JINKI 122 思い出はポケットサイズで

「ああ、これ? 子供の頃に流行ったヒーロー物のソフビ人形なんだ。よくできているから仕事場に持ってきていたんだけれど、いつの間にかなくしちゃって……。こういう機会じゃないと、なかなか自分の手荷物って探さないからね」

「そう言えば……今日はみんな、何だかちょっと忙しそう……」

 整備班を見渡すと、皆、大仰な荷物を運び入れている。中にはフォークリフトを使って自室のデスクを外に出している者も見受けられた。

「……ああ、そっか。青葉さんは初めてだっけ? 今日は一年に一回の大掃除の日なんだ」

 川本が段ボール詰めの手荷物を持って来るなり、うーんと身体を伸ばす。青葉は大掃除、と口中に繰り返す。

「あれ? でも今日ってもう……年越していますよね?」

「あ、うん……。まぁここいら最近まで古代人機相手に連戦続きだったし、できる時にやっておこうってね。整備格納庫の掃除もするから、操主は部屋に戻ってもらえると助かる。その間にぱぱっとしておくから」

「そんな! 私もやります! だって操主だもん」

「やめたほうがいいぜ? 操主の仕事をいっつもこなしてンだ。たまにゃ休んだってバチは当たんねぇよ」

 後ろから言葉を投げた両兵に青葉はむっと言い返す。

「……り、両兵は整備班のみんなにありがたみとか感じてないの?」

「全然」

 即答である。その薄情さにはさすがに呆れてしまった。

「……知らない! 両兵ってば、恩知らず」

「な――っ! 恩知らずとは何だ、恩知らずとは! 大体、操主としても半端なヤツが格納庫の掃除なんてできんのかよ。大方ヒンシたちの邪魔ばっかりして終わりだろ」

 その失礼な言い回しに青葉もいきり立って反発してしまう。

「わ、私だって役に立ちたいもん! ……両兵と違って」

「……そうかよ。ならせいぜい、整備班と仲良しこよしすっこったな。オレは出撃したからな、寝る」

 片手を上げて宿舎のほうへと去ってしまう両兵に、青葉は思いっ切り舌を出していた。

「……べーっだ! 両兵は子供なんだから」

「まぁまぁ。……正直、両兵が大掃除に参加しないのは今に始まった話でもないし、それに両兵の言っていることも間違っていないからね。操主の仕事じゃないって言うのは」

「で、でも私……! モリビトのために、何かやりたいんです!」

 こちらの懇願に川本は少しだけ腕を組んで呻ってから、よし、と手を打つ。

「じゃあ、えっと……青葉さんって得意なことあったよね? 探し物とか」

「あ、はい! 探し物は得意で……」

「だったら、それを手伝ってもらおうかな。グレン、古屋谷ー、確かこの一年間で結構物をなくしたよね?」

 その問いかけにグレンが反応する。彼もまた大きな段ボールを抱えていた。

「ええ、まぁ。そうでなくとも整備格納庫ではよく物がなくなるんですよ。個人の管理問題ってのもあるんですが」

「せっかくだし、掃除の最中に青葉さんにも探してもらわない? 結構大事なものがなくなったって言う人もいるし」

「ああ、それはいいかもしれない。僕らじゃないと格納庫の掃除は難しいけれど、青葉さんの得意なことを活かせるんなら」

 古屋谷の納得に青葉は頷く。

「はい! 私にできること、精一杯やらせてください!」

「どうした、両兵? 大掃除の時期だろう? お前も部屋を少しは掃除したらどうだ?」

 食堂で不貞腐れていたせいか、こちらを認めた現太の言葉に両兵はふんと鼻を鳴らす。

「ああいうのは好きなヤツだけでやらせりゃいいんだよ。……第一、オレの部屋ってそんな汚かねぇぞ?」

「そうか? 色々物が散乱しているだろう? この機会に少しばかり小奇麗にするのもいいかもしれないぞ?」

「ケッ、冗談。あれは片付いてんだよ。それくらいは分かってくれよ、オヤジ」

「あら、両。そうだとは言えないんじゃない? あんたもちょっとは清掃ってもんを心得なさいよ」

 現太の荷物の一部である段ボールを引き受けた南の声に、両兵はげんなりする。

「黄坂……てめぇはいいよなぁ。どんだけ汚くしていても所詮は回収部隊ヘブンズだって息巻いてりゃ、うるさく言われずに済むんだからよ」

「何よぅ。あんたこそ、こんなところで不貞腐れていないで、とっとと整備班の手伝いにでも戻れば? 別に要らない手ってわけでもないでしょうに」

 それでもむつかしい顔をして決断を渋っていると、そっか、と南が手を打って納得していた。

「そういや、あんた……片付けが大の苦手だったわね」

 にやにやと締まりのない笑みを浮かべる南に両兵は突っかかる。

「うっせぇよ。余計なお世話だ。大体、オヤジだって片付け得意じゃねぇから、黄坂に頼ってんだろ?」

「まぁ、それはあるかな。私もこれで不器用だからね。南君の観点は助かる」

「現太さん……! ええ、だって花嫁候補ですもの! できて当然です!」

「……言ってろ、馬鹿らしい。にしたって、今年はえらく本格的じゃねぇの。普段はそこまで気ぃ入れねぇだろ」

 格納庫から今しがた《モリビト2号》が運び出されていくのを窓から眼に留めた両兵に、現太は首肯する。

「日々、古代人機との戦いは激化しているからね。できる時にやる、というのは一番なんだろう。それに……今年からは青葉君とルイ君も居る。若い力が頑張っているんだ。みんな、頑張らないわけにもいかないだろうさ」

