「……別にいいじゃない。この子たちの親なわけじゃないでしょうに」
「いーや! ボクはこの子たちの背中を黙って見ていられるもんか! 君たち! 安心しなって。ボクが買ってあげるから! 柊神社に遊びに来たら、プレイさせてあげるよ!」
「……うっそだぁー。姉ちゃんたち、どうせ中学生とかだろ? 五十万円なんて稼げるもんか」
「そこんところは任せて! ……ルイ。ボクは四十万ちょっとならある。残り十万、もうちょっとじゃんか! なら、買っちゃえばいいんだよ!」
「それは分かるけれど、南ってケチだから十万でも出させてもらえないと思うわ。アンヘルの口座に不明な出金があると、目聡いからすぐバレちゃうわよ」
「んー……なら、嘘を真にしようか」
「……嘘を真に?」
「そっ。まぁまぁ! ここ三日くらい、遊んでたんだからさ! 仕事仕事と勤しもうじゃない!」
肩を叩くとルイは明らかに嫌悪の表情を浮かべてげんなりする。
「……仕事? ……分数の割り算の次に嫌いなものだわ」
「そう言いつつも、南米じゃ南と一緒に回収部隊やってたんでしょ? 大丈夫だって! それよりも過酷ってことはないからさ!」
ルイを説得している自分を見て、子供たちが何やら察したらしい。
「姉ちゃんたち、何か特別な仕事に就いてるの?」
「そうそう! 何てったってボクら、この東京を守ってるんだからね!」
「うっそばーっか。そんなわけないじゃんか」
「嘘じゃないよ? そうだなぁ……なら、指切り! このカセットを買ってから、君たちに証拠を見せてあげる!」
子供たち一人一人と指切りしていく自分にルイは躊躇を向ける。
「大丈夫なの? ……このカセットを買う前提だけれど」
「いーんだってば! ちょっとくらいビッグマウスなほうが大物になれるし! それより、仕事仕事! ルイ、当てはあるんだから安心してよね!」
「……不安ね……」
「――て、手伝いですか……立花博士の手伝いはしかし……我々自衛隊では……」
困惑気味に顔を合わせる自衛隊員にエルニィは取り成す。
「あー、違ってさ。ボクの手伝いをして欲しいんじゃなくって、ボクらが手伝いをするの。そう! これはアルバイトなんだ!」
「あ、アルバイトですか……ですが、我々の手伝いなんて……」
なぁ、と当惑を浮かべる自衛隊員たちにまぁまぁ、とエルニィは声にする。
「肉体労働、頭脳労働何でもござれ! ……あとちょっとだけ正直に言っちゃうと、お高い仕事がいいなぁ。例えば何か困ってない? 一件一万円から請け負うよ」
かなり高額なやり口だが、これくらいズルくなければあのカセットを一両日中に手に入れることなど不可能だろう。
ウインクした自分にルイは呆れ返る。
「……やれることはやるわ」
「そ、そう言われましても……ああ、そうだ。この間、クラッシュしたナナツーがあったな?」
「あ、ええ。でもあれ……直してもらうんですか?」
「なになにー? 何でもやるよー? 壊れた人機となればボクの出番だ!」
「じゃあ、その、お願いできますかねぇ。あれなんですけれど……」
自衛隊員がやり辛そうに裏手に回り、そこで横倒しになっている《ナナツーウェイ》を申し訳なさそうに見せる。
思わぬ状態にエルニィは声を張っていた。
「えーっ! 何コレ! 直してくれって……ほぼジャンクじゃん!」
「いやはや、申し訳ない……。試運転中にどこかがいかれたらしく……その後我々の知識でこっちまで持ってきたんですが……」
「待ってこれ……。あー、やっぱり! モーターが完全に飛んじゃってるよ……。これは造り直しだ。……君たち、大変なものを隠してくれちゃってたね……」
こちらの睨む目線に自衛隊員がめいめいに視線を逸らす。
「いやはや……面目ない……」
《ナナツーウェイ》のキャノピー型コックピットも見事に割れてしまっている。
ほぼほぼガラクタ同然だが、大口を叩いて引き受けてしまった手前、直せないで済む話でもない。
