JINKI 129 ほんのひと時のティータイムを

「よっ、と……。《モリビト2号》、立脚に異常なし、です」

 赤緒はステータスを一個ずつ確認しつつ、上操主席の反応を見る。

 モリビトの指先まで伝った神経をマニピュレーター越しに認識し、よし、と首肯する。

「こちら下操主。こっちも異常なしだ」

 両兵が慣れた様子でいくつかのインジケーターを認証してから、目視戦闘に必要な領域を手で払う。

 それに応じて《モリビト2号》の首が回り、周囲を見渡していた。

『よぉーし、オッケー! 《モリビト2号》の定期点検、問題なし、でいいよね?』

 エルニィの声が弾け、両兵はああと応じる。

「……こっちじゃ、整備班を雇えねぇのが痛いな。今ンとこ、日本で人機任せられるのは限られてっし、キョムの息がかかってないとも限らん。すまんな、立花。任せっ切りになってらぁ」

『全然OK! ボクは自分の人機を見る。みんなも自分の愛機は自分で確認するクセを付けなくっちゃね。補給路は南が確保してくれてるけれど、いざという時に頼れるのは血続操主の眼そのものだから。さつきも、大丈夫ー?』

 少し離れた場所で《ナナツーライト》を立脚させたさつきを赤緒は視野に入れていた。

『だ、大丈夫、です……。これでも慣れてきました……』

『ホントにー? ルイは……まぁ分かってるところでしょ』

『言わせないで、自称天才。大丈夫に決まってるでしょ』

『だよねー。メルJは?』

『む、問題ない。だが、できれば反応速度を上げてもらえないだろうか。現状ではアンシーリーコートに繋ぐための一撃に0コンマ三秒以上の誤差が――』

『あー、分かった、分かったってば! ……できればあんな人機に負担かける必殺技はナシにしてもらいたいんだけれど、それも分かったから。じゃあ、全員OKってことで?』

『待って、エルニィ。一応予備の《ナナツーウェイ》も立ててもらいましょう。友次さん? 行ける?』

『待ってください。よっと』

 黒い《ナナツーウェイ》が立ち上がり、槍の武装を肩に担ぐ。

『よぉーし、現状のトーキョーアンヘル戦力の確認完了! おかしなところがないか、それぞれチェック忘れずにねー。さつきー、聞くけれど、《ナナツーライト》のRフィールド発生装置に異常がないか、渡しておいたマニュアルには目を通してよねー』

『は、はい……。何だか大変なことが書いてありますけれど……』

『出力値ミスったら自分を焼いちゃう諸刃の剣だからねー、リバウンド兵装は。Rフィールドの操作は《ナナツーライト》の十八番。使いこなしてよね』

『が、頑張ります……』

『次、ルイー。メッサーシュレイヴの斬れ味に関してのことなんだけれど――』

 エルニィはそれぞれに言葉を振りつつ、チェック項目を満たしていくのに必死であるようであった。

「……立花さん、大変そうだなぁ」

「他人事じゃねぇぞ、柊。もしもン時は自分で人機のメンテくれぇはできないと話にならねぇんだ。コックピット周りなんかは操主の領分だからよ。他人に簡単にはいじらせねぇ分、自分の届く範囲はやれるようにしておけ」

