JINKI 105 不器用な足並みで

 聞くだけでどっと疲れが押し寄せてくる。そんな赤緒はしかし、今朝方の戦闘における両兵の態度が気にかかっていた。

「……あの、立花さん? 小河原さんってあんなにその……戦いの良し悪しにこだわるタイプでしたっけ?」

「あー、赤緒も思った? だよねー、いっつもなら勝てりゃいいじゃねぇか、とか言っちゃう側なのに、今回ばっかしは過程を重視したと言うか……」

「……その、私が《バーゴイル》を、意図的に狙わないようにしたから……でしょうか?」

「考えづらいけれどでも、それくらいだよね。いつもと違うのなんて。でも、赤緒のスタンスだって別に変わったわけじゃないでしょ?」

 それはその通りだ。できれば人は一人だって犠牲になって欲しくはない。それがたとえ敵であったとしても。

 だが、今日の両兵はどこか、それだけではない。己の弱さと向かい合っているような不自然さが窺えたのだ。

「……小河原さんらしく、ないかも……」

「ま、両兵って馬鹿だからさ。美味しいご飯でも食べさせれば忘れるでしょ。さぁ、赤緒は走った走った!」

 ぴっぴーと首から下げた笛を吹き鳴らして駆け足に入るエルニィの背中に赤緒は慌てて追い縋る。

「ま、待ってくださいよぉ……。でも……何か、あったのかな……」

 銃を持つなんて初めてで、さつきは自然と肩肘が強張ったのを感じていた。

 維持するだけでも相当に気力を使う鉄の塊。これの引き金を引くのか、と戦々恐々としたところで、両兵の止めが入る。

「よし、銃の重さは覚えたな? じゃあしばらくはイメージトレーニングって奴だ」

「えっ……? これだけ?」

「ああ。どうせ血続のトレースシステムで動かすんだ、実銃の重さなんて関係ねぇ。大事なのはここだとよ」

 両兵がこめかみを突いたのでさつきも合わせてこめかみをさする。

「要はイメージ力だ。《K・マ》と戦った時みてぇにリバウンドの弾道がどこに行って、どこに行かないのかを完全に掌握する……。オレは頭悪ぃからさっぱりだが、《ナナツーライト》はそれが命らしい」

「あの……じゃあ何で、赤緒さんは走りを……?」

「あいつぁそれ以前の問題。体力がなさ過ぎる。それに、センスも、な。たまに見せる磨き上げられたようなものはあるっちゃあるんだが、維持できてねぇ。だから持久力をつけさせる。いつでも最善のセンスを出せるようにするにゃ、体力みたいなしっかりとした下地がなくっちゃいけねぇ」

 銃声が劈いてさつきがびくっ、と肩を震わせる。

 メルJが射撃訓練場でターゲットへと百発百中の精度で命中させていた。

 自衛隊員からもどよめきが起こる。

 それを得意そうにメルJは銃から棚引いた硝煙を吹いていた。

『おい、ヴァネット。もしかしてその程度で満足してンじゃねぇだろうな? 言っとくが、それは自衛隊のコースレベルだ。てめぇなら、もっとやれるンだろ?』

 マイクを取って発破をかけた両兵にさつきがあたふたしている間にも、メルJは不機嫌になって言い返していた。

「馬鹿にするな。日本のコースは手ぬるいと思っていたところだ」

「だとよ。じゃあもっと難しいメニューやらしてやれ。……あいつは自信過剰だな。ちぃとばかしそうはいかないってところを……言っちまえば挫折か。そういうのが足りてねぇ。柊の逆パターンみてぇなもんだな。柊は折れて、折れて、何度も折れて強くなっていくタイプだが、ヴァネットは違う。もっともっと、上を上をって目指して行けるタイプだ。どこまでも強くなれる伸びしろがある。それを引き出すにゃ、もうちょっと場数だな」

 同じように射撃訓練場で華麗にターゲットを薙ぎ倒していくのはルイであった。

 ルイは超然とした佇まいで、その細腕からは想像もできないほどに銃火器に手慣れており、リロードも素早い。

 今や、自衛隊の射撃訓練場はメルJとルイの決戦の様相を呈していた。

 それに対して自衛隊員たちがどっちに賭ける、と言い出す様だ。その様子を纏めるのは南である。

「はいはーい! 今日のアンヘルの賭け金はこっちだからねー。ルイに賭けるか、メルJに賭けるか。伸るか反るか!」

 さつきは金を巻き上げて活き活きとする南にどこか肩透かしを食らっていた。

「……もう、南さんってば……」

「あれで分かってんのさ。あいつら勝負させると強ぇからな。競わせるともっと強ぇ。先に行ける」

 確信めいた声音にさつきは周囲を見渡してから、そっと尋ねていた。

「あの……小河原さん……」

「お兄ちゃんでいいぜ、今は」

「じゃあその……お兄ちゃんは、何でそこまで分かっていて、こんな風にみんなを焚きつけたの? 今じゃなくってもいいんじゃないの? だって……そうじゃなくってもアンヘルのみんなは張り詰めていて……キョムといつ全面対決になってもおかしくないって言っているのに……」

