JINKI 132 さつきとルイの一日看板娘

「まぁ! それはすごいですわね、マキちゃん! 夢への第一歩!」

「本当! すごいよ、マキちゃん!」

「えへへ……でまぁ、夜も更けてきたところで、原稿仕上がって、それでじゃあみんなでラーメンでも食べよっか、ってなったのが最高だったから、それで、ね。美味しいんだよねー、仕事明けのラーメン!」

「んー……でも寄り道だし……」

「赤緒ってば、カタいこと言わない! どうせ、私ら高校生なんだから! 誰も補導なんてしないってば!」

 マキに背中を叩かれ、赤緒は何度かむせてから、少し真面目過ぎるのも考え物か、と頷く。

「うん……でも、どこにラーメン屋さん?」

「あそこー」

 マキが指差したのは少し手狭な中華店であった。軒先は決して真新しいとは言えない様相である。

「ラーメン屋さん……?」

「いやー、何か先生が馴染みらしくってさー。中華屋さんだけれど味は保証済み! さっ、行こっか!」

 疑問を挟みながらのれんを潜ったところで、赤緒は思わぬ人物と遭遇して目を見開いていた。

「る……ルイさん? ……に、さつきちゃんも?」

「あ、赤緒さん? な、何で……?」

「さつき、挨拶……らっしゃーい、三名様入りまーす……何でこんなこと」

 二人して真っ赤なチャイナ服を着込んでいる。

 戸惑う赤緒にさつきは頬を紅潮させて席に案内していた。

「あの……何で、二人が……?」

「あー、えっとー、話すと長くなっちゃうんですけれどぉー……」

 困惑しながら、さつきは事の次第を話し始める。

「――ルイさん! 私の制服で出かけるのやめてくださいよ!」

「や、よ。それにさつきの物は私の物、私の物は私の物だもの」

「……それって、全部ルイさんの物ってことじゃないですかぁ!」

 叫んでも喚いても、ルイは悪びれもしない。

「それの何が悪いの? あんたの服を着てあげてるんだから。ありがたがられても、嫌がられる筋合いはないわ」

 ぬっと顔を近づけられて口にされると言いくるめられそうであったが、さつきは抗弁を発する。

「る、ルイさんはでも、今年で十四歳でしょう? 私より年上なら、同じ制服を着るのは変じゃ……」

「……ん? 何を言っているの、さつき。私は今年まで十三歳だからさつきと同じ学級よね?」

「だーかーら! 算数をしっかり習ってくださいよ、もう……」

 涙目のさつきに軒先からエルニィが声を飛ばす。

「さーつき! 何言ったってルイには無駄だってば! それよか、お昼ー! お腹空いちゃった!」

「……もうっ、皆さん勝手なんですから。今日はでも、五郎さんは神事に出かけちゃってるし、赤緒さんも学校なので……えっと、何か頼みますか? 南さんもご要望があれば……」