「あ、はい……っ。えっと、ちょっとペダルが軽いかな……えーっと……七番のレンチを使って、これ……」

 屈んだところで、赤緒は不意に腰に走った激痛に身悶えする。

「えっ……? ちょ、待っ――」

『赤緒ー? 何、何かあったのー?』

 その問いに答える前に、立ち上がろうとして激痛が全身を駆け廻っていた。

「痛っ、痛たたったたっ――! 起き上がれなくなっちゃって……」

「――うん。ぎっくり腰ね」

 そう診断した南に、赤緒は布団に潜って尋ね返す。

「ぎっくり腰って、あの……?」

「うん、それ。まぁ、ちょっと安静にしていれば治るとは思うけれど、赤緒さん、無茶な姿勢でも取った?」

「あー……」

 脳裏を掠めていく記憶に目を滑らせていると南は嘆息をつく。

「……まぁ、幸いにして非戦闘中でよかったわ。赤緒さんの分のチェック項目は先送りね。《モリビト2号》も、しばらくは出れないでしょう」

「えっと……しばらくってどれくらい……?」

「まぁ、ぎっくり腰って三日くらいかしらね。赤緒さんはまだ若いから、すぐ治るでしょうけれど、無理は禁物だし。もしもの時にはエルニィを当てることもできるから。今のところ心配は要らないわよ?」

「そう、ですか……」

 しゅんとしてしまったのを、南は目ざとく察する。

「赤緒さん、モリビトが誰かの物になっちゃうんじゃないかって不安だった?」

「うっ……それは……」

 濁した自分に南は手を振っていた。

「大丈夫だって。赤緒さんが一番に《モリビト2号》の適性があるのは誰もが周知の事実だし。モリビトが乗機じゃなくなるってのはないから」

「いえ、そのー……」

 指先を突いて返事に窮していると、南は耳元で囁く。

「……大丈夫。両の奴だって、ぎっくり腰の赤緒さんを放っておくほど人でなしじゃないわよ」

 思わぬところを言い当てられて、赤緒は耳まで真っ赤になってしまう。

「……そ、そういうんじゃなくってぇ……」

「まぁまぁ、たまには休めってことじゃない? 神様もそう言ってるのよ。赤緒さんは学校に操主にとただでさえ忙しいんだから。今は一個に集中しなさいってことよ? 多分ね」

 立ち去り際、南が声をかける。

「あ、何か要るものある? 持って来るけれど」

「あー……じゃあ飲み物があれば……。行って帰るのも、これじゃ一苦労なので」

「了解。何でも言ってね」

 南が襖の向こうに立ち去ったのを確認してから、赤緒は腰元を押さえる。

「痛ったた……。ぎっくり腰ってこんなに痛いんだ……」

 立てないほどではないものの無理をすれば悪化するのは目に見えている。

 今は大人しくしておこうと思った矢先であった。

「赤緒ぉー! 遊びに来たよー!」

 襖を開いてやってきたエルニィに赤緒は恨めし気な目線を振り向ける。

「……立花さん? 遊びに来るようなあれじゃ、ないと思うんですけれど」

「まぁまぁ。今回のはボクにも責任がないとは言い切れないじゃん? それに、ちょっと様子見にね。どう? 調子は」

「あ、お陰様で……。南さんがぎっくり腰に関しての知識があるのが意外でした……」

「まぁ、あれで操主歴も長いしベテランだからねー。ぎっくり腰の一つや二つは経験してるんじゃないのー?」

 エルニィの言い草に、南が神社のどこかでくしゃみをしているのが手に取るように分かるようであった。

「……でも、もっと意外だったのは、すぐに治るってことですかね……」

「うーん、そこは多分、何だかんだでバックアップ専門だし、もしもの時には備えていたんでしょ? ぎっくり腰って職業病だもん」

「職業病ですか?」

「うん、知ってる? 魔女の一撃って言うんだよ、あっちじゃ。それくらい、不意打ちに来る奴だから、今回みたいなのもまぁケースの一つとして認識しないといけないんだよねー。ボクはトーキョーアンヘルのメカニックだし、操主のことだって知っておかないと」

「はぁ……。急に、その、屈んだら、ビビってきたもので……」

「Rスーツの伸縮性の問題かなぁ。あれの設計元はベネズエラ軍部だけれど、改良の余地はあるのかもね。……まぁ、でも。誰かさんは大きくて立派なのを胸にお持ちだから、そのせいじゃない?」

「ほ、放っておいてくださいよ……もうっ」

 胸元を押さえてエルニィの視線から逃れるように隠すと、エルニィは面白がって笑う。

「でもさー、昔の人機の構造だと、本当に職業病だし。トレースシステム採用前の人機だと普通に硬い椅子だからさー。前線の兵士はぎっくり腰の危険とは隣り合わせ。多分、南米じゃ、今だってそう変わらないと思うよ?」

