「いいから。やってごらんなさい」
南に促され両兵は赤緒の隣へと座り込む。パソコンを前にすれば、如何に両兵とて自分と同じ土俵のはず――。
そう睨んだ赤緒はすいすいとタイピングを涼しげにこなしていく様子に目を見開いていた。
「……お、小河原さん? パソコン使えたんですか……?」
衝撃を受ける赤緒に両兵は何と喋りながらキーをタイピングする。手元を見てもいない。
「あン? そりゃお前、パソコンの一つや二つは使えんだろ。ったく、こんなの操主の仕事じゃねぇって言ってんのに、南米の頃からやらされてンだ。阿呆でも速くならぁ、……っと。ほい、完成。これでいいかチェックしてくれ、立花」
「はいよー。……で、どう? 赤緒」
分かり切ったように聞き返してくるエルニィに、これは知っていたな、と赤緒は羞恥の念に耳たぶまで真っ赤になっていた。
「……お……」
「お?」
「お……小河原さんなのにパソコンがすいすい使えるなんて……ひ、卑怯者ーっ!」
捨て台詞を吐いて赤緒は廊下を駆け抜けていく。
「お、おい! 待てよ、柊! 卑怯者とは何だ、卑怯者とは!」
「赤緒ー、パソコン教室は終わってないよー?」
「お花を摘みに行くだけです! ……もうっ、パソコンなんて……」
「――とかどうこう言っているうちに、晩御飯も終わって夜になったわけだけれど。できてないのは赤緒だけになったね」
赤緒は涙ぐみつつ、ようやく半角にならずに日本語をまともに押せるようになってきて、報告書も終わりが近づいて来ていた。
「……どう? ボクのこと、少しは見直した?」
「……はい。遊んでばっかりじゃないってのはその……分かりました……」
「……妙に含むところがある言い草だなぁ」
ポチポチと打ちつつ、赤緒はがっくりと肩を落とす。
「……その……でも私、操主なのに人機のこと、全然できてないんですね……」
「まぁ、これは裏方仕事みたいなもんだからね。赤緒は普段は前に出てくれてるでしょ? やる必要性なんてないよ」
「……でも、こうしてパソコン教室を開いてくれたのはその……私たちにも分かって欲しかったから、ですか?」
尋ねると、どうだろう、とエルニィは首を傾げる。
「別に分かってもらおうとか思ってないからねー。自分の仕事だっていう領分はあるし。それにこうして赤緒にやらせてみれば、まぁ軽く夜になっちゃうわけだ。適材適所ってものもある」
「……でも私、知りもしないで立花さんに、遊んでばっかりとか言っちゃってたんですよね……。その……すいませんでした。私も分かってなかったんだと思います。立花さんには立花さんの戦い方があるってこと」
「何さ、今さら。……でも、いいよ。許してあげる。変な話、さ、こうしてパソコン教室を開くまでもなかったんだ。みんなに知られなくったって、自分の仕事はここにあるって、ね。だって分かってくれてるじゃん。今のトーキョーアンヘルのみんなは」
その言葉振りに浮かんだ柔らかなものに、赤緒は一つ頷いていた。
「……立花さんの仕事、私じゃ欠片も務まらないのかもしれないけれど……それでもこうしてやれること……少しは誇っても……いいんでしょうかね? あっ、やっぱりなしで……」
取り消そうとして、エルニィは言葉を差し挟む。
「――いいよ、別に。だって、赤緒たちは立派な操主で、それでもって立派な、今のボクにとっての仲間だ」
少し照れ隠しもあったのか、わざとそっぽを向いて放たれた言葉に、赤緒も少しだけこみ上げてくるものを感じつつ、ようやく報告書の終わりに入っていた。
「えっと……これで終了! やった……!」
「よくやったじゃん、赤緒にしては、さ」
「……してはって何ですか。何か含んだ言い方……」
「ジョーダン! 冗談だってば! さぁ、終わったんならとっとと寝ちゃおうか。ボクも眠くなってきちゃったし……」
ふわぁ、と欠伸を漏らすエルニィに赤緒は首肯して立ち上がっていた。
「お茶を淹れて来ますね。……って、とっとと……」
何かに足先が引っかかってよろめいてしまう。
バツン、とディスプレイが真っ黒に染まる。
赤緒は今しがた足に引っかかったのがパソコンの電源ケーブルだと遅れながらに理解していた。
エルニィがそれを目にして青ざめる。
赤緒もさぁっと血の気が引いていくのを感じていた。
「赤緒、保存……」
「えっ……その……保存方法分かんなくって……。最後に聞こうと思っていたんですけれど……」
次の瞬間、エルニィは天に向かって喚いていた。
「もうヤだーっ! 赤緒になんて、金輪際! 絶対にパソコンは教えないから!」