JINKI 100 巨人狩り 後編③

 明らかに機動力では《バーゴイルミラージュ》に分がある。《プーパック》は何発かプレッシャーガンを撃って牽制してから、こちらへと視線を向けたのが分かった。

『……柊赤緒。未来を変える……そう息巻くか』

「……未来なんて、まだ決まっちゃいない。いいえ、たとえ決まっていても……っ! 私たちはその直前まで、戦い続ける! そうしなくっちゃいけないんです!」

『……愚かしい。地獄を見るだけだ』

「それでも……っ」

 退かない意思にヴィオラの人機が天へと手を掲げる。

 直後、衛星軌道より注がれた光の柱が《プーパック》を包み込んでいた。

「……野郎、撤退する気か」

『挑発には乗らない。柊赤緒、それに小河原両兵。貴方たちは間違えたことにいずれ気づく。その時、わたくしの言葉を思い出して、余計に不幸になる……』

「へっ、悪ぃがよ。物覚えはよくないんでね。そんな言葉が届かないくらいの遠い未来で、せいぜい待っていることにするぜ」

 両兵の放った減らず口にヴィオラは諦観の口調で返す。

『……その未来が、どれほどの黒色で塗れていても、か。暗黒の未来で、また相見える日を待っているとしよう』

「待って、ヴィオラさん!」

 赤緒の声にヴィオラが意識を振り向けたのを感じる。

「……私たちは負けません。その意志は変わらない……けれどでも、もし……私たちを慮ってそう言ってくださっているのであれば……たとえ闇の未来でも、あなたは……」

『勘違いをするな。わたくしは貴女の味方ではない。……ただの、傍観者だ』

 光の柱が消えていく。《プーパック》を回収した途端に、エルニィの声が響き渡る。

『赤緒! 両兵! そいつから離れて! じわじわと内部温度が上がってる……! 炉心融解させるつもりだ! 自爆するよ!』

「あぁ? マジかよ、クソッ! 心中なんざ御免だぜ! 柊、モリビトを引き離すぞ! 安全圏まで飛べるな?」

「あ、はい……。でも、あの人は……」

「……いつまでも敵に気を回すな。オレたちは勝ったんだ。なら、今は勝利を噛み締めようじゃねぇか」

 だがその勝利の余韻は、どこか遊離していて。

《モリビト2号》が充分に離れてから、《ティターニア》の装甲が融け落ちていく。

 やがてその巨体にはまるで似合わぬ小さな規模で崩壊が始まっていた。部分ごとに部品が炸裂していき、四肢をもがれた骸が転がる。

 赤緒は中天に昇った太陽を眺め、空へと消えて行ったヴィオラを想う。

「……ああいう人も、キョムには居るんですね。未来を知って、それでもなお、変えようとしている……」

「あんまし考えんな。あいつは自分の身勝手な正義をオレたちに押し付けていただけだ。それも悪だと、理解してないんならいずれはまた敵対する。そういうもんだろ」

 どこかで割り切った両兵の論調に赤緒はボロボロの機体で瓦礫の山に着地する。

 痛手を負った街を見やり、エルニィの声を聞いていた。

『情況終了! いやー、勝てたね、みんな! あとはあの《ティターニア》の残骸の回収作業か。まぁ、これは自衛隊に任せてもいいんだけれど』

 そのいやに明るい声音が今はどこか遠くに聞こえて。

 赤緒はその胸にヴィオラの言葉を反芻していた。

「暗黒の未来で……。でもヴィオラさん、あなたはそれを、変えようとして……」

 たとえこの先に待っているのが絶望でも。

 それでも今は、生きている命一つを、アンヘルの仲間たちと共に。

「派手にやったじゃないか。ヴィオラ」

 セシルへの報告にヴィオラは白衣を纏って声にしていた。

「《ティターニア》の破棄と、そして《プーパック》の露見。……懲罰の覚悟はできています」

「そのことなんだが、今回は罰則を設けないことにした。これはシバからの厳命でもある」

「……シバからの?」

「八将陣の長としての命令なら、僕らが逆らうようなものじゃない。それに、いいデータは得られた。《ティターニア》の実戦配備の重要性と、巨大人機の課題とそして戦果。どれもこれも素晴らしいものだ。君を褒めることはあっても貶めることはない」

 そう言いながらも一度としてセシルはこちらに振り向かない。

 もう関心事は別の部分にあるのだ。

 自分はただの、彼の興味を満たすためだけの人形。ただの都合のいい駒に過ぎない。

「……ですがわたくしは負けたのです」

「キョムの一研究員の敗北にいちいちかけずらっている暇もない。それが結論だ。僕たちは新しい極致へと至らなくてはいけない。それが少しばかり早まった。それだけの話に過ぎない」

 一研究員。その言葉に八将陣落ちの我が身を顧みる。

 思えばシバはそれも込みで、罰則の帳消しを行ったのかもしれない。

「……ですが過ぎた真似には違いありません。懲罰房に一週間は」

「一人で居たいのかい? 構わないよ。許可する」

「……ありがとうございます」

 その間にもセシルは何の興味もないようであった。敗残の兵だ。今さらの事実だろうと、研究室を出かけて、その背中に声がかかる。

「ヴィオラ。まだ君の瞳に映る未来は、確定した未来かい?」

 その問いかけにヴィオラは眼帯を巻いた右目をさすって、返答していた。

「……応じるまでもないでしょう。未来はまだ確定事項の上に」

「そうか。安心した。君の行動で未来が不確定に堕ちることは、まだなかったわけだ」

 それは暗に自分の言動も、所詮は大きなうねりの中の僅かな抵抗でしかないと言われているようで――。

 彼女は静かに研究室を立ち去っていた。

 懲罰房への道すがらにシバが壁に背を預けて佇んでいる。

「赤緒は強いだろう?」

「……それは操縦技術だけではない、とでも?」

「未来が視えていても、あいつは変えようとしてくる。なら、それも一興じゃないか。確定した未来に、異を唱えると言うのならば、その赴く先が地獄でも、構わないと言うのだからな」

