JINKI 104 ハロウィンの季節にまた

 純粋な好奇心で開けたところ、目に留まったのは白い布であった。

「何これ? ぬいぐるみ?」

 指で押すとぷにぷにとしている。何だろうと観察しかけたところで、布がぐいっと立ち上がっていた。

 こちらを見下ろすのは大きな――。

「あ、アルマジロ……?」

 アルマジロの着ぐるみが屹立し、自分をじっと見据えている。

 どこか愛嬌のあるつぶらな瞳に、赤緒はまごついていると、その口の部分が開き、乱杭歯の並んだ凶悪な口腔部を晒していた。

 思わぬ落差に悲鳴を上げたところ、駆け付けたのは南である。

「赤緒さん? 何かあったの?」

「こ、これ……アルマジロの怪物……」

 完全に腰が抜けた自分へとアルマジロの怪物がじりと歩み寄る。絶望的な自分に比して、南は落ち着き払っていた。

「……何だ、ルイじゃない」

「へ……? ルイさん?」

 その言葉でアルマジロの喉の奥からルイの顔が覗く。

 彼女は呟いていた。

「……トリックオアトリート、よ。お菓子はいただくわ」

「ふぇっ……? とりっく……?」

 言葉の意味を解せずにいると、アルマジロの着ぐるみを纏ったルイがずかずかと侵入し、台所へと向かっていく。

 その後ろ姿へと南が声を投げていた。

「ルイー。ご飯もきっちり食べられる程度にしておくのよー」

「そ、そういう注意なんですか……」

 何だかがっくりきた赤緒に、南が屈んで視線を合わせる。

「あー、そっか。こっちじゃあんまり馴染みないかもねぇ。赤緒さんは、ハロウィンって知ってる?」

「はろうぃん……? いえ、何なんですか?」

「欧米圏の文化だからね。日本にはあんまり根付いていないのかも。お化けの仮装をした子供たちが家々を回って、トリックオアトリートって言ってお菓子をもらうのよ」

「へぇ……そんな文化が……」

 初耳の文化に赤緒は当惑していると、台所から山ほどのお菓子を抱えて洗濯物を干しているさつきへと歩み寄ったルイを発見していた。

 さつきはアルマジロの着ぐるみが近づくなり、悲鳴を上げて逃げ回っている。その後ろへと追いすがるルイは着ぐるみ姿とは思えない俊敏さでさつきを追い詰めていた。

「い、いやー! 助けてくださいー!」

「み、南さんっ! あれ、止めないと!」

「いやー、いいんじゃないの? ハロウィンには悲鳴は付き物だし」

 どこか能天気な南に赤緒は佇まいを正しつつ、遂に追い込まれたさつきに対してルイの着ぐるみが牙を晒したところで、顔が見えたのを視界に入れる。

「トリックオアトリート、よ。さつき」

「ふえっ……? と、とりっく……」

 山ほどのお菓子を頬張りながら今度はアルマジロの着ぐるみはメルJの射的訓練へと向かっていた。

 どうやらアンヘルメンバーをおどかすだけおどかすらしい。

 嘆息をついた赤緒に、南は言いやる。

「でも……あれ、届いたんだ。南米じゃ、今も戦火が色濃いって言っていたから、もう届かないんだと思っていたけれど。ルイもガラにもなくはしゃいでいるのかもね。だからハロウィンなんて時期違いのことをやり出したのかも」

「……時期違い……? そもそも、何で急に?」

「急じゃないわ。南米のアンヘルじゃ、割と付き物だったのよ、ハロウィンって。ああ、でもこれを話すのなら、ちょっとした思い出話になるけれど、いい?」

 その問いかけに赤緒は頷く。

「あ、はい……。何だか私も気になっていますし……」

「じゃあ……そうね、あの子が……青葉が来たばっかりの頃だったらかしら」

「ちょっと時期的には遅れちゃったけれど、今年もこしらえてはみたんだ」

 そう言って川本が食堂の席で披露したのは、白い布製の被り物であった。それを見て、青葉は目を白黒させる。

「あのー、何ですか? それ」

「何って……ハロウィンだから、こっちの行事だけれど一応は……」

 そこで川本も勘付いたらしい。ああ、そっか、と小さくこぼす。

「日本じゃまだ浸透していないんだ。すっかりこっちに慣れちゃってたなぁ」

 青葉は川本や古屋谷がそれぞれ作り上げた代物を見やる。

「これ……お化けの衣裳ですか?」

「うん。ハロウィンって言うのは、やっぱりまだ日本には馴染みない?」

「えっと……そうですね。聞いたこともないかもしれません」

「そっかぁー。まぁ、欧米の文化だからね。この時期になると、子供たちが家々を回って、それで言うんだ。トリックオアトリート、ってね」

「とりっくおあ……どういう意味なんです?」

「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、って意味かな、大雑把には。それでお菓子をもらうって言うイベント。そっか……日本にはまだないか」

