでいるわけないだろうし」

 しかし解析結果に出たのは思わぬ回答で、エルニィは難しく呻る。

「……拠点、シャンデリアへの帰還ルートか。まぁ、当たり前っちゃ当たり前だよねぇ……。両腕をもがれても帰投できるように設計されていたわけだ。あるいは操主が死亡しても、か。こりゃなかなかに……キョムもやってくれる」

 だがこのまま拠点への帰還を許すわけにはいかない。そうでなくとも、ようやく掴めかけたキョムの技術の結晶。

 ここではできるだけ、妨害をしつつ情報収集が求められる。

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