「だーかーら! それじゃ通らないって言っているでしょうが! 何度言えば分かるの、このスカタン!」

 南米の高官との交渉に躍起になっているので余計なことは言えない。

 さつきは、唇を指先で押し上げて思案してから、うんと頷く。

「店屋物でいいですか? いつもは禁止していますけれど、今日はちょっと作るのに余裕ないので」

「おっ! じゃあボク、ラーメン!」

「さつき、私も」

「……ルイさんは私の制服を返してからじゃないと駄目ですっ! えっと、ヴァネットさんは……」

「居ないよー? 両兵と飲みに行ったんでしょー?」

 屋根の上に目をやると両兵の姿もない。

「……もう。お兄ちゃんもお酒ばっかりじゃ駄目だよ……」

「それよかー、さつき、ラーメンにしようよー」

「ラーメンですか……。でもできれば身体によくないので他の物のほうが……」

「えー! じゃあこれ! 適当に見繕っておいてー。ボクはこの間買っておいたゲームでもやーろぉっと!」

 何かと自由なエルニィに舌を巻きつつ、さつきは入っていた広告に目を通す。

「あっ、ここのラーメンちょっと安い。でも……取りにいかないと駄目なんだ……」

 出前を頼むのは簡単だが、柊神社までご足労を願うのには少しばかり気後れしてしまう。

「なら、取りに行けばいいじゃない。私もここのラーメンならいいわ」

「で、でもですよ? 今からじゃ遅くなってしまいませんか?」

「……さつき、分かってないのね。何のための人機があると思ってるの?」

「……まさか」

 そのまさかであった。

 ルイは格納庫に仕舞われていた《ナナツーウェイ》を起動させている。思わぬ行動にさつきは足元から注意していた。

「だ、駄目ですってば! こんなことに人機を使っちゃ……!」

『何を言っているの、さつき。あんたも上操主に乗りなさい。二人して人機で行けば朝飯前よ。あ、今はお昼時だから昼飯前か』

「……うーん、絶対に駄目だと思うけれどなぁ……」

 そう言いつつも、ルイの決定にはなかなか逆らえない。

 文句を垂れながら上操主席についてさつきはフライトユニットを装備した《ナナツーウェイ》に発進をかけさせる。

 東京上空を滑空する《ナナツーウェイ》のコックピットの中で、さつきは呟いていた。

「……こんなことに人機を使って、怒られません?」

「いいのよ。ナナツーなんて使わないと錆び付いちゃうんだし、自衛隊の練習機にしちゃうのもね。たまにはナナツーに乗ってみたい時もあるのよ」

「それって南米で乗っていたからって言う……ひゃぁぅ……っ!」

 急に高度を下げたものだからさつきは危うく舌を噛み切りそうになってしまう。

「……着いたわ。なに、さつき。身悶えして」

「あ、危ないじゃないですかぁ! 急に降りたら……」

「大丈夫よ、他に異常はないし……うん? 足元に誰か居るわね」

「まさか……! 踏み潰しちゃったんじゃ……」

 さつきが大慌てでキャノピー型のコックピットから顔を出すと、ナナツーの足元で横倒しになっている自転車とその主を発見する。

「大変……! 助けなくっちゃ!」

『知らないふりして通り過ぎるわよ。一人くらい、訳ないわ』

「だ、駄目ですってば! そういうのが巡り巡って、アンヘルに影響してくるんですし……。あのー、大丈夫ですか?」

「ひ、酷い目に遭ったアルよ……」

「……アル?」

 ぱっぱっ、と土ぼこりを払って自転車を起こしかけた相手はどうやら飲食店の店主らしい。

 その胸元にあるマークは、なんとちょうど目指していた中華店のものであった。

「あっ……お昼に食べようと思っていた中華店の……」

 そう口にしてから、いけない、と思って口を噤もうとして、店主の視線が飛ぶ。

「出前、台無しになったアルね。損害賠償を言ってもいいアルよ」

 出前籠から出ているラーメン鉢が割れており、事態は深刻なのが窺える。

「ご、ごめんなさい! 私たちその、悪気があったわけじゃなくって……」

『平謝りしたってしょうがないわ。さつき、とっととずらかるわよ』

「だ、駄目ですよぉ! こういうのはちゃんと謝らないと! えっと……何か手伝えることはありますか? 私たちのせいなのは間違いないですし……」

「うん? じゃあ、そうアルね……。看板娘がちょうど欲しかったところアル。今日一日、バイトでチャラでいいアルヨ?」

「ば、バイト……? でも私、中学生だし……」

『私もパス。そんなのしてる場合じゃない』

「もちろん、タダで、とは言わないアル。美味しいラーメンが報酬と言えば、どうアルか? この自転車と出前の分もチャラにするアル」

