「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。尋問の術はないからね。だがどっちにせよ、変わらないんだろ? 明朝、再侵攻を行う、と」
ヴィオラは首肯し、自らの胸元に拳を持って来る。
「……はい。わたくしは決着をつけなければならない。柊赤緒……彼女を取り巻く因縁と」
「それが結果論としてキョムを助けるのなら、それでいいさ。許諾しよう。《ティターニア》もリバウンドハイボルテージを撃った割には許容範囲だ。次の戦闘に滞りはない」
モニターの一角に表示された《ティターニア》の相貌を見据え、ヴィオラは返答していた。
「……今度こそ、一機も逃がしません」
「表明するのは自由だが、結果が伴わなければね。マージャのように自滅するのはよしてくれよ。彼はJハーンの記憶で遊び過ぎた。道化が過ぎたんだ。僕の研究材料なら一秒でも長く生き永らえてデータを送って欲しい。それが最も相応しいのだからね」
やはりと言うべきか、こんな時でもセシルは自分を見ない。彼の興味は勝ち負けではなく、今回の勝負によって得られるデータに向けられている。
だが、それをいびつだと断ずる術もなし。
ヴィオラは歩み出て宣誓していた。
「……必ずや、栄光の勝利を。そして日本を――ロストライフ化してみせましょう」
「あの国にはまだ面白いサンプルもあったんだが、まぁいいさ。ゲームの運用が最優先だからね。《ティターニア》のスペックなら、アンヘルの人機が束になったところで敵わないだろう。キョムの目的は遂行され、そして彼らは後悔する。《ティターニア》、巨人に楯突いたことを」
ヴィオラは恭しく頭を垂れ、踵を返していた。
セシルの関心を引くのならば、まずは勝利することだ。そうでなければ、彼は永久に自分なんて見ないだろう。
《ティターニア》がその水色の眼窩を蠢動させ、こちらを見据えている。
その相貌を見つめ返し、ヴィオラは呟いていた。
「……結局、何も変えることはできないのね。わたくしも、何もかもを……」
いいとも。
未来は彼方へと置いてきた。
絶望の未来を叩きつけるだけだ。
ヴィオラは白衣を脱ぎ捨て、Rスーツを身に纏っていた。
「結局……頭数を揃えられたのは三機、か」
ぼやいたエルニィは修繕された《モリビト2号》と、自分の《ブロッケントウジャ》を眺めていた。
「ブロッケンは一応、ないよりかはマシだと思ってプレッシャーライフルを装備。とは言え、試作型もいいところ。接近して撃たないとR装甲は貫けないだろうね」
「それでもやるんでしょ。あんたはそうなんだから」
南の声にエルニィは肩を竦める。
「まぁね。勝てる勝てない以前に、リミットがあるって言うんじゃ、余計にそうだよ。明日の朝……決着がつく」
想定よりも早かったが、こちらも間に合わせはできている。エルニィは無線越しに聞こえてきた声に反応していた。
『……エルニィ。本当にこれでいいのかよ。勝算はあるんだろうな?』
「シールに月子も、ゴメンね。ちょっと今回は付き合せちゃって……」
『いいよ、エルニィ。それにしても……明日、か』
「うん、明日。赤緒に接触してきた八将陣の情報が確かならばね。まぁ嘘をつく理由もないでしょ。相手のほうが優位なんだし」
宣戦布告をしてきたと言うのならば、こちらはせいぜい迎撃の準備に入るだけだ。
無茶無謀でも無策ではないだけマシだろう。
牽引車によって運び込まれてくる《モリビト2号》を見やっていた。
「……中破状態から持ち直したって言っても、借り留めの装甲に継ぎ接ぎだらけ。あんたの言っていたリバウンドハイボルテージとか言う、リバウンドの嵐の中じゃ耐久も怪しいけれど……」
「そこんところは実戦しかないね。《モリビト2号》が希望の一つだ」
断言した自分に南は手にした書類を捲る。
「……改修プラン、何とか通ったみたいね。でも、大丈夫なの? さつきちゃんも、これに耐え得るかどうかは……」
「賭けでしかないけれど、分の悪い賭けはボクらの十八番でしょ?」
問いかけると、南は書類を畳んでいた。
「……まぁ、そうね。それにしたって、ルイの《ナナツーマイルド》と、メルJの《バーゴイルミラージュ》は出せず仕舞いか。アタッカーが減ったのは素直に痛いんじゃないの?」
