南は少しばかり逡巡を浮かべた後に、その案に乗っていた。
「そうね……さすがに何億もする財産をどうこうはできないわ……」
すっかり酔いの醒めた南と両兵はその場から立ち去って行く。ご神体を置いてアンヘルメンバーはそのまま夕刻を過ぎ、夕飯の席に集まっていた。
「赤緒ー、晩御飯まだー?」
「もう少しですから待っててくださいよ……」
「待ち切れないー。ルイもそうでしょ?」
「……そうね」
メルJとさつきは隣り合わせに座ってお互いに目配せしている。
居間に夕食を持ってきた赤緒もエルニィと自然とアイコンタクトをしていた。
ルイは猫じゃらしを振ったまま、どこか所在なさげにしている。
「両ー! 晩御飯よ!」
南がパンパンと手を打ち、両兵を呼ぶ。屋根からにゅっと顔を出した両兵は南へと静かに問いかけていた。
「……大丈夫か?」
「多分……」
「それでは皆さん、ご飯にしましょうか」
五郎の号令で夕食にありつきかけて、あっ、と彼は思い出したように縁側へと向かっていた。
そこにあったのは件のご神体である。
アンヘルメンバー全員に緊張が走っていた。
今に夕食に箸を伸ばしかけていたエルニィでさえも固まっている。
五郎がご神体を持ち上げたその時――上部の欠片がぽろりと転げ落ちていた。
「おや、これは……」
五郎が皆まで言うまでに、その場に揃った全員が土下座する。
「その……っ、ごめんなさい! 五郎さん!」
「悪気はなかったんだよ! ホント!」
「まさかあんなことになるとは思ってなかったんだ! だから射撃は続けさせてくれ!」
「ごめんなさい! 私もああなるなんて思わなくって……!」
「……猫のせいだから。でも……謝っておく」
「ごめんなさい! 五郎さん! それ、両のせいだから!」
「オイ! 黄坂、てめぇ……。いや、本当に悪ぃ……。それ、オレのせい……って、うん? 何でてめぇら全員、土下座してやがる」
両兵は疑問符を挟んだことで、同じタイミングで土下座したアンヘルメンバーたちが面を上げる。
「あれ? 私と立花さんが壊しちゃったのが原因なんじゃ……」
「いや、私とさつきが射撃訓練を誤って……」
「……猫のせいだから」
「私が千鳥足でやっちゃったのが原因……のはずよね? 両」
全員が顔を見合わせて疑問点を払拭できないでいると、五郎は笑顔のまま凄味を利かせたオーラを放っていた。
その満面の笑みに隠された修羅のような気迫に全員が参ってしまう。
「……どうやら皆さんの話を全部、聞かないといけなさそうですね……」
「――なるほど。元はと言うと赤緒さんと立花さんが壊してしまって、それをヴァネットさんたちが、その次にルイさんが、さらにその次に小河原さんと南さんが……ということでしたか」
全員分の話を聞き終えた五郎は嘆息をついていた。
「……謝るべきだと思ったんですけれど、もしそのぉ……すごいお高いご神体ならその……賠償できないので……」
言葉に澱みのある赤緒へと、まず五郎は注意を飛ばす。
「そもそも赤緒さん。あなたは巫女なんですから、それをどうにかすべきでしたね?」
言葉もない。赤緒はしゅんと項垂れてしまう。
「それと。立花さん、縁側でサッカーは危ないのでやめてくださいね?」
「……反省してるよ、ボクだって」
「あとさつきさんにメルJさんも。射撃訓練は許可した場所でのみお願いします」
「……面目ない……」
「すいませんでした……」
「それとルイさんは……境内に猫を連れてくるのは当分禁止で」
「……仕方ないわね」
「あとは南さんに小河原さんですけれど……お昼からお酒は控えるように。それだけ言っておきます」
そこで五郎が区切るものだから、全員の視線が五郎へと注がれる。
「……えっと……それだけ?」
「はい? どういう意味ですか?」
「いや、だって赤緒がお高い奴なら損害賠償がどうとか……」
「それってご神体ですよね? だったら、壊しちゃうとまずいんじゃ……」
「ああ、これですか。これ、元々壊れていたところの補修を頼まれた品でして。縁側に置いていたのもそのためなんです。……それがまさか、こんなことになるなんて思いも寄りませんでしたけれど」
少し棘を含んだ五郎の言い草に全員が黙りこくってしまう。
「……ですがまぁ、皆さん反省されているようですし、今回だけは大目に見ましょうか」
「ほっ、本当ですか? 賠償金とか払わなくっても……?」
「ええ、大丈夫です。そもそも修繕のためには少しばかり手間がかかるものでしたので」
その一言で全員がホッと安堵の息をついていたが、直後の五郎の気づきに封殺される。
「――ですが。皆さんが誤魔化すためにやった行為そのものはいただけません。これは神社の神主としての言葉です。……やれ、接着剤やら、ガムテープやら、果ては猫の餌まで。反省してもらいますからね」
強くは言い返せず、アンヘルメンバーはもたらされる罰を素直に受け入れるしかなかった。
「――いいですか? 邪念を振り払って……心を清浄に保つのです」
すり足で背後を歩む五郎の歩調が柊神社の境内で居残る。
南と両兵含むアンヘルメンバーは、座禅を組まされていた。
もちろん、今回の罰である。
真っ直ぐ背筋を伸ばして座禅に集中しようとするエルニィだが、やはりと言うべきか、その集中が切れた点を狙って五郎はぴしゃりと肩をひっぱたく。
「痛っつー……! こんなの聞いてないよ……」
「座禅ってこんなにキツいのね……。日本の文化は侮れないわ……」
「うぅ……足がむずむずしてきた……」
「と言うか、これ意味あるのか? ……ただ単に辛い姿勢でじっとしているだけだが……」
すかさず五郎の板が飛ぶ。南とさつきとメルJがそれぞれ痛みに呻いて姿勢を正していた。
「……あのぉー、五郎さん? これ、今日はいつまで……」
赤緒の問いに五郎は満面の笑みで応える。
「もちろん、皆さんが限界になるまでです。さぁ、中盤戦に入りましょうか」
その言葉には赤緒だけではなく、アンヘルメンバー全員からの悲鳴が上がっていた。