 さつきはナナツーのコックピットに居るルイの意見を仰ぐ。

 ルイは暫しの沈黙の後に、コックピットからしゅっと降りて来ていた。

「……しょうがないわね。さつきがやったのだもの。それに、報酬のラーメンのためなら、……やるわ」

「話が早いアルね。ちょうどそこの中華店アル。まぁ、どうせお客さんもそんなに来ないアルから心配しないでいいアルヨ」

「わ、私のせいになっちゃってる……?」

 思わぬ展開に当惑していると、店主があっ、と手を叩く。

「でも看板娘の制服は決まっているから、それは来てもらうアルヨー」

「――で、こんな有り様になっちゃいまして。……あっ、お冷入ります」

 なるほど、と想定外の事態に赤緒は運ばれてきたラーメンに手をつけている泉とマキと向かい合っていた。

「でもさー、じゃあロボットは? どこ行っちゃったの?」

「あっ、ナナツーは立花さんが取りに来るって言っていたので、裏手に隠して……、うん? そういえば立花さんもまだ来てな――」

「やっほー! さっつきー、遊びに来たよー!」

 のれんを潜って来たのはエルニィに南の二人組であった。

「た、立花さん……? ナナツーを取りに来るってだけなんじゃ……」

「何言ってるのさー。そもそもさつきとルイがラーメン注文するって言って出て行ったのが始まりでしょー。……にしても、ルイ……よく似合ってるじゃん」

 ぷくくっ、と笑いを噛み殺したエルニィにルイが箒を肩に担いで戦闘姿勢に入る。

「……自称天才、ただでは済まされたくないようね……」

「わーっ! 駄目ですってば、ルイさん! 店主さんに迷惑かかっちゃう……」

「さつきちゃんも、まさかのチャイナ服かぁ……。うんうん! さっきまで頭の痛い案件と戦っていたから、これは眼福眼福」

 南がうんうんと頷くのを、エルニィが面白がる。

「ねー? 来てよかったでしょ? 面白いって言うの分かってたし」

「まぁ、そうねー。ルイー、あんたアルバイトなんてできるの?」

「馬鹿にしないで、南。これでも看板娘としてはさつきより数段階上よ」

 つんと澄ました様子のルイであったが店主からの言葉が飛ぶ。

「ルイ! 厨房もオーダーも取れないアルから掃除だけはサボるんじゃないアルヨ!」

 思わぬところで恥を掻いたルイは耳たぶまで真っ赤になる。それをエルニィと南はにやにやと締まりのない笑みでカウンター席に座るのであった。

「ま、ルイはぶきっちょだしねー。ボク、醤油ラーメンチャーシュー多め!」

「そうねー、ルイってばアルバイトなんて生まれてこの方やったことないもの。オヤジさーん、私は味噌ラーメン、にんにく多めで」

「……オーダー受けました。えっと、ルイさん……?」

 何やら怒りのオーラが滲み出ているルイをさつきはちらちらと見やりつつ、厨房に入ってすかさず調理の手伝いに移る。

「……さつきちゃん、中華もできるんだ……」

 赤緒が感嘆の声を漏らすと、さつきは何でもないことのように応じてみせる。

「えっ、でも基本は同じですし……、店主さんもいい人なので……」

「そうアルねー。さつきは筋がいいアル。ルイ、店の前の掃除は任せたアルヨー」

「……了解」

 ルイは店の前で箒を片手に掃除に入っていく。

 どうやら接客業はルイには苦手分野らしい。

 赤緒は早々に出たほうが身のためだな、と退散の準備を始めていた。

「……マキちゃん、泉ちゃん。すぐに出たほうがよさそう……」

「えー、何で? 面白いものが見れてるじゃん。これ! マンガのネタに出来そう!」

「マキちゃん、たくましいですわね。でも、赤緒さんのお友達、とても面白いですから、私も分かりますわ」

「そ、そうかな……?」

 帰ったら嫌な予感しかしないので、赤緒としてみればすぐにでも出ていきたいのであるが。

「はい! 醤油ラーメンと味噌ラーメン、お待ちどうですっ!」

 カウンターに二人前のラーメンを差し出したさつきは既に手馴れているが、エルニィが指摘する。

「でもさー、さつきそんな恥ずかしいカッコ、よくやるねー」

「……は、恥ずかしいですか、やっぱり……」

「スリット入ってるじゃん。普段のさつきなら絶対にしないカッコだから、新鮮。んで、ちょっとバカっぽい」

「うぅ……スリットには注目しないでくださいよぉ……。着ていることを忘れようと思ってるのに……」

「ねー。胸元もちょっと見えてるし、こりゃカメラ持ってくりゃよかったわ」

 南も同調するのでさつきは余計に恥らってしまう。

 どうやらさつきに関しては唯一の弱点はコスチュームらしい。

