「……えっと、今日はその……」
『……言っておくけれど、暑いからパスってのはなしだからね』
見透かされているな、と作木は頬を掻く。
「じゃあその……現地集合でいいですか? 今、レイカルたちも居ないので実は新しいフュギュア作りに集中したくって……」
『……別にいいけれど。私の浴衣、見たくないの?』
小夜からの猛アプローチに作木は縮こまる。
「いえ、その……見たいですけれど……」
『……でもまぁ、許してあげる。レイカルたちはこっちで預かっとくから。現地に七時には集合ね』
「はい、では……」
通話を切り、作木はみんみんと蝉の鳴く灼熱の景色を視野に入れる。
「……花火大会って何年振りだろ……」
思えば規模の程度の差はあれ、花火大会に赴くのは久しぶりかもしれない。
だがそれよりも、頭にあったのは――。
「……あれ? レイカルたちを、預かっている?」
小首を傾げた作木はその意味するところを今一つ理解していなかった。
大仰にため息を漏らす小夜に眼前のナナ子が察する。
「ははーん……小夜ってば、作木君を誘ったはいいけれど、なしのつぶてってわけ」
「……うっさいわねぇ。にしても……削里さん! 何で冷房付けないんですか!」
「そんなこと言われてもねぇ。俺は扇風機が好きなの」
レトロ趣味もここに極まれりだ。しかも回っているのは何年も前の扇風機であり、風量も心許ない。
その扇風機の前でレイカルをはじめとするオリハルコンたちは涼を取っていた。
だが、正しくは扇風機を物珍しく観察しているに過ぎない。
あー、とレイカルが声を上げる。
「何だこれは! ヒヒイロ! 声が裏返るぞ!」
「……あまりそれをするでないぞ、レイカル。悪いクセじゃ」
「レイカル……お前、何だかんだで扇風機の楽しみ方も知らないのか? こいつは、涼しい風を送ってくれる道具だぞ? そうやって、あーって声を上げるためのものじゃないんだ」
「じゃあカリクム、お前はもう、あー、禁止な!」
「あっ、ずるい……じゃなかった。べ、別にいいし! なぁ、小夜?」
「……あんたら、どんだけ平和なのよ。あー! 人類はクーラーと言う文明の利器を手に入れているのにー!」
嘆く小夜にヒヒイロは言いやる。
「あまり当てにし過ぎると冷房病になりますぞ、小夜殿」
「ヒヒイロ……あんたは平気なわけ? 暑苦しそうな仮面を被っているけれど……」
「なに、心頭滅却すれば火もまた涼し、というものです。それにこれはハウルの仮面。中が蒸れるということはないので」
「あっそ……。どっちにしたって、これじゃ作木君と合流する前に、暑さで溶けちゃいそう……。削里さん、アイスくらいないんですか?」
「あるけれど、ヒヒイロ、出してあげてくれ」
ヒヒイロが冷凍庫から取り出したのは、棒状のアイスである。くびれのあるところで二つに分けられるように設計されていた。
「……これ、子供の頃によく買ったわね……。まさかこんなところで出くわすなんて……」
「でもさぁ、小夜。万年出不精な作木君と花火デートとは。なかなかに思い切ったわよねー」
「……あんたもデートでしょ。あの鳥頭と」
「伽クンのことを悪く言わないで! 私と伽クンのめくるめく夏の色恋……」
うっとりするナナ子に対して小夜は目に見えてげんなりする。他人の恋路ほどどうでもいいものもない。
「あっ、そう言えばヒミコも来るってさ。花火大会なんて久しぶりだな、ヒヒイロ」
「そうですね。しかし、特別な日だからと言って手を抜くつもりはございませんが」
駒を打ったヒヒイロの一手に、削里は顎に手を添えて考え込む。
「なー、ヒヒイロー。花火って何だ?」
尋ねたレイカルにヒヒイロはいつものか、と額へと手をやる。削里は首肯していた。
「……待ったは五分までだろ」
「分かっておられるのならば。レイカルよ。花火自体は別に経験していないことはないはずじゃが?」
「あの火薬を爆ぜさせる奴か? でも、それの大会ってどういうことだ? 競うのか?」
そこでレイカルの疑問が立ち上がってくるわけか。ヒヒイロはふむと一呼吸置く。
「……そもそも何故、花火大会などと呼ぶのか。それは長い歴史が積み重ねられており……」
「いつものはいいって。暑いから手短にしてくれよ、ヒヒイロ」
カリクムの提言にヒヒイロが、では、と手短に纏める。
「要は規模の違いじゃな。手持ち花火とはけた違いの大きさじゃぞ?」
「けた違い? それは何だ? こぉーんなに大きいのか?」
手を広げてみせたレイカルにヒヒイロは頭を振る。
「もっとじゃとも。ワシらのようなオリハルコンの尺度からしてみればかなりのものじゃとて」
「おおっ! 楽しみだな! カリクム!」
「別にー。私は花火大会は知ってるし。なぁ、小夜ー。何で人間って花火大好きなんだ? みんなこぞって観に行くよな? 大きな音とでかい光の玉なのに」
「風情ってもんを分かってないわねぇ、あんたも。人間は風情を楽しみに行くの。花火は夏の風物詩なんだから」
「そして、花火大会と言えば目くるめく愛のロマンス……。男女が結ばれる確率は跳ね上がるのよ」
ナナ子の補足にカリクムは分かっているのだか分かっていなのだか微妙な声を出す。
「……まぁ、そういうことだって。人間は花火大好きな連中が多くって困るよ」
「あらぁ、カリクム。あなただってなんだかんだ言って楽しみなんじゃなくってぇ? 何だか浮き足立っているのが伝わるわよぉ?」
ラクレスの挑発にカリクムはぷいと視線を背ける。
「べっ……別に楽しみになんてしてないんだからな! ただ……花火大会があると思うと……ちょっとワクワクするって言うか……」
「それが俗に言う楽しみにしてる、でしょうが」
呆れ返った小夜は纏った黒い浴衣の袖口を上げる。
「似合ってる……わよね?」
「そりゃ、あんた今日のためにわざわざ買ったんでしょ? 似合ってるわよ」
「そ、そう……? ナナ子、あんたのも似合ってるわよ」
「やっぱり? そりゃ、この日のためなんだもの! 乙女の戦場にはミサイルからブラジャーまで取り揃えるのが私の得意技!」
ぐっとサムズアップを寄越したナナ子はピンク色の浴衣であった。子供っぽいとは思ったが言わないでおこう。別に地雷を踏む必要性はない。
「にしたって、花火の何が楽しいのかって……中学生じゃないんだから、そんなに斜に構えなくっていいんじゃないの? 日本人は花火大好きなんだから」
「まぁ、その通りではあります。殊に日本人は花火大会に関しては海外に比べてかなり本格的で……案外、島国的な風習でもありますからね」
ヒヒイロの説明を聞くレイカルは、画用紙を睨んでいた。
「……何悩んでんだ?」
カリクムが尋ねるとレイカルは、あー! と声を張る。
「全然ッ! 想像がつかないーッ! 一体けた違いの花火って言うのはどんなのなんだー!」
「……そんなことで思い悩むなよ。見りゃびっくりするからさ」
「カリクム! お前だけ知っている風でズルいぞ! 何で余裕があるんだ?」
「そりゃ、知っているからな。強みだろ?」
ふふん、と自慢げなカリクムにレイカルはわなわなと拳を握って地団駄を踏む。
「くっ、悔しい……! だが、カリクム! これだけは言っておくぞ! お前なんかより私のほうが初めて花火を見るんだからな! 羨ましいだろ!」