レイカル20 1月 レイカルと年明け

 冬はこれだから困ってしまう。

 フィギュアを作ろうにも精密な作業を求められる制作は氷点下を迎えると入らないことにしているのだ。

 そうでなくとも、暖房は寝る前に三十分だけの決まりで点けている。電気代も馬鹿にならない苦学生の身では、一日中暖房漬けと言うわけにもいかない。

 畢竟、最低限度の生活だけしているのだが、それはオリハルコンの彼女らには少しだけ悪い気もして、何かと食事にだけは気を遣おうとしているが、実家から運ばれて来た大量の餅に辟易しているところである。

「……お餅ってお腹は膨れるけれど、調理過程で困っちゃうんだよね……保存、は僕の部屋なら利くだろうけれどあんまり余らせるとカビ生えちゃうし……」

 毛布を肩から羽織ったまま、作木は台所でうんうんと呻る。

 レイカルは、ラクレスと共に新年のチラシと、届いた年賀状に向かい合っているところであった。

「おおっ! 割佐美雷からだ! トリガーイエローになれるんだもんなー、あいつは何だかんだでカッコいいよなぁ」

 レイカルの憧れを他所にラクレスは妖艶に笑いかける。

「あらぁ……レイカルってばお馬鹿さぁん……。でもま、あなたには似合いの出来事ですわね」

「何だとぉ! ラクレス! お前、年賀状なんて届いてないだろ! 羨ましくってもやらないからな!」

「……いや、それ僕の……」

 そう言えば、とふと思い返す。

 年賀状を送り返すのもまだやっていない。結局5日までは例年通りの寝正月で、まともに外にさえも出ていなかった。

「……小夜さんやナナ子さんからはあけおめメールは来たけれど……もう二人からもまともに連絡も来ないな」

 せめて削里やヒヒイロのところに挨拶くらいは行くべきだろう。

 外出の支度を始めたところで、冷え込みに作木は布団へと戻っていた。

「うぅ……やっぱり底冷えするなぁ……」

 成人式を超える辺りまでは学校も始まらない。ならば、存分に休んでおこうとしたところで、レイカルが覗き込んで不思議そうにする。

「創主様ー、かたつむりみたいですねー。それは人間のギタイ……? か何かなんですか?」

 ヒヒイロから教わった知識を自信なさげに口にするレイカルに、いや、と作木は首元まで布団に包まったまま応じる。

「擬態、とはちょっと違うかな。こたつむり……とか揶揄されちゃうけれど、僕はあんまり……暑いのも寒いのも得意じゃないから。何もやらなくっていい時くらいはこうやって……」

「何もしないのですか?」

 心底、レイカルからしてみれば奇妙なのだろう。

「うん、まぁ……。オリハルコンみたいにハウルを練って体温調節とかできないし……」

「で、でもっ……創主様には無限ハウルが……!」

「それは……こういう時に使う物でもないのかな、とか思っちゃってたり……」

 元々、ベイルハルコンや敵対オリハルコンとの戦い以外では使わない力だ。

 如何に他者の言うように無限に近いハウルを操れると言っても万能の能力と言うわけでもなく、体力は消耗するし、恐らくは生命力も使うであろうハウルの個人的な行使はできれば避けたかった。

 レイカルはこちらへと怪訝そうに眉をひそめ、足の先っぽから頭まで観察してから、ラクレスの袖を引く。

「なーなー、ラクレス。こういうのって珍しくないのか? 人間って寒いと不便なのか?」

「そうねぇ……。作木様が如何に優れた創主とは言え、根は人間ですもの。私は分かりますわ。寒い時って人間は動けないものなんですものね」

 その理解にレイカルはすかさず噛み付く。

「なっ……! 私も! 私も理解できます! 創主様! 創主様の理解者は私のほう……ですよね?」

 自分とラクレスを交互に見やって今にも泣き出しそうなレイカルに、作木は当惑して目を逸らしてしまう。

 ラクレスは心得たように頷くばかり。

 それがいけなかった。

 むきーっ、と奇声を上げてレイカルが身体をばたつかせる。

「ら、ラクレスとばっかり創主様が分かった風になって……! 冬なんて嫌いだー! 年またぎなんてあんまりだー!」

 言ってまたガラスを叩き割って飛び出してしまう。

「ああ……また修繕費……」

 しかし冬の寒空から送られてくる肌を刺す冷風にはそれ以上の行動力は望めず、作木は布団に包まって微かに震える。

「……作木様。先ほどレイカルと見ていた年賀状ですが」

「あ、うん。送り返さなくっちゃ……」

 そこで盛大にくしゃみをする。やはり暖房くらいは点けようとして、ラクレスが手元に触れる。

 微かに温かく、自分の体温をじんわりと上昇させてくれた。

「……ハウルの逆供給です。これで少しは……」

「あ、ゴメン……。僕のほうが気を遣わせちゃったね……。レイカルも……多分削里さんのところかな。行かないと」

「ご無理は……」

「いや、いいんだ。それにラクレスのくれたあったかさで、何とか動けそうだし」

 微笑みを向けるとラクレスは少しだけ顔を逸らす。

「いえ、オリハルコンとしては当たり前ですので。レイカルがなっていないだけです」

 言葉尻は冷たいながらも手の温度はハッキリしている。

「……削里さんから、そういえば年賀状来てたっけ。あれ……」

「どうなされました?」

「いや、そのー……確認するのがちょっと遅かったみたい」

 ぺらり、と年賀状をひっくり返す。

 そこには新年の挨拶が達筆で書かれているのと共に、初詣のお誘いが添えられていた。

「――で、作木殿のところを飛び出してきたと」

 新年早々、とヒヒイロは額に手を添えて呆れ返っている。

 その対面では珍しく将棋盤を挟んでではなく、コートに袖を通した削里が外出の準備を行っていた。

「……作木君。この調子じゃ、年賀状は読んでなさそうね」

 誰が言ったでもなくナナ子が口にして、一張羅の晴れ着を整えてきた小夜は嘆息を浮かべる。

「……出不精なんだから、もう。まぁ、そこんところも私らの役目ってことなのかしら」

「これじゃ、白馬の王子様はどっちなんだかねー」

 茶化すナナ子に小夜は携帯を取り出す。

 着信は既に数件入れていたが、応答のないところを見るにまた充電が死んでいるのだろう。

「……作木君、もしかしたら凍死しているのかも……」

「新年早々、ジョーダンじゃないわね」

 居ても立ってもいられず小夜は向かおうとして、いや待とうよ、と削里に制される。

「レイカルが来てるんだ。彼だって創主さ。オリハルコンを放っておくわけもないし、それに女子からすれば、王子様は訪れてくれるものだろう? 襟首掴まえて無理やり連れてくるものでもないよ」

「それは……そうですけれど……」

 不承気に座り直して、小夜は削里がいつの頃かも分からない石油ストーブで暖を取っているのを目に留める。

「……今時、あんな旧式のストーブを使わなくっても……小学校とかでしか見ませんでしたよ、それ」

「珍しいんだよ。何ならそこいらの最新式よりもよっぽど値が張るし、それに何よりも暖を取っているって感じがいい」

「……それって、気の問題ってことですよね?」

「まぁ、そう言うなって。寒くないわけじゃないだろ?」

 確かに少しばかり手狭な店内ではその暖房設備でも充分なほどであった。

 しかし、言葉とは裏腹に重いため息が漏れ出る。

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