「くっだらねぇ! 結局弱っちいだけだろ」
「……言われちまえばそこまでなんですけれど、お願いできないですか? あ、それかこうします? この人機には上操主と、プラス“お二人”で乗ってもらう、ってのは」
「「はぁ?」」
こちらを指差した勝世に同時に疑問の声が出る。
勝世はにこやかに微笑んでいた。
都心に空洞のような穴が開いているのを目にして、赤緒は焦燥に駆られていた。
『ご覧ください! 昨夜の巨大なロボットによる甚大な被害を! 都市部では今も自衛隊による日夜問わない修復作業が行われており、インフラ設備などが……!』
「赤緒さん。あまり気を張り詰めても、仕方ないですよ」
テレビを静かに消した五郎に赤緒はそれでも、とぎゅっとシーツを握り締めていた。
「……私たちが負けたら今度こそ、ロストライフ化が実行されてしまう……。それだけは避けないと……」
「案外、相手側も了承が取れてないのかもな。こっちを撤退させた時点で勝ちってやってもいいはずなのによ」
もぐもぐと林檎を頬張りつつ口にした両兵に赤緒は嘆息をつく。
「……小河原さん。あんまり楽観視はできないんじゃ?」
両兵はごくんと林檎を飲み込んで応じていた。
「……いんや、ここは静観だろ。あんまし逸ったってうまい具合には転ぶとは思えねぇし、何よりも立花からの厳命でな。てめぇは指示があるまで大人しくしてろってよ。ああ、てめぇだけじゃなくって、他のアンヘルメンバーもな」
「……皆さん、ご無事なんですよね?」
「立花なんて朝一で突っ走って行きやがった。どこに行ったのかは黄坂任せだが、それでも間に合わせに行ったのだけは確かだろ。モリビトの修繕も自衛隊に委任しているし、こちとらできるこたぁ少ねぇ。なら、腹ごしらえだけはしっかりしとく。それくらいでちょうどいいはずだろ?」
「……それにしたって、小河原さんは食べ過ぎですよ……。私のお見舞いなのに……」
「果物ってのは普段食わねぇんだが、無性に甘いもんが欲しくってな。おっ、柊。これ、見たことねぇ果物だな。食えんのか?」
「マンゴー、ですよね……。五郎さん、切ってあげてください」
「はい。小河原さんはよく食べてくださるので作り甲斐がありますよ」
微笑んだ五郎に両兵はしゃくしゃくと林檎を齧りつつ、現状を並べ立てていた。
「……あの人機、《ティターニア》って言うらしいじゃねぇか。元々拠点制圧用に建造されたって見方が立花からしてみりゃ強いらしい。《キリビトコア》をはじめとする、巨大人機のフラッグシップ機って奴だな」
「……あんなに大きな人機を運用するのって……トレースシステムでも大変そう……」
思い返すだけでもぞっとする。他を圧倒する巨大なる影は都心部においては破壊の象徴であった。
「加えてリバウンド兵装の保有人機。リバウンドって言ったらモリビトの盾もそうだが、オレたちには一部で運用する術はあっても、あんなにコストを度外視した使い方まではできねぇ。まさにキョムの限りない資産を使っての人機運用だな。こっちじゃ真似できそうにもねぇ」
「……その割には、負けたって眼をしないんですね」
「ったりめーだろ。心で負けりゃそこまでだ。存外図太く居るのが生き残るコツってもんだ」
「……生き残る、コツ……」
「作戦開始まではまだ時間がある。こっちはせいぜい、その間に回復させてもらって――」
その瞬間であった。
病院の窓が大風に煽られて激しく軋む。風の中心軸に居る真紅の人機に赤緒はベッドから降りて窓へと駆け寄っていた。
「おい、柊! 危ねぇぞ!」
「……でも、この人機は……」
『おーっす、赤緒、居る?』
「……ジュリ先生……」
呟いた赤緒は眼前に佇む真紅の人機相手に窓を開けていた。
「何やってんだ! 相手にむざむざこっちの場所晒してどうする!」
「でも……っ! ジュリ先生なら! あのヴィオラって人のこと、知ってるんじゃないんですか!」
『おーっ、そこに居たか。いやねー、私たちも困ってるわけなのよ。ヴィオラってば、自分一人で抱え込んじゃってさー。勝手気ままな身分なのは許していたけれど、ゲームの代行までするってなると私たち八将陣としては穏やかじゃないの』
「……八将陣としては? てめぇら、あの巨大人機の操主は八将陣じゃねぇみたいな
言い草だな」
『……あなたがアンヘルのリーダーね? 聞いているわ。小河原両兵』
「……女相手に殺気立つってのはあんましねぇんだが……てめぇは油断ならねぇ感じがするぜ」
刀を携えた両兵に赤緒は割って入っていた。
「あのっ! 小河原さん、今は……話を聞きましょう」
「……八将陣相手に話なんて通るかよ」
「ジュリ先生なら! 意味のないことはしません! そのはずなんです……。立花さんが捕まった時も、私を食い止めることはできたはず! それなのに、シャンデリアへと誘導したってことは……」
