JINKI 113 恋のテレホンダイヤル

「物珍しい文明の利器を持っておるようだな」

「あン? ああ、ケータイのことか。正直、オレからしてみりゃどっちでもいいだがな。無線機よか取り回しいいんなら使うってなもんだ」

「しかし、気を抜くではないぞ」

「言われなくっても八将陣の気配はずっと探してんよ」

 酒を口に含みながら返した言葉にヤオは意味ありげに嗤う。

「そういうことでは、ないのだがのう。まぁよいか。己で学ぶもよし」

「何分かった風なこと言ってんだ、化け物ジジィ。酔っぱらって駒を取り逃してもてめぇのせいだからな。賭け金は倍でいいな?」

「そのようなこと、言っておる場合かのう……」

 好々爺めいて予言してみせるヤオに両兵は気味の悪さだけをこの時は感じていた。

「すっごーい! 赤緒、それってケータイじゃん!」

「ま、まぁね……」

 別段、自慢するわけでもなかったが校舎裏で赤緒は早速、泉とマキに携帯電話を披露する。人機にも使う特別塗料で自分のパーソナルカラーである赤色に塗った携帯電話を取り回すとまるで自分の手柄のようであった。

 マキは素直に目を輝かせて羨ましそうに見てくる。泉は落ち着いてそれを眺めていた。

「でも、赤緒さんも気を付けたほうがよろしいですわよ。ジュリ先生、そういうのにも厳しいお方ですので」

 ハッとこんなことをしている場合ではない、という意識が掠めたのも一瞬、赤緒はでも、と手の中にある自分色の携帯電話を見つめ直していた。

「で、でも女子高生らしいことってその……憧れだったから」

「まぁ、赤緒ってばロボットのパイロットだもんねー。今度のマンガのネタになってよー。続報は? 敵の正体は実は同じ人間とか?」

「あー、うん……そういうのは追々……詳しい人にね……」

「赤緒さん、よければかけてみては? せっかくの携帯電話ですもの。かけないと損ですわよ?」

「あ、言われてみればそうだね。宝の持ち腐れかも。じゃあ、立花さんに」

「立花って、この間似顔絵あげた人だよね?」

「あ、うん。人機の開発者だから、多分、一番詳しいし……」

 数回のコール音の後、唐突に怒声が響き渡る。

『もう! 一日に何回電話かければ気が済むのさ! あのねー、確かにプライベートで使っていいとは言ったけれど限度ってもんが――!』

「た、たたっ……立花さん? えっと……私、何かしましたか……?」

『……あれ、赤緒か。いや、赤緒もそうなのかも……。ねぇ、赤緒。携帯電話、あげたのはいいけれど、何に使ってる?』

「何って……今立花さんにかけているので初めてですけれど……」

 そこで向こうも察知したのか、なるほどね、と事情を理解したらしい。

『……他のメンバーってわけか……。昨日から大変なんだけれど』

「き、昨日から……? でも携帯電話を渡されて……翌日ですよ?」

『翌日だから困ってるんじゃん。請求金額に目が飛び出しちゃったよ。……みんな何に使って……いや、分かり切ったことか』

 大仰に通話先でため息をつくエルニィに赤緒はそれとなく尋ねる。

「そのー……皆さん、何か?」

『いや、赤緒はそこまで気が回らなかっただけ、よしとしよう。問題なのは――』

「両兵ー! 電話鳴ってるよー」

「ああ? またかよ……ったく。もしもしィ!」

『あっ、ごめんなさい、お兄ちゃん……』

 通話先で委縮したらしいさつきに、両兵は声を振り向ける。

「……さつきか。今馴染みのガキどもに野球教えてやってんだが」

『あのー、今日の晩御飯、何がいいかなーって……迷惑だった?』

 通話先で涙ぐまれたのを感じ、両兵は慌てて取り成す。

「いや、迷惑じゃ……ねぇ。そうだな、今日はカレーでいいか」

『よかったぁ……。じゃあ帰ってからカレーの材料を揃えておくね』

「おう、頼むわ」

 電話を置くと時間を待たずしてまたしても着信音だ。

「だから! カレーでいいって言ってんだろうが!」

『お、小河原……? どういう意味だ……?』

 今度はメルJである。両兵は気を落ちつけつつ応じていた。

「……ヴァネットか。何だよ、今度は」

『いや、自衛隊に教えている訓練がうまくいってな。今度、夕食にでもと誘われたんだが……どうすればいい?』

 大方、メルJも不器用なので自分が純粋に女性として見られていることへの困惑だろう。

「あー、ンなもん、行きたきゃ行けばいいんだよ。オレは知らん」

『そ、そうか。……じゃあ断っておく』

「ん、そうか。まぁお前が思うんならそうじゃねぇの」

『お、小河原……忙しい、のか……?』

「まぁな。そろそろ百本ノックに戻らにゃならん」

『それは……悪かったな。よろしく言っておいてくれ』

「おう。じゃあな」

 と、携帯を置く前にまたしても着信音。

「……だから、行きたきゃ行けって」

『……どこに?』

 今度は怪訝そうなルイの声だ。両兵は呆れ返りつつ、バットにもたれかかる。

「……何なんだよ、今日はお前ら……。まぁいいや。どうしたんだ?」

