「小夜ってば、ため息つき過ぎ。幸せが逃げていくわよ?」
「……あんたはいいわよねぇ。あの鳥頭と待ち合わせでしょ」
「伽クンってば情熱的なんだもの! きっと会えば寒さなんて吹っ飛ぶわ!」
別の意味で怖気を感じて、小夜は身を震わせる。
「あー、あー、年明けからバカップルなんて見たらそりゃあ幸せも駆け足で逃げていくわ」
「何よぅ、小夜だって、作木君と会えれば寒さなんて気にならないでしょ?」
「……そりゃあね。でもまー、レイカルがあの調子じゃ、来るかどうかは……」
賭けだな、と思ったところで、カリクムがレイカルの話に突っかかる。
「お前さー、創主の管理もできないのかよ。そんなんじゃオリハルコン失格だぞー?」
「何だよ、カリクム。お前の創主だってみょうちくりんなカッコしてるじゃないか。何だあれは。年またぎのチラシの真似か?」
「……あー、あれはそういうもんなんだとよー。ハレギ、とか。よく分かんないよなー、人間って。何で寒いのに妙な薄着なんだ?」
「……そこんところはあんたら同じ認識なのね……。いいのよ! 女子のファッションは無茶と根性でできているんだから!」
「いやいや、小夜。そこは愛情でしょ。根性って、昭和みたい」
どうやらここのところは完全なアウェイらしい。誰も分かってくれない、と小夜は肩を落とす。
「まぁまぁ、そう気を落とさないでよ。何なら、削里さんとヒヒイロも用意できたし、もう行く?」
別段、新年から作木に会えないことがそこまでショックなわけでもない。
ただ、この寒空に女々しい恨み言の一つくらいは吐きたくなると言うもの。
「……冬って嫌い……。撮影も大変だし、スーツアクターの人なんてもう! 身体中、カイロとシップだらけなんだから! 見てらんないわよ!」
「あー、そういやレジェンドヒーローと共演するんだっけ。よかったじゃない。一期だけで終わらなくって。そういうのって毎年のように呼ばれるんでしょ? 仕事に潤いがあるのはいいことよ」
「うれしくないー」
駄々を捏ねていると不意に店先の扉が開き、粉雪を混じらせた風が運ばれてくる。
ばっと跳ね起きて顔を認めると、予め呼んでおいたおとぎとヒミコが並んで手を挙げる。
「あけおめー。あれ? ……何この、呼んでないオーラ……。私たち、呼ばれたわよね? ね? おとぎ?」
「はい。車を懿さんが回してくださいましたので、ここまでの道中、特に寒いこともなく……。どうしました? 小夜さん。ハウルが乱れていらっしゃいますので……」
不思議そうに首を傾げたおとぎに、小夜は涙で机に突っ伏す。
「……何だってこんなー」
「まぁまぁ。作木君は……あー、この寒さじゃ来ないか。はい、お年玉」
「やった! いくらなんです? ヒミコ先生!」
飛びついたナナ子相手にポチ袋を差し出したヒミコはミステリアスに指を振る。
「そ・れ・は、見てのお楽しみ」
コロン、とポチ袋から出て来たのは五百円玉だった。
ナナ子は純粋にお年玉を楽しんでいた顔から一転、曇って悪態をつく。
「ぶーぶー! ヒミコ先生! これじゃジュースも買えませんよー!」
「大学生にもなってもらえるだけ感謝してよ。私の時にはそういうの、なかったんだから」
「ん? ヒミコはもらってただろう? 毎年、結構な額を。俺と伽に見せつけて楽しんでいたじゃないか」
「ちょ、ちょっと真二郎! 教師としての沽券に関わるから、そういうのやめてよね、本当……」
「……単純にケチなだけか」
「まぁ、お気持ちって奴よ。はい、小夜さん」
「……どうせ、五百円玉でしょう?」
ヒミコはどこかくすっと笑う。気にかかってポチ袋を開けると、入っていたのは指輪だった。
「……純銀の……指輪?」
「ハウルで創ったんです。小夜さんの指、とても長くって綺麗なので、水刃様にぜひ、と頼んで」
「ふぅん……あのカタブツ爺さんも気が利くのね」
(――カタブツ爺さんとは、誰のことだ?)
