あれほどの人機、どこに隠し持っていたと言うのか。否、隠すつもりもないのかもしれない。
「……ヴィオラと名乗ったあの女操主は言っていた。降伏すれば、自分がゲームを代行すると。それはつまり、これまでのキョム、いや、八将陣とのこう着状態の解除、か。……なかなかに苦々しいね。相手の本気に、こっちは成す術もなかった、か」
だがあの後のことを思い出すだけでエルニィは苦い思いに駆られる。
「一班、走査用のレーダーは貸したよね? どう? まだ残ってる?」
『こちら一班。立花博士、やはり仮説通り……残っていますね。これがあの巨大人機の……残滓だって言うんですか?』
「そうそう。元々、さ。何で人機って倍々方式に巨大にならないのかって言うのは課題でもあったんだ。それは血塊炉の直列方式と並列方式の出力差にも顕著に表れてて……」
『あの……難しい話は、自分にはちょっと……』
遠慮した自衛隊員にエルニィは咳払いする。
「……そうだった。今は……とにかく、気が付くのを待つしかないか……」
呟いて、牽引車両に引きずられていく《ナナツーマイルド》を一瞥する。
接近していたせいか、最も損傷の酷い友軍機だ。
「……片腕は根元から持って行かれて、血塊炉にも深刻なダメージ。《ナナツーマイルド》のパーツはウリマンの管轄だから、すぐには取り寄せられない。痛いね、こっちのエースだったルイの乗機が、こうしてやられたのは」
それだけでは決してないのだが。
その時、首から提げた別の無線機から応答が入る。
「もしもし……? 赤緒が、気が付いたって?」
エルニィは自衛隊機に手を振って無線に吹き込む。
「ゴメン! ボク、みんなに会いに行かなくっちゃ! ここは任せるよ!」
『了解しました。……でも立花博士もお大事に! まだ痛むんでしょう?』
エルニィはギプスの巻かれた片腕を掲げる。
「掠り傷だってば。……ボクは後衛だったから、まだ……。でも前衛に居たみんなは……」
「……天井が見える」
赤緒は気づくなり、滅菌されたような白い天井を眺めていた。いつもの柊神社の天井ではない、と符合したところで、昨夜の記憶が鮮烈に脳裏にフラッシュバックする。
額を押さえて起き上がったところで、声がかけられていた。
「気が付きましたか? 赤緒さん」
「……五郎さん? 私……」
「……大変な戦いだったみたいですね。皆さん、もう気が付かれて……赤緒さんが最後みたいですよ」
「私……そうだ、私……! あの大きな人機に、立ち向かって……!」
巨大人機、《ティターニア》。その巨躯へと全員で総攻撃を仕掛けたところで、記憶は青白い放射光にぶつ切りにされていた。
呻いて記憶の奔流に耐える。
モリビト越しでも感じた熱の瀑布に、赤緒は身を折り曲げていた。
「……今は、少しでも落ち着かれるといいと、立花さんが。次の攻撃までさほど時間もなそうですし……」
「次の攻撃……でも、モリビトは……」
「何とかすると。その点では信用してくれと仰っていました。とりあえず、赤緒さんにはこれを。少しでも滋養をつけられたほうがいいでしょう?」
差し出されたのはウサギの形に切られた林檎であった。赤緒は爪楊枝を刺し、一個を頬張る。
味わい深い甘味に、ああ、と感無量になってしまった。
「……生きてる……」
「ええ、その点で言っても、立花さんの指揮は適切だったと言うことになりますね。《ブロッケントウジャ》が中破した他の人機を戦域の外まで引っ張ったらしいです。そういうのに使えるからって、聞きました」
確かに《ブロッケントウジャ》のシークレットアームを含む副次武装は、もしもの時の撤退にも扱えるのだと耳にしたこともある。
だが、と赤緒は悔恨を噛み締めていた。
「……負けた、んですよね……」
「気を落とさないように、とも窺っています。あれは仕方がなかったとも」
「……でも、負けたら、この日本がロストライフ化しちゃう……。五郎さんとも、もう会えなくなっちゃうんです……っ。だから負けちゃいけなかったのに……っ」
自然と大粒の涙がこぼれ落ちてくる。五郎からハンカチを差し出され、赤緒は頬を伝う熱いものを拭っていた。