「掃除、終わったわよ。自称天才、これかければ美味しくなるから」

 ルイが厨房から取り出した調味料をエルニィはすぐさま手に取ってラーメンにかける。

「おっ、気が利くー。んじゃ、これで――」

 その瞬間、エルニィが脳天まで赤くなって激しく咳き込む。

「辛っ! 何これ、辛っ!」

「……とっておきの調味料よ」

「あーっ! ルイさん、それ薄めないといけない奴じゃないですか! お客さんに出しちゃ駄目ですよ!」

「知らない。振りかけたそっちが悪い」

 全く悪びれていないルイに対し、南は香辛料を振りかけたラーメンを何でもないようにすする。

「んー、そう? ちょっと味濃くなったくらいだけれど」

「……あー、そうだった、そうだった。南、馬鹿舌じゃん」

 元々辛いもの好きの南からしてみればエルニィのダメージは分かり得なかったらしい。

 赤緒はこちらに被害が飛ぶ前に、とマキと泉に忠告する。

「……そろそろお暇しよっか」

「えー、こっからが面白いんじゃ?」

「……いや、でも……ルイさんとさつきちゃんに悪いし……」

 そう説得すると、ようやくマキは折れる。

「ケチー。ま、いい感じのモチーフにはなったけれどね。今度はチャイナ服の看板娘が主人公! これでどうだ!」

 いつの間にかノートに主人公のラフを描き上げているマキを伴って赤緒は勘定を払う。

「……でも、さつきちゃん。じゃあ今日一日、ここのお手伝い?」

「あ、はい。まぁ、店長さんもそれくらいやれば許してあげるとのことなので。えっと、おひとり様、600円ですね。頂戴します」

 すっかり慣れているさつきを他所に、ルイは辛さに悶えるエルニィの横でぷいと視線を背けていた。

「あのー、ルイさん……」

「何? 赤緒も文句あるって言うの」

 その攻撃の矛先が自分に向くのを恐れて、赤緒はすごすごと退散する。

「い、いえ……っ、その、ご馳走様です……」

「ありがとうございましたー!」

「いやー、やっぱ美味しかったねー、色々と!」

 収穫のあったマキとは裏腹に、赤緒は少し心配になっていた。

 如何に今日一日だけとは言え、何かと大変なはずである。

「……大丈夫なのかなぁ、二人とも……」

「――お、終わったぁ……」

「お疲れ様アルね、二人とも。今、ラーメンを仕上げるから、それを食べたら上がっていいアルよ」

 店主の厚意に甘えてカウンター席に座っていると、ルイがふんと鼻を鳴らす。

「……ラーメン一杯食べるのにつり合いが取れないわ、こんなの」

「まぁまぁ。私たちのせいでもあるんですから」

「私、たち?」

 凄味を利かせたルイの表情にさつきは言葉を封殺する。

「あっ……私、ですよね……。うぅ……何でいっつもこんな……」

 その時、店の扉が開かれてかち合ったのは――。

「お、お兄ちゃん……?」

「おーっ、さつきに黄坂のガキじゃねぇか。……何やってんだ? そのカッコ」

「こ、これは……お兄ちゃん、見ないで……っ」

 まさか大胆なチャイナ服を両兵に見られるとは思いも寄らず、さつきは考えを巡らせる。

「……まさか、立花さんたちですか?」

「うん? いんや、オレ、ここの常連なんだよ。オヤジ、いつもの頼むわ」

「おーっ、両兵アルね。はいよ、いつものアルねー」

 見知った仲である二人に、さつきは尋ねていた。

「店主さん、お兄ちゃんのこと、知って……?」

「両兵はこの辺りの飲食店の世話をしてくれているから、みんな頼りにしているアルヨー。ウチにもよく来てくれるアルからねー」

「……にしても、中学生にこのカッコさせんのは犯罪だろ。オヤジ、ポリにしょっ引かれんぞ?」

「心配ないアルヨ。今日だけの臨時バイトアルから」

 そう言って快活に笑う店主に対し、ルイは店の隅っこに寄ってちょいちょいと自分を手招く。

「えっと……ルイさん? どうしました?」

「……聞いてない。小河原さんが来るなんて」

「えっ……そりゃ、私もですってば。……お兄ちゃんに見られちゃった……」

「さつきー、ルイー、ちょっと手伝って欲しいアルヨー」

 呼ばれたのでさつきは厨房に入る。ルイも渋々厨房に入っていた。

「さつきは分かるがよ、黄坂のガキに厨房仕事なんてできんのかよ」

「……馬鹿にしないで。これでも百戦錬磨よ」

「いやー、それが全然! 駄目アルねー、ルイは」

 恥の上塗りをされたせいだろう。ルイの頬が真っ赤に染まる。

「えっと……お兄ちゃんはいつも何を頼むの?」

 できるだけルイへのダメージが行かないように話題を変えると、両兵はああと首肯する。

