眉根を寄せたまま両兵が睨んでいると、エルニィが陰からひょいと出てくる。
「……ンだよ、立花。てめぇが後ろから言ってたのか」
「違うよ? この子、ボクが作ったんだー。一応、学習型のAIを乗せた、まぁ小型の人機かな、これも。血塊炉の欠片使ってるし」
「これが人機だぁ? ……こんな小さいなりで何ができんだよ」
『小さいとは心外ですね、両兵クン。これでもボクはキミよりも頭がいいんだよ』
「何だと、てめぇ……。立花、こいつ生意気に作ったろ」
「生意気でも何でもないんじゃない? 本当のことだし。マジロは一兆の桁まで暗算できちゃうんだ、すごいでしょ?」
「一兆……ンな計算力要んのかよ」
『だから、これでもキミよりかは頭がいいと言っているじゃないか。何なら計算勝負をしてみるかい?』
「計算勝負? ……おい、馬鹿にすんなよ、立花。こいつ、オレに勝負挑んでくる」
「いいんじゃないのー? マジロ、じゃあ問題、10750足す7000050マイナス420300は?」
「ちょっと待ちやがれ……一万……」
『6590500です、マスター』
こちらが計算し出す前に答えを弾き出したマジロに、エルニィが自信満々に胸を反らす。
「どうだい。これがボクのマジロの実力だよ」
『実力でございます、マスター』
「ちょっと待て。計算問題はずりぃだろ。元々、入っている数字ならすぐに計算できるし、何よりもオレは小退だからよ。計算問題でケリつけんのはやめようぜ。そうだ、オレの出す問題に答えてみさせろよ。そうすりゃ、このいけすかねぇ機械も認めてやらぁ」
「……いいけれど、両兵、問題なんて出せるの?」
「まぁ見てろって。えーっと……リンゴが三つあって、そこに十二個足したら――」
『十五個でございます』
「……まだ問題出してねぇだろ」
「馬鹿っぽいー。そんなのマジロに計算させないでよね。メモリの無駄になっちゃう」
「……ンだと……。じゃあ問題だ、問題。花束が片手に三束、もう片方の手に二束ある。合わせると何束だ?」
『小学生の問題ですね。答えは五束です』
自信満々に答えてみせたマジロに、両兵はしてやったりの笑みを浮かべる。
「かかったな? 答えは一束だ。三束と二束を合わせても束は増えねぇからな」
『ピピっ……理解、不能……』
その言葉で黒煙を上げてマジロが首を回して沈黙する。エルニィが慌てて叫んでいた。
「ああっ! 何やってんのさ、両兵! ……もう! マジロに意地悪ななぞなぞなんて解かせたから、元々の想定CPUがダウンしちゃったじゃんかー!」
「知るか。なぞなぞも解けんメカで何がAIだ」
その場から立ち去ろうとして、エルニィがコートを引っ掴む。
「両兵! 待ってってば! ……実はマジロの完成記念に、この後何人か呼んじゃってるんだよね、人を……。でも、この有り様じゃボクの沽券に係わるし……両兵が壊したんだからね?」
恨めしい眼差しを向けるエルニィに両兵はうっと言葉を詰まらせる。
「だ、だからどうだってんだよ」
「あー! そうこう言っているうちに来ちゃったよ。もう! 両兵はこれね! 後ろからなら繋がっているし、ギリ誤魔化せるでしょ!」
「……つか、待て……マイク?」
「両兵が後ろから声を吹き込むんだよ。ホラ! 赤緒たち来ちゃうじゃん! 隠れて隠れて!」
エルニィに押し出される形で両兵は柊神社の物陰に身を潜める。
「……何でオレが。ポンコツのメカニックが悪いんだろうが」
そうぼやいていると、赤緒と一緒に連れ立ってきたのはいつかの赤緒のクラスメイトたちであった。
「私が赤緒で、こっちマキちゃん。こっちは泉ちゃんね。……本当に分かるのかな」
「分かるよ! 完璧! もう万全! ねー、マジロ!」
にこやかに応対するエルニィがアイサインを送ってくるので、両兵は物陰からマイクに声を吹き込んでいた。
『り、理解しました。ひいら……赤緒さんに、マキさん、泉さんですね……』
「うわぁっ! すごい! 本当に分かっちゃうんだ!」
「本当ですわね。赤緒さんから聞かされた時には、そんな便利なものが本当にあるのかと思いましたが」
「立花さんはアンヘルの天才メカニックだから。何でも作れちゃうの。この子も、一応は人機なんだ。血塊炉の光が……あれ? 何だか今朝見た時よりも薄い……」
「……こんな時に超能力モドキ発動すんじゃねぇよ! 柊……! えっと……」
