「……いいけれど、私たちまだ子供だよ? ブティックなんて、通してもらえるかな……」
不安を浮かべた自分にエルニィは指を鳴らす。
「じゃあそれなりの大人を連れて行こう。月子ー、それにシールも。調整終ったんでしょー。出掛けようよー」
呼びかけたエルニィに《モリビト2号》の整備に入っていた月子とシールがぬっと顔を出す。
二人とも油が跳ねており、ツナギも汚れていた。
「何だ何だ、お子様二人が。どうしたってんだよ」
「ブティック行くから引率お願い」
その提案にシールは耳をほじくってケッと毒づく。
「ブティックだぁ? 色気づきやがって。お子様にはまだ早いっての」
「でもシールちゃん。私たちもちょうど、服切らしていたし、行ってもいいんじゃない?」
「……オレたちのユニフォームはこのツナギ! 汚れが勲章だろ? ……変に色気づくのはシュミじゃないんだよな」
「じゃあシールはお留守番ねー。月子は来てくれるんでしょ?」
「あ、待ってね、エルニィ。外出用の服に着替えてくるから」
駆け出した月子の背中にシールは舌打ちを漏らしていた。
「……月子の奴……何だかんだで服持ってんだよな。あれで案外、そういうところに行き慣れている節はあるし……」
「シールはやっぱし慣れてないの?」
「やっぱしとは何だ、やっぱしとは。へん! オレには服なんて着れればいいんだよ、着れれば。下手に色気づいたって誰に見せるんだか」
「でも、グレンはそういうとこ、見ているかもよ?」
見透かした様子のエルニィにシールは瞬く間に赤面する。
「あっ、バカっ! ……そうなのかなぁ、やっぱ女ってのは、着飾ってナンボなのか……?」
「分かんないんなら来てよ。一緒に服を選ぼうよ」
シールの手を引くエルニィに彼女も根負けしたらしい。
「わぁったよ! ……行くからちぃと待っとけ。外出用のツナギがあるから」
その返答にエルニィはフッとほくそ笑んだ。
「外出用のツナギぃ? ……シールってホント、色気とかとは無縁だよねー」
「うっせぇな。お前だってまだガキだろうが」
「ボクはまだ成長期だもんねー。もしかしたら、シールなんかよりもよっぽど女らしくなるかもよ?」
「へっ! お笑い種だぜ! 跳ねっ返りが。サッカーにうつつでも抜かしとけ」
勝手に盛り上がっているものだから青葉は割り込むタイミングを逃してしまう。エルニィはこちらへと踊るように歩み寄って肩を引っ掴んでいた。
「さぁ、行こっか。青葉」
「でも、ブティックなんて……お金かかるんじゃないの?」
「心配要らないよ。じーちゃんの遺産がガッポリあるからさ」
「財布の心配はすんなって、青葉。オレらだってルエパの専属整備士だから金くらいはあるし」
「お、お待たせー」
合流してきた月子に全員がぎょっとする。
上は大胆に胸元の開いた薄着にカーディガンを羽織っており、短めのスカートをはためかせている。
思いも寄らぬ女性らしい格好にシールは絶句していた。
「……お、お前……いつの間にそんな……」
「えっ、その……古屋谷君と、いつかはその……そういう仲になるかもじゃない。だから、予行練習だけはしておこうと思って……」
もじもじするのもどこか女性らしく、エルニィとシールは顔を見合わせていた。
「……これは思った以上に、オレらヤベェかもな」
「うん、まぁ……教われるものなら教わろうよ。ファッション、って奴をさ」
「あの……私も行くの? モリビトの動きをもっと機敏にしなくっちゃいけないんじゃ?」
「もうっ! 青葉ってそんなことばっかり言っていたらいつまで経ってもそのカッコじゃん。ほら、行くよ。着飾ってナンボだからね。女の子ってのは」
ウインクしたエルニィに青葉は不安を隠せなかった。
「――でまぁ、来てみたわけなんだが……。うぅ……落ち着かねぇ……」
シールはツナギ服で来たものだから、周りの視線が気になるらしい。確かに、ツナギ姿でファッション店などあり得ないだろう。
しかし自分もそれは言えない。
いつも通りの格好に身を包んだ自分たちを他所に、月子は早速服を見繕っていた。
「あっ、シールちゃん! これ、似合うんじゃない?」
月子の勧めた服は何とミニスカートである。シールはその提案に全力で拒んでいた。
「や、やめろよ! 月子! ……オレにそんなの、似合うわけないだろ……」
「そんなこと言って、シールちゃん。ここで着ないと一生着る機会なんてないんじゃないの?」
「……オレはツナギがユニフォームだからいいんだよ」
「でも、それでグレンさんと道を歩くつもり?」
詰め寄られ、シールはしどろもどろになってしまう。