『……別に、ちょっとかけてみただけ』

「そうかよ。じゃあ何となくなら切ンぞ」

『……ちょっとだけ待って。手なずけた猫たちが喋りたがっている』

「……ンなの待ってられっかよ。こっちもそれなりに忙しいんだよ」

 しかし非情に切る気にもなれずに両兵は暫し、通話口から聞こえてくる猫の鳴き声を聞いていた。

『……どう?』

「ん、まぁ懐いている声だな。リラックスしてんじゃねぇの?」

『……ならよかった』

「言っておくが、また飼うとか言うなよ。神社がどうって柊もうるせぇからな。細けぇことはオレも言えねぇ身だが」

『そのつもりはない。じゃあ』

「おう、じゃあな」

 今度こそ終わったか、と思う前にまたしても着信が引き留める。

「あー、もう! 猫なら飼えばいいだろ、好きなだけ!」

『お、小河原さん……? えーっと……どういう意味ですか?』

「……今度は柊かよ。なぁ、お前ら寝る時間以外はかけていいとは言ったが、他の時間ずっと代わる代わるかけてくるんじゃねぇって!」

『えっと……よく分かんないんですけれど私、立花さんに頼まれちゃって……。小河原さんを今すぐ柊神社に帰してくれって言われちゃいまして……』

「……今は草野球の最中だが」

『あっ、今帰りなので合流しますね』

「あー、いや、こっちからも見えた」

 赤緒がまごつく間に両兵は堤防を歩きながら携帯電話を耳に当てている赤緒の進路を塞ぐ。

『「あ、あの……っ」』

「いや、ケータイにいつでもかけてもいいって言ったオレが少し迂闊だったのか。てめぇら、ちぃとばかし時間と場所をだな……」

『「そ、そのことで……っ! 立花さんからお話があるそうです」』

「……そうかよ。それはいいんだが」

『「はい?」』

「眼の前に居るのにケータイ越しって意味なくねぇか?」

 あわわっ、と赤緒が慌てふためいて携帯電話を取り落とす。

 それも込みで、両兵には悪い予感しかしなかった。

「――んでまぁ、協議の結果、トーキョーアンヘルに携帯電話はまだ早いと言う結論になったわけだけれど、異論は?」

 意気消沈して肩を落とすのはさつきとメルJ、それにルイである。

「ご、ごめんなさい、浮ついちゃって……」

「……私は悪くないぞ。いつでもかけていいと言われたから……」

「……以下同じ」

「あのねー……まだ携帯電話の料金って喋れば喋るほどかかっちゃうんだから、みんなが代わる代わる両兵にかけたお陰でホラ! こんなに長い請求書が来てるんだからね!」

 エルニィが悲鳴を上げながら背丈ほどもあるレシートを吊り下げる。

 さすがにそれには参ったのか、三人とも肩を縮こまらせていた。

「と、言うわけで携帯は没収。三人は反省文を書くように、で、いいわよね? エルニィ」

「……まぁ、反省文でどれだけ反省したって、お金は返ってこないんだけれど。……ボクも見通しが甘かった……ここまでになるなんて思いも寄らないよ」

「……つ、次からは上手く使いますから!」

「そ、そうだぞ! さつきの言う通りだ! 次は上手く使う!」

「……以下同文……」

「駄ぁー目! 一回取り上げとかないと。全く、こんなにみんなが欲望に忠実だなんて思わないよ」

 文句を言いつつ、エルニィは回収した携帯電話を箱に詰めていた。

「……ま、今回のはあの子が正解だわ。三人とも、一応は反省してね」

 目配せする南に、三人はうぅ、と呻く。

「……お兄ちゃんのご飯の好みが知れてよかったのに……」

「……誘いを断る口実が得られたのだと思ったのだが……」

「……にゃー……」

 めいめいに自室へと戻っていく三人の背中を見送ってから、赤緒はそっと南へと自分の携帯電話を返していた。

「あのー……私のもよくないですよね……。三人が没収なら……」

「まぁ、エルニィの体裁もあるし、でもまぁ、良心的な範囲を守るなら、赤緒さんはいいわよ? 一週間の試用期間ギリギリまで使っても」

「えっ……でもみんなが駄目なのに……」

「赤緒さんは今回は完全なとばっちりだからねー。それに……両の番号、知ったんでしょ?」

 何となく心得ている南の声に少しだけ顔が上気する。

「頑張ってね」

 肩を叩かれ、南は居間を後にしていた。

 赤緒はそっと、夕方にかけた電話番号を呼び出す。

 数回のコール音の後、不機嫌そうな声が漏れ聞こえていた。

『おう、どうした』

「いえ……何でもないんですけれどでも……私はギリギリ一週間は使っていいそうです」

『そうか。まぁ、今回ばっかしは連中の悪目立ちが過ぎたな』

「あの、なのであまりお電話はできないんですけれどでも……」

 一呼吸ついて、赤緒は尋ねる。

「……お時間のある時に、またかけてもいいですか?」

『寝てる時以外で頼むぜ』

 やっと繋がった、ほんの一週間の直通ダイヤル。

 それでも――自分にとっては替え難い、一週間であった。

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