 自分はトレースシステム後の人機しか知らないので、硬い椅子と言われてもイメージが湧かなかった。

「そう、なんですかね……」

「まぁ、所見じゃ悪そうには見えないね、そこまで。いやはや、赤緒の通信越しの悲鳴を聞いた時には、これは何かヤバいことでも起きたのかな、って冷や冷やしちゃったよ」

「あ、すいません……通信、オープン回線だったのに悲鳴上げちゃって……」

「両兵が何かあって襲いかかったのかなって思っちゃった。まぁ、両兵はそんなことはしないだろうけれどさ。ま、モリビトや操主の体調に関してはボクが一任するから、何か必要なことがあったら言ってよ。何か要るものでもある?」

「あ、いえ……今取り当たって必要なものは、特に」

「了解。動くのに難があるのなら色々貸すよ? 無線機とか。とりあえず、ここに子機を置いておくねー」

 無線機の子機を布団の上に置かれ、赤緒は立ち去っていくエルニィの背中を眺めていた。

「……思った以上に心配かけちゃったのかな……」

 エルニィも南も何でもないことのように言うので重くは受け止めていないが、操主一人分の穴が開いたのには違いないだろう。

 早く治さねば、と布団に潜ったその時であった。

「赤緒、入るわよ。ああ、もう入っているけれど」

「ルイさん! 駄目ですよ、入ってから言っちゃ! ……あ、赤緒さん? 大丈夫、ですか?」

 ルイとさつきが二人して部屋に入って来たものだから、赤緒は応対する。

「あっ、うん。二人とも……何で?」

「何でじゃないでしょ。人機の立脚中に腰をやるなんて。気が緩んでるんじゃないの?」

 そう言われてしまえばそこまでなので、赤緒は俯いてしまう。そんな自分とルイをさつきが取り成していた。

「た、立ち仕事ですから! 気にしないで大丈夫ですよ、赤緒さん。私も……恥ずかしながらやったことがあるので。あ、でも一日とかで治っちゃったから、ノーカウントなのかな……」

 不安げに口にするさつきにルイが目ざとく声を発する。

「何それ。あんたたちって本当にどんくさいのね。さつきも、イメージ通りみたいな感じ」

「うぅ……それは言わないでくださいよぉ……」

「さ、さつきちゃんも?」

「あ、はい。とは言っても、私は旅館のお手伝いの時に、重い物を持った拍子だったんですけれど……。あれ、自分じゃ制御できないんですよね。あっ、これ……! って思った次の瞬間にはもう……! なので……」