「うっ……。そ、そりゃ……往来を歩くのにツナギってのは……おかしいのは分かってるけれどよ……。何もそんな短いスカートじゃなくっても……。しかもピンクだし……」
裏表させつつ辟易するシールの背中をエルニィと月子が押す。
「まぁまぁ! 騙されたと思って一回着てみれば?」
「そうそう! シールちゃん、いっつもツナギだもの。スカートも穿いてみたほうがいいわよ」
「そ、そうか? ……まぁ確かにスカートなんざ、穿く機会はねぇし……。グレンも女の子らしいほうが好みかもしれないし……」
試着室に入ったシールに月子は満足げに微笑む。
「助かったわ、エルニィ。私だけじゃ、シールちゃん、いつも男勝りだし」
「なに、大したことはしてないって。……ただまぁ、お約束の品は……」
「うん、もちろん。欲しがっていた人機のデータなら渡しておくわ」
何といつの間にか交渉が成立していることに青葉は自ずと身体を震わせていた。
「エルニィってば……。私もあんな目に……?」
「シールちゃん? もう開けていい?」
「お、おう……開けるぞ……」
緊張して固くなったシールの声を受けてカーテンを開けると、軽装に身を包んだシールがどこか所在なさげに突っ立っていた。
ミニスカートを押え込み、どこかに目がないかときょろきょろしている。
「う、うわっ……スカートってこんなにスースーすんだな……。って、エルニィ! お前、カメラ向けるんじゃねぇよ!」
エルニィが不意に向けたカメラを遮ったシールに月子が注意する。
「シールちゃん! がに股になってるよ!」
「あっ、しまった……じゃねぇ! 月子も! 最初っからこれ目当てだったろ!」
月子とエルニィが腹を抱えて笑う中で青葉だけは歩み寄って声にしていた。
「あの……似合ってますよ……すっごく」
「……お世辞ならいいって。乗せられただけだし……」
「でも、似合うのを着ないのももったいないじゃないですか」
「そ、そうそう……青葉の言う通り……」
「笑いながら言ってんじゃねぇよ! よぉーし、今度はエルニィな! お前、まだまだお子ちゃま体型だし、何でもいいだろ」
「ボク? まぁ動きやすい格好なら、こだわりはないかなぁ……」
「じゃあお前もスカートな! 月子、しっかり見とけよ!」
「もう、シールちゃんってばムキになっちゃってー。でも、貴重な経験だったんじゃない? スカート、買っとく?」
「……それは一応考えとく。でもまー、オレだけ笑われるのは筋じゃねぇし、お前らも一回はああいうカッコしてもらうぞ」
「……えー、私もなの……」
「青葉だっていっつもそのカッコだろ? いい機会じゃねぇか」
「……私は日本では一応、制服着てましたし……」
別にスカートに対して反感があるわけでもないのだが、と言いかけたところで試着室のカーテンが開く。
エルニィが纏っていたのは水着であった。黄色の水着を纏い、一回転する。
「どう? 似合う?」
「おー、まぁちんちくりんだな。やっぱし」
「シールちゃん。まだエルニィはこれからなんだから」
「むっ……何だか馬鹿にされてる感じ……。いいよ、別に。月子もシールも子供だなぁ。まだまだ可能性に満ちているボク相手に評価を下そうなんて」
肩を竦めるエルニィに拳を振り翳そうとしたシールを月子がどうどうと宥める。
「……まぁいいや。青葉も、何か気になったのを着てみたらどうだ?」
「そう言われても……。私も服とか、あんまり興味なかったですから……」
「じゃあボクが選んであげる! まずはー、これ!」
エルニィのセレクトした服はどれもこれも機能美に溢れていた。
軽装に近いスポーツ服や、部屋着に近いTシャツなどである。
「代わり映えしないなぁ、何か……」
「そもそも青葉の服って部屋着だろ?」
「……プラモの作業にはこれが一番なんですよ。軽いし絡まないし……」
「……もしかして青葉、それ何着も持ってるの?」
「えっ、そうだけれど?」
その返答に三人ともドン引きであった。青葉は価値観の違いに驚愕する。
「えっ、だって扱いやすい服なんだからたくさん持っているのは当然でしょ?」
「いやー、それでも青葉、まだ中学生なんだからさー。さすがに女子として……」
「そうそう、青葉ちゃん、女の子なんだから。もっと色んな服を着ないと……」
「さすがのボクもどうかと思うなー。だって野暮ったい服じゃん、それ」
三人の評価に青葉はがっくりと肩を落とす。
「……そ、そんな風に思われていたんですね……」
「でもまー、ここは幸いにしてブティックだから! 何でも試し放題だよ!」
「そうそう、青葉ちゃん。まだまだ可能性に満ちているんだから! 今日は色んな服を試そう!」
「……ま、青葉がこのまま同じ服で生涯を終えるかもしれないよりかはいいだろ。オレも手伝ってやるぜ」