「シンプルな醤油ラーメンだよ。チャーシュー普通、他の味付けも全部普通の。オヤジの味付けは中くらいに限るからな」

「それを分かってくれるのは両兵くらいアルよー」

 中華鍋を華麗に前後させる店主との見知った間柄の空気に、さつきはそっかと呟いていた。

「……お兄ちゃんのこと、知らないことってまだまだたくさんあるんだなぁ……」

「まぁ、味付けってもんはそいつの人生観に関わってくるからな。旨ぇラーメンを食うとハリがあらぁ」

 割り箸を割って早速両兵がラーメンにありつく。

「ルイとさつきも、ラーメンを食べてもいいアルよ?」

 そう言えば両兵が来たのに驚いてしまって自分たちの分はないがしろであった。

 カウンター席で並んで両兵と食べていると、少しだけ普段と違う空気を味わえる感覚にさつきは戸惑う。

「……何だか不思議……。お兄ちゃんとはいつもご飯食べてるのに、いつもと違うみたい……」

「そりゃあれだろ。てめぇらのカッコもそうだが、場所が違えば味も違うもんさ。ま、変わらんものもあるんだがな。オヤジ、ごっそさん」

 すっかり慣れた様子で平らげた両兵が勘定を払って出て行こうとするのを、さつきは反射的に呼び止めていた。

「あっ、待って、お兄ちゃん……。その……」

「うん? どうした、さつき」

「……一緒に、帰らない……?」

 もじもじとした結果に搾り出した声に両兵は椅子に座り込む。

「……わぁったよ。オヤジ、ちょっとだけ居るわ」

 ホッと安堵の息を漏らしたのも束の間、ルイががっしりと肩を掴んでくる。

「……あんただけの抜け駆けは許さないわよ……」

「わ、分かってますよぉ……。その、お兄ちゃん……どうかな? このカッコ……」

「まぁ、新鮮なんじゃねぇの。いっつも割烹着だろ、お前」

 それは褒めてもらえた、と思っていいのだろうか。照れていると、自分の後ろでルイがくるりと一回転する。

 その行動の意味を両兵は図りかねていたらしい。

「……どうした、黄坂のガキ。一回転して、立ちくらみか?」

 どうやらルイの真意は両兵には伝わらなかった様子だ。

 それを見て店主が笑う。

「ルイもさつきも、お疲れ様アルよ。ラーメンを食べたら今度はお客さんとして来て欲しいアル。あ、もちろん、看板娘になってくれるんならいつでも歓迎アルけれど」

 さつきとルイは肩を並べてラーメンをすする。

 今日一日分の疲れと苦労を癒すのに、何だかそのラーメンは心にまで沁み渡るようであった。

 帰る段になって、両兵は自分たちの姿に特に変わった感想を挟むことはない。

 何でもないかのように両兵と並ぶ自分に対して、後ろからルイの執念深い視線が絡みつく。

「にしても意外だな。さつきがバイトとは」

「うん……。今回はちょっとしたハプニングだったけれどでも……ちょっと楽しかったかも。アルバイトも、悪くないのかな……」

「そりゃ何よりだろ。黄坂のガキは? どうだったんだ?」

「……別に。いつも通りよ」

 こういう時に下手にプライドがある分、ルイは素直になれないのだろう。何となくその気持ちは分かったような気がした。

「でも、いつかは……。アンヘルとキョムの戦いが終わったら、私たち、よくよく考えたら一緒に居る意味……ないんだよね? だってトーキョーアンヘルの血続操主としていつも一緒に居るわけだから……」

 この関係も永遠ではないのだ。

 そう思うと少しばかり寂しさが去来するが、両兵は何でもないように言い放つ。

「そうでもねぇんじゃねぇか? どっかで会えんだろ。人生で関わった相手ってのは、縁ってもんに付き合わされるのもよくある話だ。あの中華店のオヤジもそうだろ? どっかで、みんな繋がってンだよ。それが人生なのかもな」

「どこかで……みんな……」

 だとすれば。

 今日一日、中華店で看板娘をやったことも無駄ではなかったのかもしれない。

 少なくとも、今はそう前向きに思えていた。

「……しかし、チャイナ服はその……な。スリット入ってたし、ああいうのはできればやめとけ。……別にこれはオレの言い分でもねぇンだが、一応は兄貴のつもりだかんな」

 頬を掻いて言いやった両兵の優しさに感じ入っている間に、ルイが駆け込んでさつきの手を引く。

 その強さに閉口していると、ぼそっと呟かれていた。

「……私だって、負けないから」

 きっとルイも同じ気持ちなのだろう。

 今は星空の下で想いを抱えた二人で、温かな場所へと帰路を急ぐのだった。

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