それは確かにその通りかもしれない。だがしかし、今のさつきは少しだけ昂揚していた。
――普段とは違う街並み。夜にしか覗けない、大人の世界。
それに情景を抱いていないと言えば嘘になる。
「……今は、そうかもしれませんけれど、でもいつかは……。ヴァネットさんたちと一緒に来られれば理想かも知れませんね。あっ、もちろん、お酒が飲める歳になってからですけれど……」
「なに、そう卑屈になることもあるまい。いつだって誘ってやろう」
言って互いに笑い合う。何だか心の距離が縮まったような気がして、さつきは眠れない夜に少しだけ感謝していた。
「あいよー、お待ち!」
それぞれの前にラーメンが運ばれてくる。
あまりに強いカロリーの暴力であったが、今はこういうのもいいかも、と思えてくる。
それはきっと、夜の見せる魔力の一つなのだろう。
いつもならラーメンは控えるのだが、今ばっかりは、これもいい傾向だと思えていた。
「いただきます」
割り箸を割って、ラーメンを啜る。
――どうしてなのだろう。
いつも赤緒や五郎と作る食事よりもやや粗野なのは否めないのだが、この夜には打ってつけの食事のような気がしていた。
「……私、今日は起きていてよかったかも」
「そうか。それなら私もここを紹介した甲斐がある」
「……おいしい」
呟くルイにさつきは微笑ましいものを感じる。
こうして夜半に出歩くのは、きっとまだまだ早いに違いない。
だが、たまには背伸びしたっていいではないか。
その積み重ねがきっと、大人になるということなのだろう。
食べ終わって、メルJが、では、とこちらへと促していた。
意味が分からず、さつきは首を傾げる。
「では、って……?」
「金はお前が払ってくれるのだろう? そういうものだと思っていたが」
思わぬ言葉振りにさつきは困惑してしまう。
「えっ? だってヴァネットさん……お金持って……」
「日本円はほとんど持ち合わせていない」
想定外の事実にルイへと目を振り向けるが、彼女はどうやら少しだけ眠気が勝っているらしい。
欠伸を噛み殺して首を横に振る。
「……そ、そんなぁ……」
結局さつきは、まだまだ早い夜の戸口で、自腹だけを切る形になってしまった。
「あれ? ヴァネットさんに、ルイさんに……さつきちゃんも? 何だか珍しい組み合わせ……」
起き掛けに縁側で掛け布団一つで寝入っている三人を見つけ、赤緒は欠伸を噛み殺していると、エルニィが降りてきていた。
「おはよー、赤緒……って何、そのおでこ。に、肉って……赤緒ってば、あほづらー!」
大笑いするエルニィに赤緒はむっとして、エルニィの額に書かれた文字を指摘する。
「た、立花さんだって書いてあるじゃないですか。……もしかして、立花さんのイタズラですか?」
「……んー、自分のおでこにまで書くわけないじゃん。あれー……でも書いてある。寝ぼけて書いちゃったかな……」
「もうっ、しっかりしてくださいよ」
「ごめんごめん。……あれ? 珍しいね。さつきがあの二人と一緒に寝ているなんて」
「そうなんですけれど……何ででしょう。ちょっと幸せそうに……見えちゃうんですよね」
小首を傾げていると、エルニィが促していた。
「ま、今日ばっかりは寝かせてあげよっか。いつも頑張っているもんね、さつきも、あの二人も」
「……ですね。早速朝ご飯の準備をしますから、ひとまず……」
起こさないように、と唇の前で指を立ててから、エルニィと分かれて台所に向かっていた。
「おや、赤緒さん。お茶うけのせんべいがないのですが……」
困り顔の五郎に赤緒は戸惑う。
「あれー? 隠しておいたはずなのに……」
「……まぁ、いいでしょう。さつきさんは……」
赤緒はしっと指を立てていた。
「何だかちょっと……素敵な夢を見ているようなので、起こさないようにしておきました」
それがどんな夢なのか、自分には窺いようもないが、きっと――幸福な夢に、違いないから。