超高速で滑走するジェットコースターに、色とりどりのバルーンが飛ぶ。視線を少し先に投じれば、大観覧車が待ち構えており、周囲には家族連れやカップルが目立っていた。
「……遊園地なんざ、別にいいって突っぱねりゃよかったんじゃねぇか?」
「……私もそのつもりだったんだがな。公正な抽選結果だ」
はぁ、と何度目か分からないため息をつく。
メルJの考えていることがまるで掴めず、両兵は頭を振っていた。
「……考えたってしゃーねぇだろ。何に乗りたい? 何でも乗り放題だし、連中から金ももらってる。けち臭いことは言わないつもりだぜ?」
「……何でもいい」
「それが一番困るんだよな……。ってか、やっぱ機嫌悪ぃだろ」
「……そんなことはない」
取りつく島もないような声音だ。後頭部を掻いていると、不意に耳にははめたイヤホンから声が発せられる。
「……ちょっとションベン……」
ベンチから立ち去るや否や、植え込みへと両兵は連れ込まれた。
「……何やってんだ、お前! せっかくのムードってもんが分からねぇのか!」
「……勝世。何だったらてめぇがやればいいじゃねぇか。オレは遊園地なんて浮ついた場所に行ったって、元々気の利いたことはできんとは言ったんだが……」
こちらの返答に勝世は唾を飛ばして怒りを発する。
「できるもんならそうしてーよ! めちゃくちゃいい女だしな! ……だが、赤緒さんたちも含めての了承なんだ。いいか? エスコートってもんを、お前は知らなさ過ぎる。こういうこともまた、勉強なんだよ。トーキョーアンヘルのリーダーやるんならな」
「勉強ねぇ……。しかし、よりにもよってヴァネットとは。他の面子なら、まだ何考えてんだか分かるもんなんだが……あいつは楽しいのかどうかすら分からん」
「ある意味で、試練なのかもな。一旦打ち解けたろ? あの兄貴気取ってたJハーンとの戦いで」
「……あんなもん、戦闘時の昂揚が生み出したひと時の一体感って奴だ。よくよく考えりゃ、オレはあいつンこと、なぁーんも知らねぇんだな」
嘆息を漏らすと勝世は大仰にため息をつく。
「……何だよ」
「いや、今回の一件、赤緒さんたちを制してある意味じゃ正解だったのかもな。まぁ、お前がどうするのかなんて誰にも分からないから、オレがついて来たわけなんだが……。いいか? お前、絶対に、彼女を傷つけるなよ。これだけは絶対だからな。いい女を傷つけりゃ、その分だけ男が下がるってもんだ。お前は案外、物事を知らなさ過ぎる。極端なんだよ。だから、こういういわゆる普通ってのが、お前とヴァネットには合ってんのかもしれない」
「普通、ねぇ……」
どこか浮いた言葉に両兵は空を仰いで、どうしてこうなってしまったのかを回顧していた。
「――じゃーん! 遊園地のペアチケット!」
自信満々に差し出した南に、赤緒たちが当惑する。
「えーっと……どういう……」
「どうもこうも、まぁちょっとメディアの人間からの粗品でね。もらっちゃったわけ。で、まぁペアチケットなわけだから、誰かにあげちゃおうと思ってね」
「南は興味ないの?」
ルイとゲームに興じつつ尋ねたエルニィに南は肩を竦める。
「……私だって遊園地に興味はあるわよ。でも、ここはみんなの労いのほうが優先! 誰でもいいわ。ペアチケット、使ってくれる?」
「誰でもいいと言われましても……」
赤緒は自然と食事の席に集まっていたメンバーへと目線を向ける。
さつきは遠慮がちに首を振っていた。
「私は……別にいいです。他の方に……」
「私も……今回はいいかもしれません。頑張っているのはみんな同じですから」
「うーん、でもみんなが譲り譲られだと困るのよねー。あっ、そうだ!」
南が紙を手にペンで格子模様を書き上げていく。
「それは?」
「あみだくじよ、あみだくじ! これなら公正でしょ?」
「いいけれど、ペアってのが何だかなぁ……。行きたくない人となっても強制? あっ、ルイってばずるい! そのコンボ禁止!」
「ぼんやりしているのが悪いのよ」
ゲームに夢中の二人へと南はほとほと呆れ返った様子だ。
「あんたたちねぇ……。あっ、そうだ。ここに両の名前、書いちゃおーっと。つまり、ペアのうち、一つの枠は両ってわけ。これ、あんたたちからしてみれば重大じゃない?」
ルイとエルニィが同時にコントローラーを捨て、あみだくじへと集う。
「ボク、ここね。早い者勝ち!」
「……ずるい。私はここ」
あみだくじの開始位置を早々に決断する様子は先ほどまでの興味のなさとは一線を画している。
さつきもどこか遠慮がちに開始位置を決めていた。
ここに居るメンバーが皆、両兵との遊園地となれば必死にもなる。
赤緒も、じゃあ、と開始位置を決める。
「ここから……」
「よーし! じゃああみだを始めるわよー。えーっと……」
線を辿って行く中で全員が固唾を呑んでいる。
あみだくじのラインを赤い線が上塗りし、その線の先が当たりへと到達したのは――。
「あれ? 名前が書いてないところに行っちゃったよ? 南ってば、もしかしてミスった?」