「……で、どうするの、これ。直すんでしょう?」
「……本来ならこんなの、直すより一回バラして造り替えたほうが早いけれど……はぁー、やるって言った手前だし、しょうがない。やろうか、ルイ」
その言葉に逃げ出そうとしたルイの襟首をむんずと掴む。
「……私までやるとは言ってない」
「二人でアルバイトでしょー? ま、不幸中の幸いだとすればルイには人機のノウハウの一つや二つはあるってことかな。これが赤緒とかならお手上げだけれど、回収部隊の経験があるでしょ? 物理的欠損と……あーあ、ハードウェアも無茶苦茶だよ、これ……。こりゃ組み直しに時間がかかりそう……」
「……直せないならやめたほうがいいんじゃないの?」
「いーや! やる! やるって言っておいてやらないのはメカニック道にもとるってもんだし……ルイ! 工具を出して。何とか立ち上がれるレベルにまで直してみせる!」
「……何でこんな目に……」
コックピット周りのモニターを分解する過程で機械油が飛び散る。エルニィは蒸した人機のコックピットの中で作業を続行していた。
「……ルイ。六番のレンチ」
「……こんなことするなら、あんなゲーム諦めて他のを買えばいいのに……」
「駄目だってば! 子供たちの夢を壊しちゃう!」
「……元々壊しているようなもんだけれど」
エルニィはタオルで鉢巻きを巻いてコックピットの修繕に専念する。
「……えっと、ここの回路が切れているわけだから……ならここを繋いで……そんでもって……ルイー! 半田ごて貸して。手動で回路を接続して無理やりでも叩き起こす。そうすれば文句ないでしょ」
「……馬鹿みたい。疲れるだけじゃない」
「それでもやるの。何てったって、こんだけの作業量なんだからねー。こりゃ、お釣りが来るかもよ?」
ひっひっひっ、と邪悪に微笑む自分に対して、ルイはため息をついていた。
「自称天才……あんた、考えがよこしまよ」
「それはルイだって言えないでしょ? あわよくば、みたいな臨時収入、期待してるんじゃないの?」
「……本当、食えない奴」
「そりゃどうも……っと!」
テーブルモニターが復活し、人機の駆動系を管轄するメインスクリーンが次々と浮かび上がってくる。
「……よっし! これで最短ルート! ルイー、上操主に入って。このまま《ナナツーウェイ》を起こすから」
「……了解。何で私が……」
ぶつくさ文句を言いながら上操主席についたルイが《ナナツーウェイ》をゆっくりと引き起こしていく。
その光景に自衛隊から驚愕の声が上がった。
「き、起動した……」
「どうだい! 見たか! これが天才の実力――!」
そこまで言ったところで、不意に《ナナツーウェイ》が膝をついたせいでエルニィは舌を噛み切りそうになってしまう。
「る、ルイってば! 死ぬとこじゃん……」
「こんなオンボロ人機……立て直しているだけでもやっとよ」
それでも何とか体裁を整えて、《ナナツーウェイ》を膝立ちさせる。
エルニィは汗を拭ってコックピットから降りていた。ルイも同様にである。
「じゃ、直したには直したし、報酬貰えるかな?」
期待に胸を膨らませていたエルニィの手へと、自衛隊員から一万円が差し出される。
「えっ……これだけ……?」
思わぬ事態に戸惑っていると、相手もまごつく。
「え……だって……一件一万円って……」
しまった、とエルニィは額に手をやる。ルイは一万円札をゆらゆらと揺らしていた。
「……あんた、馬鹿なのか天才なのかどっちなのよ」
「あのー、問題ありましたか?」
「問題大アリ。もっと報酬を――」
「待っーて! ルイ! ……さすがに最初に言った手前、これ以上は自衛隊から搾り出せないよ」
「……変なところでプライドがあるのね」
「……しょーがない」
「諦めるの?」
「いんや。次だ!」
エルニィは鉢巻きを絞り直し、次の当てを探す。