「仕方ないよ。今の二人に出てもらうのは不確定要素が過ぎる。それでも戦いたがるだろうから、安全圏からの狙撃を回したけれど……二人とも案の定、納得していない顔だったよ」
やれやれと頭を振る。それでも、一人の命だって散らすわけにはいかない。
ここでの判断基準は勝負において勝ち負け以上に生き残ることが最優先だ。
「……ルイとメルJじゃねぇ。血の気の多い二人だし」
「南は、ルイのこと心配でしょ?」
「そりゃあね。でも、それ以上に信頼してるから。あの子なら絶対に勝つってね。自慢の娘だもの」
「それでも今回の戦いにおいて、一応は下がってもらうことになっちゃう。大破した《ナナツーマイルド》の補填パーツをウリマンから渡してはもらったけれど、片腕はもげたままだし、頼みのメッサーシュレイヴは片方折れちゃってる。推進剤にも問題があるから、いつもみたいに相手を翻弄する接近戦なんてご法度だよ」
だからこそ後衛に配置する。エルニィは陣営の後方へと運ばれていく包帯まみれの《ナナツーマイルド》を視野に入れていた。
脚部にも問題があるために、牽引車の上で戦うことになるだろう。
狙われれば体のいい的だ。
だからこそ、前衛で《ティターニア》の侵攻は止めなければならない。
「……前を務めるのはボクのブロッケンと、《モリビト2号》、それに改修機か。ちょっと心許ないけれど、それでもないよりかはマシでしょ」
「案外落ち着いているのね。事態は深刻なんでしょ?」
「そりゃ今さら慌てたって仕方ないし。それに、分析は済んだんだ。《ティターニア》がボクの読み通りの機体だって言うのなら、この策は必ず効いてくる。……問題なのは、この先どう変動するか分からない、相手の挙動なんだけれど……」
「キョムの八将陣は《ティターニア》の操主にゲームの権利を移譲した。でもそれは《バーゴイル》だとかの援軍を出さないって意味でもなさそうだし……。敵戦力が読めないのは相変わらずってわけね」
「まぁ、だからって悲観的にはならないよ。読めない敵と戦うのは何も初めてじゃないし。それに今は、ね。アンヘルのみんなが居るから」
そう、トーキョーアンヘルは何もまだ負けたわけではない。
それならば希望を振り翳すことへの疑問などあるものか。
「みんなが居るから、か。あんたっぽくないこと、言うようになったわね」
「そう?」
「そうよ。あんた、南米の頃じゃいつだって自分の計算内にあることだけしか、考えていなかったでしょ? ……日本に来てあんたも少しずつ変わっているのかもね。みんなと同じように」
変わっている自覚はなかったが、今は胸の中には負けない自信だけがある。
これがアンヘルで培ったものなのかどうかの判断はつけかねたが、エルニィはぎゅっと拳を握り締めていた。
「……分かんないけれどでも……アンヘルは勝つ。それだけだよ」
「自信満々なのは相変わらずね」
『エルニィ。そろそろ作戦コードを共有してくれよ。陣営を固めたんならそれなりに言えることもあるだろ』
シールの提言にエルニィは無線を手にして、声にしていた。
「あー、マイクテス、マイクテス。みんな、聞こえる? 広域通信だ。ここに居る全員に聞こえるようになっている。敵人機、《ティターニア》は強大だ。首都中枢が焼けたみたいに、今度もかなりの痛手を負うのが予想される。それでも、負けるとは思わないで欲しい。……えーっと、ボクは感情論ってのは嫌いだし、確率のほうに生きているタイプの人間だけれど、それでも言わせて。――みんな無事に帰って、それで美味しいご飯を食べること。これを優先にして欲しい。だから今回の作戦名は――巨人狩りだ。屹立する悪夢の巨人を、ボクらの手で狩る。頼むから弱気にならないでよね。勝負する前から、何かが分かるわけでもないでしょ」
『……立花、それにアンヘルの。ああ、自衛隊もか。聞こえてっか?』
「両兵。何? 一応作戦指揮はボクだからね。余計なことを言うもんじゃないよ」
『分かってンよ、ンなことは。……あー、何だ。確かに前回は撤退したかもしれねぇ。でもよ、勝ち筋の見えねぇ相手ってわけでもねぇんだ。各々、気合入れろよ。それぞれのポジションでできる最適を尽くす。いいか? 最適だ。間違えんなよ。最善じゃねぇ。そりゃ最善のほうがありがたいがな、今は最適のほうに賭けるんだ。幸いにして、オレたちの中には天才も居るし、それに一発逆転の策も講じてある』
「へへっ、それほどでも」