JINKI 105 不器用な足並みで

 喧嘩でもない。ただの諍いにもならない、一方的な、自分の物言い。幼かった自分自身の反抗であろう。

 だが、その一言で、父親の眼差しがまるで変ってしまったのを今でも覚えている。

 あれは、そう失望であった。

 自分に対して言い聞かせることへの失望であり、そして自分をこれ以上成長させようと言う意欲の消失。

 思えば、あの時点で見限られていたのかもしれない。

 ――もう、教えることは何もない。

 ある日、そう言い渡されて、どこか拍子抜けであったのと、そしてもう教わる必要もないほどに、自分は熟練したのだと思い込んでいた。

 ――心配しなくたってオヤジなんてすぐに追い越すさ。

 それが口癖になったのはいつからだっただろう。

 そして、それに対して、父親はただ、それは楽しみだとしか返さなくなったのは。

 分かっていたのか、それとも見ないようにしていたのかは判然としない。だが、それでも。戻れるのならば女々しくとも。

 あの頃の自分に喝を入れたい。

 あの時、どうして自分は一度だって――父親のほうを見ようともしなかったのだろうか、と。

 市街地を《モリビト2号》が着地ざまに滑る。制動による僅かな血行のブラックアウトを感じつつ、両兵は空を仰いでいた。

 こちらを睥睨する漆黒の黒カラスに、舌打ちが漏れる。

「……あんの野郎、まだ一機残ってらぁ……ッ。柊、ライフルで狙い撃つぞ!」

「は、はいっ! そこっ!」

 モリビトが照準し、すかさず《バーゴイル》のプレッシャーガンを持つ手へと銃撃がもたらされる。

 撃墜された《バーゴイル》が黒煙を上げながら降下していく先に、しかし、両兵は心当たりがあった。

「……やべぇッ! あの辺はまだ避難区域じゃねぇはず! 柊、ちぃと飛ばすぞ!」

「えっ、小河原さん? ふぇっ……!」

 下操主席で咄嗟にファントムをかけさせ、《モリビト2号》の機体が光速を駆け抜ける。制動用の推進剤を焚かせて両兵は空より墜ちていく《バーゴイル》の機体を満身で受け止めていた。

「……ま、間に合ったぁ……」

「あ、ああ……」

 しかしその直後、警告音がコックピットを劈く。咄嗟の熱源反応に両兵も赤緒も対処が遅れていた。

「……嘘、自爆――」

 そこから先はログには残っていない。

 ただし、今しがたそれを見せつけられれば、嫌でも思い出す、と両兵はまだ痛む肩口を回しつつ、エルニィの講釈を聞いていた。

「もう、駄目じゃないか。赤緒も両兵も。《バーゴイル》には自爆機構が入っているって、言ったよね?」

「ご、ごめんなさい……」

 しゅんとしょげる赤緒は軽傷であったが、下操主席でRスーツも纏っていない自分はそれなりの怪我であった。

 いつもの様相だろうと、流されたのもある上に病院食は口に合わないのですぐに退院してきたのであるが。

「キョムの人機にはそうじゃなくっても証拠隠滅の仕掛けが施されているのに、撃墜した人機を受け止めるなんて。考えられないよ」

「で、でも、あのままじゃ避難区域じゃない人まで……」

 抗弁を発した赤緒へとエルニィは嘆息をつく。

「あのね、それは自衛隊の仕事。ボクらの仕事はキョムの迎撃。役割分担しているんだからさ、お互いに信頼しなよ。実際、あの区域の避難はできていたわけだし」

 それは、とまごつく赤緒に両兵は立ち上がっていた。

「……どこ行くの? まだお説教タイムなんだけれど」

「……どうせ、変わりゃしねぇだろ。オレも生き残ったし、柊も怪我ぁ少ねぇ。それよりも、だ。柊、一つ言わせろ。何でわざわざ頭を狙わず、武器を狙ったんだ、あの時」

 その言葉に赤緒が声を彷徨わせる。エルニィの糾弾のような目つきに彼女は素直に肩を落としていた。

「……その、やっぱりコックピットを狙うのはその……怖くって……」

「確かに、あの距離じゃ、人の乗っている人機なら分かんねぇよな。でもよ、それはそこそこ腕のある奴がやるもんだ。わざと外して、相手の戦力を削ぐなんてな。戦い覚えたての奴がやるのは無茶って言うんだよ」

