JINKI 88 届く想いのために

「あの……モリビトの整備に一端の口を利くんなら、せめて一局でもやれるようにしてから出直せって言われちゃって……」

 所在なさげに口にすると南は、なるほどね、と納得する。

「で、現太さんから借りたってわけか。でもさー、青葉知ってる? ショーギって王様取られたらお終いなんだってさ」

「そっ、それくらいは知ってますよ……!」

 南がなんとなしに対面に座り込んできたので、青葉はぱちんと駒を打つ。おっ、と応じた南が返答の駒を打つが、お互いに何が正答なのかよく分かっていないまま、戦局は泥沼化していった。

「……えーっと、相手の三マス以内に入ったら裏っ返せるんでしょ? そんで強くなる、っと」

「……私、一応は将棋、やったことはあるんですけれど、でも……将棋崩しで……」

「それはやったことあるとは言わないわね」

「……ですよね……。でもおばあちゃんはそれでも許してくれたから……」

 あっ、と南が慮るように手を止める。青葉は頭を振っていた。

「……でも、ここのみんなもよくしてくださいますし。それに将棋って、戦略ゲームみたいで楽しいと言えば楽しいかも……」

「ゲームねぇ。私はどうにもこう……納得いかないことがあるとすれば、王様を取られそうになると、参りましたって言うでしょ? まだ戦い終わってないじゃん、って思っちゃう」

 南らしい観点だ。戦いは最後の最後まで分からない、という見方だろう。

「……そういうのも含めて、なのかもしれません。私たち、操主ですから。戦いの退き際を見極める、みたいな」

「うーん……まぁ、現太さんも一応は対局してみると、もしかしたら、あれ? 南君はこんなに強いのか。うんうん、ならお嫁さんにもってこいだな、とかなるかもしれないし!」

 笑顔になった南に青葉は頬を引きつらせつつ、相手の駒を順繰りに取って行く。

 しかし南も負けていない。

 やはり天性の勝負師の勘があるのか。互いに一進一退の攻防はやがて……。

「……ま、参りました……」

「いや、悪くはなかったと思うけれどね、青葉。一朝一夕で強くなるのはやっぱり無理だと思うわ」

「……じゃあどうすればいいんでしょう。確かに私、まだ操主になって日も浅いし、生意気な口を利いたかもしれないですけれどでも……やっぱりその……突きつけられた勝負からは逃げられないですし……」

「ルイに似て強情ねー。まぁ、あの悪ガキはこんな頭を使うゲームって苦手そうだけれど」

「――随分言ってくれるじゃない」

 不意に南の背後から漏れ聞こえた声に二人して驚愕する。

「……居たの?」

「居ちゃ悪い? ……それにしたって、青葉弱過ぎ。南に負けちゃうなんて、相当に頭の出来も悪いのね」

「な――っ! ルイだって、やってみれば難しいの分かるよ! ……私は初心者だもん」

「そっ。じゃあ一局やってみる?」

 思わぬ形での対局になったが、ルイは涼しげな顔をしてこちらの手をさばく。二手三手先を読んでいるとは思えない。速度上はほとんど反射的。

 だが、じわじわと手がなくなっていくのを青葉は実感していた。

 首裏に汗が滲む。いつの間にか不利な戦局に囚われている状況に、覚えず狼狽する。

「あれ? あれー……? 何で? いつの間に……? やれる手が限られてくる……」

「この手で、どう」

 うっ、と手痛いダメージを受ける。青葉はしおらしく敗北を認めていた。

「……参りました……。何で? 途中までは同じくらいだったのに……」

「……驚いた。ルイ、あんたショーギできたのね」

「いつも整備班のやっているのを横で見ていれば分かるわよ。こんなの、ある程度の法則が限られてくるものじゃない」

 しかしルイは南とヘブンズを組んでいる手前、それほどアンヘルに出入りはしていないはずだ。

 ならば短期間でここまで実力が積み上がったことになる。

 それに比して、青葉はしゅんとしていた。

「……何だか私、こういうの苦手かも……」

「しょげることないじゃない。そうだ! 別にショーギにこだわらなくっても、まずは簡単なルールのものから、勝負師の勘を養うことから始めましょう!」

「……勝負師の勘?」

 小首を傾げた自分に南はふふんと鼻を鳴らす。

「回収隊ヘブンズもなかなかに耐久が必要な時もあってねー。そういう時には暇を潰せるように色んなものを用意しているのよ。まずはこれなんてどう? リバーシ」

 白と黒の配色のそれを南は机の上に置く。

「あっ、それ……オセロ、ですよね?」

「ん? いや、これはリバーシでしょ?」

 思わぬ齟齬に二人して顔を見合わせる。

「いや、でもこれって日本じゃオセロって……あれ? 違うのかな……」

「まぁ名前なんていいじゃない。基本ルールは分かるわよね?」

「えーっと、挟んだらいいんですよね。それで多かったほうの勝利」

「そうそう。簡単でしょ? ショーギを今から一から順に覚えるより、こっちで勝負の勘を養ってあげればきっと、ショーギにも繋がるわ。ためしにルイと青葉、やってみなさい」

