『……しかし、こんな南米のど真ん中に一夜にしてシャトルの発射場が出来上がるなんて……。化け物ですか、奴らは』
「……それほどの技術、俺たち地上の人間の数十年は上を行っているということだ」
『……ヤバいですね、震えてきました。――フィリプス隊長』
その声を引き受け、《ナナツーウェイ》隊長機の上操主を務める男――フィリプスはゴーグルを上げていた。
既に電子戦に持ち込む構えだ。
愛機たるナナツーは後部バックパックに光学電子装備を施されているが、それもしかし、所詮は「1991年」の代物に過ぎない。
敵――キョムの前線基地は昨夜まで何もなかった荒れ野に、銀盤の発射場を構築するに値する。
「酷いもんだ。あいつらのリバウンド兵器のせいで草木の一本さえも生えない土地になったって言うのに、そこに上から蓋までされたって言うんじゃ、死んでいった奴らが浮かばれない」
『せめて墓くらいは築いてやりたいもんですよ』
続いた部下の通信にフィリプスは無線へと吹き込む。
「いいか? 90セコンド後に全ての電子兵装は《ナナツーウェイ》フラッグ機の擁する光学電子装備によって無効化される。相手も張っているのは《バーゴイル》くらいなもんのはず。《バーゴイル》の電脳を焼き切って、発射場に位置するパッケージを破壊。ミッション遂行後には散開して帰投、そこまでの作戦は頭に入っているな?」
『構いませんが……あれ、不気味に映りませんか……』
あれ、と部下が口にしたのは発射場で今にも垂直に点火されんとするシャトルであった。
積み荷のコンテナは恐らくECM対策だろう。光沢のある黒のコンテナを積載している。
「……シャンデリアにこれ以上持ち込ませるわけにはいかない。一機だって、地上から人機は逃さない」
フィリプスは固唾を呑んでから、愛機の火器管制システムを確かめさせる。
「大型滑空砲、それにショルダーミサイル、近接格闘武装、全てオールグリーン。……《バーゴイル》が十機出て来てもやり合えるだけの戦力だ。カナイマには感謝するしかない」
「しかし、隊長。我々レジスタンスの戦力だけで、本当に……」
尻すぼみになる下操主の部下にフィリプスは精一杯笑いかける。
「なに、俺たちが前を行かないでどうするんだ。それに今次作戦くらいはレジスタンスだけでも成功させないと示しがつかん。……いつまでも黒髪のヴァルキリーにおんぶに抱っこじゃあな」
「……敵陣に動きあり。《バーゴイル》編隊でしょうか?」
「いずれにせよ、来るのならば来い。光学電子装備発動準備! 《ナナツーウェイ》部隊はこれより、血塊炉の直列電動のみで稼働する。いつものように近代兵器の加護は受けられんからな。覚悟はしておけよ」
了解の復誦が一斉に返ると同時に、フィリプスは上操主席に深く腰掛け、《ナナツーウェイ》を前進させていた。
「……行くぞ、黒カラス共……。俺たちの一撃を……嘗めるなよ。光学電子戦闘――開始!」
それと同時に全ての無線がシャットアウトされる。
隊長機の装備した光学電子装備は《バーゴイル》の電脳でさえも浸蝕する代わりに、近代兵器頼みであったナナツーの強みさえも消し去ってしまう。
だが、とフィリプスは奥歯を噛み締めていた。
背骨から伝わる振動、血塊炉の鳴動に、《ナナツーウェイ》がじり、と大型滑空砲を向ける。
「目標まで、誤差想定内です!」
「よし……射撃開始!」
引き金を絞り、《ナナツーウェイ》部隊の統率された弾道が発射台へと殺到する。
しかし、第一射を弾き飛ばしたのは、人機でさえもない。
張り巡らされた力場が淡い光を宿して稼働し、実体弾を跳ね返していく。
「……やはり、Rフィールドの一枚や二枚はあったか」
「ですが、次の構築までにはタイムラグがあります……! その隙、僅か十数秒……」
下操主の部下が息を呑む。
分かっている。