「そ、そこまで言わなくてもぉ……」

 両兵は深いため息を漏らし、赤緒を含むアンヘルメンバーへと言いやる。

「ちょうどいい機会だ。てめぇらまともな射撃訓練もしてねぇだろ? 自衛隊にオレは伝手がある。いっつも教えてんだ。こっちがちょっとばかし教わったってバチは当たんねぇだろ。……道理ってもんを、いっぺんお前らは通っておく必要があるな」

「……道理、ですか?」

「ああ、今の今まで流されて、それで結果として守れてきたんだが、危なかった時もなかったわけじゃねぇ。ちょっとくれぇは生き残る術を積極的に学ぶのも戦略だろ」

「一理あるな。立花はともかく、赤緒にさつき、お前らはほとんど民間人だ。少しくらいは銃器の扱いやそれに伴う責任も覚えろ」

 メルJの後押しに赤緒とさつきが目線を交わし、互いに頷く。

「その……っ、やります。私……操主ですから!」

「あの、私も! 操主だから、小河原さんに……落胆させたくないから」

「よっし。じゃあ決まりだな。立花、説教タイムは持ち越しでいいか?」

 こちらの提案にエルニィは肩を竦める。

「……まぁいいけれど。赤緒たちが熟練度不足なのは間違いないし。それに両兵の伝手で自衛隊に教えを乞うのも悪くはないかもね。銃撃戦になったら勝てないもん、今のままじゃ」

「じゃあ、てめぇらはこれから自衛隊の詰所まで行って、一から学んでもらうぜ。立花、どうせすぐに自衛隊呼べンだろ?」

「……もうっ、ボクのこと便利屋か何かと勘違いしてない?」

 そう言いつつも無線を通してエルニィの指示通り、装甲車が乗り上げてくる。

 乗り合わせる赤緒たちの背中を見送りつつ、両兵は憎々しいほどの晴天に問い返していた。

「……道理、か。オレの言う言葉でもなかったのかもしれねぇのは、気のせいか?」

「そーれ、いっちに、さんっしー!」

 エルニィが先導して走る中で、赤緒はもう駄目、と立ち止まっていた。

「もうー、何さー赤緒ってば、体力ないなぁ。血続だからギリギリ乗れてる感じだね。モリビト以外じゃ適性値以下だよ?」

 覗き込んできたエルニィへと赤緒は息を切らして言いやる。

「だって、もうグラウンド十周目……」

「へばっていたらやっていけないと思うけれど? この後、射撃訓練もあるんだから」

 体操服に着替えたエルニィがいっちに、と口にしながら足踏みする。赤緒は呼吸を整えつつ、射撃訓練場に入ったさつきを視界に入れていた。

 あっちが手を振ったのでこっちも手を振り返す。

「……何でさつきちゃんはこのマラソンないんですかぁ……」

「そりゃ適性でしょ。さつきの《ナナツーライト》はほとんど動かなくっていいし、必要なのはどっちかって言うと、精密さとか集中力のほう! 赤緒はどっちもないんだから、まずは鍛えられるほうから鍛えるのは当然でしょ?」

「ど、どっちもないとか……そんなに正直に言わなくっても……」

「だってどっちもないじゃん。さつきはあれでも血続反応の強いほうなんだから。だからこそのリバウンド兵装を主軸に据えた《ナナツーライト》なわけだし。赤緒は《モリビト2号》に乗り続けたいんだよね?」

「そ、そりゃ! 当たり前ですよ……」

「じゃあ体力付けないとねー。モリビトはパワータイプの人機だから、ガンガン体力を持って行かれるよ? フルスペックで使うんならグラウンド二十周でも息を切らさないくらいじゃないと」

「に、二十周……」

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