JINKI 112 おいしい冬の日に

「……こんな遠くに来ても……日本を感じたいんだ、みんな……」

「何ぃ! 来られないだと!」

 厨房に入ったところで発せられた思わぬ怒声に青葉は縮こまる。山野たちが電話越しに怒鳴りつけていた。

「物資が……古代人機の出現で滞って……。来れられないって言うのか? ……ああ、食料は足りているが、しかし……」

 沈痛に面を伏せたスタッフたちから青葉は先ほど聞いたドリアの日が如何にこの場所で特別かを思い返す。

「……今年は食えなさそうにないな」

 山野の結論に全てが集約されているようであった。スタッフたちは声を張って気を取り直す。

「ま、まぁ、今日だけってわけじゃないし。……ただ、こういうことは分かっていたはずなんだけれどね」

「……古屋谷、ドリア好きだもんね。でも……今回ばっかりは仕方ない。気を取り直そう。僕らが慌てたって……古代人機だって言うんじゃ……」

 川本のフォローの声にも力がない。

 きっと誰しもが楽しみにしていたのだろう。

 そんな楽しみが不意に奪われれば、全員の士気が下がるのも分からなくはない。

 ――と、その時、青葉は視界の中で静かに踵を返した両兵を目に留めていた。

「り、両兵? ……どこ行くの?」

「……別にドリアが特段に好きってわけじゃねぇ。ただまぁ……連中のツラ、見てられなくってな。……青葉、手ぇ貸せ。下操主が要る」

 その言葉に青葉はしっかりと頷いていた。

 整備班の目を盗んで格納庫へと向かった道中で廊下を折れた南と行き遭う。

 両兵がにわかに緊張したのが伝わった。

「……お前ら……言っとくが止めようったって――」

「何を勘違いしてるのかしら、両。……行くわよ。私らの楽しみ奪った古代人機に、一泡吹かせてやるんだから」

 へっ、と両兵は悪だくみをする時の笑みになる。

「……馬鹿ぁ、やってるって自覚は?」

「あるに決まってるじゃない。人機の私的利用。事によれば重罪だし、軍部じゃ銃殺かも」

「だが……行くんだな? ……ガキも連れていくのかよ」

 自分と肩を並べたルイへと青葉が困惑の視線を振るとあちらから先に返答される。

「……勘違いしないで。これ、全部南の独断だから。もし銃殺されるとすれば南だけね。私は脅されて、無理やりに連れられている……って言う筋書きでしょ?」

 こちらを一瞥するなりウインクする南に青葉は強く頷いていた。

「……みんなの楽しみを……奪うのは許せない……」

「そういうこと! 青葉、あんたも話分かるようになったじゃない! ま、うちの悪ガキは元からだけれどね」

「よく言うわ。南だけでしょ、ドリアなんて楽しみなのは」

 そう澄ましてはいるが、ルイもこの秘密作戦に乗り気なのは疑いようもない。

「いっちょやってやろうじゃない! 私たちのドリアの日を、取り戻すのよ!」

 乗り込むなり、警告音が鳴り響く。当然だ。これは示し合わされた出撃ではない。

 飛び出してくる整備班に、青葉は不安げな視線を振り向けたが、両兵は《モリビト2号》に軽く敬礼させる。

「……行って来るぜ。青葉、時間はかけられねぇ。やれるな?」

「うん! ファントム!」

 姿勢を沈めた刹那に光の速度に達した《モリビト2号》が駆け抜ける。その後ろを《ナナツーウェイ》が鈍足で追っていた。

『もう、ルイー。あんたもあれできないのー?』

『無茶言わないで。まだ修行中』

『こんな時くらい、ナナツーにもブースターがあればいいのにー』

 二人分の文句を背中に聞きつつ、青葉はぷっと吹き出していた。

「……どうした?」

「ゴメン。でも何だか……とっても悪いことをしているはずなのに、どうしてなんだろう……。胸が高鳴っているの」

 自分でも不明な昂ぶりに両兵は先んじて応じてみせる。

「そりゃ、あれだ。お前だって存分に――馬鹿だってこったろ?」