「――道理を見極めない奴は失敗する」

 突然の言葉に目を丸くしていると両兵はどこか遠くを見据えるように言いやっていた。

「……オヤジの言葉だ。道理道理って、何のこと言ってんだか、あの頃はさっぱりだったが……まさか今になってオレが、同じ言葉をお前らに吐くようになるとは思いも寄らねぇ」

「道理……物事の理論ってこと?」

「そんな難しく考えることでもねぇよ。要は、自分の身の丈って奴だ。柊が《バーゴイル》の肩を狙ったのはもちろん、人の命を摘みたくないって思いからなんだろうが、それに見合うだけの力をまだ持ち合わせてねぇ。だから道理にもとる行為だって思ったんだよ。……どれだけ崇高でも、どれだけその言い分は素晴らしくってもな、力のねぇ奴がもしもン時に守れるのはたかが知れてる。だから、嫌でも力は要るんだよ。守るって言うんなら余計にな。どこかでお前らはその力に魅入られちまうんじゃねぇかって言う、危うさも持ち合わせちゃいるが、そもそもの話だ。人機なんて言う力を振るうのには道理が噛み合ってなきゃいけねぇ。そうじゃねぇとただの暴力と、見合わない力の釣り合いはどうしたって取れないんだからな」

「オヤジさんって……お兄ちゃんの、お父さん?」

「……ああ。変な話さ。いつでも居なくなっちまえばいいって、そう思っていたはずなのにな。いざ居なくなられるとオレは正直言っちまうと、すげぇ困ったもんだ。血の繋がった人間が居なくなったってだけじゃねぇ。オレは思いの丈を……ぶつけ合えるだけの理解者を、命ある間に見出せなかったんだ。だからこれはある意味じゃ、贖罪なのかもな。……柊が相手の人機の肩を狙えるようになった。それは大きな進歩なんだろうさ。最初は人機を動かすことにいちいちビビってる腰抜けだと思っていたもんだが、……成長した。それと同時に、ああこりゃ駄目だな、とも思っちまったんだ」

「成長したのに、駄目って……」

「駄目なんだよ。下手に何でも助けようとしちまうと、どうしたって、そこには余分が出ちまう」

 その言葉に滲んだ悔恨にさつきは慎重に問い返す。

「余分って……でも助けようとしたんだよね? 赤緒さんは……」

「視野が広くなっちまうとな、何でもかんでも背負い込んじまう。最初は自分の命しか見えなかった奴が、今度は他人の命に頓着し始める。そうすると歯止めが効かねぇ。目に見えるもの全てを守りてぇって思い始めちまうんだ。でもそれは実際問題、無理なんだよ。不可能なんだ。だから切り捨ての……冷酷な視点が必要になってくる」

「冷酷な……でも、それって……」

「ああ、柊に言うのは酷だな。……っと、何か飲むか? ここの自販機の飲み物ならオレ、買い放題らしいからよ」

 じゃあ、と緑茶を頼むと紙コップに入った温かな緑茶を両兵が差し出す。両兵自身はコーヒーを注文し、それが出来上がるまでの間、じぃっと視線を据えて口にしていた。

「だから、まだお前らの前からは居なくなれねぇんだ。本当にマジに冷酷な判断が必要な時、引き金はオレが引く。そうじゃねぇと柊も……いや、柊だけじゃねぇ。さつき、お前だってそうだ。ヴァネットも黄坂のガキも立花だって……。冷酷には成り切れねぇのは見てりゃ分かるんだよ。冷酷になれないから、敵の命でさえも守ろうとする。それがどれだけ身の丈に合わない願いかも知らないで、今日みてぇな無茶を、多分あいつはまたやるんだろうな。その時に失敗を背負い合えるのは、やっぱし同じくれぇの覚悟のある人間じゃねぇとよ。アンヘルメンバーだけで強くなってくれりゃ、オレの用事もねぇんだが、そうでもないらしくってな」

 コーヒーを手に取り、両兵は一気に呷る。

 その熱でさえも自分の痛みの一つだと飲み干すかのように。

「……でも、そのほうがいいのかも」

「……そのほうがいい?」

「あっ、その……あの……。私は流されて操主になったけれどでも、よかったと思っているの。お兄ちゃんに会えたし、赤緒さんにもよくしてもらっているし、ルイさんや、ヴァネットさんも。それに立花さんや南さんだって。みんなが私の足並みを理解して歩んでくれている。それって何だか、今までの私の人生じゃ多分、なかったことなんだろうなって思う時があるから。だからこそ、最大限に、そして自分の力は全力で出す。……えっと、ちょっと違うかもだけれどこれが私にとっては、道理って言うのかな……?」

