JINKI 92 巨人狩り 前編①

 それはいつもいいように使っていた道化師の八将陣と何が違うと言うのだろう。

 ヴィオラは灰色に近い長髪を一本に結い上げ、Rスーツを身に纏っていた。

 ヘッドアップディスプレイに表示された《ティターニア》のステータスはどれも正常値。こちらの制御から一つも外れたところはない。

 ただ一つ、そのあまりにも末端肥大した巨躯を除けば。

「……大型人機のテストベッド。《キリビトザイ》ではいけない理由が、あるとすれば……」

 それはこの戦禍そのものであろう。

《キリビトザイ》では、高出力リバウンド兵装を操るのにある程度の閾値が存在する。

 だが、《ティターニア》にはそれがない。

 まさに如何なくその力のみを振るうことができる、鋼鉄の巨神。

 ――否、悪魔か。

 独りごち、ヴィオラは声にしていた。

「シャンデリアへの帰投を。わたくしと《ティターニア》は要請します」

『許諾した。昇ってくるといい』

 シャンデリアから光の柱が舞い降り、《ティターニア》の巨体を回収する。

 ヴィオラは眼下に広がる暗礁の焼け野原に、ふと嘆息をついていた。

「……また地図が塗り替わったのね」

 だが予見できないわけでもない。《ティターニア》ほどの巨大人機が力を望みのままに行使すれば、国の一つくらいは崩落させられる。

 問題なのは、これほどの高性能人機であっても、正式採用ではない、という一事。

『帰還確認。今回もお疲れ様、ヴィオラ』

 セシルの労いを聞きつつ、ヴィオラは固定コックピットから排出されていた。

 Rスーツの密閉感を解消させ、ようやく息をついた頃には既に要塞衛星シャンデリアは次なる作戦へと移っている。

 それこそが所属している組織――キョムの日々だ。

 ヴィオラはRスーツの上から白衣に身を包み、セシルの実験室を訪れていた。

 そこいらに位置するカプセルにはキョムの擁する人造人間、ゾールが格納されている。

「ゾールに仮想人格を用いようと思ってね。今のままじゃ、カリスたちにいいように使われるだけだ」

「それでよしと、した設計ではありませんでしたか?」

 ヴィオラは折り畳んでいた赤ぶち眼鏡をかける。ブリッジを上げた自分に、セシルは一瞥すら向けない。

「そうだね。設計上そうなっているのだから、それ以外での用途は想定しておくべきではない。だが、キョムの資産だって常に万全ってわけじゃないからね。もしもの時に、打てる手は打っておく」

「その一つが、《ティターニア》……」

「分かっているじゃないか」

 分かっているのではない。そうなのだと、実感しているだけなのだと言い返しかけて、それこそが証左だ、と口を噤む。

「……使ってみた感覚では、追従する操主がいない問題点を払拭できていません。やはり、大型人機には無駄がある」

「それはある程度予見できたんだが、《キリビトザイ》だけじゃ、テストケースとしては不満でね。実際に野を焼き、大地を焦がさないと分からないものだってある」

 狂っている、と感じてもいいのだろう。この少年は、才能があるがゆえに人間に絶望している。その才賀を何者にも奪われまいという自負。それこそがセシルを動かす原動力だ。

 人類への怨嗟だけではない。

 自分が天に立つという、その確信。

 たったそれだけで、彼は世界を相手取ろうとしている。

 無為無策を通り越して、それは単純に、反逆としての真骨頂であろう。

 無理だからやらないのではなく、誰もが無理だと規定するからこそ、実行する。

 それを人は、時に探求心と呼ぶ。

 だが、過ぎたる探求心は身を滅ぼす。そのような忠告がしかし、彼の背には必要だろうか。

「《ティターニア》の持つ大型リバウンド武装は正常に稼働した、というログもあります。それなりに信用してもいいのでは?」

「データだけを信じるのならば、ね。だが《ティターニア》はまだ、一回だって対人機戦を経験しちゃいない。笑える話さ。巨人の名を関する人機は、その力ゆえに、未だに封じられたままなんて」

 セシルからしてみれば自嘲以外の何物でもあるまい。実地試験を踏めない兵器は何よりも、兵器とは呼べない。

「……ですが、あの土地を焦土に変えました」

「それもデータ試算上だ。もっとデータにない……本当に想定外が起こらない限りは、人機の開発分野においては及第点にもならない」

 数多の人機を開発してきたセシルならではの視点か。いずれにせよ、自分はその幼い姿を見守るしかない。

 年長者としてではない。これは――被造物としての、せめてもの抵抗だ。

「ヴィオラ。《ティターニア》に足りないのは、端的には何かな?」

「……実戦かと。優れた人機でも実際に戦わなければ意味がありません」

「君の言い分は正しい。では、何と戦うのが正確か」

 この問いは単純なようで難しい。

 たとえば米軍の兵器と競合するのか、あるいは核へのカウンター兵器としてあるのが正しいのか。

 ヴィオラはその金色の瞳を伏せ、僅かな逡巡の後に口にしていた。

「……《キリビトザイ》との差異を見出すのには、やはりモリビトをはじめとする、アンヘルの人機との戦闘でしょう。あっちにできて、こちらにできない、という冗談はありません」