 どこか寂しげな川本に青葉は白いお化けの布を手に取っていた。

 さすがの整備班の特注だ。そこいらで目にする仮装とは違い、素材にこだわっており、人機の製造の残りを採用した強化ゴム製である。

「あ、青葉さんも被ってみる? それでハロウィンをやろうって話なんだけれど」

「あの……でもどうするんですか?」

「なに、ノリのいい人は居てくれるから。現太さんとかね」

 要はからかいの文化なのだろうか。青葉はよくは理解していなかったが、布を被ってお化けの仮装をする。

「これ! よくできているでしょ!」

 古屋谷はゾンビの仮装である。細部にまでこだわった装飾に青葉は感嘆していた。

「すごい……そんなことまでできるんですね」

「うん、仮装するのは自由だからね。あっ、両兵! 両兵もハロウィンの仮装は……」

 食堂に腹ごしらえに来た両兵へと川本が声をかけるが、彼は渋い顔をする。

「……お前ら、まだンなガキっぽいことやってんのか。ハロウィンなんざガキの特権だろ? ああ、でもここに一人、ガキが居たっけな」

 明らかに自分に向けられた嫌味に青葉は言い返す。

「子供じゃないもん!」

「どう見たってガキだろうが。ヒンシ、ハロウィンみてぇな行事にうつつを抜かしている暇ぁあるんならモリビトの修繕をしっかりやってくれよ。ペダル、ちぃと重かったからよ」

「ああ、それはゴメン……ってそうじゃなくって! どうしたのさ、両兵。あんなにハロウィンが好きだったじゃないか、君は」

「両兵が……ハロウィンが好き……?」

 思わぬ言葉に青葉が驚嘆していると、両兵は苦々しい表情になっていた。

「ガキん頃の話だろ、それ。いつまで引き摺ってんだ、馬鹿馬鹿しい。ハロウィンに浮かれている余裕なんてあるのかよ。山野のジジィにどやされんぞ」

「親方にも了承は取り済みだよ。いつ戦いになるか分からないからこそ、こういう行事物はしっかりやっておくのがアンヘルのスタンスじゃないか」

「へいへい。じゃあガキとてめぇらはせいぜい、菓子でも食っとけ。腹ごしらえに来たってのに、ハロウィンなんかに気にかけている連中見るとメシを食う気も起きねぇっての」

 どこか不承気に言いやって両兵は立ち去って行く。その背中をじっと見つつ、青葉は川本へと問い返していた。

「あの……両兵がハロウィンが好きって……」

「ああ、うん。両兵ってさ、ほとんどこっち育ちだから。日本よりこっちに来てからの生活が馴染んでいるんだよね。だから、ハロウィンは大好きだったんだ。親方相手にもお菓子をくれなきゃイタズラするぞって……あれは、ちょっと今思っても可笑しかったな。カタブツの親方でもまだ子供の頃の両兵は可愛かったみたいでさ。よくお菓子をあげていたもんだよ。でも……ここ何年かはそういうのもなくって……ちょっと寂しいかもね」

「寂しい、ですか?」

「まぁ、いつまでも子供らしくってのは変なんだけれど、両兵も、さ。そういう、ささやかなものに対してちょっと斜に構えているところもあって……。でも、僕たちとしちゃ、ハロウィンは今でも楽しみなんだ。一年に一回だからね」

 あの両兵がお菓子をねだって仮装していたと思うだけで、青葉には少しだけ微笑ましかった。

「じゃあ、皆さんでやりましょう! その、ハロウィンって言うの!」

 手を叩いた青葉に川本たちが乗り気になる。

「そうだね、僕らだけでも……」

 そこまで口にしたところで、食堂に顔を出したのは南とルイであった。

「あっ、何それ、ハロウィン? そっかー、そんな季節よねー」

 食いついた南に比してルイは少し醒めたようにこちらを見据えている。

「……南は子供ね。まだそんなものをしたがっているの?」

「何よぉ、あんただってハロウィンは大好きだったでしょ?」

 南の言葉に対し、ルイはつっけんどんに返す。

「いつまで子供のつもりなんだか。そんなイベント、もう興味もないわ」

「澄ましてからにぃ……。あ、でも青葉はやるつもりなのね」

「はい! 私、ハロウィンって初めてで……ドキドキしちゃう……!」

「子供ね。そんなだから操主としても未熟なのよ」

 言い放ったルイに青葉はむっとして言い返す。

「そ、それは関係ないでしょ! ルイだって、まだ子供じゃない!」

「あら、それはどうかしらね。こんな子供だましのイベントにうつつを抜かしているようじゃ、操主としてもたかが知れているわ」

 どこまでもクールなルイに比して、南は衣裳を手に取っていた。

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