 にっかりと笑ってみせた両兵に青葉は背中を押された気分であった。

「うん、そうかも。……案外、馬鹿になるのって……ちょっと楽しい」

「山野のジジィの前じゃ、絶対に言えねぇな。ま、連中のシケたツラぁ、見るよかマシだぜ。こうして無茶して……馬鹿やっているほうがな!」

『待って、二人とも! 目標を目視で確認……。なるほどね、中型クラスの古代人機が二体……そりゃ立ち往生だわ』

 しかし、自分たちがいる。青葉は目に入ったトレーラーへと声を張っていた。

「安心してください! 私たちはアンヘルの――人機の操主です!」

 それがどう伝わったかまでは分からない。考える前にこちらへと振り返った古代人機へとモリビトが猪突したからだ。

 傾いだ古代人機の鏡面のような装甲へと、《モリビト2号》がブレードを振るい上げた姿が反射する。

「……まずは、連中の分だ!」

 打ち下ろされた怒りの一撃がめり込み、古代人機から血飛沫を上げさせていた。矢継ぎ早にゼロ距離でライフルが掃射され、その装甲が捲れ上がる。

 反射的な応戦の砲撃を即座に見抜き、青葉は《モリビト2号》を跳躍させていた。

 ずずん、と丹田に染み込む衝撃波と共に着地し、さらに追撃の銃撃を見舞う。

「これは――アンヘルの……明日を楽しみにしていた、みんなの分だぁーッ!」

 殺到した弾丸が古代人機の頭部を打ち据えていた。すかさずもう一体が援護に入るが、その射線に土砂を投擲する《ナナツーウェイ》が妨害する。

『やらせるわけないでしょーが! あんたら、私たちの怒りに……火を点けたのよ!』

『……ま、南だけでしょうけれど』

 岩石が古代人機の装甲を叩き据え、よろめいたその矢先に青葉は《モリビト2号》と体感を共鳴させて声にする。

「……逃がさない! ファントム!」

「悪ぃな。今回ばっかは手加減抜きだ!」

 一気に肉薄した《モリビト2号》が刃を掲げ、直後には古代人機を一刀両断していた。

「――その後はどうなったかって? もう大目玉。一生分、怒られちゃった。私も、ルイも、青葉や両だって。……でも、誇らしかった。みんなの楽しみを守れたことが、ね。だから、怒られながらみんな笑ってたもの。ちょうど今の、トーキョーアンヘルみたいに」

 指差した南に赤緒は食卓を囲むアンヘルメンバーを見やる。

「赤緒ー、もう食べていいんだよねー? これ、ガーリックのいい匂いがする……!」

「ほう……これはコンソメか。馴染みある味なのかもしれないな」

 メルJとエルニィが早速ありつこうとするが、さつきがそれを制していた。

「駄目ですよ、お二人とも。赤緒さんっ、皆さん、集まりました!」

 南の話を聞いてから、この当たり前もどこかで当たり前でなくなる日が来るのかもしれない、と思えていた。

 だがそれ以上に――。

「……ドリアの日は、特別だったんですね。皆さんにとっても……」

「そういうこと! 両! 居るんでしょ!」

 パンパン、と南が手を叩くと、にゅっと両兵が屋根の上から顔を出す。

「……ンだよ、黄坂。その呼び方……いや、このにおい……そうか。今日はドリアの日か」

 すっかり文句を仕舞った両兵が食卓につく。

 誰もがみんな、その美味しさの前では虜なのだ。

 普段がどれだけ聞かん坊であったとしても。

「赤緒さんも、楽しみましょう。ドリアの日を」

 南に手を引かれ、赤緒も食卓に入る。

 ――香しいガーリックとコンソメの芳香。食欲をそそる焦げたバターの匂い――。

 誰かのための特別ならば、このあたたかな食卓を守ることこそ、意義があるのだろう。

 自ずと南が号令していた。

 今日この日、誰かの特別のために。今は一言。

「――じゃあ、みんな! いただきまーす!」

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