「……誰のせいでもありませんよ。今は、南さんと立花さんが原因の究明に当たっているそうです。先に目を醒ました皆さんも、同じく……」
「先に目を……みんなは? 無事なんですか?」
五郎は僅かに目を伏せていた。
「……敵の人機に接近し過ぎていたヴァネットさんとルイさんは大怪我を負っていましたが、それでも今は作戦会議に参加なさっているそうです。今は、弱気になれない、とのことで……」
「弱気に……でもあんな人機……無茶苦茶なんじゃ……」
《ティターニア》の性能を思い返すだけでぞっとする。全身から放射する凍結磁場と、それに伴うリバウンド斥力の発生。
――まるで化け物。
これまでのどの人機とも違う、異質なる存在に赤緒は静かに震えていた。
「……ヴィオラさん……。ゲームの肩代わりをするって言っていた……」
しかしゲームの遂行者は八将陣のはず。ならば彼女も八将陣であったと言うのか。
それにしては、事前に聞かされていた様相とはどこか、奇妙な違和感があった。
「……シバさんが嘘を言うとも思えないし……。何かが……違う……」
だがその感触を掴みかねて、赤緒は拳を握り締めていた。
「柊! 入ンぞ!」
不意打ち気味に聞こえてきた両兵の乱暴な声に赤緒は大慌てで布団を被っていたが、押し入ってきた両兵の怪我に赤緒は絶句してしまう。
「小河原さん……その怪我……」
「ん? ああ、下操主席がショートしちまってな。軽い火傷だとよ」
軽いはずがない。両兵は片目を覆い隠す包帯を巻いており、腕には何重にも処置がされている。
――自分が迷惑をかけた。
その思いにしょげていると、両兵は歩み寄ってむんずと頭を撫でる。
「うわっ……何するんですかぁ……っ!」
「この世の終わりみてぇな顔してっからだろ。……まだ終わってねぇ」
視線を合わせてきた両兵に赤緒は、でも、とまごつく。
「……私たち全員、負けたんですよね……? あの人機に……」
「それがな。立花が妙なことを言い出しやがった。オレたちの人機がマジに全滅しちまう前に、相手が撤退したとよ」
「相手が……撤退?」
どう考えても合致しない言葉に両兵は丸椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「よく分からんが、あの戦いを一番に俯瞰していたのは立花のブロッケンだ。その解析情報を今は待ってるところなんだよ。だから、負けちゃいねぇ」
両兵の強気な言葉にも今は慰めにもならなかった。太刀打ちできなかったのはだって、何よりも事実ではないか。
「……小河原さんは、諦めないんですね……」
「おう。南米でも何度か大怪我しちまったこともあったしな。古代人機相手なんざ、まともな武装もねぇ中での不利な戦局も経験してきた。その絶望に比べりゃ、こんなの屁でもねぇ」
「……でも、私は……」
翳った声音に両兵は先んじて尋ねる。
「……怖くなったのか? 人機に乗るのが」
「……いえ、確かに……負けたのは怖いです。でも……立ち向かわないのも……もっと怖い……」
ぐっと震える手を拳に変える。
それを目にして両兵はへっと笑っていた。
「……できんじゃねぇか。減らず口って奴」
「……それ、褒めてるんですか」
「褒めてるんだよ。そういう眼ぇした奴はそうそう勝負を投げねぇ。柊、今回の敵に関しちゃ、黄坂と立花が必死ンなって情報を掻き集めてる。今はそれを待つのもまた戦いじゃねぇのか?」
「……待つのも、戦い……」
確かに今のまま《ティターニア》に再戦を挑んでも勝てる要素はない。だがエルニィと南が叡智を合わせてくれるのならば、ともすれば勝ちの目が見えてくるかもしれない。
――その時に、戦えるかどうかだ。
「……幸いにして、てめぇはまだ軽い怪我だ。それにまだ確定事項じゃねぇんだが……立花が言うのには、次の戦いの要はオレたちと、さつきになるらしい。何でなんだか、それはまだ明かせないとのことだが」
肩を竦めた両兵に赤緒は小首を傾げる。
「……私たちと……さつきちゃん……?」
「素晴らしい戦果だったよ、ヴィオラ」