『ぼ、ボクに使われている血塊炉は欠片だから、赤緒さんに見える光は薄いんですよ……』
「そうそう! マジロはまだ試作型だから! 血塊炉って言ったってほとんど余り物だし!」
エルニィのフォローで事なきを得たのか、赤緒はそれ以上追及しては来なかった。
マキが面白がってマジロの頭を小突いて、ねぇねぇと赤緒たちを急かす。
「せっかくだしさ、問題を出そうよ! 何でも答えられるんでしょ?」
「いいですわね。じゃあ、計算問題とか?」
「げっ……計算問題……」
物陰で息を詰まらせた両兵はマキがぺらぺらと出した数字を窺う。
「じゃあ、五百万と、七百五十万と、一千五百万と、六十七億と、百七十万って足したらいくら?」
「よりにもよってデケェ数字を出しやがって……えっと……五百万と……?」
その時点で脳がショートしてしまいそうになったのを、エルニィがにこやかに応対しながら、後ろで組んだ指でゆっくりと答えを示していく。
『ろ、六十七億2920万でございます……』
「今の、合ってるの?」
「う、うん! 合ってる合ってる! さすがはボクのマジロ!」
エルニィが合わせてくれたからよかったものの、今の計算だけでぼろを出す可能性があった。
「すごいなぁ……私、今の計算さっぱりでした」
「……柊のヤツ……自分でもわかんねぇ計算をダチに出させてんじゃねぇよ……」
「でもマキちゃん、何でその数字?」
「いやー、将来はマンガでそれくらい稼ぎたいなぁ、って言う気分で出しちゃった!」
てへ、と舌を出して茶目っ気たっぷりに笑うマキに場が和んでいるが、両兵からしてみればそんな気分で出された計算で自分が糾弾されかねないと思えば笑えない。
「じゃあ色々分かっちゃうんですね、この子。他に例えば何が分かるんです?」
『な、何でも聞いてみてください。ボクは何でも答えてみせます』
そう言うだけならタダなのだが、赤緒はじゃあ、と問題を出す。
「東京から京都まで、どれくらいの距離があります?」
「はぁー? 知るわけねぇだろ! ……ったく、後でどやしてやる……」
「うーん、ちょっと待ってねー。マジロ、距離の計算はちょっと時間がかかっちゃうかなぁ」
エルニィがそう言ってマジロの頭部を押さえつつ、後頭部に備え付けられたマイクより伝令する。
『……両兵、新幹線なら476キロ……復唱して』
『し、新幹線なら476キロでございます』
「すごい! ジュリ先生に今日出された意地悪な問題も解いてくれるんだ」
「あんの八将陣……余計なことを柊に吹き込みやがって……」
次第にはらわたが煮えくり返るような怒りを感じていたが、やがてマキと泉は門限が来たのか、神社から立ち去っていく。
赤緒は困惑気にマジロを眺めていた。
「ど、どうかしたの? 赤緒」
「いや……何だか血塊炉の光がじわじわと薄く……」
「気のせいだってば! ホラ、お茶淹れてよ、お茶! 喉渇いちゃった!」
そう言って居間へと赤緒と共に消えていくエルニィの背中を目にしてから、両兵がホッと息をつこうとして、マジロの前へと現れたメルJに思わず隠れていた。
「……って、別に隠れる必要ねぇじゃねぇか。ヴァネットは事情なんて知らねぇんだし……」
出ようとして、マジロを注意深く観察するメルJの眼差しに威圧されて両兵は出る機会を失ってしまう。
「……立花が言うのには何でも知っているんだったな? じゃあこの銃の口径を計算してみろ。コルトガバメントの正式採用のものだ」
「……ンなもん知るかっての! マジチャカの大きさなんて分かるかよ……」
しかし頼りのエルニィも居ない。
メルJは胡散臭そうな瞳を向けたまま離れる気配はない。
ここは少しでもとんちの利いた言葉でも返さなければ怪しまれるだろう。
『じ、銃なんて物騒なもののデータは入っていません。代わりに生活の豆知識でもどうですか?』
この返しがメルJに通じるか、と固唾を呑んでいた両兵にメルJはふむと首肯する。
「確かにな……。あの立花が兵器の詳細なんて入れているとは思えん。では生活の豆知識とやらを教えてもらおうか」
『えっと……プリンに醤油をかけると……その、ウニの味になります……』
「ほう、ウニと言うのは確か海産物だったな。高級食材とも聞いている。そうか、そんな知識が」
「……頼むー。これでどっか行ってくれー……」
