JINKI 125 模造師は嗤う

 呼気一閃で滑空砲を振るって距離を稼ごうとするも、《CO・シャパール》はいとも容易くモリビトの射程に潜り込む。

 マニピュレーターがブレードへと武器を持ち替えるまでの一挙動の隙を突き、《CO・シャパール》の一閃がモリビトの胸元を叩いていた。

 衝撃に赤緒は後退機動をかけさせてから、モリビトの胸元に穴ひとつ空いていないことを確認する。

「……峰打ちで」

「野郎……舐めやがって! どういうつもりだ! 八将陣! てめぇら、プラモ工場を叩くくれぇ暇なのかよ!」

『……あなたがアンヘルのリーダーね。赤緒は言わなかったけれど今の感じで分かるわ。誤解しないで欲しいのは、プラモ工場を叩くなんてつもりはないの。これはそうね……内偵の役割を帯びた、ある意味じゃ行き違いとでも言っておこうかしら』

「ジュリ先生! 先生なら、分かるはずですよね……っ。プラモ工場には、今も人が居るはずだって! なら……!」

「おい、柊。八将陣がこっちの言い分聞くわきゃねぇ」

 それでも、信じたかったのは間違いではない。

 ジュリは一拍の沈黙を置いた後に、仕方ないように嘆息をつく。

『……相変わらずお人好しねぇ、赤緒ってば。でもま、そこがあんたのいいところなんだけれどさ。言っておくけれど、あれ、あんたが思っているようなプラモ工場じゃないかもよ? それこそ……お天道様に顔向けできないような、そういう連中の溜まり場かもね』

「どういう……」

 その言葉の真偽を確かめる前に熱源警告がコックピットに劈く。

 両兵が咄嗟に《モリビト2号》の身をかわさせたが、プラモ工場の方角より発せられたのは紛れもない――。

「プレッシャー兵器……? どういう……」

『来たわね』

 工場の格納庫より這い出てきたのは《バーゴイル》であった。だが、その頭部形状が微妙に異なっている。

「……頭だけ、モリビト……?」

『ニコイチ型の《バーゴイル》ってわけよ。機体形状は鹵獲した南米の流れ物ってところかしら。頭が挿げ替えられているのは責任の所在を隠すため。なんてことはない、汚い大人の、世渡りのやり口ね』

