筐体を組み上げているエルニィに赤緒はお茶を差し出す。
「やっぱり……南さんって、私たちのためを思ってやってくださっているんですよね……。何か、私にもできないかな……」
「無理無理! 赤緒じゃ、南の仕事の一パーセントもできやしないって! あれで何だかんだ頭脳労働だからねー。難しいことは南に任せりゃいいのさ。適材適所ってのもあるし」
「そ、そんなに切り捨てなくってもいいじゃないですかぁ……」
しょんぼりした赤緒はお盆を手に取って帰そうとして、追いかけっこをするさつきとルイを目に留める。
「ルイさん! 私の水着……返してください!」
「あ、赤緒。今日の晩御飯は?」
「今日は焼き魚で……何でスクール水着を……?」
後ろから捕まえようと飛びかかったさつきをさらりとかわし、ルイは駆け抜けていく。
さつきと赤緒がもつれ合い、わっ、と声を上げた時には転がっていた。
「……いたた……あ! 赤緒さん? ごめんなさい! ルイさんを追いかけていて……」
「うん……? 私は大丈夫……」
「なぁーにやってんのさ、さつきも赤緒も。鈍くさいのは一人だけにしてよね」
エルニィがやれやれと肩を竦める。
「そ、そんなぁ……私だって、好きで鈍くさいわけじゃないですよぉ……」
「もう知んない! あんたら野垂れ死になさい!」
黒電話を叩きつけた南が居間へと怒りを撒き散らしながら踵を返そうとして、こちらをきょとんと認める。
「何やってんの?」
「赤緒とさつきがルイに遊ばれてるんだよ」
「ルイさんが……その……また私の水着で走り回っちゃって……」
ルイは台所からひょっこりと顔を出す。それを南が見咎め、新たな追いかけっこが始まっていた。
「あ、こらぁっ! ルイ! 水着はプールでだけ着ていいって言ってるでしょうが!」
「……そういう問題じゃないと思うんですけれど……」
相変わらずの喧騒を感じつつ、赤緒は頬を掻く。
「そう言えば、小河原さんは……?」
「あー、両ならまた橋の下でしょ? ここに居ないってことはね」
軽くあしらった南は境内で射的訓練をするメルJを目にして声をかける。
「ねぇ、メルJ。あんたのシュナイガー、もうすぐ修繕の目処が立ちそうですって。よかったじゃない。慣れない《バーゴイル》での立ち回りももうすぐ終わるわよ」
メルJはこちらを覗き込み、拳銃片手に窺う眼差しを寄越す。
「……シュナイガーが返ってくるのか?」
「自衛隊から一回、南米に戻っていたけれどね。まぁ外交条件って奴で、シュナイガーの持つ戦闘データは有益なわけ。特に、未だに戦乱の火が芽吹く南米なら、対人機戦闘における情報は一個でも重要って言う……まぁ、お歴々の都合ね」
ため息を漏らした南は思ったよりも疲れていそうだ。赤緒はゆっくりと起き上がり、お盆を手に声を投げる。
「あのっ……お茶を淹れてきますね。お疲れのようですので」
「ああ、ゴメンね、赤緒さん。気を遣わせちゃって」
「いえっ……私にできることなら、何でも」
「あっ、赤緒さん。私もお手伝いします」
追従するさつきを目にし赤緒は微笑む。
「……でも、こんなに穏やかでいいのかなぁ……。キョムが攻めてきているって言うのに……」
少しだけ不安にもなる。もし自分たちが仕損じれば、すぐにでもロストライフ化してしまうシバと交わした「ゲーム」。そのルールも不明瞭なら、この先もどこか茫漠としている。
台所で考えながら作業をしていたせいだろう。あっ、と口にした時にはお茶をこぼしてしまっている。
「ごめんなさいっ! ……ちょっと気を取られちゃって……」
「赤緒さん、やっぱりこの先のことを考えて……?」
「うん……まぁ、私が考えたってしょうがないんだけれど、でも、考えずにいられないって言うか……。こうやって、何でもないようにお茶ができるのも、もしかしたら奇跡なのかもって思うと……」
「……分かります、それ。私もまさか、人機の操主になるなんて思いもしませんでしたし……」
さつきからしてみれば生き方が百八十度変わったようなものだろう。自分と違って元々居場所のあったさつきのことを考えていると、ルイと南の追いかけっこが台所まで達してくる。
「こらぁ! ルイ! さっさと着替えなさい!」
「や、よ。あ、赤緒にさつき。焼き魚とお茶漬けがいい」
「なに注文してんのよ! ここは定食屋じゃないっての!」
南の手を潜り抜け、ルイがべ、と舌を出してその後ろへと回り込む。南は歯噛みしつつ、こちらへと向き直る。
「あ、赤緒さんにさつきちゃん。私は普通の白ごはんでね」
結局、南も注文しているではないか、と思いつつも、彼女らの追いかけっこは続いていく。
何だか、と赤緒はぼんやりと中空を眺めていた。
「……こんなので……いいのかなぁ……」
「よぉ、両兵。今日も暇してんな」
その声に両兵はソファから身を起こす。よぉ、と手を掲げた相手に渋い面持ちを返していた。
「……ンだよ、勝世。用がねぇんなら帰れ。オレはこれでも忙しい――」
「どこがだよ。……いいのか、アンヘルのみんなのとこ、行かなくって」
「いーんだよ、別に。たまにゃオレも息抜きがしたくってな」
「そいつぁ贅沢なお悩みなこって。……入って来た情報だ。聞いて行け」
いつになく真剣な声音に両兵は座り込んで勝世の横顔を見据える。
「……そいつぁ、友次のオッサンからの情報か?」
「……参ったね、どうも。あのオッサンの小間使いみたいで何だが、マジっぽくてな。……中東の一国が地図から消えた」
「……ロストライフ化か」
真っ先に思い浮かんだ事柄に勝世は、いや、と言葉を彷徨わせる。
「……どうにも八将陣の仕業にしちゃ、規模がデカ過ぎる。まるで何かを……試したみたいに、ごっそりと。地形が変わるなんてもんじゃねぇ。本当に何もなかったみたいに焦土に変えちまったらしい」
「……それが連中のやり口だろ。殺人と、人機による制圧。それがロストライフ化じゃなかったのか?」
こちらの問いかけに勝世は困惑したように後頭部を掻く。
「そのはずなんだが……断定しづらいのは、一応はそこにもアンヘルの支部があって、応戦の形跡があったはずなんだが……通信がまるっきし途切れてる。記録も残ってねぇ。こいつは奇妙を通り越して不気味ですらある」
「……現地軍が全滅って言いたいのかよ。いくら武器が行き届いていなくっても、そっちの軍にアンヘルが手を貸していたんなら……」
「分かってる。言いたいことは、まったくの全滅ってのは考えづらいってことだろ。……オレもその線で考えてはいるんだが、友次のオッサン曰く、これまでにない脅威が持ち込まれた可能性が高いってこった。……この間にトーキョーアンヘルの会敵したって言う、デカい人機が近いかもしれねぇ」
「……《キリビトコア》か」
緑色の巨大人機を思い返し、あの規模が何の用意もない土地へと持ち込まれたのだとすれば、確かに殲滅戦にはなりかねないと感じる一方で、どうにも不信感が胸を掠めていた。
「……だが、妙なのは《キリビトコア》だとしても、形跡は残るはずなんだ。だってのに、現地軍は全滅。記録を残す前にアンヘルの支部も完全崩壊ってのは……でき過ぎたシナリオにも思えるんだよな」