 所在なさげに口にすると、両兵はどこか放心しているようであった。慌てて言葉を取り消そうとする。

「あっ、その……! ごめんね、お兄ちゃん! 分かった風なことを言っちゃって……」

「いや、それでいいのかもな」

 どこか不意を突かれたかのように、両兵は呟いていた。

「えっ……それでいいって……」

「いや、道理の押しつけってのも違うと思ってよ。そうか、お前らにはきっと……それでいいのかもな。自分の力を自分のタイミングで全力で出す、か」

 どこか拍子抜けしたかのように両兵は言ってのけた後に、こちらへと向き直る。

「あんがとな、さつき。オレも気づけたみてぇだわ。あの日言われた、道理の意味を」

「……でも私、分からないよ? 何にも、分かってないのかもしれないし……」

「いや、一人一人違うんだろうさ。そうだったんだな。あの日、オヤジは諦めてオレに道理を説かなくなったんじゃねぇ。……オレ自身の足並みで気づけるように、してくれていたのか」

「あの、お兄ちゃん……」

 面を伏せた両兵を慮っていると、彼は不意に立ち上がり、よし! と気合を入れていた。

「訓練なんざ、中止だ、中止! つまんねーと思いながらやったって何が楽しいんだって言うな。おい、てめぇら! 訓練はお終いだ! メシぃ食いに行くぞ!」

 思わぬ言動に全員が面食らっていたのだろう。

 そんな視線を他所に両兵はマイクへと吹き込む。

『おい、立花ァ! 走り込みも終わりだ、終わり! メシの準備しろ!』

『えー、何でさ。両兵が言い出したんでしょー』

 同じように無線で応じるエルニィに両兵は快活に言いやる。

「応よ。だから今日ばっかしは全員分奢ってやる。美味い屋台があるんだ。そこでラーメンにしようぜ、ラーメン」

『やったー! ボク、ラーメン大好きー!』

『あ、あの……立花さん……マラソンは……』

 無線越しにぜいぜいと息を切らす赤緒へと、エルニィが伝える。

『中止だってさー。ご飯にしよ、ご飯!』

『そ、そんなぁ……。もうっ、小河原さん。何だったんですか、結局!』

 不満げな赤緒へと両兵は後頭部を掻いて返答する。

「いや、悪ぃ、柊。ちょっとばかしナーバスになっていたみてぇだ。だがまぁ、てめぇらと一緒なら、乗り越えられそうだからよ。……ま、ちょっとだがな」

『……よく分かりませんけれど、いいことなら……それで多分いいんですよね』

「ああ。行こうぜ、さつきも。こんな自衛隊の汗臭ぇ訓練所なんざオサラバって奴だ。……今はちょっとだけでも、前が向けそうだからな」

 そんな両兵の横顔にさつきは余計な言葉を差し挟めなかった。

 だが少しでも、彼の支えになれたのならば、とその手を取って並ぼうとして、駆け込んできたルイとメルJが足並みを揃える。

「小河原……急になんて随分な身分だな」

「……本当、自分勝手」

「ンだよ、せっかくオレがラーメン奢ってやるって言ってんだ。要らねぇのか?」

「……それは……要るが……」

「同意。せっかくの奢りならもらう」

 頬を掻くメルJとぼそりと呟くルイが訓練場の外に出たところで、南率いる赤緒とエルニィに出くわす。

「もう! せっかくの儲けがオジャンじゃないの! ……責任取りなさいよ、両」

「両兵ー、ボク味噌ラーメンがいいー」

 自ずと視線を交わした赤緒は、むっと恨めしそうに言葉にしていた。

「……ラーメンばっかりじゃ身体に悪いですよ」

「そいつぁ悪かったな」

「……それと、私もその……軽率でした。もっと強く……自分の身は自分で守れるように――」

 そこまで口にしかけた赤緒の頭をわしゃわしゃと両兵が撫でる。

「な、何するんですかぁ!」

「柊のくせに、ナマ言ってんじゃねぇよ。だがまぁ、期待はしてるぜ」

「みんなー! 今日はあのケチくさい両が自分から奢りって言い出したんだからねー! 何でも食べていいわよー!」

「黄坂、てめぇ調子のいい……。……まぁ、いいってことよ。それもまた道理を見極めての言葉だからな」

 コートを肩に担いで、両兵の言う美味しいラーメン屋台へと向かう。

 その道中、全員の足並みがぴったりと合っているのを、さつきは感じ取っていたが言わないでおいた。

 ――きっとこうして、不器用でも自然なほうがきっと。

 自分たちらしい。そう思ったからかもしれない。

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