JINKI 99 巨人狩り 後編②

「分かってる。サポート用の人機だ。それも《ナナツーマイルド》との連携を予め設定された、ね。接近戦で相手を翻弄する役目を持つ《ナナツーマイルド》を後衛からサポートする……そういう機体コンセプトなのは重々承知」

「だったら……!」

「……理由があるんだな?」

 メルJの問いかけにエルニィは小型モニターの電源を点ける。

 そこに映されていたのは昨夜の戦いであった。《ティターニア》へと光背のようなエネルギー陣が構築され、アンヘルの人機は皆、硬直していく。

「……この状態になった時、もう駄目だと思った。動きを封じる術を持つ相手に接近戦は愚の骨頂だし、それに《ナナツーマイルド》と《バーゴイルミラージュ》みたいな、高火力一点突破戦力は通用しない、とも。でも、この時、一機だけこの支配を免れた人機が居たんだ。それが……」

「……《ナナツーライト》……」

 導かれるように口にした赤緒にさつきは困惑しているようであった。

「でも、それは偶然の可能性も……」

「いいや、偶然なんかじゃない。一応、ログも漁ったし、これは確定事項なんだ。この攻撃、リバウンドハイボルテージ、だっけ。機体内に滞留したリバウンドの斥力磁場を一斉に放出。それによって血塊炉搭載機を一時的に麻痺させる、そういう能力なんだと判断した。でもだとすれば余計に、《ナナツーライト》ならこれを防げる」

「……それは、私の《ナナツーライト》が……リバウンドフィールドを扱えるからですか?」

「分かってるじゃん。そうだよ。《ナナツーライト》は現状、標準装備の中にリバウンドフィールドを駆使できる機能を持つ。これは元々、ウリマンで開発されていた機構だから、ボクには開示されていない情報の一つだったんだけれど、今回の協力体制で一応はハッキリした。リバウンドフィールドをうまく扱えれば、高出力のリバウンド磁場の中でも自在に動ける。《ナナツーライト》こそが、今回の戦いにおいて差し込んだ光明なんだ」

「……私の《ナナツーライト》が……」

「でも今のままじゃ、《ナナツーライト》はただのサポート機。攻撃性能なんてほとんどない。相手のカウンター程度しかできないし、標準装備だって弱々しいハンドガンだから、ちょっと改造させてもらったよ。これ、改修プランね。分かるように解読したけれどそれでも分かんなかったらそれでもいいから、全員目を通して」

 配られた改修プランに書かれた機体名に赤緒は瞠目していた。

「《K・マ》の部品を使うって……」

「《K・マ》は、あれも実質的なリバウンド性能を保持した戦闘用人機。モリビトと同じようにリバウンドの盾を持っている。それに加えて立方体に近いあの機体構造そのものがリバウンドの伝導率を高めていることも分かった。いわばカウンター専用機。でも、赤緒も知ってるよね? リバウンドには攻撃の使い方もある」

《K・マ》が土くれを舞い上がらせ、それを散弾として《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》へと放った映像が差し込まれる。

「……リバウンドエネルギーを自在に操れる《ナナツーライト》ならば、この改修プランに沿えば、R装甲を持つ《ティターニア》の装甲を貫通できる、というわけか」

「《K・マ》の盾は分割、さらに増産の上で《ナナツーライト》に纏うみたいに装着する予定。自衛隊の格納庫でもうほとんど組み上がっているはずだよ。さつきの新しい人機――《ナナツーライトイマージュ》は」

「《ナナツーライトイマージュ》……」

 呆然とするさつきに赤緒は言葉を差し挟んでいた。

「あの……っ! 《ティターニア》を倒すのに《ナナツーライト》が有効なのは分かりましたけれど、でも……一機だけじゃ……」

「そう。今説明した通り、そもそも《ナナツーライト》がいくら強くなっても、それは相手の虚を突けるだけだ。それなりの熟練度を経た操主なら、すぐに持ち直してくる。それに……ボクの計算通りなら多分だけれど、《ティターニア》を潰すだけじゃ終わらないと思う」

「《ティターニア》を潰すだけじゃ、終わらない……?」

「まぁ! これは勘だから。あんまし気にしないで!」

 いつもの様子で快活に手を振るうエルニィだが、痛々しい包帯が巻かれているのが視界に入る。

「どちらにせよ、一時的に優位を打てるだけで、一発逆転って言うわけじゃない」

 ルイの指摘にエルニィは頷いていた。

「そうだね。だから、この作戦、慎重に陣営を敷く。まずボクのブロッケンと赤緒、それに両兵の乗る《モリビト2号》。この二機で前衛だ。ボクのプレッシャーライフルが通じれば御の字だけれど、多分効かないと思う。モリビトは長距離滑空砲をメインに据えて、迎撃戦を用意する」

 首都の地図上でエルニィがそれぞれの人機の色を移した駒を並べる。

 青い駒と黄色の駒が並び立ち、その後ろに緑色の駒としてさつきが居並ぶという形だ。

「……長距離砲の威力で気圧されてくれる相手じゃないと思うけれど、少しでも時間稼ぎをするつもり。この陣営でまずは出鼻を挫く。相手の思い通りに行かないところで、弱点を探る」