懇願しているとメルJはマジロの頭を撫でてフッと微笑む。
「今夜試してみるとしよう。達者でな、マジロ」
手を振って立ち去っていくメルJに両兵は生きた心地がしなかったが、ようやくこれで解放されると物陰から出ようとして、南と五郎が柊神社の石段を上ってきたのを視界に入れていた。
「ヤベェ……っ、黄坂! ……あいつ、買い物に行ってやがったのか」
「あっ、五郎さーん。これこれ! エルニィが開発したって言う、何だっけ? AI、だとかいう奴! 神社のガイドにちょうどいいらしいって朝から言っていたわ」
「ほう、これが。どこかの動物を模したものなんですか?」
「アルマジロよ、アルマジロ。南米に次郎さんって言うアルマジロが居てねー。いやぁ、よくルイに懐いていたなぁって、懐かしくなっちゃった」
「へぇ……アルマジロ。神社のガイドということは、何でも答えられるんですかね?」
「そうよー。何でも! 何てったってトーキョーアンヘルきっての天才メカニックの代物だからねー」
「……あいつ、まぁーた余計なことを……」
「ほう、何でも……じゃあこれは分かりますか? ニンジンと玉ねぎと、お肉を入れるとできる料理は?」
「ンな大雑把な問題があるかよ! ……だが判断材料としちゃ、一応は……肉じゃが――」
「駄目よ、五郎さん。それだけじゃ肉じゃがかと思っちゃうじゃない。ヒントがないと、いくら万能だからって答えられないわ」
「……あっぶねぇ……」
こんなただの素人問題程度なのに心臓が早鐘を打っている。
「そうですかねぇ……じゃあそれにプラス、チョコレートを入れるものと言えば?」
「肉じゃがの材料にチョコレートだぁ? ……どんなゲテモノ食わされるんだよ、それ……。あっ、だが柊が確か前に言ってたな……隠し味にチョコレートを入れたとか何だとか……確か……」
『か、カレーですね……?』
賭けに等しい答えであったが、五郎と南が瞠目する。
「すごい! 何で分かっちゃったんだろう」
「隠し味のデータベースでも入ってるんですかね?」
「……よ、よかったぁ……。ったく、心臓に悪いっての」
雑談を交わしながら、五郎と南は神社に帰っていく。
もうさすがに来客はないだろうと思っていた両兵は、不意に駆け出してきたスクール水着姿のルイとそれを追いかけるさつきを視野に入れて慌てて隠れていた。
「ヤベ……っ、さつきと黄坂のガキか……」
「ルイさーん! 私の水着、返してくださいよー!」
「今は私の……あれ。歩間次郎じゃないの」
「ふぇ……? あっ、この子、立花さんが作ったって言う……エーアイ? でしたっけ? 何か小さい人機なんですって」
言葉の意味を咀嚼しかねているさつきに対し、ルイはどこか高圧的にこちらを見下ろす。
「……やべぇ、バレたか?」
ルイはそうでなくとも南米の次郎と関係がある。下手なことを言えば自分が裏に居るのだと露見しかねない。
「……さつき、AIが入っているのなら、何か聞いてみなさいよ」
「えっ……じゃあその……五郎さんと南さんが買ってきた食材で夕飯を作りたいんですけれど、何がいいでしょうか? あれだけじゃ、肉じゃがを作るのかなって思ったんですけれど」
「あっ……それなら答えられる、か。えっと……」
『今日はカレーのようですね』
「すごい! 何で分かっちゃうんだろう……。私もチョコレートがあるからカレーかなって思ったくらいなのに」
「……さつきはまだ良心的な問題で助かるぜ……」
ホッと息をついていると、ルイはぴっと猫じゃらしを取り出し、マジロに向けて振るってみせる。
「にゃーにゃにゃ? にゃーにゃにゃー?」
「……ちょっと待て。何語だ、それ……」
「ルイさん、今のは……?」
「猫語よ。どんな質問でも答えられるんでしょう? なら、猫語にも対応していないと」
「ンなもん、答えれるわきゃねぇだろうが! こちとらずっと人間だっての!」
「……だんまりですね」
「ふん。こんなのも答えられないなんて、あの自称天才もたかが知れるってものね」
ルイは猫じゃらしを振って何度かマジロを挑発するも、やはりと言うべきか、答えられない。
「……猫の言葉なんて分かるわきゃねぇだろ……おいおい、困るっての、黄坂のガキ。いつまで居るんだよ……」
ルイは目ざとくマジロを睨みつけてなかなか離れない。さつきも物珍しいからか、すっかり元の目的は忘れて観察している。