JINKI 102 言葉にしない約束

 こちらの挑発にルイは喧嘩上等の声を返す。

『……どこからでも来なさい。返り討ちにしてあげるんだから』

『――と、言うことで、《ナナツーマイルド》を立花さんが。《ブロッケントウジャ》をルイさんが……。何でこんな勝負……』

「ごちゃごちゃ言わない! ルイ。負けたら、そうだ、何かペナルティ欲しいよね。じゃあ、ルイの本音、言っちゃうってことで」

『勝手なことを言わないで。じゃあ自称天才、あんたが負けてもペナルティね』

「いいよ。じゃあ、ブロッケンをあげちゃう。これでどう?」

 破格な条件に赤緒が困惑の声を発する。

『た、立花さん? さすがにそれは……』

『……いいわ。このトウジャをもらい受ける』

「話早いじゃん。ま、負けないけれどね」

 エルニィはRスーツを着用し、トレースシステムへと袖を通す。

《ナナツーマイルド》の躯体は《ブロッケントウジャ》に比べれば随分と軽い。ナナツータイプの駆動系とはしかし、相当に違ってくるのは機体反映性だ。

《ナナツーウェイ》は旧式の人機。

 そのために機体への反応速度が少しばかり鈍い。だが《ナナツーマイルド》はウリマンアンヘルの開発した最新鋭の人機。

「……女性型ってのは気に入らないけれどでも、他人の匂いのする人機もたまにはいいかもね。さぁて! おっ始めようか!」

 メッサーシュレイヴの斬撃をアイドリングモードに設定し、斬れないようにしておく。あくまでスパーリングであるが、《ブロッケントウジャ》も槍を装備しているため、長物による戦闘も加味しての模擬戦だ。

 当然のことながら武器の使用が限定されていても格闘戦なら違ってくる。

 ――剣と槍。

 通常なら相見えることも少ない組み合わせに、エルニィは《ナナツーマイルド》にステップを踏ませていた。乾いた唇を舐める。

「……《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》は駆動率の問題で貧血になりやすい。だからこうして温めてやると、ブルブラッドが全身に循環する」

『……それくらい、知ってる』

「そう? じゃあ、これなら……どうだ!」

 跳躍させざまに一閃を見舞う。《ブロッケントウジャ》へと割り込むような一撃に相手は槍の穂を上げて迎撃していた。

 交差する武器が絡まり合い、直後には火花を上げて引き離している。

《ナナツーマイルド》は《ブロッケントウジャ》の背後に降り立つなり、もう一方の刃を下段より見舞っていた。

「二刀流、ってね!」

『……だからそれくらい、想定内』

《ブロッケントウジャ》は地面を深く踏み締め、機体全体を重く沈ませて槍を回転させて二刀流の斬撃を防御してみせる。

 パキン、と弾き返された勢いで機体駆動系が軋んだ。

 エルニィは口笛を吹いて、メッサーシュレイヴを両手に携えて後退していた。

「やるじゃん。それなりに。トウジャの特性を理解しているね。ブロッケンは重たいから、機体の重量を下半身に集中させると、それだけで堅牢な鎧と化す。でも、その状態じゃ、ルイの得意な一撃離脱の戦法は取れないけれど? ブロッケンの性能じゃ、いくらなんでも……」

『そうなのだと……高を括っているのは、あんたのほう』

 瞬間、《ブロッケントウジャ》の機体が掻き消えていた。

 まさか、とエルニィは粟立った意識に任せてメッサーシュレイヴを背後へと見舞う。槍を手に肉薄した《ブロッケントウジャ》を一時的に退けたが、それでも相手の一撃の重さは《ナナツーマイルド》では弾き切れない。

「……ファントムの加速度に、ブロッケンの重さ……!」

 素直に――重い。

 その一撃に賭けるものもそうならば、必殺の居合いとでも言うべき距離に。

 そうだ、ルイは平時より近接戦闘を得意としている。槍に持ち替えたとは言え、ルイの特性はオールラウンダーなのだ。どのような人機でも自分の戦い方に持って行ける。その実力を軽んじていたわけでは決してないのだが……。

「そこまでやるなんて……。でも、後れは取らない! ボクだって操主なんだ!」

《ナナツーマイルド》で片手のメッサーシュレイヴを地面に突き立て、そのままもう片方の腕と遠心力で攻撃する。

 思わぬ攻勢であったのだろう。

 ルイの駆る《ブロッケントウジャ》が驚愕と共に退いたのが伝わっていた。

『……そんな扱い方……』

「思いつかなかったでしょ? 言ったじゃん。ボクはトーキョーアンヘルの天才メカニック! みんなが見ているよりも先の人機の可能性を見ているんだから! 思いつかない攻撃くらいは思いついて当然!」