「……わたくしの罰則を免除したのは」

「気紛れだ。だがしかし……一つだけあったとすれば、お前は私たちのために動いてくれたのだろう? なら、目くじらを立てるようなことではないと思っただけさ」

 誰かのために――。

 しかしそれは、赤緒と両兵によって否定されたではないか。

「……いいえ、わたくしはただ……辛く苦しい未来を、己のエゴで変えたかっただけでしょう」

 歩み出ようとして、シバは呼びかける。

「八将陣の席は空いている。別にお前を推薦しても構わない」

 それは彼女なりの優しさだったのかもしれない。あるいは憐憫か。いずれにせよ、答えは決まっている。

「いいえ、謹んで、辞退させていただきます。わたくしは八将陣を追われた身。今さら返り咲くなど……あってはならないのですから」

 そう、もう自分は、ただの枯れた花。表舞台で再び咲くことも叶わない、永劫に彷徨い続ける追放者に違いないのだから。

「赤緒さん。まだ本調子じゃないようですから、手伝いは大丈夫ですよ」

 五郎の言葉に赤緒はしかし、痛む身体を押して台所に立っていた。

「いえ、少しでもお役に立てないと……。それに私、ちょっとだけ思ったんです。こういう、何でもないことって永遠に続くようできっと、そうじゃないんだってことを……」

 ヴィオラの言葉を全て信じるわけでもない。だがしかし、永遠なんて存在しないのだろう。きっとこの一瞬でさえも、替え難い今なのは間違いない。

「ですが、怪我人を台所に立たせるのは危ないので。皆さんと共に居間で待っていてください。今日は腕によりをかけて、美味しい夕食をご用意しますから」

「そ、そうですか? ……だったらお言葉に甘えて……」

 居間ではエルニィとルイがゲームに興じている。

「ああ、もうっ! ルイってばその技禁止ねー」

「……反応できないのが悪いんでしょ」

「あっ、赤緒さん! 私、やっぱり台所でお手伝いしましょうか?」

 テーブルを拭いていたさつきに、赤緒はやんわりと手を振っていた。

「ううん、大丈夫。私も怪我人だからって言われちゃったし。さつきちゃんも、怪我は大丈夫?」

「あ、はい。《ナナツーライト》のコックピットが頑丈で、何とか……」

 それでも包帯の巻かれた手は痛々しい。

 メルJは庭先で射撃訓練をしていたが、その背中もいつもよりは重苦しそうであった。

「……全員、生きて帰って来られたんですよね……小河原さんは……」

「屋根の上に居るみたい。ご飯ができたら呼んでくれって。まったく、両は相変わらずねぇ」

 南が全員を見渡して嘆息をつく。思えば南には色々と苦労を掛けたはずだ。謝ろうとして、ストップと遮られていた。

「……赤緒さん、今回はみんなの協力あってのことなんだから、謝罪は要らないわ。それに、結果論としては勝てたんだし」

「……勝てた。でも未来のことは……」

 分からず仕舞いのヴィオラの言葉に、南は盛大に肩を叩いていた。

「なぁーにしょぼくれてんのよ! 未来なんて当てにならないし、分からないでしょ? だから、意味があるんじゃないの!」

 当たり前の言葉だが、しかし赤緒にはどこか突き立っていた。

 ――本当に、ヴィオラには未来が視えていたとすれば自分たちの行動は? 正しかったのか、あるいは……。

 結論を下しかねて、赤緒は五郎の運び込んできた料理を目にしていた。

「今日は鯛の活け造りを。皆さんの快復祝いでもありますし」

「あっ、夕ご飯できた? ボク、一番ねー」

 コントローラーを投げ出して席につくエルニィに、ルイも無言で席についていた。

 南が手を叩いて両兵を呼びつける。

「両! 晩御飯よ!」

 ぬっと顔を出した両兵は包帯だらけで痛々しい姿であったが、いつもと変わらずに、不服そうな面持ちであった。

「……ンだよ、今ちょうど勝てそうだったのに。おっ、鯛か。こいつぁ、なかなかに食えねぇ代物だな」

 席につく両兵に赤緒は目線で窺おうとして、彼の声に遮られていた。

「……気になってんのか。あいつの言っていたこと」

「ええ、まぁ。……私たちのやったことも、もしかすると大きな流れで言えば、間違いなのかも……」

「そんなのは後々分かるもんだ。何よりも、お前自身、間違いだと思うことを実行できるようなタマじゃねぇだろ? ……今正しいと思うことをする。それだけなんじゃねぇのか?」

「……今正しいと思うことを……」

「少なくともそのうちの一つは、こうやって全員でツラぁ合わせてメシ食うことなんじゃないかって思うがな」

 そうだ。こうやって今一度、夕食の席を全員が無事に迎えられただけでも奇跡。

 赤緒はそっと微笑んでいた。

「……何でもない毎日が、奇跡なんですね」

「だったら、全員で息を合わせようじゃねぇの」

 ――いただきます、と。

 今日も今日とて、何かとトラブルはあるかもしれない。

 それでも、こうして、毎日が過ぎ行くことをきっちりと受け止めて――。

後編 了

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