「そうそう、うんうん! 分かる分かる。そう、今回もやるとは思っていなくって」

「あっ、そうですよね……! よかったぁ、赤緒さんも分かってくれて……」

 お互いに了承の笑みを交わし合うものだから、間に挟まれたルイはむすっとする。

「……何それ。あんたたち、私を挟んで、何をじゃれ合ってるのよ。しかも腰痛エピソードで」

 ルイの圧に二人してしゅんとしていると、彼女は腕を組んで憮然とする。

「たるんでるのよ。南もよくやっていたけれど、普段のトレーニングが疎かだからやっちゃうの」

「あ、南さんも、そういえばよくやったって……」

「南はね。酔っぱらって操主席に座って、《ナナツーウェイ》で乾杯とかやっていたもの。腰の一つや二つはやって当然よ」

 またしても南がどこかでくしゃみをしていそうな話だ。

「あ、じゃあやっぱり、職業病なんですかね……」

「魔女の一撃ね」

 呟いたルイにさつきがよく分かっていないのか、魔女の……と口中に繰り返す。

「……何だか欧米じゃ不意打ちみたいに来るから、そう呼ぶみたい」

 先ほどエルニィに教わったばかりの知識だが。

 その言葉にさつきはぽんと手を打って納得する。

「ああ、なるほど……。でもその、案外みんなやってるんじゃないでしょうか? ほら、人機の操縦って大変だし、同じ姿勢になりがちなので……」

「そうならないように鍛えておくのが操主でしょうに。さつきは分かった風な口を利かない」

 さつきのフォローをルイがないがしろにする。

 涙目になったさつきにルイはふんと鼻を鳴らしていた。

「……治りが悪いのなら、私がモリビトの操主になってもいいのよ」

「な――っ! それは駄目ですよ、駄目……っ! だって、モリビトの操主は私……」

「そうやって吼える元気があるなら、まだマシ。とっとと治しなさい」

 ぴんと鼻先を指で弾かれ、赤緒が押さえているとルイは身を翻す。

「あの、ルイさん?」

「帰るわよ、さつき。病人相手じゃ冗談も通じないわ」

「あっ、待ってくださいよ、ルイさん! ……赤緒さん、何かお困りでしたら言ってくださいね。ルイさん、それが心配だからって来るように言ったのに……」

「余計なこと言わない。さつきのくせに、生意気よ」

「さつきちゃん……ううん、今のところ大丈夫だから。夕飯時になってマシになったら台所にも顔を出すね」

 微笑むとさつきが会釈して部屋を去っていく。

 今度こそ静かになったか、と思い布団を被り直そうとしたところで襖がしゃっと開く。

「……赤緒。やったらしいな、腰を。魔女の一撃か」

「……みんなそう言う……。ヴァネットさん、何かあったんですか?」

「いや、《バーゴイルミラージュ》の操主席は手狭だから、たまにやりそうになる。何も特別に気に病むことはないと言いに来ただけだ」

「えーっと、職業病ですもんね、腰痛」

 何とはなしにエルニィの言葉を呼び起こす。メルJは何度か頷いていた。

「人機の操主席と言うのは昔のものほど狭くって硬くできていてな。あれでは身が持たん。特に、飛行形態を持つ人機は空中機動中に身がねじれるのではないかと思うほどに痛むこともある」