「いえ、これで合っているはず……。あっ、一人書き忘れていたわね。えーっと、メルJは……」
「ここに居るが?」
先ほどからこちらの話題に入って来ないので遠慮しているのだとばかり思っていたが、メルJは箸の使い方をどうやら五郎から教わっていたらしい。
そちらに気を取られて話に入りそびれたのだろう。
「あっ、じゃあメルJが勝利……ってことになるわねぇ……」
「なーんか、釈然としないなぁ……」
「……お前ら、何を言っている。人の意見を無視して……」
「えっと……ヴァネットさんは、こういうの……あんまり好きじゃないんですかね……」
「両との遊園地デートよ? 実質。いいの?」
チケットをちらつかせた南にメルJは不承気に受け取る。
「……要らないとは言っていないだろう」
「あら、正直じゃないのねぇ。まぁ、いいわ。聞いていたわよねー、両!」
パンパンと南が手を叩くと、両兵が屋根の上からのっそりと顔を出す。
「……ンだよ、あれか? オレはいつの間にかてめぇらの景品かよ」
「でも、行ってはくれるんでしょ?」
南の問いかけに両兵は降り立って遊園地のチケットを凝視する。
「……遊園地、か。行ったことねぇな、そういや」
「まぁ南米じゃ、娯楽なんて縁遠かったからね。この際、行ってみるのはどう?」
「……別にいいんだが……そいつはいいのかよ? ヴァネット、嫌なら他の連中と組み直してもいいんだぜ?」
両兵の言葉にメルJは視線を逸らして言いやる。
「……嫌だとは言っていない」
「……ンだよ。素直じゃねぇな。……で? 遊園地って結局、何すりゃいいんだ? オレ、何も知らねぇんだが」
「馬鹿ねー、両。遊園地と言えば、まずは定番は……」
「えーっと……コーヒーカップ、って言ったか? そいつにはもう乗った。……何か、真ん中のハンドルを回してやるって言う、よく分かんねぇ楽しみ方の奴。お前の言う通り、乗ってやったが……ヴァネットはずーっとむすっとしてやがる。でまぁ、次は何だ、お化け屋敷だったか? 行ったが、あいつは表情一つ変えねぇし、怖がるわけもねぇから何か……何とも言えない空気で出て来ちまったし……。ジェットコースターに乗るか乗らねぇかで、今はああいう沈黙なわけだが……」
並び立てた両兵に勝世は難しそうに唸っていた。
「……ヴァネットはツボが分からん女だとは思っていたが、ここまでだとはな……。お前ら、オレが見繕った服をずぶ濡れにした時は打ち解けていた感じだろうが」
「……あン時はあいつもしょげていたからな。ちぃとばかし馬鹿やったほうがお互いに距離が縮まったと思ったんだが……。どうにも簡単じゃねぇらしい。……ってかよ、お前の用意したこの服、暑苦しいったらねぇんだが……」
前回と同じく黒スーツを勝世に用意され、そのまま着こなした自分の文句に、相手はげんなりする。
「アホか! いつもの小汚い恰好で遊園地なんて行かせられるかよ! ……いいか? 今回はアンヘル公認のデートみたいなもんなんだ。お前は女の子を責任持って楽しませなきゃいけねぇの!」
「……その公認だとか、責任持つってのも分かんねぇんだよな……。別にちょっと遠出した程度だろ? 何でもねぇだろうが」
「……お前なぁ。世の中にゃ、遊園地デートでその後の人生を決めちまう男だって居るんだぜ? だってのに、お互いに楽しそうな素振りも見せねぇまま今日を終わるつもりか? ……そんなのは神が許してもオレが許さん」
「何でてめぇに許されなきゃならねぇんだ。別にちょっと出かけたところで人生決まるとは思えねぇんだが」
こちらの答弁に勝世はほとほと呆れたとでも言うように額に手をやる。
「……お前、こっちのことを別に悪く思ってねぇ女の子と遊園地だぞ、遊園地! 二人っきりで! ……贅沢な悩みしてんなー、ホント。オレだったらアンヘルの女性陣とだったら誰とでもいい感じになったら御の字だと思うってのに……」
「へーへー。てめぇもおめでたい頭してんぜ。もう戻っていいか? さすがに怪しまれるだろ」
戻りかけた自分の袖口を勝世は引っ掴んで耳打ちする。
「いいか? 世の中、遊園地に来れば、一つや二つは女の子にはキュンと来るものがある。そのポイントを探すのが男の使命って奴なんだ!」
「……そんなご大層な使命があるとは思えんのだが」
「いいから聞いてけ! ……今日のお前はエスコートに全力を尽くせ。前がJハーンのせいでご破算になった分、お前はヴァネットを楽しませにゃならん」
「……何でそこまでしなきゃいけねぇんだよ。つーかお前の言うエスコートってのはよく分からん。相手に行かせたい場所を聞いて、それでご希望に沿えばいいんだろ?」
「それはエスコートとは呼ばないんだよ! ……まぁいい。オレもちょっと妙だとは思ってるんだ。いくらヴァネットが鉄の女じみた部分があるとは言え、遊園地にお前と一緒に来てんのにここまで不愛想なのは……何か理由があるんじゃねぇかとはな」
「理由? ……日本の遊園地がつまんねーからじゃねぇのか?」