ぬっと店内に入って来た老人に小夜は心臓が口から飛び出たかと思うほど驚嘆する。
「……居たんですか」
(おとぎが外に出るのだ。当然であろう)
「水刃様、私ももう眼が見えますので、あまり出歩かれてもハウルの消耗が……」
(そのようなことを言っておられるか。まだ心配なものでな。我が身を削った研鑽の証、誰とも知らぬ相手に渡しては困る)
「……って言うか、これってじゃあ水刃様の一部ってこと?」
「あ、お分かりですか。いえ、でも……ハウルシフトを何回もこなされている小夜さんならば当然ですよね。ハウルを視る眼が養われているでしょうし。水刃様の一部ってとても神聖なんですよ? 高杉神社の御守りにも入っていて、良縁を結んでくれると評判でして」
「良縁……」
その言葉に思うところがあって小夜はへこんでしまう。
(……行く前から何をへこたれておる)
「だって……水刃様の全然効かないじゃない……私の良縁……」
「それは仕方ないかもしれないな。ここはまだちょっと吹雪いてきた程度だが、下は結構降っていたし。スノータイヤに替えておいてよかった」
「懿さん。お車、ありがとうございます」
「いや、おれにできるのなんてこの程度だから」
互いに謙遜する純粋無垢なカップルを見ていると、余計に陰鬱な気持ちが芽生えてくる。
「はぁー……。今年は最初っからツイてないかも……」
「まぁ、作木君もああやって成長はしたけれどちょっともやしっ子なところあるし……大目に見てあげましょうよ、小夜。懿さんの車で全員?」
「伽さんは途中で合流の予定です。まだ鍛錬の途中だそうで」
(……あ奴には特別な鍛錬を付けておる。まだまだ未熟なものでな)
そうは言いつつ、水刃も伽の成長を喜んでいるようでもあった。
この場で陰鬱ムードを振り撒いていても仕方ない、と小夜は立ち上がる。
「……迎えに行きましょうか。車なら、作木君のところまで、すぐでしょ」
「あら。小夜ってば、諦めちゃうの?」
「だって……来ない王子様を待っていたって仕方ないもの。恋は弱肉強食なんだから」
「それでこそ、って感じよね。私も伽クンを迎えに行かなくっちゃ! 恋する乙女は無敵なのよ!」
やる気を出すナナ子に小夜はげんなりしつつ、店内のストーブ前で一旦暖を取る。
「……来ない王子様を待っていても、か。網森さんらしいね」
「……皮肉っているんですか、それ」
「そんなこともないさ。今時はそうだろ。……おっ、ただまぁ……捨てたものでもなさそうだ」
どういう、と問い質す前に店内へとなだれ込んできた影に瞠目する。
「つ……作木君……?」
「す、すいません……小夜さん! ……皆さんも、遅れちゃって……」
「いや、それはいいんだけれど……びしょびしょじゃない。どうしたの?」
「あ……思ったより吹雪いて来ていて……。そんな中で向かい風で来ちゃったもので……」
「……レイカルを呼べばよかったのに」
レイカルならば指輪で呼び出せばすぐだろう。作木は、いえ、と赤くなった鼻をこする。
「……皆さんを待たせているのに、レイカルに頼れませんから。あ、ラクレスにも……」
ひょっこりと顔を出したラクレスが晴れ着に身を包んで雅に笑う。
「……私は、反対はしたのですけれど、オリハルコンは創主に従うもの。その意志を、無駄にはできませんから」
「だからって……こんな天気の中で、来ることなんて……」
「いや、これって多分……どうってことない、男の……つまんない意地と言うか……あ、あけまして――」
そこで盛大にくしゃみをした作木に、小夜はぷっと吹き出してしまう。
「さ、小夜さん?」
「いやー、ゴメン……。でも何だかな。――安心しちゃった。やっぱり私の王子様は作木君なんだって」
「それってどういう……」
「ホラ! 風邪引くから中に入って! ゆっくり温まってから、高杉神社に初詣に行きましょう。……水刃様! ……良縁、いただきました」
指輪を掲げると作木は疑問符を挟んだようだ。
「うわっ……古いストーブだなぁ」
「創主様! やっぱりその……寒いと、年またぎはできませんか……?」
潤んだ瞳で尋ねてくるレイカルを、作木はゆっくりとその指で涙を拭う。
「そんなことないよ。どんなところだってきっと……みんなと居るとあったかいんだ。それって会わないと分からなかったと思う。だから、僕からはありがとうと、言わせて欲しい。初詣を思い出させてくれて、ありがとう、レイカル。大好きだよ」
「創主様!」
抱き着いたレイカルが作木のマフラーの中に入って頬を合わせる。
こういう時にオリハルコンはずるいなぁ、と思ってしまった小夜は袖を引くカリクムを目にしていた。
「ホラ、さっさと行こうよ、小夜ー。似たような年明けの番組ばっかりで飽きちゃったし」
「……そうね。行きましょう。……でもいつかは、この指輪、私にはめてくれるのがきっと……作木君なんだってことは――」
そこから先は言うまい。
今はただ、年が明けたことを純粋な気持ちで祝うだけ。
――だから。
今年初めての、そして最大の「あけましておめでとう」を。
あなたと一緒に――。