JINKI 134 ガール・オブ・リヴィジョン

「まさか! 言ったそばから!」

「……おいでなすったね! 行くよ、さつき! 構えて!」

「は、はい……! Rフィールドプレッシャーで、まずは先手を……」

『――遅いですよぅ、お二人さん』

 不意に接触回線を震わせた通信の声に気取られた一瞬であった。

 跳躍し様に機体をロールさせて、飛翔する《バーゴイル》三機編隊に、「何か」が飛び込んでいく。

 それは瞬く間に武装を展開し、《バーゴイル》の誇る空中兵装を叩き潰していた。

 羽をもがれた形の《バーゴイル》がきりもみながら、海へと墜落する。

 その爆発の光が照り返し、不明な機影を映し出す。

 シルエットそのものは、明らかに《ナナツーライト》、そして《ナナツーマイルド》そのものと言える疾駆であったが、機体の基本カラーが闇に溶けるかのような暗色であった。

「……黒い、《ナナツーライト》……」

 茫然自失のまま呟いたさつきへと、エルニィが声を飛ばす。

「あれは……キョムの新型?」

『それは違いますねぇ、お二人とも。それにしても、《バーゴイル》相手に後れを取るようでは、私が介入しなければ危なかったのでは?』

 昼間に聞いたばかりの声に、さつきはアームレイカーに入れた拳を固めて、問い返していた。

「……何で……どうしてなんですか! なずな先生!」

「機体照合、出たよ。……びっくりだね。あれ、ウリマンで強奪されたって報告の来ていた、ナナツータイプの試作機だ。《ナナツーライト》、《ナナツーマイルド》、その二機の実質的な姉妹機――《ナナツーシャドウ》」

 その名前を誇るかのようにこれまで無言の相貌であった人機――《ナナツーシャドウ》の眼窩が赤く煌めく。

『そう、この子は《ナナツーシャドウ》。ウリマンより譲り受けた、私の人機』

「譲り受けた……? よく言うよ。ウリマンのログにはこうも残っている。……酷い強奪現場だったってね」

 吐き捨てるかのようなエルニィの論調にさつきは怖気が走っていた。

 ここまで彼女が他人に嫌悪を浮かべるのも珍しい。メルJでさえ、これほどまでではなかった。

『……何を言っても無駄そうですねぇ』

「さつき、気を付けて、相手の武装は――」

『戦闘中にお喋りですかぁ?』

 滑り込むように、《ナナツーシャドウ》は闇を掻いて肉薄する。

 その手に携えた小太刀が赤銅色に輝きを帯びたのを、さつきは見逃さなかった。

「立花さん! 後退機動に移ります!」

 言うが早いか、後ずさった《ナナツーライト》は緑色のリバウンドの電磁を纏い付かせ、その刃から逃れていた。

 加速度のGにつんのめったエルニィが文句を漏らす。

「さつき! 逃げなくっても!」

「いえ……分かるんです。何度も、《ナナツーライト》のことであれは見てきましたから。……リバウンドの刃」

「……そうか! リバウンドの刃は《ナナツーライト》のRフィールドを貫通する……ッ!」

『そういうことですぅ。賢くって助かりますよぉ、立花博士』

「……知っていて、だったんだね、昼間も!」

『誤解して欲しくないのは、悪意はさほどないという事実ですよぉ。今も、あなたたちの支援をしましたしぃー』

「どうだか。大方、媚を売るための行動だろ! この人殺し!」

 口汚く罵るエルニィに、なずなは言い返しもしない。

 それが辛くて、さつきは尋ねていた。

「その……でも半分くらいは、本当、なんですよね? なずな先生。だって《バーゴイル》を撃墜してくれたのは、本当ですから……」

「さつき! 信じること……!」

「いいえ、立花さん! 私はこの人を――厚意を仇で返すような人なら、絶対に許しません! でもそうじゃないんなら……教えてくれても……」

『……そろそろ時間ですねぇー。立花博士、それにさつきさん』

《ナナツーシャドウ》が立ち止まり、コックピットから出て来たのは黒とオレンジのRスーツを纏ったなずなであった。

「また、逢うことはあると思います。その時に……真実は分かるかもしれませんねぇー」

《ナナツーシャドウ》はその機体ごと、闇に溶けていく。

 追撃しようとしてエルニィが制止していた。

「なずな先生……っ!」

「……さつき、駄目だ。《ナナツーシャドウ》は隠密向きの人機なんだ。追跡なんて簡単にかわされる。それに、闇はあいつにとって格好の戦場だし、ここは逃げに徹するか。でも、今度会ったら、絶対に……」

 拳をぎゅっと握り締め、悔恨を噛み締めたエルニィの背中を、さつきは黙って見つめるしかなかった。

「……でも、本当に半分くらいは、信じても……」

「――なるほど、見たことあるはずよね、あの顔」

 そうこぼした南は書類へと視線を落としていた。

 黒塗りだらけの書類には一枚の顔写真がある。それは「瑠璃垣なずな」と名乗った女性の経歴が追跡されていたが、どれも不明情報ばかりであった。

「色んなところのブラックリストに載ってる。でも、何者なのかの追跡情報はまるで不明瞭な人物。南米のお歴々も顔は知っていても、他のことは分かんないってさ」

「……キョムじゃないのは、何となく分かるんだけれど、何者なんだろ」

 筐体を弄りつつ、ぼやいたエルニィに南は応じる。

「……今のところ、どこかの国のエージェントとしか……でもまた逢うことはあるって言っていたのよね? どういうことかしら?」

「知んないよ。盗っ人の考えなんてさ」

 そう毒づくエルニィに南は顎に手を添えて考え込む。

「そういえば、さつきちゃん、今日登校日だったわね……」

 ――さつきは黒板の前に立つその姿に瞠目する。

「えー、本日より赴任される、教育実習生の……」

「瑠璃垣なずなですぅ。皆さん、よろしくお願いしますねぇー!」

 茶目っ気たっぷりにウインクするなずなに、さつきは思わず立ち上がって声を詰まらせる。

「な……なっ……」

「うん? どうした、川本。顔が青いぞ」

「いや、だって……その……」

「あ、実は昨日知り合ったんですぅ! これからもよろしくですねぇー? さつきさん」

 男子生徒から歓声が上がる。

 どうやら彼らのハートを射止めるのは朝飯前らしい。

 なずなはふんふんと鼻歌を口ずさみつつ、さつきへと歩み寄り、そっと呟く。

「意外に早く逢えましたねっ、さつきさん。もちろん、人機のことはヒ・ミ・ツ、ですよぉー?」

 思わぬ形の動乱にさつきは困惑するばかりであった。

 ――これはまだ、序章なのだと、後々思い知ることになるのだが。

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