「弱点? 当てはあるのか?」

 メルJの問いにエルニィは赤緒へと目線を振っていた。

「……《ティターニア》は恐らく、直列血塊炉をさらに並列で搭載した、超高出力人機だ。だから近づくだけでも冷却装置の放つ冷気で人機が凍ってしまうし、もしかすると操主にも影響があるかもしれない。だから、完全な無効化には血塊炉を止めるしかない。それも一発で完全停止させる、力技しか」

「……私の超能力モドキ……ですか?」

 エルニィは真っ直ぐな眼差しのまま首肯していた。

「うん。ちょっと不確定が過ぎるけれどでも、それが最も適しているはずなんだ。ビートブレイク……それで血塊炉を強制停止させる」

「でも……それには触れられる距離まで近づくしかない……。前回みたいに冷却装置とリバウンドハイボルテージで壁を作られれば、近づくだけでも……」

 視線を落とした赤緒にここまで沈黙を貫いてきた両兵は、ふと声にしていた。

「……考えがあるんだな?」

「……さすがだね。分かってるじゃないか。確かに考えはあるけれどでも……うまく行くかは分の悪い賭けだ。それにこれは、条件がいくつも同時に揃わないといけない。もし、一つでもボクの目論見から外れている場合、全てが瓦解する」

「……それでも、信じるっきゃねぇだろ。柊、それにさつき。お前らが要だ。やれるか?」

 両兵の問いかけにさつきは目を伏せた後に、強く頷いていた。

「うん……私、お兄ちゃんがそう言ってくれるなら……。やれる、やってみせる……!」

「そうか。柊、お前はどうだ? やれそうか?」

 赤緒はぎゅっと拳を握り締め、静かに頭を振っていた。

「……分かんなく、なっちゃいました。ジュリ先生もどこかで……あの《ティターニア》の操主である、ヴィオラさんを慮っているような……そんな気もするんです。だから、私たちの前でわざわざ分かりやすく宣戦布告した……。それに気にかかるのは……」

「目に見える物だけを信じるな、か……。っても、馬鹿デケェ人機相手に他にも気を配れって言われてもな。まだ言葉の真意は分からねぇままだな」

「……それでも、何か……できるんじゃないでしょうか? 《ティターニア》はとても強くって……これまで相手してきたキョムの人機の中でも強大です。でも、どこかで……欠落を抱えるような気もするんです。力だけに、頼っているみたいな……」

 明言化できないそれを、エルニィは顎に手を添えて考え込む。

「……力への求心力、か。確かに、何で人機って倍々方式に巨大化しないかって言えば、問題点のほうが多いからなんだ。それをあそこまで強行的に成し遂げた機体って言うのは……やっぱり何かがあるとは思う。赤緒はそれを危惧しているんだね?」

 こくり、と力なく頷くとメルJが憮然と腕を組んで声にする。

「だが戦わない選択肢はないだろうな。あの操主はこうと信じた道を違えるようには思えん。《ナナツーライト》の改修機で隙を見出し、その一点を狙って赤緒のビートブレイクで攻撃……やはりこれしかないんじゃないか?」

「……ある意味じゃ、そんなに単純じゃないのかもね。それに、赤緒の能力だって反証が取れないから、直列血塊炉に対して完全に有効かまでは分からない。まぁ出たとこ勝負なのはいつものことなんだけれど、今回は物が違うから。……赤緒、できる?」

 赤緒は深呼吸を一つつき、自らの胸中に問いかける。

 やれるか、と言う一つの問いに対して、まだ疑念が渦巻いていた。

 ヴィオラをただ闇雲に否定していいのか。それは勝負の決着には相応しくないのではないか。

「……あの、一つだけ、試してもいいですか?」

「試す? ……赤緒、言っておくけれどそんな余裕はないわよ。近接戦用の《ナナツーマイルド》でも必死だった相手に《モリビト2号》で悠長な戦いができるとは思えない」

 厳しい論調にエルニィは続く。

「それに関してはボクも同意。赤緒、何をやるのか……ボクたちに教えてくれない? だってボクらはさ、同じ、トーキョーアンヘルのメンバーじゃないか」

 そうだ。ここで自分が身勝手に暴走して、そして相手の心へと触れられるわけがない。

 全員の力を使っての頼みの綱なのだ。

 赤緒は視線を一手に受けながら、一呼吸置いて言葉にしていた。

《ティターニア》の動きが僅かに鈍る。その隙を逃さず、《ブロッケントウジャ》はプレッシャーライフルのエネルギー装置をパージしていた。冷却装置から解き放たれたプレッシャーライフルを携え、《ブロッケントウジャ》の機体が跳躍する。

 陽の光を受け、《ブロッケントウジャ》の金色の躯体が《ティターニア》の頭上へと舞い踊っていた。

『もらった!』

 一射された光条はしかし、《ティターニア》の翳した巨大な鉤爪相手に屈折させられる。

 高出力のリバウンドを放射するのに足るほどの手だ。低出力のプレッシャーライフルの弾道などかわすまでもないのだろう。

 そのまま薙ぎ払われた一撃が《ブロッケントウジャ》の腹部へと食い込み、機体が吹き飛ばされていく。

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