「いいけれど、いつも南に勝っちゃう私が青葉とやるの? 勝っちゃうんじゃない?」

 その言葉に南は、あっ、とルイに代わって対面に入る。

「ゴメンね、青葉。これ、ルイは大得意だったわ。私で我慢してくれる?」

「いいですけれど……オセロなら、一応は……」

「よぉーし! じゃあ勝負!」

 オセロならば日本でも慣れ親しんだ遊戯である。

「えっと、端を取れば……」

 四隅を取れば勝因に繋がる。それはオセロの絶対的な優位のはずであったが、いつの間にか中心軸に近い部分から相手の色に染まっていた。

 気が付けば自分の取っている部位はほとんど端っこのみで、真ん中をほぼほぼ南の陣営に染められている。

 最後の駒を置き、ゲームセットになってから、青葉はしゅんと項垂れた。

「オセロでも負けちゃった……」

「えーっと、ホラ! 私たち、強いから! ねぇ、ルイ」

「南みたいなザコキャラに負けるなんて、青葉って相当に弱いのね」

 ルイの追い討ちのような言葉にダメージを受けると南が、こらぁと諌める。

「ルイ! この悪ガキは一丁前に煽りなんて覚えちゃってー!」

 南の鉄拳が伸びるがルイはするりとそれらを掻い潜っていた。

「で? 勝負師の何たるか以前に、あんたは相当に弱いってことが分かったわけだけれど?」

「よっ……弱くないもん! ……二人が強いんじゃ……」

「うーん……でもリバーシも駄目かぁ……。となると、他のボードゲームもあったかしらねぇ……」

 南の運んできたゲームは多彩だ。青葉は思わず目を瞠る。

「……あの、南さん? これ全部……」

「うん? そうそう、ヘブンズの必要な在庫」

「……ガラクタアナログゲームの間違いでしょ」

「こらぁ! そんなこと言う子にはやらせないわよ!」

 机を叩いて抗議する南に対し、ルイは呆れ調子であった。

「子供ね。いつまでもそんなのばっかりやっているから、回収の任務も疎かになるのよ」

「何ですってぇー、この悪ガキぃー……。まぁ、いいわ。青葉! この中ならあんたでもやれそうなの、あるでしょ。あの親方、強情だからねー。ショーギじゃ負けない! とか息巻いてるんでしょうけれど、もし負けてもこの中のどれかで勝負を挑めばいいのよ! それで勝てば、あっちの面目丸つぶれ!」

「……話が変わって来てない?」

「いいのよ、細かいことは! 要は勝てばいいってこと!」

「……でも将棋で挑まれたのに、他のゲームで勝つなんて許されるんでしょうか……?」「何言ってんの! 青葉、相手の優位な戦地でだけ戦うのが操主の素質じゃないでしょ? 不利な戦局でも戦わなくっちゃいけない! そんな時に、頭の応用が利かないと!」

 南の言っていることはどこか詭弁めいてはいるが、それでも勝ちの要因を増やせたほうがいいのは明白であった。

「……えっと、じゃあこれ……」

「バックギャモンね! これ、私も大好きなゲーム!」

「聞いたこともないですけれど……」

 まごつきつつも、南と一戦、興じていた。

「あのー、親方? ……何も青葉さんにあそこまで言わなくっても……」

 川本が窺うと、山野はふんと鼻を鳴らしていた。

「操主モドキが一端の口を利こうって言うんだ。それなりに度胸がなくっちゃ務まらん。それに、モリビトの整備はこっちの領分だ。口を出される筋合いはないからな」

「……でも……あっ、両兵。ライフルの弾、新しいの入ったから後で射撃の訓練……って何だよ、それ」

「……分からん。何か知らんが廊下に落ちていたんだよ、これ。碁石か?」

 両兵は白黒の駒を見やってコイントスの真似事をする。

「あっ、それ……オセロ……」

「あれ? リバーシじゃなかったっけ?」

 古屋谷の指摘に川本が首をひねる。両兵はどっちにせよ、と声にしていた。

「関係ねぇもんってことは……青葉の奴だな。ったく、私物の片づけくらいはしっかりしろっての」

「……両兵が言えないだろ、それ。部屋の片づけの当番とか言って、僕らに掃除させるのやめなよ」

「盗られて困るもんはほとんどねぇからな」

 両兵はそれとなく山野の様子を見てから、川本へと囁きかける。

「……なぁ、まだ機嫌直ってねぇのか? 青葉の奴が言ったこと、気にかけてんのかよ」

「……みたいだね。一端の操主って言うのがどういうのを示すのかは 僕らにも分かんないけれど、それでも、モリビトは親方が長年見て来たんだ。愛着って言うのかな。あるとは思うんだけれど……」

「今回はあいつも出過ぎた真似だとは思ったがな。モリビトのコックピットに……」

 自ずと《モリビト2号》を仰ぎ見る。こうやって話題の渦中にあるとはまるで思っていないような平時の機体の相貌に、両兵は嘆息をついていた。

「……どっちにしたって、あいつはやるって決めりゃやるし、その点でも山野のジジィとは相性悪ぃだろ。何でジジィの得意な将棋でなんて決着付けるって話になったんだよ」

「……ぼ、僕に聞かないでよ。親方なりの譲歩なんだとは思うんだけれどね」

 小声で言葉を交わしていると不意に山野の睨みが飛ぶ。川本は慌てて雑務に戻っていた。

「両兵! ライフルの照準とか、色々!」

「おう。しっかしまぁ、けったいなこって。なぁ、デブ。山野のジジィに青葉が勝てると思うか?」

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