《ナナツーマイルド》は機体重量が軽い分、武装に振り回される気がある。だがそれは翻れば読めない動きに転じることができると言う唯一無二の武器でもあるのだ。

 そのまま躍り上がった《ナナツーマイルド》へとルイは《ブロッケントウジャ》の機体を再び沈めさせ、槍で応戦しかけて、ハッとその槍の穂先を落とす。

 上空に位置していた《ナナツーマイルド》の像が掻き消えたのを、察知したのだろう。

 振り返ろうとしていた《ブロッケントウジャ》はその重さゆえに咄嗟の反応は鈍い。

『……ファントム……!』

「使えないと思った? 兵法ってのは最後まで切り札は隠しておくものなのさ! その腕、貰ったッ!」

『やらせるわけ……ない!』

《ブロッケントウジャ》が片足を軸にして機体を強制反転させ、突風を巻き起こす。人機の起こす唐突な強風に煽られ、《ナナツーマイルド》の狙いが僅かに逸れていた。

 頭部コックピットを狙った一撃が外れ、《ナナツーマイルド》がまるで隙だらけに陥る。

「しまった……! 軽過ぎるんだ……、こんの……ッ!」

『私の《ナナツーマイルド》で……嘗めないで!』

《ブロッケントウジャ》が槍の穂先を《ナナツーマイルド》の肩口へと据える。それと同時にエルニィも奥歯を噛み締めてメッサーシュレイヴを斬り払っていた。

 その刃が互いの肩口を引き裂いたところで、ブザーが鳴り響く。

 劈くような音色と共に、両者の機体が止まっていた。

『ご、五分経ちました! ……えっと、お互いに一ポイントで……つまり……』

『引き分けだな。よくやったんじゃねぇの、てめぇら。慣れない人機でよ』

 両兵の賛美にエルニィは、いやはや、ともつれ合った機体同士を鑑みる。

「ここまでとは思わなかったよ……。……ルイ」

『……何よ。自称天才。引き分けなら、賭けはなしよ』

「分かってるってば。……あのさ、後で話あるんだ。付き合ってよ」

『……話?』

 怪訝そうにしたのを気に留めつつ、エルニィは頷いていた。

「――で、何なの、話って」

 自衛隊の宿舎の裏側で待ち合わせたルイは見るからに不機嫌そうで、Rスーツも脱いでいない自分たちは鬱蒼と草木の生え揃った裏庭で顔を合わせていた。

「うん……まぁ、ね。ちょっと侮っていたのかな、っていたのが一つ。これはマジにゴメン。……馬鹿にしていたかも」

「そんなことを詫びに? ……自称天才らしくないじゃない」

「うん、そうだね。ボクらしくはない。でももう一個は、両兵のこと」

 そこでルイがぴくり、と硬直する。エルニィは幹に背中を預け、ふふんと鼻を鳴らしていた。

「……言うつもりはないよ。安心して。これはボクとルイの間の……秘密だ」

「安心できない。口が軽いもの」

「失礼だなぁ。ボクはいくつもの国家の機密を預かってるんだよ? 口が軽くって務まる職務じゃないってば」

 まぁ、それでも、とエルニィは言葉を継いでいた。

「赤緒の手前、ね。あんまし言うつもりもないよ」

 それはお互いの了承であったのか、ルイも無言で頷く。

「……赤緒はずるい。すぐにいいポジションに収まる」

「それは同意。赤緒ってば、ズルいくせに無頓着だからねー」

 笑ってから、でも、とエルニィは真面目な声音になっていた。

「……両兵に見せたいから、頑張ってるんでしょ? だったら、余計な茶々を入れるもんでもないってね。赤緒にはルイは頑張るためにご飯を我慢しているんだって伝えとく。だから安心して、両兵にはアピールしなよ。ボクは応援したいな。ルイの、ね」

 含んだような言葉尻に、ルイは言いやる。

「……でも、自称天才。あんただって、小河原さんのことは……」

「それは言わないお約束! だってさ、言ったでしょ? ボクは誰よりも客観的に見てるんだ。だから……伝わんないかもってのも一番に、よく分かっているつもりだからさ!」

 微笑んで唇の前で指を立てた自分に、ルイは少しだけ気を許したのか、口元を綻ばせる。

「……やっぱり変わってる。実らないかもしれない想いなんて」

「でも、想うのは自由! 違う?」

 その問いかけと共にエルニィは拳を突き出す。ルイはその拳に、そっと合わせていた。

「……違わない。お互いに難儀ね。伝わらないものに賭けているなんて」

「でも、無謀ってわけでもないでしょ?」

 フッと、ルイが微笑んだのを目にしたかと思うと、コツンと拳を突き合わせていた。

 ――ここで交わすのは、少しだけ秘密の、そういう「お約束」。

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