「誰だって関係ない! 人機を万全にするのがオレたちの仕事だろ?」
「そりゃそうだけれど……操縦系統に問題はなし。じゃあ、えーっと、エルニィのプラン通りの試行が可能かどうかの試運転に入りますね」
トレースシステムの上操主席は血続ではない自分には動かせないが、下操主席ならばまだ分がある。
マニュアルの性能を開き、正常稼働した各部への伝令をもたらしていた。
「各種、Rシステムに問題はなし。この人機は無事にロールアウトできそうだね」
「そいつが今回の要だからな。負けたらエルニィに何て言われるか」
「でもシールちゃん、この子はかなり繊細みたい。リバウンドの出力値も微細な操縦センスに頼っているし、きっとこの子の操主はとっても人機に愛着があるのね」
「……まぁ、こちとら勝手に使われて壊されるよりも、大事に扱ってもらったほうが助かるからな。にしたって、何でエルニィはこの人機にこんな改修プランを? 元々リバウンドを纏うタイプの機体だって言うのは納得だけれど、まさかあの人機のパーツを使うなんて思いもしないって」
「……エルニィは勝てる勝負に持ち込もうとしているんだと、そう思うよ。だからこの人機が必要だった。全ては巨人を狩るために……」
「巨人ねぇ……。デカいって言っても人機なんだろ? そりゃトーキョーアンヘルの人機がほとんど壊されたって言っても、ここまで急がなくったって……」
「でも急いだから私たちが呼ばれたんでしょ? ……エルニィと久しぶりに会えて嬉しかったくせに」
「な――っ! オレは嬉しかねぇぞ! 月子! 勝手なこと言うなよな!」
モンキーレンチでこちらを指差すシールに月子は微笑みかけて下操主席で最終調整を行っていた。
「……でもこの人機、リバウンド出力を絞ったところで、あの《ティターニア》って言う人機に勝てるかどうかは分が悪いのかもしれないね……。相手はパワーが全然違うもの」
「それでも、針の穴ほどの活路を見出すのがあの天才だろ? オレたちは整備士なんだから、精一杯人機を万全にして送り出そうぜ」
シールの言う通りだ。月子は別の格納デッキに置かれている《モリビト2号》へと通信を振っていた。
「こちら月子……モリビトは、大丈夫そうですか?」
『各部にがたつきが見えますね……。一応、立花博士の応急処置で動くと言えば動くんですが……もしもの時まで保証は……』
「あー、いいって別に。そこんところはオレたちで何とかするから。最低限やれるところまで直してくれ」
『そ、そうですか? ……では、率直に言うと、あの爆心地でこれほどの程度で済んだのは奇跡ですよ。《モリビト2号》はやはり我々自衛隊の希望の星! 柊赤緒を含めて、わたしたちは希望を見ているんです。《モリビト2号》に』
「希望ねぇ……。まぁ見るのは勝手だが、下手なところ弄んなよな。急造のメカニックのミスなんて笑えねぇんだから」
「シールちゃん。それ、私たちが一番言えないよ?」
ケッと毒づいたシールを見やり、月子は指示を飛ばしていた。
「《モリビト2号》はエルニィの指示通りの修繕で頼みます。それ以上は今のところ必要ないとのことなので」
『で、では……。ですが、あの巨大人機……我が方の防衛部隊を蹴散らしていきました……。死者は出ていませんが、それでもやり切れませんよ……。首都防衛戦まで追い込んでしまったなんて……』
「死人が出なかったのなら御の字だろ? 今さら悔いたって怪我人が治るわけでもなし。余計なことは考えんなって」
「シールちゃん! それは言い過ぎだよ……」
『い、いえっ! 我々も自覚が足りなかったのかもしれません……。ある意味ではアンヘルが勝ってくれているから、自分たちの責務を棚上げにして……』
「ほぉーれ、見ろ。本人もそう言ってるじゃんか」
「シールちゃん! ……自衛隊の方々は、悪くないと思いますよ。慣れていない対人機戦で、少しでも防衛してくださったのは単純に感謝しかありませんし」
『ですが! ……柊赤緒を傷つけてしまった……』
それが何よりも悔恨のようであった。シールは苛立たしげに後頭部を掻いて無線に吹き込む。