 その言葉に両兵は南に後続するルイへと目線を流していた。ルイは目が合うとぷいっと視線を逸らしてしまう。

「……南、とっとと行こう。段ボール重いし」

「何よ、ルイ。さっきまで要らない手だって言っていたくせに。あ、ははーん」

 どこか得心した様子の南の眼差しにルイはむすっとする。

「……何よ。だらしない顔して」

「いやいやー。ルイもそっかー、隅に置けないわねー」

「……南、うるさい。もう手伝わないから」

「あー、はいはい。反抗期真っ盛りのお子ちゃまはこれだから。……って、こっちにも反抗期真っ盛りが居るんだったわ。両、モリビトの清掃も兼ねてんでしょ? 手伝いなさいよ」

「やなこって。てめぇらで勝手にどんだけでも掃除してろ。それに人手がありゃいいってもんでもねぇだろ」

「……だが、掃除の後のみんなの夕食は格別だろう? それのために頑張ってもいいんじゃないのか?」

「掃除したってしなくなってうめぇメシはうめぇし、まじぃメシはまじぃだろ。そういうもんさ」

「ふぅむ……少しひねているのが問題だな」

「いいんですよ、現太さん。両には分かりっこないんですから。私たちはお部屋の掃除をお手伝いしますね! ほら、来なさいよ、ルイ」

 腕捲りした南にルイは段ボールを抱えてそっぽを向く。

「……勝手にやる気出してるのが馬鹿みたい」

 それでも南の後に続くルイを見届けてから、現太はこちらへと言葉を投げていた。

「……青葉君は手伝っているんだろう?」

「あいつにゃ、お似合いだよ。操主としてもまだ半端だ。整備班の手伝いくれぇやってもらわないと困る」

「だが、両兵。お前だって操主だ。なら、別にやったって損はないんじゃないか?」

 間違いではない。しかし、掃除をしていい思い出があったことなど、生まれてこの方ないのだ。

「……オヤジ。何で昔っから、大掃除とかしねぇんだ? オレが物心ついた時からずっとだろ?」

「それは私もそういう性分なんだよ、単純に苦手なんだ」

「じゃあ何で……! ああ、やっぱいい」

「何だ。言いかけたんなら言えばいいだろう」

「……いいんだよ。どうせマトモな返答が来るなんて期待してねぇから」

「だが声を荒らげるに足る理由なら言えばいいじゃないか」

「……いや、やっぱいい。忘れてくれ。ちょっと気にかかっただけだからよ」

「そうか。ならば忘れよう。私も南君たちを手伝わないとね。彼女たちばかりにやらせるのはさすがにまずいだろうし」

 現太が歩み去ってから、両兵は静かに呟いていた。

「……何で、オヤジの部屋には……オフクロの顔写真一つだってねぇんだって……言いそびれちまったな。別に気にしてるわけじゃねぇんだが……大掃除ってなると思い出しちまう……」

「えーっと……そこの八番コンテナの下! そこにあります!」

 古屋谷が目を凝らすと、確かにコンテナの下にモデルガンが潜り込んでいた。

「おおっ! オレのモデルガン! ここにあったのか」

 ジョーイと名乗った整備班の一人が古屋谷の手から引っ手繰って頬ずりする。それを川本は少し笑って遠巻きに眺めていた。

「それほど大事なんだったらなくさないでよ、ジョーイ……。にしたってすごいや。本当に青葉さんには探し物が分かるんだね」

「あ、えっと……そこまで言われちゃうと照れちゃうかも……。こんなの、何でもない特技ですから!」

「いやいや、でも百発百中ってのはすごいなぁ。何でも見つけられちゃうのかな?」

「えーっと……多分なんでも。おばあちゃんが、よく物をなくした時には青葉に頼むのが一番いいわねって言ってくれていたから……」

 頬を掻いた自分に整備班が慮る空気を湛えたその時であった。

「――そうね、本当に。あんたは前からそういうのだけは一人前」

 不意に振りかけられた声に青葉は硬直する。格納庫の上層から静花がこっちを認めてくすくすと笑っていた。

「……静花さん」

「あっ、静花さんも大掃除ですか?」

「まぁね。書類仕事ばっかりしていたから、ちょっとだけ息抜き」

 タラップを降りてくるその姿に青葉は敵意の眼差しを向ける。それを感じ取ったのか、静花は悪戯な笑みを浮かべていた。

「何? さっきまだあんなに楽しそうだったのに、もう気に入らない?」

「……あなたにとやかく言われることじゃない」

 一触即発の空気に川本が慌てて割って入る。

「し、静花さん。今は整備班のその……ちょっとしたおふざけみたいなものですから。青葉さんの力をちょっと借りていただけで……」

「ふぅん、そう。ま、いいんじゃないの。操主はたくさん居て困るってことはないものね」

 そう言い置いて静花は庭先へと出ていく。ずっと睨んでいたせいだろう。川本が声を和らげる。

「……大丈夫、もう行ったよ」

「……あっ、ごめんなさい! 皆さんに気を遣わせちゃって……」

「いや、いいんだ。ちょっとおふざけが過ぎたのも事実だし……。でも、あんな風な空気を湛えて、挑発しなくたって……」

 川本にも一家言あるようだったが、ここでの責任者は静花だ。多くは語れないのだろう。

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