「理知的だね、それでいい」

 まるで想定内だと言うように、満足げにセシルはコンソールのキーを指で弾く。

「既に南米では実戦配備されている人機、《ポーンズ》は量産には向かない。それに重過ぎるんだ。あんなのに操主は乗れない。如何にリバウンド装甲を付与されていてもね。使い勝手と性能は、同じ場所にあるようで違う」

 セシルの物言いは人機開発と言う未知の部分において説得力を持つ。

 彼の言葉は南米で実際に使用されている対人機戦闘においての大きな一歩となる。

 だが問題であるのは、それらを補助するのではなく蹂躙する術を、講じていることであろうが。

「君も少し休んだほうがいい。血続とは言え、連続しての戦線投入は疲労があるだろう」

 心にもない労わりにヴィオラはその灰色の髪をかき上げる。

「では……お言葉に甘えさせていただきます」

「そうだ、ヴィオラ。――君の瞳は何を映す?」

 出し抜けの問いかけにヴィオラは視線も振り向けずに応じていた。

「別に……。代わり映えもしませんよ。アンヘルの未来も、我々の紡ぐ未来も」

 無意識に右目へと片手を翳している自分に、セシルは、そうか、と応じる。

「だったらまだ安心だ。未来が不確定要素に堕ちたその時こそ、手を打つべきだろうからね」

 ――未来が不確定要素に堕ちる、か。

 それはきっと、自分たちが世界を回していると言う傲慢からの言葉だろう。本当に回されているのはどちらなのか、考えもしない。

 ヴィオラはシャンデリアの空中庭園に降り立っていた。

 研究施設からそのまま昇降機で繋がった庭園に白いテーブルを挟んでハマドとカリスがコーヒーを口に含んでいる。

「おや、ヴィオラではないですか。降りてくるのは珍しい」

 こちらに気づいたハマドに、ヴィオラは一瞥を振り向けて目礼する。その様相を面白くもなさそうにカリスは毒づいていた。

「……相変わらず辛気臭い奴だぜ。出歩かないで、上の連中とヨロシクしてろよ、女狐が」

「カリス、言い過ぎですよ。いいではないですか、研究部門は我々には目下のところ、不明な点が多いんですから」

 ハマドは別段、仲間意識に優れているわけではない。

 ただ、これ以上とない憐れな待遇の自分を嗤うのはさすがにどうしようもないと思っているだけだ。

 カリスはしかし、ハマドの評を一蹴する。

「前に出ない奴の造った人機になんて乗れるかよ。……いいよなぁ! 研究員共のご機嫌窺っている卑怯な女狐はよォ!」

「カリス。彼女は楽しくってあの身分に堕ちているわけではないのですよ」

 二人分の糾弾にヴィオラは表情の一つも変えずに事務的な言葉だけを紡いでいた。

「……《バーゴイルシザー》と《K・マ》をあんなに壊して、次の機体を造る側にも立ってください」

「……何か言ったか? じめじめした嫌な目ェ、しやがって」

 カリスが鎌を担ぎつかつかと歩み寄って自分の顎を掴みかかる。ハマドはコーヒーをすするばかりで助けてくれる気配もない。

 カリスの性格ならばこのまま乱暴をされてもおかしくはなかったが、彼は心底侮蔑するように声にしていた。

「……てめぇみたいなのは、犯したってつまらねぇ」

 突き飛ばされ、ヴィオラは赤ぶちの眼鏡をかけ直す。

「……次期人機の充填を考えておきます。ベネズエラ軍部が新型を造っているらしいのでその試験を」

「試験なんて要らねぇよ。使えるかどうかだけ言え」

「カリス、やめなさい。彼女は我々のバックアップなのですよ。下手なことを言って、人機を回してもらえなければ我々の誤算です」

「どうだか……。そういやよぉ、陰気女。てめぇ、最近、研究者共のお得意の試験人機を乗り回しているそうじゃねぇか。いい身分だよなぁ! 結局は欠陥品のおこぼれってのはよォ!」

「……それは初耳ですね。ヴィオラ、本当ですか?」

「……答える義務、ありません」

 歩み出した自分の背中にカリスの舌打ち混じりの声がかかる。

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