 メルJは明らかに自分よりか人機の操縦に精通している。そういうリスクもある程度分かってのアドバイスのつもりなのかもしれない。

「あー……やっぱり、痛くなるんですか?」

「……まぁな。シュナイガーはそういう点でもいい人機だったのだが……惜しいことに今はここにない」

「早く戻って来るといいですね、シュナイガーも」

 ――と、そこで気まずい沈黙が流れてしまう。

 思えばメルJとこうして狭い部屋で向かい合って二人、と言う状況はあまりなかったような気がする。

「お、お茶を淹れてきますね……って、駄目なんだった、そういえば……」

 いつも自分はお茶を淹れるという名目で逃げているのだな、と思い知らされる。

 そう思っていると、メルJは廊下からお盆を引き出し、その上に急須と湯飲みを整えていた。

「たまには私が淹れてやろう」

「ヴァネットさんが、ですか?」

「……何だ、私のお茶は飲めんとでも?」

 凄みを利かせたその言い草に、赤緒は押されてまごついてしまう。

「そ、その……そういうつもりじゃ……」

「飲めないと言っているのか? 赤緒」

 ぐんと顔を近づけさせられて、赤緒は頭を振っていた。

「い、いえっ……! 喜んで……」

「それでいい。病人なのだからな。お茶は淹れられたら飲むべきだ」

 メルJが淹れたのは紅茶であるようだった。

 香り高い英国製のハーモニーが、六畳一間に匂い立つ。

「あ、これ……いい匂い」

「そうだろう、そうだろう。ちょうど台所にあったから拝借してきた甲斐があるというものだ。英国人なら、これを飲めば一夜にして治るぞ」

「そ、そんな簡単に行くわけないじゃないですかぁ……」

「むっ……何だ、私のお茶の効能に文句でも?」

 思わぬところに地雷があるものだから、赤緒は慌てて否定する。

「い、いえっ……! 喜んでいただきます……」

「それでいい。病人はお茶にいちいち目くじらは立てんものだ」

「……ん? ちょっと待ってください。今さっき、台所から拝借したって言いました?」

「言ったが?」

「それって、ティーパックの、缶詰に入っていた?」

「そうだが?」

 その瞬間、赤緒は大声を上げていた。

「何やってるんですか! これ、お客さん用のお茶請けですよ? 南さんが、これはとても偉い人との交渉用に使うんだって言っていた奴じゃ……」

「そ、そんなものは知らん。ただ、あるものでも高級なほうがいいと思っただけで……。黄坂南の苦労は別だろうに」

 またどこかで南がくしゃみをしていそうな案件だ。

「……まぁ、いただきますけれど……。ヴァネットさん、台所には勝手に入っちゃ駄目ですよ?」

「……むっ、何だ、私が悪いのか結局……」

 ぶつくさ言いつつも、紅茶を口に含むと、やはり格別の味わいであった。

 高級品なだけはあって自然と頬が綻ぶ。

「……おいしい。どうせなら、クッキーとかがあればもっとおいしいのに……」

「あるが?」

 メルJはちゃっかりクッキーの箱も空けている。それも南の用意したとっておきであった。

「……ヴァネットさん?」

「な、何だ? 感謝はされても責められるいわれはないぞ?」

 目線を逸らすメルJに、今怒ったところで仕方ないか、と赤緒も半ば諦めムードになってしまう。

「……まぁいいですけれど。あ、でもお布団の上でお菓子食べるのは、ちょっと……」

「今さら品性を気にしたところで仕方ないだろう。ついでだが、ここにジャムがある。これを、紅茶に混ぜ込んでやると……」

「紅茶に、ジャムですか?」

「日本人には馴染みがないかもしれないな。だが、紅茶にジャムは合うのだぞ? これも台所からくすね……失礼。いただいてきた代物だ」

「……大して言い方変わってないですけれど……」

 とは言え物は試しだ、と苺のジャムを紅茶に溶かす。

 すると、先ほどとはまた変わった香りが六畳一間に沸き立っていた。

「あっ……、すごいいい香り……」

「だろう? よく合うんだ。味も全然違うぞ? 飲んでみるといい」

 口に運ぶと、最初の一口目で百八十度違う。

 芳醇な甘みと、そして紅茶に溶け込んだ酸味と僅かな苦味も相まって、複雑な味を舌の上で転がす。

「……何だか悪いことしている気分ですね、これ」

「英国人はこういう嗜みを覚えてきた人種だ。日本人とは余暇の楽しみ方が違う」

 何だか誇り高そうに言うものだから、赤緒は可笑しくなってしまう。

「……もうっ、ヴァネットさんが買ってきたんじゃないでしょう。でも、今はいいかもです。たまにはお茶を淹れてもらう側になるの、悪くないですね」

「そうだろう、そうだろう。むっ、クッキーが切れたな。少し待っていろ。台所から再びくすね……もらってくる」

「今度は五郎さんの許可を得てくださいよー」