相手にとってR兵装による防衛など、さほどの意味を持たない。こちらでは血塊炉直結のリバウンド装備を造るのに何年も擁するのに、キョムの技術は遥か先を行く。
「……第一波、来るぞ! 《バーゴイル》編隊を確認!」
《バーゴイル》が地の底から呼び寄せられたかのように浮かび上がっていく。
しかし、それを想定しての電子兵装だ。
《バーゴイル》が一定高度に達すると、頭部の電脳が爆ぜ、機体が横滑りしていく。
「ここはもう……俺たちの領域だ! 黒カラス共に好きにはさせん!」
フラッグ機たるフィリプスのナナツーが発射場へと駆け抜ける。
ブーストを持たないナナツーでは一気呵成とは行かないものの、それでも一個小隊だ。
管制系統に乱れが生じた《バーゴイル》の網を抜け、ようやく、と言った具合に自機が発射台の射程まで潜り込む。
銀盤の地上基地にはモリビト相当と思しきリバウンド発生装置が無数に屹立しているが、内側に入ってしまえば、リバウンドフォールによる防衛網は意味を成さない。
「……一気に、決める!」
シャトルへと射線を合わせ、フィリプスは照準補正ゴーグルをかけて精密狙撃モードに入る。
チャンスはそう何度もない。
あって二度か、なければ一度も。
奥歯を強く噛み締めて、フィリプスはトリガーにかけた指を震えさせる。
汗でぬめらないようにグローブをつけていても、それでも武者震いとでも言うべきか最終判断は操主に一任される以上、人機の力ばかりを頼ってもいられない。
今にも歯の音が合わなくなりそうな緊迫感を味わいつつ、フィリプスは《ナナツーウェイ》に握らせた大口径滑空砲を、発射させていた。
着弾、と爆ぜた砲弾の輝きを目にして確信した、その直後である。
『……おい、ブラザー。そいつは通らないってヤツだ』
不意に電子回線に割り込んできた声を認識する前に、砲撃網を防御し切った影を視認する。
それはまるで首のない、大熊のようなシルエットの人機であった。
灰色のカラーリングが施され、ロールアウト前の人機であるのが窺えるが、型番らしきものはどこにも刻まれていない。
「……顔のない人機……」
「南米戦線の……話に聞く《ポーンズ》か?」
南米の前線部隊はキョムの発展機たる《ポーンズ》と呼ばれる人機と戦闘を幾度か繰り広げているのだと言う報告を受けている。
曰く、飛べずまともにも動けない代わりに機体そのものにRフィールド装甲を施された人機であるとか。
だが、眼前の人機は滑空程度でありながら飛翔している。
静かに着地した熊の威容の人機は、その脚部が大地を踏み締めると同時に、めきり、と銀盤に亀裂を走らせる。
それそのものが、相応の重量を誇っているのだと推測された。
「……何者だ、あの人機……」
『何者だ、とはないんじゃないか? ブラザー。こちとら仕事で来ているものでね』
「……光学電子装備は生きているはず。何で通信に割り込んで……」
『そっちとは、使っている通信の質がまるで違うようだなぁ。何世代前だい? そのナナツー、骨董品レベルじゃないか。博物館に飾るのがお似合いだぜ? クリスマスツリーの飾りつけをしてよぉ!』
ずずん、と地面を沈み込ませながら敵人機がホバリングして前進する。
その想定外の速度にフィリプス機はうろたえていた。
だが歴戦を経た操主の習い性か、即座に大型滑空砲を捨て、近接武装へと切り替える。
くの字ブレードと敵人機の拳がぶつかり合い、リバウンド兵装の青い焔が灯ってスパーク光を散らせていた。
「……相手方! リバウンドを拳に纏わせて……ッ! まるで例の……一号機みたいに!」
「……そんなはずはあるまい。一号機は破壊された! 他ならぬ、黒髪のヴァルキリーによって!」
『じゃあ、その悪夢を味わうんだな。キョムの技術者はいい人機を造ってくれたぜ?』
その拳が開かれ、直後にはこちらのブレードを押し返すエネルギーの球体が練られていた。
見紛うはずがない。
その性能に瞠目する。