「あのさぁ、自衛隊の連中。そんなにメソメソしていて勝てんのかよ。この国の流儀は知らないけれどよ、負けないって言うのが何よりも優先なんじゃないのか? だったら、まだ負けていない。それを心の支えにして今も立ち上がろうとしている操主が居る。なら、ベソ掻いてしみったれているよりも、やることはあるだろ。……オレたちは整備士だから。操主の痛みは半分も分からない。でも、やれることはやる。それだけだろ。自衛隊にもやれることってのは、いくら無力でもあるんじゃないのか?」
「……シールちゃん……。そうですよ、何かやれる。それでいいんです。無理をしてやれることを増やすよりも、自分たちに確実にやれる何かを、心の中心に持っていれば、それってきっと、希望になると思うんです」
『……希望、か。不思議なことを言ってくれるんですね、あなた方も。ロストライフの中心地で戦っていらっしゃった方々はみんなそうなんですか?』
「まぁ、オレらが特別なんだろうけれどでも、やれることってのは重要だろうが」
頬を掻いてそっぽを向くシールは照れているのだろう。
分かりやすい、と月子が微笑んだその時、格納デッキへと黒く塗られた《ナナツーウェイ》が歩み出してくる。
「……何だ? ナナツー?」
『お二方。重要パーツの搬入、ご苦労様です』
「……友次さんか。あんた、今回も分かっていたんだろ?」
『いえ、読めませんでしたよ。それに関しちゃ先行情報を持っていたのは彼のほうで』
「……彼?」
その問いかけに《ナナツーウェイ》のキャノピーが開き、踏み出した人影が跳躍して地面に華麗に着地する。
「久しぶりですね! お二方!」
「……勝世かよ」
舌打ちを漏らしたシールに月子がフォローする。
「勝世君、もう日本に来られていたんですね」
「いやいや! ちょっとだけ早くにですけれどね。それにしたってお二人もこちらに来るとは!」
快活に笑う勝世にシールはモンキーレンチを肩に担いで言いやる。
「何の用だ? 諜報員に転職したんだろ? 操主やめて、後ろに下がった人間は引っ込んでろよ」
「そう邪険にしないでくださいよ。オレは姉さんからこれを頼まれて来たんですから」
勝世の差し出した書類をシールが引っ手繰り、それに目を通すなり怒声が飛んでいた。
「お前……! このプランは……!」
「やれることはやっておく。それがアンヘルのモットーのはずでしょう? 元々、聞いていた通り、いやそれ以上の敵だったんなら備えはしておくべきですから」
「シールちゃん、何が書いてあるの?」
尋ねると、シールは無線越しに小声になっていた。
『……この人機の運用方法。どうやら下操主が要るらしい……』
「下操主? 誰かが下に乗るってこと?」
「オレでもいいんですけれど、オレは上専門ですから。下操主は最低限しか慣れていないもんで。お二人のどっちか、という話なんですが」
「下操主? む、無理ですよ! 私、鈍くさいし……この人機の運用には合いません……」
「オレもパス。リバウンドをフルに使うこの人機には足かせにしかならねぇし」
ぷいっと目線を背けたシールに勝世は一度、友次へと向き直ってにこやかに応じてから、ばっと歩み寄る。
「……あのねぇ、頼みますよ、シールさん! オレ、そうじゃなくっても消されそうなんですから!」
「消されそう? 何でだよ」
「……例の巨大人機の情報、両兵に横流しにしたの上にバレちゃって……。友次のオッサンからお叱りが来てるんですよ! オレ、諜報員としちゃ駆け出しだから、もしかしたら今回の一件含めて、一度なかったことになるかもね、とか真顔で言われちゃってて……」
「知らねぇよ。お前のしくじりじゃねぇか」
「そのしくじりをどうにかするチャンスが、お二方なんです! ……ひとまず、その試験機にどっちかは乗ってもらえますか? いずれにしたって、操主一人じゃ扱えないっての、カタログスペックじゃ出てるんでしょ」
「そうだけれど……勝世君が乗れば……?」
月子の提案に勝世は両手でバッテンを作る。
「駄目なんですよ。諜報員になったからってのは表向きの理由で、オレ、トウジャ以外じゃナナツーくらいしかまともに動かせないんです。そもそも南米のベネズエラ軍部での訓練ってそれくらいピーキーで……ナナツーがやっとってところですから」
つまり、戦いたくってもできないと言うのか。月子の懸念にシールは突っぱねる。