その提案にはさすがの南も面食らう。
「えっ? じゃあどうするってのよ?」
ふふん、とエルニィは得意そうに鼻を鳴らしていた。
「シールにしちゃう」
「シールに……?」
「そう! シールならちょっとくらい安っぽくても大丈夫なはず! それに、シールなら八枚切りの写真が活きてくるでしょ? ちっこいほうが何かと貼れるし場所を取らない!」
そう言いやるや否や、エルニィは筐体を瞬く間に改造してしまう。
南と自分を呼んで、エルニィは手を振っていた。
「いいよー! 二人とも、さぁ入って入ってー」
「は、入ってって言ってますけれど……」
「まぁ、物は試しね。行くとしましょうか」
暗室に入ると、先ほどと同じくカメラのレンズを向くように指示されるが、その声音はエルニィの物ではない。
『さぁ、レンズのほうを向いて!』
「えっ……この声……?」
「ボクの作った電子音声! その声のガイドに従って、レンズのほうを向いてくれる?」
「えっと……こう?」
『ポーズを取って! 1、2……』
パシャリ、と撮影音が鳴り、先ほどと同じく外側の取り出し口から排出される。
ただし、今度は最初から写真としての技術はあえて弱められており、代わりに台紙から取り外せるようになっていた。
「……あっ、本当だ……。シールになってる……」
「さすがはIQ300の天才ね……。すぐにこういうの造っちゃう辺り……。でも、これ、どうするわけ?」
確かに用途が不明だ。写真としての価値がないのなら、むしろ不要なものに成り下がったのではないのだろうか。
こちらの疑念を他所に、エルニィはさらに改修を加える。
「うーん、今のままじゃ、ちょっと彩りが薄いって言うか……。そうだ! せっかくだし、もっとちゃちくしちゃおう!」
「ちゃ……ちゃちく?」
仰天して問い返した赤緒にエルニィは後頭部を掻く。
「あれ? 日本語じゃ、これっていい意味じゃなかったっけ? 要は、もっと用途不明にしちゃえばいいんだよ。せっかくシールにしたんだ。なら、もっと馬鹿馬鹿しくしちゃえばいいのさ! この写真に動物とか、色んなシチュエーションを追加しちゃえば、この味気ない暗室で撮った写真も……っと! 二人とも、もっかい入ってー」
エルニィに促され、今一度入って撮影すると、今度は森林地帯を背景にした写真が生成されていた。
「えっ? どうやって?」
「単純な合成技術。でもまー、普通の人は物珍しいから、これで充分に面白いんじゃない? そうだ! 合成できるんなら、っと。赤緒ー、入ってみてー。んで、もう一回撮る、っと」
今度は赤緒だけで箱に入り、撮影される。
すると、自分の頬に渦巻きマークが合成されていた。
「あ、アホ面ー!」
腹を押さえてゲラゲラ笑うエルニィに南も笑いを堪えている。
「もうっ! イタズラなら手伝いませんよ!」
「ご、ゴメンって……! でも……元の写真機としての用途は死んじゃったなぁ……。どうするー? 南」
「いやまぁ……面白けりゃありなんじゃないの? 合成写真と、写真機をシール機にしちゃうってのはさすがだわ、あんた」
「……それって褒めてるー? ま、いいや。でも、こんなの流行るのかなぁ?」
「さぁね。流行なんて私たちには分かんないし、何よりもここは日本だからね。私たちの常識じゃ、通じないところもあるのかも。赤緒さんはどう思った?」
唐突に話題を振られ、赤緒は指先ほどの大きさになったシールを剥がして、うーんと呻る。
「……真面目なものじゃなくなったのは……そりゃどうかとは思いますけれど。でも、手軽にこういう思い出めいたものを残せるのって……ありがたいものもあるんじゃないでしょうか? カメラって高いですし」
「そうね。それに素人が撮るとどうしても差が出ちゃうから。でも、これって何て言って売り出すわけ? 合成写真製造機とか?」
「うーん……まぁその辺は南に任せるよ。ボクは天才だけれど商才まではないし。後は使う人次第ってね」
その時点でもう興味も失せたのか、エルニィは機械いじりをやめていた。
赤緒は指先のシールへと視線を落としてぼそりと口にする。
「……こういうの、考える人は居るんですよね……」
「そりゃ、居るわよ。娯楽って言うのは人類の歴史からは切り離せないんだから」
「……でも、今は非常時で……キョムにいつ……日本が潰されるのかも分からなくって……」
「……赤緒さん?」
尋ねた南に顔を振り向けると、彼女は自分の顔を覗き込み、じーっと見据える。
「……えっ? 南さん……?」