「……リバウンドプレッシャー……だと」
『正解! 天国で懺悔しな! 俺の人機、この《ストライカーエギル》に楯突いたことを!』
膨れ上がった熱量にフィリプスは終わりを予見して瞼を固く瞑った、その時である。
「……接近警報……? この速度は!」
下操主の部下の声が弾けた瞬間、《ストライカーエギル》へと爆撃の熱波が襲いかかる。
リバウンドプレッシャーが霧散し、敵機の離れたその一瞬の隙を逃さず、後退していた。
「……今の爆撃は……《マサムネ》の……来てくれたのか、広世!」
「暗号通信です! 周波数、合わせます!」
『……ちら、……世。こちら、広世! フィリプス隊長、応答を!』
「こちらフィリプス! ……何で、カナイマには言わずに来たんだぞ……」
『そういうのが水臭いんだってば。……あれが、敵の本懐ってわけか』
「ああ、シャトルの積み荷を破壊しなければならない。だが……この人機が……!」
『引き付け、任せる。俺は……! この《マサムネ》で!』
きりもみながら急上昇した高速戦闘機が直後にばらけるように可変し、人型の威容を取る。
それこそが《マサムネ》――可変人機であり、広世の愛機であった。
《マサムネ》は全身にハリネズミが如く武装を施されている。プランだけ聞かされていたガンツウェポンとやらだろう。背部からせり出した長距離支援の砲台を肩に、《マサムネ》が一斉掃射をシャトルへと向けていた。
『これで……墜ちろ――っ!』
『させないぜ! その人機ぃっ!』
Rフィールドを張って上昇しようとした《ストライカーエギル》へと、《ナナツーウェイ》が縋り付く。
『こ、こいつ……!』
「悪いが……我々の希望を、やらせはしない!」
僅かに上昇速度が劣った敵機は護衛対象たるシャトルに迫ったミサイル群を叩き落とすこと叶わず、シャトルと発射場が爆発の光輪に包まれていた。
黒い棺のようなコンテナから火の手が上がり、銀盤の地平は一瞬で地獄と化す。業火の舞う戦場で、赤い光を照り受けた敵機から因縁の声が漏れ聞こえていた。
『……ブラザー。大変なことをしてくれたじゃないか。キョムとの盟約だったのによ。こいつを守れば、俺にこの力を預けてくれるってな』
「それはお互いにとっては災難だったな。ここでその人機を晒し、あまつさえ我々に包囲されている」
光学電子装備の残り時間は一分ほど。
しかし《バーゴイル》が使い物にならない以上、敵機は孤立したも同然だ。
「……投降しろ。それならば撃墜はしない」
後続のナナツーのアサルトライフルの照準がコックピットへと向けられている。通常の神経ならば、ここからの逆転など考えないはずだ。
『……そうだな、ブラザー。やっぱり、あんたら、分かってねぇよ』
「何がだ。言っておくが、広世の《マサムネ》は健在、我々を一掃するつもりでも逃げ切れんぞ」
『その見積もりの甘さが――命取りになる!』
ギュン、と前面を向くばかりであった《ストライカーエギル》の単眼が瞬時に上空を睨み、機体から掃射された誘導ミサイルが直上に位置していた広世の《マサムネ》を狙う。
『な――ッ! 予備動作なしで、かよ……。隊長、このミサイルを振り切るまで、持って――』
『果たして持つかな。骨董品のナナツー部隊が』
瞬間的に再び地上のナナツー部隊を見据えた敵の視野に、うろたえ気味の火線を浴びせかける前に、その掌より速射された実体弾が部下のナナツーの足を削いでいく。
無様に銀盤の大地に膝を折ったナナツーを一機、また一機と敵人機の奔った爪が屠っていった。
「近接武装にリバウンドの隠し爪か! こいつ……!」
『動くな!』
腰にマウントしたライフルが敵機のコックピットを狙いつける前に、相手方のマニピュレーターより伸びた爪が眼前で輝く。
リバウンドの熱波を誇る武装だ。
少しでも動けばナナツーのキャノピーなど融解するであろう。
「……ぐ……っ」