 その背中に呼びかけて、赤緒は紅茶の香りを味わっていると、襖が開かれていた。

「ヴァネットさん? 何か忘れ物でも……」

「ヴァネット? 何言ってんだ、柊。心配して見に来てみりゃ……おうおう、随分と呑気じゃねぇか」

「お、小河原さん……?」

「紅茶にクッキーたぁ……病人権限か? どれも高そうに見えるがな」

「えっと、こ、これは……」

 まずい、言い訳ができない、と思っているところで、両兵は座り込んでこちらを覗き込む。

「……な、何ですか。お紅茶は、ヴァネットさんの仕業ですからねっ」

「いんや、単純に、大丈夫かよ、柊。あれだろ? 魔女の一撃」

「……何でみんなそれを……。あっ、でも小河原さんは日本人ですよね……?」

「ん? 何言ってんだ、ワケ分からん。いずれにしたって、優雅にお茶会とは、オレが見に来るまでもなかったな」

「そ、そういうんじゃないですってば……。あれ? でも、何で?」

「……普通に心配で来たんだよ、アホタレ」

 デコピンをされてしまって、赤緒は額を押さえて両兵を見やる。

「えっと……心配?」

「そりゃそうだろうが。上操主を任せてンだ。人機がいくら血続一人乗りで特化するようになったって言っても、コンビ組んでる奴が腰やったって言うんなら、心配にもならぁ」

「……コンビ……。そう思って、くれてるんですね……」

「可笑しなこと言ったか? 上操主と下操主は一蓮托生みたいなもんだ。上が駄目なら下も駄目になる。逆も然りって奴でな。……待ってンぜ。モリビト、お前以外に乗らせねぇようには言っておくよ。他の連中も分かってるとは思うがな」

 そう言い置いて去ってしまおうとする両兵に、赤緒は呼びかけていた。

「あ、あの……っ! 小河原さん……」

「ん? どうした? 何か入り用か?」

「いえ、その……。こうやって向かい合う時間も、思えばそうそう多くはなかったんだなぁって、皆さんと。思っちゃっていただけなんですけれど……」

「……連中も素直なようでそうでもねぇ。案外、操主同士、気の遣い合いだろ。今回、やったのが偶然にもぎっくり腰でよかったが……大病やる可能性だってゼロじゃねぇンだ。自分たちの……その、何つーんだ? 思いやり、とかじゃねぇの?」

「思いやり……」

 どこか両兵の口から出たものとは思えず、放心していると彼は後頭部を掻いて、苛立たしげに言いやっていた。

「ああ、ったく! いい言葉がねぇな! ……つまりは! 安心しろってこった。ここに居る限りは、てめぇを邪険にする奴も居ねぇし、それに今さら操主として上だとか下だとかもねぇだろ。そういうのって安心するんじゃねぇのか?」

 両兵も言葉を選びかねているようであったが、それは言い得てみれば何てことはない――。

「……ここが私の、居場所ってことですかね」

「ん、まぁ、言い切っちまえばそうなんじゃねぇの?」

 どこか頬を掻いて咀嚼しかねている両兵に、赤緒は言いやっていた。

「その……ありがとうございます、小河原さん。大事なこと、教えに来てくれて……」

「……まぁな。ぎっくり腰なんかに負けてんじゃねぇよ。とっとと快復して、ンで戻って来い。……上操主は空けてある」

「小河原さん……。あの、私、言わなければいけないことが――」

『駄目ーっ!』

 そこで不意に子機から響き渡った声に驚愕する間に襖を押しのけて飛び込んできたエルニィたちに、赤緒は硬直する。

「赤緒ってば、大げさに言う! 置いといて正解だったよ、無線機!」

 エルニィの文句に、赤緒は無線機のシグナルがオンになっていることに今さらに気づく。

「……油断も隙もないわね、あんた」

「……いいなぁ……」

 さつきとルイの言葉に継いで、お菓子を持って来ていたメルJの糾弾が飛ぶ。

「そんなに元気ならば、この菓子は要らんな」

「あーっ! メルJズルい! それの場所教えたの、ボクだかんねー!」

「私ももらう権利があるわ」

「……あ、あのー……皆さん、一応は赤緒さん、病人ですので……」

 喧騒に包まれる六畳一間に、両兵がフッと笑って片手を上げる。

「……騒がしいこったな、オイ。とっとと治せよ、柊」

「あ、はい……」

 まともに返答する間も与えず、病室のはずの場所が瞬く間にお茶会に変わっていく。

「メルJ、そのお茶、淹れ方間違ってるよ? 本来はこうじゃない?」

「むっ、そうなのか? 赤緒は騙せたのだが……」

「無教養が形になったようなものね」

「あっ、お茶なら私が淹れますので……」

 何だかんだで、皆、騒がしい。

 ――でもだからこそ、ありがたいのだな。

 そう、心に刻んで、赤緒は諭す。

「まぁまぁ……皆さんで味わいましょう。ほんのひと時の、ティータイムを――」

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