その視線に問い返すと、南は大仰にため息をついてこちらの肩を叩く。
「何言ってるの! 赤緒さんは、アンヘルのメンバーである前に女の子なんだから! そりゃ、戦う時には肩肘張ってもらわないと困るけれどでも、いつもいつでも戦いに備えて、とか言うのはガラじゃないのよ。楽しむ時には全力で楽しむ! それが十代でしょうに!」
「全力で、楽しむですか……?」
「そうよ。いくら日本がロストライフ化を狙われているからってね。今を楽しむ心までは失って欲しくないの。十代は大変よー? 特にこの日本じゃ、遊んだり、デートしたり、好きな服で着飾ったり、何でもアリでしょ? なら、赤緒さんもいつでも操主なんじゃなくって、それ以前に女の子なんだから! 楽しまなくっちゃ損よ、損!」
「で、でも私……モリビトの操主ですし……」
煮え切らないこちらに南は唇をすぼめる。
「まだ言う……。私はねー、赤緒さんくらいの時の歳の時には、そりゃあ、もう……あー、馬鹿してたなぁって言う記憶しかないわよ? ま、こちとら南米育ちなのもあるけれどさ、それでも十六歳や十七歳ってのは一回こっきりなんだから。誰かを好きになったり、誰かと馬鹿騒ぎしたりは人生でそうそう何度もできるもんじゃないわ。だから、赤緒さんには今を大事にして欲しいの。……そりゃ、赤緒さんはモリビトの操主だけれど、だからって言って、戦いに慣れて、それで人生の大事なものまで捨てて欲しくない。赤緒さんは、いい意味で平和な居場所を忘れないでいてもらいたいのよ。そうすれば、私たちも忘れずに済むからね」
「……南さんたちも、ですか?」
「そうよー。……だってさ、私も両も、まともに過ごしたことはないから。何て言うの、そのー……“青春”って奴を。だから、赤緒さんにだけは、それを忘れて欲しくないって言うのはある。確かに世界は大変よ? ロストライフ化している地域もたくさんあるし、今だって八将陣との戦いの最中! ……でもだからって、青春を楽しむ権利でさえも奪われたわけじゃないでしょ? 両には平和ボケって言われるかもしれないけれどね。平和ボケで結構! って私は思うわよ」
南の言葉を聞きながら赤緒は現像されたシールへと視線を落とす。
こうして、誰かと思い出を作って共有するのも限られている時間の中。
――ならば精一杯、楽しまなくってどうする。
何よりも今を、現在を生きられるのは自分たちの特権であるはずなのだ。
「……南さん。その、私……知った風なことを言って……」
「いいの、いいの。赤緒さんが頑張っているのはみんな承知の上だから。それよりもさー、エルニィ! この筐体、まだレンタルできるわよね?」
エルニィはもう興味が失せたのか、テレビゲームに興じていた。
「うん? まぁ大丈夫じゃない? 一応あれで完成ってことにしておけば」
「じゃあ、みんなで写真を撮りましょう!」
立ち上がった南にエルニィも興味を示す。
「おっ、いいね、いいね。あのシールみたいなのに改造したんだし、全員分の写真を撮っちゃおう」
「そうと決まれば集合よ! メルJ! あんたも射撃の練習ばっかりしてないで、こっちいらっしゃい!」
「……何だ騒がしい。……黄坂南、おもちゃで遊んでいる場合か?」
「いいのよ、いいの。さつきちゃんは?」
「あっ、お台所に……」
「じゃあ赤緒さん、ルイもついでに呼んで来てくれる? アンヘルメンバーで撮っちゃいましょう」
「……あっ、じゃあ小河原さんも……」
そう言いかけた自分を、待ってと南が制する。
「……両は、今は呼ばないでおきましょう。これは女子限定で、ね?」
そういう秘め事も時には楽しみには必要なのだろう。唇の前で指を立てて悪戯そうに笑う南に、赤緒は少しだけ罪悪感を覚えつつも、その仕草を真似していた。
「……分かりました。女子だけの、ですね」
ふふっ、と笑えてくる。こんなささやかな楽しみなのに、何だか胸が高鳴ってくるのは何故だろう。
――きっと、今だけだからに違いない。
今だけしか、こんな楽しみには興じられないのだ。
ならば、せいぜい、今日は愚鈍に――否、今だけを楽しむ享楽に身を任せよう。
愚かなわけでも、ましてや明日に鈍感になったわけでもない。
否が応でも明日はやってくる。その時には、こんな指先程度の拙い写真、意味はないのかもしれない。
「……でも今は……私たちにとっては得難い……絆の証」
――この日、アンヘルの女子だけで撮った写真を、自分たちは永劫、忘れはしないだろう。
それは男子禁制の、乙女の秘密なのだから。