 モリビトの頭だが、よくよく目を凝らせば《バーゴイル》そのもののデザインも違う。

「……トウジャみたいな脚に、ナナツーの腕……小河原さん! あの人機……!」

「ああ、ひでぇもんだ。まるでパッチワークだな。人機一機でも流すのには足がつく。ばらして組み立てて、そんで再利用ってか。随分と便利なこって」

『感心している時間はなさそうよ? プレッシャーガンを持っているのなら、それなりに短期決戦で来るわ』

 言い切るが早いか、ジュリの《CO・シャパール》が滑走し、マシンガンで武装したパッチワークの人機へと下段からの突き上げる一閃を浴びせかける。

 姿勢を崩した相手へととどめの一撃として腹腔に刃を突き立てていた。

 その機を逃さずプレッシャーガンが《CO・シャパール》へと照準されるが、真紅の機体は身を翻し今しがた倒した人機を盾にしてプレッシャー兵器の光芒を遮る。

 青い血潮を散らす人機が砕け散るのと、《CO・シャパール》の機体が黄金に輝いて空間に溶けるのは同時であった。

「……ファントムか。自在に操りやがる……」

 両兵でさえも感嘆する手際で、《CO・シャパール》が次々と敵の骸と打ち立てていく。

 最後の防衛の人機の首筋を掻っ切ると、青い血飛沫が舞い上がっていた。

 不明人機がうろたえてたたらを踏んだところで、《CO・シャパール》は迷いなく心臓部へと腕と一体化した剣先で貫く。

『どう? 赤緒。私も結構やるでしょ?』

 呼吸一つ乱さないジュリの操縦技術に舌を巻いていた赤緒は両兵の声で我に返る。

「……おい、柊。妙だ。工場から人っ子一人出てこねぇ」

「あれ……? 何で……?」

『教えてあげてもいいけれど、人機が邪魔ねぇ』

 その言葉に即座に返答するかのように両兵は下操主席から立ち上がる。

「……小河原さん?」

「……この眼で確かめろってこった。行くぜ、柊。それとも、モリビトの中で待ってるか?」

「い、いえっ! 一緒に行きますっ!」

「……なら、アルファ―の一個くれぇは持っとけ。黄坂、通信傍受してんだろ。そのままアクティブにしといてくれ。何が起こるか分からん」

『……了解したわ』

 二人して煤けた風の吹き抜ける戦闘地帯へと降り立つ。

 ブルブラッド特有の臭気が鼻をつく中で、ジュリも愛機より降りてこちらを目にしていた。

「あら? 思ったよりも頼り甲斐のある顔してるのね、アンヘルのリーダーさん」

「そっちこそ。その軽装であんな機動の人機乗りたぁ、馬鹿か頭がイッちまってるかのどっちかだな」

 互いに鋭い舌鋒で譲らない二人に赤緒が困惑していると、二人は示し合せたように工場の一つへと入っていく。

「あれ……真っ暗……」

「稼働中の工場のそれじゃ、ねぇな」

「そうね。でも動いている音だけは聞こえる。明かりのジャミングは……これね」

 ジュリが手元の端末を弄ると重々しい照明の音と共に露わになったのは――。

「何ですか、これ……。モリビト……?」

 壁面に磔にされているのは、装甲を剥ぎ取ったモリビトタイプのそれに映った。しかし異様なのはそれだけではない。

「人間が居ねぇ。気配もねぇ。……いや、最初から必要ないってことか」

 どこか得心した様子の両兵にジュリは笑みを返す。

「さすがね」

「えっと……どういう……」

「全自動の工場だったってこった。……なるほど、人間が解析するのには、確かに人機の技術は一手も二手も先を行ってる。だが機械的な学習と反復だけなら、難しくはないってことか」

「その技術の反復こそが目的の工場。プラモデルは副次的な産物に過ぎない。いずれはあの《モリビト2号》の精巧な模造品と同じように、コピーを生み出すためだけの造形工場だった……ってわけね」

「でも、何のために……?」

 こちらの質問にどこかジュリは憐憫を含んだ瞳を向けていた。

「……本当に知らないのね、赤緒。……いいえ、何でもない。とにかく、こんな調子で変な勢力を作られたんじゃ、キョムも胸中穏やかじゃないわ」

「それはこっちもだろ。アンヘルだって看過はできねぇよ。……自動機械の人機生産工場か。厄介には違いねぇ」

 どうするのか。

 当惑する赤緒を他所に両兵とジュリは既に答えを決めているかのようであった。

「……本当に、あれでよかったんでしょうか……」

 新聞を飾るのは「キョムの攻撃か?」という見出しと共にあの自動工場から黒煙が上がる広域写真であった。

「……まぁ、不気味には違いないし。それにキョムが今回ばっかりはやってくれたと言ってくれたほうが、ね。アンヘルに傷もつかないで済む」

「でもその……悪いことの片棒を担いだみたいな……」

 居心地の悪さを感じる赤緒にエルニィと南は同時に目を向けていた。

「……ホント、赤緒ってば真面目だよねぇ。変なところで」

「八将陣の、ジュリだっけ? ……まぁ、メルJの件と言い、何かと動いている役割なのは明白ね。それも操主同士で顔を突き合わせて何ともなかったんだから、ある意味じゃ命拾いをしたのはこっちかもしれないし」

「でも……ジュリ先生は今日も何ともなさそうに授業に出ていたし……」

 妙なところで憎めないのだ。

 そんな自分の胸中を悟ってか、エルニィが肩を叩く。

「まぁまぁ。赤緒は毎日のようにあの八将陣と会うから憂鬱かもしれないけれど、目下のところの不安要素は排除できたんだからさ。いいとしようよ」

「……はぁ。なら、いいんですけれど……」

 どこかで胸のしこりになっているのは、磔にされた人機の標本と、そして模造品を作り続ける宿命にあった機械工場が、何故なのだか脳裏にこびりついて離れなかったせいであった。

 手にはモリビトのプラモデルがある。

 完璧なまでに模倣された、縮小モデルと視界を合わせ、赤緒は小首を傾げていた。

「……何でなのかは本当に、分からないんだけれど……」

「――やぁ、君か。何の用だい。八将陣、ジュリ」

 振り向きもしない相手にジュリは声を振っていた。

「人形師のやり口にはうんざりだと思ってね。……マージャの件と言い、忠告に来たのよ。セシル、あなたよね? あの自動工場を作ったのは」

「何のことだか」

「とぼけたって無駄よ。……わざわざシバに勘付かせて、私を仕向けるようにまで誘導したわね。赤緒にも……あの光景を見せた。そこまでやっておいて偶然はないでしょう?」

「模造品は美しく、何よりも完璧であるべきだ。殊に人形は語らないからこそ意義がある。多弁は人間の特権でしかない」

「……今回は見逃してあげる、お坊ちゃん。でも次はないと、思っておきなさい」

 靴音を響かせつつ、異形の部屋を去る間際に、ジュリは一瞥を向けていた。

 相変わらず、人形師の少年は余計なことは語らぬまま、背中を向け続けるだけだった。

「……でもいずれは、赤緒も知る。その時、あのアンヘルのリーダーが、どんな言葉をかけられるのかしらね。……それは当人にしかわからない、か」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です