『あんまし買い被らないでよ、赤緒。敵なのは事実なんだし……』
「……でも……」
「意味のねぇことはしねぇ相手ってのは往々にして厄介なもんなんだが……今は柊の言葉に免じて斬らないでおいてやるよ。……用向きを言え。意味のねぇことはしねぇんだろ?」
『……ある意味じゃ話が早いわよね。《ティターニア》は明朝、十時。この都市圏への再侵攻を開始するわ』
「……そんな……!」
「それをオレらに教えるメリットは何だ? 八将陣じゃないって言ってもキョムなんだろ? だったら、内部分裂だとか考えていいってことなのかよ」
『その辺はご自由に。ただ……あの子はあんたたちと平等な戦いを望んでいる。私はその手助けをしたいだけ。いつだってね、痛ましい顔で戦いに赴く子って言うのは気になっちゃうもんなのよ』
「……明日十時……」
『もちろん、戦力を揃えてもらってオッケーだから。それも含めてあの子は叩き潰すって言っている』
宣戦布告に赤緒は肌が粟立ったのを感じていた。両兵はジュリの人機を仰ぎ見て言いやる。
「……それ、信用できんのか? キョムは闇討ちが得意だろ?」
『その点に関しては私が抑えるわ。そういう連中が動かないようにね』
ジュリの言葉振りに赤緒は両兵へと仲立ちしていた。
「あの……信用していいと、思います。ジュリ先生は学校では中立を守ってくださっていますし……私の担任なんです」
「……てめぇの担任だからって信用していいとは思えねぇ」
「……でも……疑わないで欲しいんです。ジュリ先生は……私たちのことを……」
沈黙の末に両兵はケッと毒づく。
「……随分と取り入ったもんだな。八将陣風情が」
『あら? そっちこそ、赤緒の信頼を得ているみたいじゃない。アンヘルのリーダーさん』
「……そうかよ。リミットは明朝ってわけだ」
『その通り。ゲームの代行はとても稀有なケースだけれど、今回だけはシバも呑んだわ。八将陣以外のゲームの遂行。ある意味ではこう着状態にあったアンヘルとキョムの関係を進めるのかもしれないし』
「……言っとくが、キョムを信用したわけじゃねぇ。どっちにしたっててめぇらは叩き潰す。その前哨戦に今回があるってだけだ」
断ずる論調に赤緒が絶句しているとジュリは軽くあしらう。
『それくらいは思ってもらわないとこっちも張りがないものね。いいわ、別にそう思ってくれても。でも……これだけは言っておく。八将陣ではないとは言え、あの子は――強い』
確信めいた口調に赤緒はぎゅっと拳を握り締めていた。
ジュリがこうまで断言する相手だ。ヴィオラの強さは本物なのだろう。
――だが、だからと言って歩みを止めていい理由にはならない。
「……ジュリ先生。私は……戦う。アンヘルとして! ヴィオラさんと戦います! そして……勝つ……!」
「柊の言う通りだ。そもそも勝ち目の薄いところからの勝負なんだからな。ロストライフ化を賭けての勝負、受けて立とうじゃねぇの」
『……いい顔をするのね、あなたたち。じゃあ一個だけ。サービスとして教えてあげるわ。キーワードは、“目に見える物だけを信じるな”ってところかしら』
「……何だそれ。言葉遊びかよ」
『どう取ってもらっても結構。私はここまで。いずれは相見えるでしょう。私の《CO・シャパール》と、赤緒、あんたの《モリビト2号》はね。その時まで、しばしの中立を気取らせてもらうわ。バイバイ、赤緒』
浮かび上がった《CO・シャパール》なる人機が瞬く間に飛翔硬度に至り、青空の向こう側へと消え失せていく。
「……ジュリ先生。それでも、キョムの側に行くんですね……」
「当たり前だろ。あいつはキョムの八将陣だ。オレたちとは対極の位置に居るのさ」
「それでも……っ! ……信じちゃ、いけないんでしょうか……」
「……別に駄目とは言ってねぇだろ。ただ……何かしら意味はあんのかもな。オレらに接触するってことは。目に見える物だけを信じるな、か……」
「どういう……」
首を傾げたところで、病室に入って来た影に赤緒はびくつく。
「……ヴァネットさん? それに、ルイさんに、さつきちゃんも……」
「赤緒……相手は……逃げたか」
口惜しげに言いやるメルJは見るからに重傷である。続くルイも包帯まみれであった。
赤緒は思わず涙ぐんで声にする。
「お二人とも……傷だらけで……っ!」
「……こんなの掠り傷。それより、赤緒。さっきの人機、この部屋に向けて話していたみたいだけれど、何があったの?」
「……赤緒さん……」
さつきが心配そうにこちらを眺めている。赤緒はこの場に集ったアンヘルメンバーに、伝えなければならないと頷いていた。
「……皆さん。決着は、そう遠くないみたいです」
中編 了