JINKI 131 アイの歌を歌え

「……何なんでしょうね。みんなで遊びに来るってのが、何だかとっても得難いもののはずなのに、心の底から楽しめない自分に自己嫌悪みたいな……。カラオケが苦手って言うのもあるかもなんですけれど、でも……。これって一時なんだろうな、って、どこか醒めて思うんです」

「こうやって遊びとか言えんのも一時、か。そういうのってノリ悪ぃって言われんぞ」

「……やっぱり、そう、ですよね……」

「だが、分かる、って今言っちまっていいのかは不明だが、分かるもんは分かるんだから仕方ねぇ。……オレもよ、何だか調子よく世の中を巡るってのは合っているようで合ってねぇのかもな」

「そんな……! 小河原さんはでも、いつも言ってるじゃないですか。目の前のことに囚われるなって……」

「ん……まぁ、それは言っちまっていることなんだがな。楽観主義ってのはまた違うもんなんだよ。別に自衛隊がそういうのだとか、ジジイがそういうのだとか言うつもりはねぇンだが、どうにも、な。……心のどっかに置き忘れちまったもんを保留にして、そんで楽しめるのかって言う疑問が出てくる。こういう場だと特に、なのかもしれん」

「……でも、言っていることはお互いに不自由ですよね。カラオケが楽しめないだけって言う……」

「そうなんだよなー……」

 どこか両兵もその疑問の置き所に困っているようであった。

 だが解きほぐせばなんてことはない。

「……何だか、ちょっと話して楽になりました。私、歌が上手いかどうかは分かんないですけれどでも……今は歌うのが正解な気がします」

「ん、そうか」

「一時だとか、醒めちゃうのって簡単なんです。でも、同時に、熱くなるのって難しいけれどでも大事だとは思いませんか?」

 紡ぎ出した答えに両兵はどこか得心したようであった。

「……そうか。そういう考えもあンな。悪ぃな、柊。ノリ悪いところ見せちまって」

「いえ、私も……こうして話さないと最後までカラオケのムードになれなかった気もしますし……戻りますね!」

 慌てて戻って扉を開けると、別の団体の部屋であった。

「あわわっ……! ごめんなさい!」

 困惑して扉を閉めて廊下に出たところで、両兵がにやにやと締まらない笑いを浮かべている。

「柊、部屋間違えんなよ」

「あぅぅ……恥ずかしい……」

「でもま、お前がそういうので、ちょっと安心したぜ。オレも戻るわ。柊。……案外、お互いに面倒なのかもな。こういうことに不器用で」

 不器用、と胸中に結んでから赤緒はカラオケルームに戻ってくる。

「おっ、赤緒ー。どう? 歌えそう?」

「あっ……はいっ! 柊赤緒、歌いますっ!」

 選んだ曲は何の変哲もない、ただの流行歌。

 ――でも、それでも。

 こうして同じ空間で楽しんでくれている誰かが居る。そんな誰かの顔を見ていると、自分まで楽しくなってくる。

 これがカラオケの魔力だと言うのなら、歌の魅力だと言うのならば、一時の楽しみだとしても得難い代物だろう。

 調子に合わせてサビに突入する。

 声を朗々と上げ、赤緒は少しだけ汗を掻きながら歌い切っていた。

 歓声に包まれるカラオケルームに、笑顔を返す。

「いやぁ、やっぱり流行歌の力って偉大だわ。何倍にも輝いて見えるからねー」

 うんうん、と南が何度も頷いている。

 どうやら下手ではなかったらしいというのだけは、安堵の材料に思われた。

「次はボクと歌おうよ、赤緒! これなんだけれど」

「立花さん……。はいっ! 一緒に歌いましょう!」

「あ、赤緒さん。私とも……」

 さつきが少しだけ上気した顔で曲名を指差す。それに対してルイが追従していた。

「ズルい。赤緒、今度は私とデュエット」

「むぅ……何だ貴様ら。そんなに赤緒と……私も歌うんだからな」

 めいめいに声を受けて困惑しつつも、赤緒は歌ってよかったという達成感に包まれていた。

 初めてのことをするのには、憂鬱も伴うが、こんなにも爽快感があるとは思いも寄らない。

「……じゃあみんなで歌いましょう。今度は、きっと……!」

 声を合わせれば、何も怖くなくなるはずだから――。

「おっ、私の番ね」

 南がやおら立ち上がる。

 そう言えば、と赤緒は口にしていた。

「南さん、今の今まで歌ってませんよね?」

「あー! 言われてみればそうじゃん! ……気づかなかったぁ」

「南さん、何を入れたんですか?」

 アンヘルメンバーの疑問に、南はふっふっと笑って指でVの字を返す。

「まぁ聴いてなさい。私の必勝ナンバー! “恋のキューピッドオンリーワン!”」

 浮ついた音楽と共に流れてきた曲調と歌詞に、赤緒たちは目を丸くする。

「これって……」

「女児向けアニメソング……?」

 茫然自失のこちらに対して、南は振り付けも完璧にこなして、普段とはまるで異なる媚びた声で茶目っ気たっぷりに歌い上げる。

 そのクォリティは推し量るまでもなく高いのだが――。

「……何て言うのかな。言っちゃなんだけれど……寒気が……」

 エルニィが肩を震わせる。赤緒も同じであった。

「あっ、そのぉ……めちゃくちゃ上手いんですけれど……」

「気まずい……と言うか、恥ずかしくなってくるんですよね……。自分の歌じゃないのに……」

 南が汗の粒を咲かせて最後の決めポーズまでつけて歌い上げ、バーンと指鉄砲をかます。

「どうよ!」

「……どうよって……その……」

「コメントに困るなぁ、もう……」

「黄坂南、羞恥心と言うものはないのか、貴様は」

「女の子なら歌っても問題ないと思うんですけれど……」

「私は女の子よ!」

 ルイだけが落ち着き払ってメロンジュースを飲んでから、コメントを返していた。

「反動なのよ、反動」

 その答えに全員が呻る。

「ああ、なるほどぉ……反動ですか……」

「確かに……ストレス溜まる役職だもんね……」

「何よぅ! これ、カナイマに居た頃からの十八番なんだからね!」

「えっ、カナイマに居た頃からこれ歌ってたんですか? ……それは想像以上に……」

 闇が深刻だな、と全員が頷き返すのであった。

「――近藤さん! 歌ヘタすぎですってば!」

「何だと、沖田! お前も歌ってみろ!」

 男所帯ばかりのカラオケルームはむさくるしい。

 両兵はヤオと肩を並べながら、あーあ、と頭上を仰ぐ。

「柊を代わりにこっちに寄越しゃよかったぜ」

「そう言うでないわ、せがれよ。お前もそう悪くはないと、思っておるのだろう?」

「……見透かしたようなことを言いやがる。まぁ、たまにゃいいよな。平和ってのも」

「小河原さん! 一つ歌ってやってくださいよ!」

 自衛隊員からのヤジが飛んで、両兵はやおら立ち上がる。

「しゃーねぇな。じゃあ、これで……」

 と、入れた楽曲にカラオケルームが固まる。

「これって……」

「男子向けロボットアニメソング……?」

「あー、これしか歌えねぇんだわ。悪ぃな、てめぇら」

 そう前置いて歌い出す両兵に、ヤオは腕を組んで呻っていた。

「……罪深いことをするのう、現」

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